《政治とカネ》小沢一郎と検察の攻防…「小沢先生の金を隠したかった」から一転? 秘書が供述を翻した“まさかの理由”

《政治とカネ》小沢一郎と検察の攻防…「小沢先生の金を隠したかった」から一転? 秘書が供述を翻した“まさかの理由”

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 一般には知られていない中堅ゼネコンの社長にもかかわらず、永田町では知らぬ者のいない有名人だった男が、2020年12月17日に帰らぬ人となった。その男の名前は水谷功。小沢一郎事務所の腹心に次々と有罪判決が下された「陸山会事件」をはじめ、数々の“政治とカネ”問題の中心にいた平成の政商だ。

 彼はいったいどのようにして、それほどまでの地位を築き上げたのか。ノンフィクション作家、森功氏の著書『 泥のカネ 裏金王・水谷功と権力者の饗宴 』(文春文庫)より、芸能界でも幅を利かせていた男の知られざる正体に迫る。(全2回の1回目/ 後編 を読む)

◇◇◇

■初公判のクライマックス

 2月7日午前9時過ぎ、東京地裁玄関前はいつになくごった返していた。桜田通りに面した門の付近には、テレビクルーや新聞記者、雑誌のカメラマンたちが陣取り、小沢一郎の元秘書たちを待ち受けている。地裁の敷地に入ると、さらに大勢の人だかりがしていた。玄関脇では、104号法廷の55席という貴重な一般傍聴席に座るため、454人が抽選を待っている。実に8倍強の競争率だ。

 10時少し前、元秘書3人が並んで104号法廷に入廷した。大久保と石川がチャコールグレーの地味なスーツ、池田は紺地にストライプの背広をまとっている。正面に向かって右から大久保、石川、池田の順で、登石郁朗裁判長の前に並んで立った。

「開廷します」

 裁判長による宣言のあと、検察官による起訴状の朗読、さらに小沢側の罪状認否がおこなわれた。焦点の石川が、ワープロ打ちしたA4用紙を手にとり、視線を落として口を開いた。

「小沢議員から借用した4億円の記載が(政治資金収支報告書に)ないとされているが、私としては記載したつもりだ」

 そう全面無罪を主張する。そこから水谷建設からの献金に触れた。ひときわ言葉に力を込める。

「5000万円を受け取ったそのような事実は断じてない」

 大久保、池田も同じように全面否認し、無罪を主張する。そこから検察側の冒頭陳述に入った。

 公判検事が読みあげる冒頭陳述のなかでも、最も時間を割いたのが水谷マネーのくだりだ。検察側の強みは、水谷功の証言だけではない。

 全日空ホテルで渡されたとされる1回目の裏金5000万円について、検察は水谷建設に残っている出金書類をはじめ、現金の運び方や保管の仕方にいたるまで、証拠を固めてきた。それらが冒頭陳述で明らかになっていく。公判検事は、水谷建設元社長の川村と元秘書たちの出会いに踏み込んだ。

「水谷建設の社長は、日本発破技研の山本に依頼し、川村が大久保の紹介を受けた。胆沢ダム工事の下請け業者選定に強い影響力を有すると目されていた小沢事務所の大久保を訪ね、料亭で接待するなどし……」

 そして現金のやり取りについて、こう指摘した。

「平成16(04)年9月ごろ、大久保から、選定してもらいたいなら本体工事の入札後に5000万円、岩石採取工事の下請け幹事社決定後に5000万円の計1億円の謝礼を渡すよう要求された」

 傍聴席から見て手前から、池田、石川、大久保の順に元秘書たちが被告人席に腰かけ、検事と正対している。検察側の冒頭陳述が朗読されるあいだ、彼らは朗読する検事をじっと見つめていた。

■明らかに動揺している男

 青白い顔に黒ぶち眼鏡をかけた奥の大久保は口を尖らせ、ほとんど表情が変わらない。だが、隣の石川は違った。はじめまっすぐ伸ばしていた背筋が、水谷建設の裏献金のくだりになると、尻をやや前にずらし、座りなおした。どうにも落ち着かない様子だ。背を曲げ、ふんぞり返るような姿勢になる。しきりに唾を飲み込み、喉が揺れた。次第に目のまわりが赤くなり、丸い童顔がみるみる紅潮する。明らかに動揺しているように見て取れた。

 石川の動揺を無視し、冒頭陳述書を手に、公判検事は水谷マネーを執拗に追う。石川に渡ったとされる問題の5000万円についてはこう言う。

「川村は(04年)10月13日まで海外出張だったため、帰国日である13日までに5000万円を用意するよう会社に伝えた。そこから出金され、宅配便の茶封筒で届けられた……」

 冒頭陳述の朗読が終わると、石川の表情が緩む。頬を膨らませ、ふーっと息を吐いた。

■小沢一郎と検察の攻防

 ついに始まった小沢一郎と検察の攻防。公判が近づくにつれ、小沢一郎の裁判対策が顕著になる。積極的にメディアに登場し、世論形成を図ってきたといえる。水谷功の懐柔も公判対策の一環に違いないが、それだけではない。初公判に臨み、石川は取調室における隠し録りを準備した。それは裁判が小沢一郎に悪影響を及ぼす危険性を考えたうえの戦法だ。焦点は小沢が持っていた4億円の現金の取り扱いである。

 陸山会の事務担当だった石川知裕は、政治資金規正法違反事件における捜査段階で、みずからの虚偽記載や小沢一郎への報告を認めてきた。

「小沢先生の金を隠したかった」

「先生に報告・相談した」

 検事の取調べに対し、石川はそう自供してきた。ところが、のちに態度を翻す。そのきっかけが、10年2月にいったん地検で不起訴処分になった小沢が、1回目の検察審査会で「起訴相当」とされたからにほかならない。小沢が強制起訴される危険性が高まるや、石川自身、みずからの罪についても無実を訴え始めた。

■検察の強引な取調べ批判に乗った小沢一郎

 検察審査会の小沢一郎起訴相当を受け、特捜部は再び石川から事情聴取をした。石川の気がかりは「小沢へ報告した」という供述だ。できれば再聴取でそこを削除させたい。だが、検事がおいそれと応じるとは思えない。そこで石川は、地検の再聴取にICレコーダーを隠し持ち、取調べの模様を録音した。結果的に証言を覆すことはできなかったが、そのときの取調べがいかにも強引で、誘導された、とみずからの初公判でICレコーダーの録音記録を証拠として提出したのである。

 そうして調書の任意性を争う。それが、大阪地検の証拠フロッピー改竄事件以降、吹き荒れる検察の強引な取調べ批判に乗った小沢一郎および秘書弁護団の作戦だ。

 検察側の冒頭陳述を終え、昼休みを挟んで午後1時15分から再開された初公判では、弁護側の冒頭陳述と双方の証拠調べがおこなわれた。そのなかで弁護側の切り札として朗読されたのが、ICレコーダーの録音記録である。5時間におよぶ取調べ速記録の抜粋だ。
 被告人席の真後ろに居並ぶ11人の小沢弁護団のなかでも、ひときわ若い女性弁護士が速記録を右手にとり、検事が石川に迫る様子を再現した。

「ベストなのは『今までの供述は事実です。小沢先生の認識は分かりません』だよ。(二度目の)起訴相当が出ると困るでしょ。供述を翻すと、(検察審査会の)思うつぼなんだよ。『やっぱり(小沢は)絶対権力者なんじゃん』てなる。小沢先生が組織ぐるみで口裏合わせしている、とかっていう印象は絶対よくないでしょ。今のところ、われわれの作戦は功を奏している。(小沢一郎を)裁判にかけたくないわけ」

 特捜部の検事は被告に味方するふりをし、それまでの自供を維持させようと誘導したと主張する。まさに現場を彷彿とさせる生の声に、傍聴席は静まり返った。そのうえで、弁護団の女性弁護士が水谷建設の裏金に触れた。取調室における検事の言葉尻を見逃さない。

「汚いカネだっていうのは、検察が勝手に言っているだけで、そんなのは別に水掛け論になるから……。いやいや、なんだかわかんないけど(土地を購入した4億円の中に水谷マネーが含まれている)証拠もないしね、細かいことは(あなたも)言ってないし、噛み合わないね」

 あたかも検事に、水谷建設による裏献金に確証がなかったかのように聞こえる。法廷はますます静まり返り、女性弁護士の声だけが妙に響いた。真に迫る朗読だ。新聞やテレビの記者たちが傍聴席から次々と立ちあがり、法廷の外に出て行く。会社に報告するためだろう。法廷がざわめき始めた。

■検事が用意していた切り札

 そして女性弁護士の朗読が終わると、裁判長が検事側に尋ねた。

「検察官、何か補足がありますか」

 すると公判検事が、A4用紙の束を持って立ちあがった。

「では、こちらのほうを朗読していただければ」

 検察側が準備していたのは、弁護団が朗読した録音速記録から抜け落ちていた取調室でのやりとりだった。右陪席の判事がその部分を手に取り、読みあげた。再び、法廷に静寂が戻る。

「録音してるんじゃないの?」

 取調べ検事の問いに、石川が答えていた。

「そんなはずありません」

 弁護側の朗読のときは検事の発言に終始していたが、今度は逆に石川の発言が目立つ。

「無罪は、ありえないわけだし……、私はどうすればいいのでしょうか」

■石川が漏らしていたとされる発言

 そう弱音を吐く。そこから石川自身が水谷建設の裏献金について答える。さすがに否定している。が、うっかり次のような本音も漏らす。

「大久保さんと水谷さんはこんなに親しかったんだな、と改めて思いました。高橋嘉信(編集部注:小沢一郎氏の秘書を経て衆議院議員になった人物。水谷建設の担当窓口だった)のころからの(付き合いで)。ただ、大久保さん、ちょこちょこもらっているのはあっても、5000万円の2回はないと言うんですよね」

 そしてこう続けた。

「だから4億円を隠したいのが、第一ではないんですよ。やはり不動産の購入で、痛くもない腹を探られるというのが第一。だから(4億円は)2番手なんです。小沢さんの4億円は、どうしても引っかかるんです」

 かなり微妙な言いまわしである。世田谷の土地を買ったのは小沢から預かった4億円を含めた手持ち資金である。その4億円をはじめ、是が非でも、それらの資金工作を隠そうとした意図だけは否定しておきたい。そんな心情が見え隠れする。

 もとより、石川はこの再聴取に臨むにあたり、弁護団と綿密な打ち合わせをしてきたに違いない。それでいて、ついこのような供述をしてしまったのは、取調べ検事の腕がいいからかもしれない。検察側が提示した録音記録が読み進められるにつれ、11人の弁護団の大半が、苦虫をかみつぶしたような表情に変わる。そうして静寂に支配された法廷は、よりいっそう重苦しい緊張感に包まれていった。

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「小沢事務所に1億円を運んだ」汚れた裏金を自在に操ってきた“政商”が獄中で告白した言葉の禍々しい“真意” へ続く

(森 功/文春文庫)

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