《兵庫ボーガン妻裁判》DV、風俗勤務、中絶、殺人未遂…それでも加害妻と被害夫は「また一緒に暮らしたい」

《兵庫ボーガン妻裁判》DV、風俗勤務、中絶、殺人未遂…それでも加害妻と被害夫は「また一緒に暮らしたい」

裁判が行われた神戸地裁 ©文藝春秋

 2020年6月、兵庫県宝塚市の住宅街で殺人事件が起きた。3人もの死者が出たことに加え、ボーガンという聞き慣れない凶器が使われた点も社会に衝撃を与えた。それから2カ月もたたないうちに、同じ兵庫県に模倣犯が現れる。

 神戸市兵庫区の自宅で夫(37・現在は離婚)に矢を放ち、殺人未遂の疑いで逮捕、起訴されたのは2児の母である樽井未希被告(34)。宝塚の事件の報道を見て「体格差があっても、道具があれば殺せるんだ」と思い、ネット通販でボーガンを入手していた。

 ボーガンの支払いには新型コロナウイルスの「特別定額給付金」の10万円を使い、予備の矢なども追加で注文。昨年7月26日の早朝、ベランダに隠していたボーガンで就寝中の夫の頭部を撃ち、さらに包丁で首を刺そうとした。

 夫は身長180センチを越える巨漢。幸運にも頭蓋骨骨折など全治2カ月の大けがですみ、殺害は未遂に終わった。

 事件から10カ月が経過した今年5月、神戸地裁で樽井被告の殺人未遂事件の裁判員裁判が開かれた。長い髪を後ろで結び、白い長袖シャツのボタンを第一ボタンまでとめた樽井被告は、小さな体を一層縮こまらせ、起訴状の朗読が始まるとすすり泣いた。続く冒頭陳述で検察は「夫に対して、不満や恨みを募らせる中、離婚を切り出したが、断られたことから殺そうと考えた」と述べた。

■寝室で背中を向けている夫を見て、殺意がこみ上げた

 殺意に囚われた心の動きは、被告本人の口から克明に描写された。弁護士の被告人質問に答える中で、ボーガンの引き金に指をかけた日のことをこう振り返った。

樽井被告 「(朝の)5時くらいに起きました。いつもより少し早いくらいです。いつもは(息子2人と夫と)リビングで一緒に寝ているけど、その日、夫は1人で寝室にいた」

 前もって決行の朝にしようと思っていたわけではない。だが、寝室のベッドで眠る夫の背中を見て、殺意がこみ上げたという。

樽井被告 「冷蔵庫のビールを飲みました。迷いがあったのでとりあえず落ち着こうと。冷静に『こんなことをして良いわけない』と自分で思えるかと考えたんですけど。飲むと逆に『今しかないやろ』と。クロスボウ(ボーガン)とコッキングひも(弓の弦を引くためのひも)を取ってきました」

樽井被告 「やはり迷っていたので、寝室でうろうろしていました。クロスボウを持ったままうろうろしていたら、夫が起きると思って、しゃがみました。下の階から生活音がして『起きるのでは』と。目覚ましがなる時間が迫って、焦っていました。左手でボーガンを支えて、右手でボーガンを握りました」

■「ボーガンを撃った後、包丁で首を刺した」

 部屋の隅で樽井被告はボーガンを夫に向けた。この体勢で夫が目を覚ましたらと思うと、余計に焦ったという。頭を狙い、引き金に指を掛けると、目をつぶった。

樽井被告 「『バン』という音がして、夫が痛がる声がしました。目を開けると、夫が頭を押さえて痛がっていた。本当に当たったのかと。ここまでしたら自分が殺されるんじゃないかと思い、台所に包丁を取りに行きました。予備の矢のことは浮かびませんでした。混乱して余り細かいことは覚えていないのですが、包丁で首を刺しました」

樽井被告 「抵抗され、包丁を取り上げられ、それで通報しました。『何で私ばっかり悪いんだろう』みたいなことは言ったと思います。今はすごく申し訳ないことをしてしまったと思います」

 証人として出廷した夫も撃たれた瞬間の状況を語った。

夫 「夏は暑くて冷房の効いているリビングで子どもを寝かす。狭いので私は1人寝室で寝ていました」

 スマートフォンのアラームで一度目を覚まし、再びまどろんでいたその時だった。

夫 「頭部に衝撃というか。熱い。同時に破裂音がして痛みが来ました。上半身を起こして『いたー!』と叫んだ。感じたことのない痛み。耳元で爆竹を鳴らしたような音がして、最初はケータイが爆発したのかと思いました」

■「ここで俺が死んだら、子どもも自分もどうなるねん!」

 夫は、頭を触った自分の手にべったりと血が付いているのを見て、理由は分からないが、けがをしたことは分かった。

夫 「妻が『大丈夫?』と言いながら寄ってきて、頭を触ろうとした。『触るな。触ると痛い!』と言いました。その後、ちょっと時間があって、妻はクッションを持って乗りかかってきました。自分はうつぶせになり肘を立てて上半身を支えている。(妻が)何をしたいのか分かりませんでした。口を押さえられ、『ごめん』という半泣きの声が聞こえて、何かを押しつけられたような、注射器のような痛みがしました」

 直後、体に「ドン」と衝撃が走った。

夫 「一瞬何があったのかと思ったけど、視界の端に包丁が見えて刺されたと分かりました。妻の手首を押さえて動きを止めようとしました。妻は泣きながら『こうするしか……』という感じ。『ここで俺が死んだら、子どもも自分もどうなるねん!』と言うと、包丁を下ろしました」

夫 「『何でしたんや?』と聞くと、妻は『全部私が悪いの』と。『包丁は分かるが、この頭は何をしたんや?』と言うと、妻が矢をリビングから持ってきた。海外ドラマやゲームでみたことある。これは隠しきれないなと思いました」

■公判で傍聴人らを絶句させた“歪んだ夫婦関係”

 夫に「俺が死ぬ前に自首してくれ」と説得され、樽井被告は自ら110番通報。駆け付けた警察官に逮捕された。

 法廷では、犯行時の状況のほかに当時の家庭の様子も詳らかになった。支配的に振る舞う夫に対し、過剰に尽くす妻。凶器の特殊性から世間の注目を浴びた樽井被告だが、公判で傍聴人らを絶句させたのはむしろこの“歪んだ夫婦関係”の方だった。

 法廷で語られた樽井被告の生い立ちや夫婦生活の内情を以下にまとめる。

 樽井被告は高校を卒業後、複数のアルバイトを掛け持ちし、生活費を実家に入れながら暮らした。一人暮らしの期間中にも貯金ができていたことから、つましい生活だったようだ。

 夫は初めて付き合った異性だった。20代前半で出会い、同棲を経て2012年に結婚した。

 当時、夫には200万円を越える借金があった。樽井被告は交際前に貯めていた貯金の大半を夫の借金返済に充てている。夫が店をやりたいと言うと、残りの貯金も開業資金に回した。それでも足りないと分かると、両親の学費貯金を取り崩し、さらに自分でカードローンを組んだ。

樽井被告 「全部で500万程度出しました。夫が好きだったからです」

■風俗店での仕事がばれ、次第に束縛されるように

 しかし、店は利益が上がらず2カ月で廃業。月7万円の返済義務だけが残った。「2人でなんとかすればいいと思っていました」と樽井被告。ところが、その後、長男が産まれても夫が安定した職に長く就くことはなく、樽井被告は「仕事を見つけて」と言い出せないまま自分で働き口を探した。

樽井被告 「でも赤ちゃんがいてなかなか働けませんでした。家計は常に苦しかった。生活費を稼ぐため、援助交際をしました」

 抵抗はあったが、「仕方ない」と割り切った。風俗店でも働いた。何度か夫にばれ、その度にやめさせられた。次第に夫から束縛されるようになり、折に触れて携帯電話をチェックされ、1人で外出中は居場所が分かる写真を送るよう命じられた。

 また時には子どもの前で土下座をさせられ、息ができなくなるほど蹴りあげられた。「外に出られない顔にするぞ」「指を切る」。そんな言葉を浴びせられたこともあったという。

 徐々に樽井被告は「私だけが悪いのかな」と不満を抱くようになった。と同時に夫に恐怖を感じるようになり、夫と視線を合わせて会話することすらできなくなっていた。

■妊娠を相談したら「お前が決めろ」

 離婚も考えたが、夫は援助交際や風俗勤めを不貞行為と責め、「どうしても別れるなら慰謝料を払ってもらう。それと子どもは渡さない」と言った。証人尋問で夫はこの発言について「ハッパを掛けるつもりだったが、言葉足らずだった」と説明。当時、樽井被告がその真意を知ることはなかった。

 樽井被告は2人の子どもを産んだ後、3回の人工妊娠中絶を経験している。公判では、その時の夫の態度も事件の背景にあると指摘された。樽井被告の供述によると、妊娠を夫に相談したが、「お前が決めろ」と言われた。本当は「産んでいいよ」と言ってほしかったのだそうだ。

樽井被告 「悲しいのと失望しました。恨みにも思いました」

 事件直前の樽井被告はホテル清掃などの仕事をし、手取りは十数万を得ていた。しかし昨年春に新型コロナウイルス禍で緊急事態宣言が出ると出勤できなくなった。収入を得るため再び風俗店で働き、再び夫に見つかった。

「好きでやっている訳じゃない。これがないと生活できない」。そう思ったが、夫に強く言うことはできなかった。

■不満や失望が殺意に…気付けばボーガンのことを調べていた

 夫の側も求職に努め、実際に働いていた時期もあったらしい。だが、就職直後に新型コロナ禍の影響で失業したり、けがをしたりする不運に見舞われたという。その頃には妻の中で不満や失望が殺意に変わりつつあった。

 樽井被告の説明によると、家事、子育て、家計管理は全て1人で担った。片や夫は働かず家でゲームをしている。そんな時、宝塚のボーガン殺傷事件をニュースで知った。気付けば樽井被告は通販サイトやYouTubeでボーガンのことを調べていた。

■夫婦そろって「また一緒に暮らしたい」と公言

 事件前の生活環境を知り、被告に同情的な視線を向ける裁判員もいた。ある女性裁判員は「あなたは十分頑張ったと思いますよ」と声をかけた。それでも樽井被告は夫をかばい、夫からの暴力はDVではないと言い張った。

樽井被告 「私も至らない点があるし、夫に暴力をふるわせてしまった」

樽井被告 「私が怒らせるようなことをしなければ、そんなことをする人ではありません。(暴力は)犯行の直接の動機ではないです」

 本人が言う一番の動機は、経済的な不安や束縛への不満だ。自身の思いを証言席で泣きながら告白したかと思うと、突然あっけらかんとした語り口に変わる。裁判員たちもそんな樽井被告の思考を計りかねているようだった。

 夫婦がそろって「また一緒に暮らしたい」と公言したことも、法廷を困惑させた。

 事件後、2人は法的には離婚したが、夫は「今でも夫のつもり。恨み、怒りは一切ない」と言った。いわく、逮捕後、面会を20回重ね、再び目を見て会話できる関係に戻ったのだという。

■「今までは僕がマウントを取って上から目線だった」

夫 「今回の事件は自分にも非がある。妻だけを責めるのは間違い。たとえ傷つけられようが、結婚して一緒にいると決めたら、それを貫き通したい」

夫 「今までは僕がマウントを取って上から目線だった。互いに意見を言えるようにしようと話した」

 樽井被告も言った。

樽井被告 「面会で今まで思っていたことを言って、夫が私の思いを理解したと思います。私も逆に夫の気持ちを理解していなくて申し訳ないと思って……」

樽井被告 「言いたいことをちゃんと言って相手の意見を聞ける立場でなかった。今は同等の立場で話ができると思うので、二度と暴力をふるわれることはないと思う」

 再婚は子どものためか、夫への愛情のためか問われると「どちらもです」と答えた。

 弁護人は最終弁論で「夫に尽くし疲れた妻が殺意を抱いた事件」と表現。樽井被告の反省の態度や夫の意向を強調した上で、裁判員たちに語り掛けた。

「再婚したい心情は理解できないかもしれない。私もそうです。夫婦の本当の内情というのは周りには分からないものです」(樽井被告の弁護人)

■「冗談を言って笑いあえる家庭に戻りたい」

 懲役5年の求刑に対し、言い渡された判決は懲役3年、執行猶予5年。猶予中は保護観察が付き、家庭について公的機関に相談できる環境が用意される。自首の成立や被害者の意向などが考慮され、ほぼ弁護側が求めた通りの内容となった。

 判決では裁判長が再婚について言及。「被害者が被告人を支配しているかのようであった2人の関係性や被害者の生活態度等が適切に改善されないままでは、再び被告人が精神的に追い込まれるような状況が危惧されもするが、被告人を服役させることで対処する問題とも言いがたい」。それが2人の夫婦関係に対する司法の判断だった。

 最終意見陳述の際、「冗談を言って笑いあえる家庭に戻りたい。(夫と子ども2人の)4人で普通に暮らしたい」と語っていた樽井被告。結婚生活には衝突はつきものだが、夫婦げんかと言うにはあまりに凄惨な事件を経た彼女は今後、どんな家庭を築いていくのだろうか。

 今年6月8日、ボーガンを規制対象に加えた改正銃刀法が成立した。法改正のきっかけとなったのは宝塚の事件と樽井被告の事件だった。

(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))

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