直前の試合中止はアスリートを壊す…32歳プロボクサーが“タイトルマッチ直前”に明かした本音

直前の試合中止はアスリートを壊す…32歳プロボクサーが“タイトルマッチ直前”に明かした本音

プロボクサー・藤井貴博さん

 飲食店ばかりが注目されるが、アスリートたちも緊急事態宣言の影響を受けている。一試合一試合に賭けるプロボクサーもそうだ。試合中止や延期によって心身ともにダメージを受けるだけでなく、チケットの払い戻しなど経済的にも損害を被っているという。

 2021年6月21日に日本とアジア・パシフィックのベルト2つをかけたタイトルマッチを後楽園ホールで行うプロボクサー藤井貴博(32)が、試合前にその心境を激白した。

プロボクサー・藤井貴博(ふじい・たかひろ):
1989年5月14日生まれ。日本体育大学卒。祖母が人間国宝で両親も東京芸大卒の邦楽家という家柄に生まれる。高校から格闘技を始め、大学在学中にプロデビュー。現在、ボクシング日本スーパーフライ級8位/WBOアジア・パシフィックスーパーフライ級5位。

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 本来なら、去年(2020年)3月に試合をする予定だったんです。当時、日本スーパーフライ級7位の僕にとってタイトルマッチの前哨戦だったので、絶対に落とせない試合でした。勝てばタイトルマッチへ繋がりますが、負ければランキングを落として、いろんなものを失っていたと思います。

 相手の選手も元日本ランカーなんですが、36歳だったので、僕の試合に負けたら強制的に引退という立場でした。逆に勝ってランキングに入れば定年を延長できる。ボクシングの世界で生き残るために、僕を殺しにいく勢いだったと思います。

 そもそも、ボクシングの試合は消耗が激しいので、がんばっても年に3回くらいしかできません。ボクサーにとって一試合一試合は、とても重いんです。それが、急な緊急事態宣言で中止になった。虚無感が大きかったですね。何を食べても美味しくなかった。それでも1回目のときは、まぁしょうがないかなと思っていました。ごちゃごちゃ言っても埒が明かないので、YouTubeで発信を始めようと、前向きにとらえていました。

■突然延期されたタイトルマッチ

 ところが、この5月22日に挑戦が決まっていたタイトルマッチまで延期になった。墨田区総合体育館で試合する予定だったんですが、4月25日に緊急事態宣言が出て、都の施設が使えなくなったんです。今回は、日本とアジア・パシフィックのタイトルマッチです。勝てば一気にベルトを2つ獲れますし、世界ランキングに入る可能性があります。しかし、負けたら引退に追い込まれるかもしれない。そんな大事な試合が、突然10日前くらいに延期となったんです。

 感染が拡大している状況では、仕方ないのかもしれません。しかし、もうコロナ禍が始まって2年目です。確かに当初はわからないことばかりでしたが、これがどんなウイルスなのか、徐々に見えてきたこともあるじゃないですか。「なんかおかしいな」と思い始めて。「早くコロナ終わんないかな」とSNSでつぶやいてるだけでは何も変わらないので、こうしてお話をして、考えを発信したいと思ったんです。

 ぼくたちボクサーは、試合が決まると2〜3ヵ月前から、本番に向けた練習プログラムに入ります。まずは筋力をつけたり、長い距離を走ったりして、スタミナをつけていく。試合1ヵ月前くらいになると、スパーリングとかスキル練習とか、実戦練習の量が多くなる。それから、減量する必要のあるボクサーは、1ヵ月前から減量を始めます。

■1週間で8~10kg落とすボクサーも

 今、ぼくは普段から食事をコントロールしているので減量は必要ないんですが、それでも試合が近づくほど、精神がすり減っていきます。緊張とか恐怖とか。ケガで脳や眼に障害を負う人もいますし、死んでしまう人もいる。人間なんで、勝ち負けの不安もあります。簡単に言うと戦争行く前みたいな感じです。

 ですから、減量のある人は、もっと大変です。8〜10kgを1ヵ月で落とす人もいれば、1週間で落とす人もいる。8kgだったら5kgは食事や運動で減らし、最後の3kgは半身浴をしたりして水抜き。今の時代、サウナスーツを着る人はいないと思うんですが、厚着をして何kmも走ったりもします。

 実はぼくも、若い頃は減量していました。新人王トーナメントに出てた23歳の頃、あるボクサーが1週間で5kgくらい落としていたのを見て、そのほうが筋肉量を落とさず、パフォーマンスが上がるのかなと思って、やってみたんです。計量終ったあとに、一気に7kgぐらいリバウンドさせるやり方なんですが、そしたら、摂食障害になっちゃった。

 とにかく、考えられないくらい食べるんです。試合1週間前なのに、気づいたら駅から家までの間にあるコンビニに全部寄って、大袋2つ抱えて帰っていました。菓子パンだったり、ポテトチップスだったり。それを全部食べちゃって、トイレで口に指を突っ込んで、泣きながら吐いていました。それからは減量がきつかったです。試合のたびに7kgから10kgは減量しなくてはならない。

■減量中に突然、試合延期が決まったら……

 格闘家独特の「弱みを見せてはならない」という心理があるせいか、あまり発信されていませんが、実は無理な減量がたたって摂食障害になる格闘家は結構いるはずなんです。摂食障害になると、食べてはいけない量を食べてしまったことで、死にたくなるくらいの罪悪感に襲われる。

 はっきりした理由はわかりませんが、ぼくは28歳くらいで完全に治りました。でも、それまでの間、うつ状態に陥っていて、ボクシングを2回くらい離れました。このままやってたら心身が壊れると思って。もともと山好きだったこともあって、長野の農家借りて、山籠もりして、テントをかついで、アルプスをずっとうろうろしてました。

 減量って、それくらい厳しいものなんです。それが10日前とかに試合延期になったら、再調整が大変ですよね。いきなり普通の食事に戻したら、リバウンドする可能性もある。今回の緊急事態宣言でも試合が延期になって、摂食障害やうつ病になっちゃった選手がいる。ある人は急な緊急事態宣言で仕事がなくなって、ジムに行けなくなった。それで体重が増えちゃって、まわりの人から「太った」とか、「その体重だとこの階級で試合させない」と言われて、メンタルの調子を崩してしまったそうです。

■チケットの払い戻しは死活問題

 急な緊急事態宣言で困るのは、メンタル面だけではありません。実はボクシングの試合って、興行主がチケットを販売するだけでなく、ボクサー自身がチケットを引き受けて、知人や支援者に買ってもらっている分があるんです。昨年予定していた試合では、100枚弱のチケットを買ってもらいました。地元の商店街のみなさんも応援してくれているので、それくらいの枚数になるんです。1万円席や2万円席もあります。それを、ボクサー自らの手で払い戻さなくてはならない。

 今回のタイトルマッチも、225枚ものチケットを買っていただく予定でした。今回は6月21日に日程がずれたので、そのまま持っていてくれている人もいます。でも、土曜日だった試合が月曜日になったので、来られなくなった方々もいる。なので、やっぱり、いくらかは払い戻しをしないといけない。その作業がすごく大変で。正直、「なんで選手がやんなきゃなんないの」って思いますよね。

 それにチケット収入って、ボクサーにとっては、とても大きいんです。何割かは自分の取り分になるので、100枚、200枚と売れば、何十万円の収入になる。試合のずいぶん前から買ってもらっていますから、当然、生活費として使ってしまいます。なのに、いきなり緊急事態宣言が出たから中止。もらった給料を「全額返せ」と言われるようなものです。入るはずだったファイトマネーだって、もらえなくなる。僕らレベルの選手だと数十万円程度ですが、それでも無くなるのは痛い。

 そもそも格闘家は、練習と減量に集中しないといけないので、試合が決まると仕事を休む必要がある。ぼくはフィットネスクラブに勤めていて、個人でトレーナーをしているお客さんもいるんですが、試合1ヵ月前くらいからは仕事を減らし、2週間前には完全に休ませてもらっています。なので、リアルな話、その間は収入がなくなる。

■練習中のマスクが“逆効果”になることも……

 プロモーターも大変です、ソーシャルディスタンスを維持するために収容人数が会場の定員の半分に制限されているので、チケット収入が半減する。それに、興行前日の計量時に、全選手、審判員、セコンドに対してPCR検査をするのですが、その費用もプロモーターが負担しないといけない。

 さらに、選手の計量と健診を行った後は選手をホテル隔離するのですが、翌日の試合会場入りまでの2泊分もプロモーターが負担しなくてはならない。試合会場の入り口に消毒液を置き、試合会場を消毒する要員も10人ほど必要です。ですから、収入が半減する一方で、感染対策の費用がかさむので、運営が大変だと話していました。

 ボクシングの練習にしても、いろんな制約があります。ジムに入るときは体温測定とアルコール消毒。血中酸素濃度も測ります。さらに、練習中は基本的にマスク。トレーナーもマスクの上に、フェイスガードまでしてパンチを受けるので大変です。ジムの一般会員の中には、練習中に倒れた人もいるみたいです。

 ボクシングって運動強度が高いじゃないですか。場合によっては、マスクしてるほうが危ないケースも多々あると思うんです。でも、上の組織が指針を出していて、加盟ジムは守らなくてはいけない。今、みんな思考停止しちゃって、それが当たり前になってしまっていますが、よくよく考えると奇妙じゃないですか。そもそも、ボクシングは汗や血が飛び散るスポーツです。何もしないよりマシだとは思いますが、マスクはもう感染を防ぐというよりも、「ちゃんと対策してますよ」というポーズの部分が大きいんです。しょうがないですけど。

■五輪選手が“ストレスのはけ口”になっている

 ボクシングだけではありません。オリンピック・パラリンピックも1年延期になって、さらに中止を求める声も上がっている。そのせいで、五輪選手の中には、うつ気味になってる人が多いのではないでしょうか。

 アスリートってみんな、その試合に向けて、すべての人生を賭けて来てるんです。五輪選手だって、純粋にオリンピック・パラリンピックという世界最大の舞台で、目標を達成するために、膨大な時間をかけてきている。彼らにとっては政治でもなんでもなく、純粋な発表の場に過ぎないわけです。その夢の舞台が奪われるかもしれない。それに、開催に賛否両論が起こって、その矛先が時に選手に向かったりするじゃないですか。

 今、SNSを使えば、匿名で何でも言える。なんか選手がストレスのはけ口になってるような気もします。選手たちは精神的にきついと思いますよ。スルーできる人ならいいけど、真正面から受け止めてしまう人もいるので。ぼくが五輪選手だったら、こんな雰囲気の中でやりたくないし、出たいとも思わない。せっかくの夢の舞台を、煙たがられながら出たくない。

 でも、もし中止になったら、今までの費やしてきた時間、なんだったんだろうと思うでしょうね。スポーツって芸術とかとは違って、競技寿命もある。引退せざるを得ない場合には、セカンドキャリアのことも考えなくてはいけない。五輪選手にもカウンセリングや社会的なケアが必要なのではないでしょうか。平和の祭典なのに、全然平和じゃなくなっている。

 とにかく、緊急事態宣言に関しては、何回おんなじことやってんだという、怒りでもない、奇妙な感じというか。あんまり大きな声で言うと非国民みたいに思われるかもしれませんが、「なんでぼくの試合は延期になったのに、東京ドームは客入れて野球やってんの」と思ったりします。

 他にも、舞台を奪われたり、収入にストップがかかってしまったアスリートがたくさんいます。ぼくたちは氷山の一角に過ぎません。国や政府は緊急事態宣言を出すなら出すで、ぼくたちプロのアスリート、スポーツ関係者にも、しっかりわかりやすい補償を出すべきです。補償金がないからみんな困っているんです。アスリートやパフォーマーといった細かい業種まで、補償やケアがしっかり行き届くシステムを打ち出す温かさが、国にはもっと必要なのではないでしょうか。

(鳥集 徹)

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