実母に性行為を見せつけられ、黙って喘ぎ声を聞いていた…息子を殺した母親が幼少期に受けた“性的虐待”

実母に性行為を見せつけられ、黙って喘ぎ声を聞いていた…息子を殺した母親が幼少期に受けた“性的虐待”

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「夫の愛情を独占する息子が許せない」息子を窓から投げ落とした母親の二度の“残虐な行為” から続く

 日本の殺人事件の半数は、家族を主とした親族間で起きている。殺人事件の認知件数は1954年をピークに少しづつ減少しているが、親族間の殺人事件の件数はここ30年ほど変わっておらず、割合としては高まっている。

 なぜ、家庭だけがこんなにも危うい状況のまま取り残されることになったのだろうか。その背景にあるものはーー。ノンフィクション作家・石井光太氏の『 近親殺人―そばにいたから― 』(新潮社)より一部を抜粋し、実際に起きた事件を紹介する。(全2回の2回目/ #1 を読む)

◆ ◆ ◆

小佐野晴彦(仮名)=57歳。恋の夫。会社を経営している。離婚歴あり。前の妻との間に娘が一人いる。

小佐野恋(仮名)=34歳。晴彦の妻。27歳までに二度の離婚歴あり。解離性障害、記憶障害、窃盗癖がある。

小佐野瑞貴(仮名)=5歳。晴彦と恋の子供。母親に甘えられずにいる。

※すべて事件当時の経歴である。

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 晴彦は50歳の頃、当時27歳だった恋とある携帯サイトを通じて知り合い、すぐに交際を始め同棲生活を開始した。その後、恋に窃盗癖や虚言癖があることを感じるも、惚れ込んでいたこともあり、深刻なものとして受け止めなかった。

 2009年に瑞貴が生まれ、翌月に入籍し、家族三人の新婚生活がスタートしたが、恋が瑞貴をかわいがることはなかった。恋は瑞貴と目も合わせず、話しかけることはほとんどなかったという。

 2014年12月29日、事件は起きた。恋は晴彦が外出している中、寝ていた瑞貴を13階のマンションベランダから投げ落とした。帰宅した晴彦が窓の真下は植え込みに瑞貴が倒れているのを発見し、すぐに110番通報をしたが、瑞貴は助からなかった。

 事件後、警察は晴彦の証言を受けて恋の身柄を拘束した。事情聴取で恋が殺害そのものを否定したため、警察はクリスマスパーティーでの一件を殺人未遂として逮捕した上で取り調べを進めたのだ。

 翌年1月からは責任能力を調べるために鑑定留置(被疑者を精神鑑定するために病院等に留置すること)が行われたが、その間も恋は頑なに容疑を否認し、「瑞貴が勝手に窓から落ちただけ」と言い張った。そんな彼女がようやく事実を認める供述をしたのは、4月に鑑定留置が終わって殺人未遂で起訴された後だった。

 恋は次のように述べた。

「子供が好きじゃなかった。育児で疲れて精神科に通うほどだったので、いない方がいいと思っていた。それに、夫の気持ちが息子に向いているのが許せなかった。それで瑞貴が邪魔になって窓から転落死させた」

 瑞貴は自分から自由な時間と夫の愛情を奪う存在でしかなく、それを消し去るために窓から投げ落としたと認めたのだ。

 6月に入って殺人罪でも起訴され、再びメディアによって大きく報じられた時、ネットのコメント欄には恋のあまりに身勝手な行動に怒りの声が溢れた。その大半が、恋を悪鬼同然の女性であるとして、事件は絶対に許しがたいとするものだった。精神を病んでいたことを差し引いても、世間の反応は当然だろう。

 一方、公判で弁護側が明らかにしようとしたのは、恋が抱える心の闇だった。単に病気の女性が起こした犯罪と見なすのではなく、彼女の生い立ちをたどることで、心が蝕まれた経緯に目を向けることが重要であり、それが事件の本質だとしたのだ。弁護士の主張と取材から見えてきた恋の半生は、たしかに想像を超えるものだった??。

 物心ついた時から、恋の家庭には父親も母親もいなかった。恋は親に捨てられた子として育ったのだ。

 恋の母親は、愛子といった。愛子は子供の頃から素行が悪く、問題児として知られていた。思春期以降は夜の街に入り浸って親の手に負えなくなり、実家を出てからはSMクラブで“女王様”として働くようになる。その頃にはもう実家とのやりとりはなくなっていた。

 1980年5月、夜の街で働いていた愛子は当時付き合っていた男との間に、長女の恋を出産する。だが、出産後すぐに男に逃げられ、養育費ももらうことができなかった。頼る人がいなかったことから、彼女は生後9カ月の恋を抱きかかえて実家にもどった。

■娘が邪魔になって友人に預けた母親

 実家に暮らす恋の祖父母は、愛子が唐突に赤ん坊を連れて帰ってきたことに驚きを隠しきれなかった。愛子は説明という説明もせず、祖父母に恋の世話を押し付けて、自分は夜遊びをするなどしたい放題だった。さすがに祖父母が堪忍袋の緒を切らして注意したところ、愛子は「めんどくさい」とばかりに恋を抱いて実家を出て行った。

 愛子が再び実家にもどってきたのは、一年ほど経ってからだった。小言を言われるのが嫌で自分で何とかしようとしたものの、育児がうまくいかずに頼ってきたのだ。だが、この時も祖父母とぶつかり、愛子は恋を抱いていなくなった。

 祖父が心配して捜し回ったところ、愛子は恋を友人の家に預け、自分は別の男の家に転がり込んでいた。男と同棲するのに、恋が邪魔になって友人に預けたようだ。

 祖父はこれでは恋があまりにかわいそうだと思い、その友人に言った。

「愛子が面倒を見ないなら、私たちに恋を引き取らせてくれませんか」

 友人は冷たく言い放った。

「私が頼まれて預かっているので、勝手に渡すわけにいきません」

 祖父はそれ以上強く言うこともできず、後ろ髪を引かれるような気持ちで立ち去った。

 この友人の家で、恋がどのような日々を過ごしていたのかはわからない。おそらく厄介者として邪険に扱われ、愛子が会いに来ることもほとんどなかったのだろう。1歳だったため、恋自身にも記憶がない。

 実家を頼って、愛子が三度目にもどってきたのは、さらに1年が経ってからだった。友人からこれ以上恋の世話をできないと言われて突き返されたという。愛子は祖父母に言った。

「私、男の人と別のところに住んでいるの。だから、この子の面倒は見られない。代わりになんとかして」

 その言葉にはあきれ返るしかなかったが、断ったところで犠牲になるのは恋だ。それなら自分たちの手で育てた方がいい。

 祖父は言った。

「わかった。恋を置いていきなさい。私が世話をするから」

 引き取って自分が親代わりになることにしたのである。

 この頃のことを祖父は次のように振り返る。

「愛子は恋に対して冷ややかでした。彼女はいつも男を連れていたので、恋のことが邪魔だったんでしょう。恋はかわいそうな子でした。私は、愛子の代わりに愛情をかけて育てようと決めました。恋には父親がいませんでしたから、私が父親になってあげようと、公園や釣りに連れて行ったりしました。よく肩車とか追いかけっこをした記憶があります」

 祖父が愛情を注ぐ一方で、愛子が実家に来るのは1年で数えるほどだった。恋は自分を育ててくれる祖父母を「パパ」「ママ」と呼ぶ一方で、たまに会う愛子のことは「ネネ」と呼んで距離を置いていた。

■「クソガキ、ぶっ殺すぞ」

 恋はこの時期が人生において「すごい幸せ」だったと語る。ただ、彼女は祖父に愛着を抱くものの、祖母にはそうではなかったようだ。彼女の言葉である。

「おじいちゃんの家で生活した時は楽しかったです。おじいちゃんはかっこよくて、優しくて、何でもできました。しゃべり方も丁寧。よくお散歩につれていってくれたり、抱っこしてくれたりして、私の太陽みたいな人でした。

 おばあちゃんは庭の手入れをまめにする人で、ごはんをつくってくれたり、学校へ送り出してくれたりしました。でも、甘えることはできませんでした。スナックで働いていてお金にがめつい人で、私にお酒をつくらせて、酔うと人の悪口ばかり言ってきたんです」

 後に恋が23歳離れた晴彦と結婚し、過剰な愛情を求めた背景には、祖父へのそんな憧憬があったのかもしれない。

 実家での幸福な生活に終止符が打たれたのは、恋が小学3年生の時だった。愛子が実家にやってきて、こう言ったのだ。

「これから恋は私が育てる。だから返して」

 恋は知らなかったが、祖母は愛子に「養育費」と称して度々現金を要求したり、高級ブランドの腕時計などを買わせたりしていた。愛子はそれに嫌気が差して、恋を引き取ることにしたのだ。

 当時、愛子は風俗店で働きながらアパートで章介という恋人と同棲しており、恋はそこで暮らすことになった。章介は“ヒモ”を絵に描いたような男で、愛子から小遣いをもらいながら、毎日のようにパチンコ店、競輪場、競馬場に通ってギャンブルに溺れていた。

 夜は愛子が仕事でいないため、恋は章介と二人きりになることが多かった。章介は酒癖が悪く、ギャンブルで負けた日は憤懣を恋にぶつけてきた。恋がテレビの前にいるだけで、「なんで、ここにいるんだ」「クソガキ、ぶっ殺すぞ」と怒鳴りつけ、力いっぱい頭を殴りつけたり、背中を蹴りつけたりする。顔を見るだけで、「ブス! 部屋にこもってろ!」と罵った。

 恋は章介の暴力について次のように述べる。

「あの人は私のことがとにかく嫌いだったみたいです。リビングですわっているだけで、文句を言われて首を絞められました。首を掴まれて宙に持ち上げられたこともあります。お酒を飲んでいる最中だと、中身が入っている缶ビールを投げつけられました。いつも部屋に行けと言われていたんで、私のことが目障りだったんだと思います」

 この頃から、恋は大きな音を聞くと恐怖で手足が動かなくなったり、全身がガタガタと震えだすようになった。章介の怒鳴り声、壁を蹴りつける音、食器が割れる音が、彼女の心にトラウマとして刻み込まれたのだろう。

■章介と愛子は恋に性行為を見せつけて楽しんでいた

 やがて章介は恋に対して性的虐待を行うようになる。そのことを、恋は次のように語る。

「部屋で静かにしていると、あの人がやってきて私の足首を掴んで股を開いて足でいやらしいことをされました。すごく恥ずかしかったです。

 また、寝室が同じだったので、私が寝ているそばで、あの人と母がセックスをすることもありました。私が起きているのをわかっててやるんです。

 初めの頃、私は二人が何をしているのかわからなくて、母の大きな声が悲鳴のように聞こえました。それでいじめられていると思って、『やめて!』と叫んだんです。でも二人は無視してセックスしていました。

 セックスの意味がわかってからは、私は同じ部屋で二人がはじめても黙っていることにしました。眠っているふりをしている時もあれば、黙ってよそを見ているだけのこともありました」

 章介と愛子は恋に性行為を見せつけて楽しんでいたようだ。たまに恋を連れてラブホテルへ行き、広いダブルベッドでセックスをはじめた。その間、恋はソファーや浴室で黙って二人の喘ぎ声を聞いていなければならなかった。

 中学に進学した頃、恋の胸の内では愛子と章介に対する憎しみが爆発寸前まで膨らんでいた。彼女は3歳年上の先輩と交際をはじめると、実家から飛び出して彼の家で寝泊まりするようになった。その家には、彼氏の両親や兄弟も住んでいたというが、家出同然の少女を家に泊めて平然としているくらいなので、普通の家庭ではなかったのだろう。それでも恋にしてみれば、親から逃げられるだけで満足だった。この頃にはすでに万引きをはじめていたものと思われる。

 中学卒業後、恋はガソリンスタンド、カラオケのアルバイトを経て、水商売の世界に入った。学歴も、親の支援もない彼女にとって、そこが数少ない稼げる場だったことは想像に難くない。

 だがこの時、小学時代からつみ重ねられてきたトラウマは、恋の心をボロボロにし、人格や常識を大きく歪めていた。警察の記録によれば、窃盗癖に加えて、パニック障害、虚言癖もはじまっていたようだ。そうした中で、彼女は27歳までに二度離婚し、子供の親権も前夫に渡していた。

 そんな彼女がインターネットで出会ったのが、50歳の晴彦だったのだ。晴彦は恋の過去をほとんど知らなかったが、一緒に暮らしはじめて心の闇に気がついた。落ち度があったとすれば、その時点できちんと彼女の抱えている問題を直視せず、なんとかなると高をくくっていたことだ。

■母親に下された判決

 恋の心は、晴彦が考えていたよりはるかに壊れていた。そして自分を傷つけつづけた母親の愛子の死を知ったことで、緊張の糸が切れたかのように一気に精神が崩壊していった。解離性障害や記憶障害が重症化した時には、もはや自分をコントロールする術を失っていたはずだ。そんな彼女が心のバランスを完全になくしている中で引き起こしたのが、今回の事件だったのである。

 公判において、弁護側の証人として出廷した女性医師も、恋の異常行動には幼少期の虐待が深くかかわっていると主張した。精神鑑定では、これまで述べた精神疾患に加えて、次のような問題があるとされた。

 ・軽度の知的能力障害(IQ60)

 ・適応障害

 ・混合性のパーソナリティー障害

 虐待を受けた子供たちが脳に大きなダメージを受け、こうした障害を抱えることになるのは医学的にも証明されているが、どこまでが先天的なもので、どこまでが虐待による後天的なものかまで証明することは困難だ。ただ、恋が自分の子供を愛することができず、夫の愛情を求めるあまり瑞貴を殺害した背景には、幼い頃から背負いつづけた無数のトラウマと病理が関係しているのは確かだ。

 公判では、恋の支離滅裂な発言が目立った。彼女は一旦は殺人を認めていたにもかかわらず、突然「窓から(瑞貴を)落としていません」と言ったり、「反省しているのは(瑞貴の)首を絞めたことだけです」と言ったりした。嘘をついているというより、何が事実なのかわかっていない様子だった。

 裁判に証人として出廷した晴彦は、こう言い捨てた。

「私自身、息子を守ってやれなかったのが無念です。遺骨は納骨せずに持っています。(落としたことを恋が否定している以上)このままでは瑞貴も成仏できません。事件の真相を明らかにしてほしいと思います。私は木村恋を憎んでいます。厳しい処分を望みます。木村恋は私にかかわらないでほしいです」

 もはや恋は憎しみの対象でしかなくなっていたのだろう。

 裁判長は判決を下すにあたって、恋が精神疾患を抱えていたことは認めつつ、大幅な責任軽減の理由はないと判断。そして次の判決を下した。

 ??懲役11年(求刑・懲役15年)。

(石井 光太)

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