“ぼったくり男爵”バッハ会長、母国・ドイツでの評判は「お金に汚いビジネスマン」

【東京五輪】IOCトーマス・バッハ氏、母国ドイツでは悪く言えば『お金に汚い』との評

記事まとめ

  • IOCのトーマス・バッハ会長は、その発言から日本での評判はすこぶる悪くなっている
  • バッハ会長の母国ドイツの評判は、悪く言えば『お金に汚い』と思われているという
  • 独ではコロナ翻弄される前から五輪を懐疑的な目で見る人も多く、その訳にヒトラー存在

“ぼったくり男爵”バッハ会長、母国・ドイツでの評判は「お金に汚いビジネスマン」

“ぼったくり男爵”バッハ会長、母国・ドイツでの評判は「お金に汚いビジネスマン」

IOCのトーマス・バッハ会長 ©AFLO

 最近、日本ではIOCのトーマス・バッハ会長の評判がすこぶる悪いです。

 まず東京で緊急事態宣言が発令中であった3月、同氏が東京オリンピック・パラリンピックについて「安全で確実」に開かれると発言したことが問題になりました。

 その後4月末に行われた5者協議の挨拶では、「歴史を通して、日本国民は不屈の精神を示してきました。逆境を乗り越えてきた能力が日本国民にあるからこそ、この難しい状況での五輪は可能になります」と無根拠な発言をさらに繰り返したことから同氏の評判はガタ落ち。どこか「日本人は褒めておけばいいや」と言いたげな、上から目線な物言いに筆者は嫌なものを感じました。

■母国ドイツでの評判は?

 ところでバッハ会長、彼の母国ドイツでの評判はどうなのでしょうか? バッハ会長はもともとフェンシングの選手。1976年のモントリオールオリンピックでは金メダル(フルーレ団体)を獲得しています。

 ただ近年の彼はスポーツマンとしてよりも、「やり手のビジネスマン」として有名です。引退後、弁護士となった彼は1991年にIOC委員に就任。現在は9代目会長として年間約3000万円の報酬を受け取るだけでなく、IOCが設立した財団の理事長や、子会社の社長も兼務し、それらの報酬は非公開とされています。

 バッハ会長の「お金がらみ」の問題でドイツで最も話題となったのが、かつて彼が産業機械大手のシーメンスと結んだ顧問契約でした。彼は2000年からシーメンスの相談役を務めていましたが、同社から年間40万ユーロ(約5300万円)の顧問契約料のほかに「日当」として1日に5000ユーロ(約66万円)を得ていたことが明るみになったのです。

 当時のシーメンスの監査役会は、年間契約料が高額である場合、日当が追加で支払われる状況は「まったく一般的ではない」として高額報酬を問題視し、2010年に彼との契約を打ち切りました。こうした問題があったことから、ドイツでバッハ会長といえば、「桁違いの報酬の人」というイメージで、よく言えば「やり手のビジネスマン」、悪く言えば「お金に汚い」と思われています。

■ドイツ人が彼を「ぼったくり男爵」と呼ばない理由

 オリンピックが近づくにつれ、バッハ会長をはじめとしたIOC関係者や各競技団体幹部が大会期間中、The Okura Tokyo、ザ・プリンス パークタワー東京、グランドハイアット東京など高級ホテルの全室を貸し切り、本来は一泊300万円の部屋に4万円で宿泊し、その差額は組織委が負担することになっているなど、その特権ぶりが広く報じられています。

「五輪貴族」という言葉も話題になりました。あまりに庶民感覚とかけ離れた待遇を、遠慮なく要求するIOCの様子が「まるで貴族のようだ」と言われているわけです。

 五輪貴族以上に衝撃的だったのは、アメリカのワシントン・ポスト紙がバッハ会長のことを「ぼったくり男爵」と名付けたことでしょう。「男爵」という言葉は、その響きの面白さからか日本のメディアでも多く取り上げられました。

 ところが、ドイツでこの件はほとんど取り上げられていません。というのも、ドイツには今も男爵の家系だと分かる苗字(男性Freiherr、女性Freifrau、男性Baron、女性Baroninなど)が残っているからです。

 もしバッハ氏が男爵の家系であれば、「ぼったくり男爵」の異名はドイツでも通用したはず。ドイツ人の感覚からしたら、「なぜバッハを批判する際に『男爵』という言葉が出てくるのか」と不思議に思うわけです。

■オリンピックを冷めた目で見るドイツ人たち

 新型コロナウイルスの感染状況について、いまだ収束の目処が見えないことから「オリンピックなんてやっている場合ではない」という声もあり、その開催を冷めた目で見る日本人も少なくありません。

 一方、ドイツ人はコロナに翻弄される前から、オリンピックを懐疑的な目で見る人も多かったことをご存知でしょうか? たとえば数年前に「2022年の冬季オリンピック候補地」としてドイツのミュンヘン市が立候補を検討していました。しかし2013年に開催にまつわる住民投票を行ったところ反対派が多数。結局、ミュンヘン市は立候補を断念しています。

「大規模なスポーツイベントが行われると環境が破壊される恐れがある」「無理な建設で財政が圧迫されるのが心配」など反対意見は様々でしたが、そもそもドイツ人は「大規模なイベントによって世界から注目されること」よりも「地元の人の居心地よさ」のほうが優先されるべきと考える傾向があります。

■オリンピックでちらつく「ヒトラーの存在」

 ドイツ人がオリンピックを懐疑的な目で見る理由は、アドルフ・ヒトラーの存在も大きいです。ヒトラーは戦争の準備をしていたとされる1936年にベルリンオリンピックをやってのけました。

 彼が政権を握った1933年からドイツでは、ユダヤ人の商店や銀行、病院、弁護士、公証人などに対する不買運動が続いており、オリンピック前年の1935年にはユダヤ人から公民権を奪い取った悪名高いニュルンベルク法が成立しています。

 ユダヤ人に対する差別的な政策の数々がオリンピックの理念にそぐわないとして、多くの国がドイツでのオリンピック開催に反対し、最終的にはアメリカが「全ての人種を平等に扱うこと」「ドイツのユダヤ人をオリンピックに参加させること」を開催の条件としてヒトラーに突きつけています。

 オリンピック中止を防ぐためにヒトラーは表向きには条件を呑み、全ての宗教と人種を平等にオリンピックに参加させると約束しました。しかし、その約束は破られます。

「ユダヤ人を平等に扱っている」「ユダヤ人もオリンピックに参加できる」と示そうとナチス政権は、ユダヤ人差別から逃れるため既にイギリスに渡っていたドイツ系ユダヤ人の走り高跳び選手マーガレット・ランバート(1914年〜2017年)をドイツに呼び戻します。彼女は走り高跳びドイツ記録の保持者で、メダル獲得も夢ではない実力者でした。

 なお彼女が戻った表向きの理由は「オリンピックに出場するため」というものでしたが、後に「ドイツに戻らない場合、ドイツに残っている家族に危害が及ぶとナチス政権に脅された」と告白しています。

■ナチスのプロパガンダに利用されたベルリンオリンピック

 ユダヤ人の運動場使用が禁止されるなどの逆境下、彼女は出場に向けてトレーニングを重ねました。しかし、その努力が実ることはありませんでした。ユダヤ人の出場をどうしても阻止したかったナチスが「あなたの走り高跳びの成績はオリンピックに出場するには十分ではない」という手紙を送り、世間に対しては「彼女は怪我をしたため、不出場となった」と偽情報を発表したからです。

 そして国家レベルでユダヤ人差別が横行していたにもかかわらず、ベルリンを訪れた外国人たちがその実情を目にすることもありませんでした。当時、いたるところに設置されていた「Juden unerw?nscht(ユダヤ人を歓迎しません)」という看板がオリンピック期間中は撤去され、彼らに対する差別的発言も禁止されていたからです。

 結局、ベルリンオリンピックはナチスのプロパガンダに利用されたわけです。ナチスにはスローガン「Olympia ? eine nationale Aufgabe(オリンピックは我が国民の使命)」のもとドイツ国民の結束を深め、ゆくゆくはその結束を戦争に利用しようという目論見がありました。

 現在もドイツには「純粋にスポーツが好きだからオリンピックを楽しみにしている」という人はもちろんいます。しかしオリンピックが「無邪気に喜べるイベントではなかった時代」があったという歴史を多くのドイツ人は忘れていません。

(サンドラ・ヘフェリン)

関連記事(外部サイト)