弱者を助けるのは善いこと? 福祉国家イギリスのチャリティ史を「3つの気持ち」を軸に読み解く

弱者を助けるのは善いこと? 福祉国家イギリスのチャリティ史を「3つの気持ち」を軸に読み解く

『チャリティの帝国』(金澤周作 著)岩波新書

 福祉国家のイメージが強いイギリスで、「チャリティ」もまた盛んに行われていた。その歴史はどれほど知られているだろうか。

 本書は、英国近代史、中でもチャリティ史を専門とする、金澤周作氏の初の新書。ヨーロッパにおけるチャリティの起こりから、自助や互助組織での助け合いと並んで、いかにチャリティが社会と密接に結びついてきたのかを詳しく解説する。産業革命によって近代資本主義を牽引した英国で、チャリティ、すなわち、社会から零れ落ちた弱者を救う民間の慈善活動は、資本主義と両輪になり社会を支えてきたことが分かる。そもそも、なぜ金澤氏はこの分野に関心を寄せたのか。

「1995年、僕が卒業論文を提出した数日後に阪神・淡路大震災が起きました。同期生が亡くなり、親戚の家の屋根が崩壊する中、政府の復興支援に先駆けて、バイクなどで被災地に向かう人々の姿がメディアで取り上げられました。のちに95年が“ボランティア元年”と呼ばれるように、民間の慈善活動が一般的になっていく様を目の当たりにしたのです。修士論文で、本書でも言及した英国の海難救助の歴史――今でもライフボート協会という民間の慈善団体が全国で海難救助を担っています――に触れたこともあり、さらに調べていくと、病院や大学もチャリティを起源とする事がわかりました。英国を支えてきたチャリティに興味を持ち、博士課程で専門にすることにしました」

 16、17世紀に制定された“エリザベス救貧法”を始め、福祉国家化の土台となった救貧法をメインにした研究は多いが、チャリティにまつわる研究は、90年代まで英国内でもほとんどなかったのだという。

「国家による福祉制度は、ある種社会を完成形に近づける、素晴らしいものと思われていました。それに引き換え、金銭に余裕のある人がお金を出し、貧困層に施すことが主流のチャリティは、恩着せがましく、古い階級社会を想起させるものでした。実際英国で、40年代に福祉国家としての基盤が出来上がった後は、チャリティはすたれました。しかし、80年代にサッチャーが福祉制度を壊していったあと、国による救済ではない形の福祉のあり方を模索することになった。その中でチャリティ研究が本格化したのだと思います」

 本書では、時代ごとのチャリティの在り方を、「三つの気持ち」を軸に解明していくところが面白い。

「救貧法は、全国で徴収した税金を原資にするので、規模が分かりやすいのですが、チャリティの場合、各々が民間で行う活動なので、GDPへの貢献度や、何人が助けられたのかの全体像が分かりません。しかし、チャリティの価値は、お金に換算できるものだけでなく、誰かを助けた、助けられた、という時に発生する温かい気持ちにもあることに気づきました。最善でない社会でも、チャリティに関わることによって、コミュニティへの帰属意識、社会を形成する一員であるという意識が生まれるんです」

 もちろんチャリティは、全くの善なる活動というわけではない。格差是正に寄与するとは限らず、奴隷貿易を進めた商人が地元ではチャリティ活動に精を出していた、という事例もあり、評価が難しいところだ。

「チャリティが資本主義への不満のはけ口になっている側面はあり、それが格差の固定化に繋がる部分もあります。しかし、いい面しかない社会はあり得ない中で、よりよい社会を作るために、試行錯誤は必要です。チャリティはそうした試行錯誤の歴史なんです」

かなざわしゅうさく/1972年生まれ。京都大学大学院文学研究科教授。専攻は近代イギリス史。著書に、『チャリティとイギリス近代』、『論点・西洋史学』(監修)、『海のイギリス史――闘争と共生の世界史』(編著)などがある。

(「週刊文春」編集部/週刊文春 2021年7月15日号)

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