《鳥栖市いじめ後遺症訴訟》カッターをカチカチと鳴らしながら振り下ろし…いじめは認定でも、学校側の責任は不問に

《鳥栖市いじめ後遺症訴訟》カッターをカチカチと鳴らしながら振り下ろし…いじめは認定でも、学校側の責任は不問に

実名、顔出しでいじめ被害を訴えている佐藤和威さん(21)

 佐賀県鳥栖市立の中学校で2012年4月の入学直後から、発覚する10月までの7ヶ月間、佐藤和威さん(21)は複数の同級生から暴力を繰り返された。和威さんと両親、妹は、加害生徒のうち8人と保護者に損害賠償を求め、また学校の対応が安全配慮義務に反するとして鳥栖市を訴えていた。

 7月12日、福岡高裁(増田稔裁判長)で判決言い渡しがあった。一審同様に、鳥栖市に対する請求を棄却した。一方、いじめについて、弁護団は「拷問・恐喝行為」と位置付けてきたが、「肉体的、精神的苦痛を与える加害行為を継続的に受けた」として、個々の行為を判断した一審よりも厳しく認定した。

 いじめのきっかけとなる出来事は、中学入学前、加害者Aが、和威さん宅付近で3、4歳の女児にエアガンを向けて撃っていたときに起きた。それほど威力の強いものではなかったが、その女児は泣き出してしまった。その場にいた和威さんはAの行為を止めようとしたが、エアガンを撃つのをやめなかった、と控訴審では認定された。

「加害者Aから『いい格好しやがって』と言われました。Aとは、同じ小学校だったんですが、それまで何もされていませんでした。今、あのときに戻っても、女児へのいじめを止めていると思います」(和威さん、控訴審口頭弁論後の筆者の取材に)

■このような判決だと、同じような被害にあっている子が救われない

 この日の判決言い渡しでは、増田裁判長は「判決を変更する」としたものの、いじめの認定はされていた。しかし、市の安全配慮義務違反が認められなかったため、閉廷後、和威さんは腕を組みながら肩を落とした。両親と妹はしばらく席を立とうとしなかった。和威さんは判決後の会見で一呼吸してから、声を振り絞る様にこう述べた。

「今回の判決を受けまして、加害者がやったことはだいたい認められましたが、市側にあった加害行為(安全配慮義務違反)は認められませんでした。第一審と同じように、“こういう被害行為にあった子どもは、死んだほうがいい”と言われているようなもの。このような判決だと、当時の自分を含め、同じような被害にあっている子というのは救われることはない」

 判決は、2012年当時、文部科学省が調査で用いていた「いじめ」の定義について、「当該児童生徒が、一定の人間関係のある者から、心理的、物理的な攻撃を受けたことにより、精神的な苦痛を感じているもの。なお、起こった場所は学校の内外を問わない」とした上で、和威さんは「他の生徒からいじめを継続的に受けていたと認めることができる」「他人の身体や財産等を害してはならず、これを害した場合にはその行為の責任を負わなければならない」とした。

■体や心の痛みを回避するため、解離症状を発症

「佐賀地裁では、一つひとつの行為をバラバラにして個別に判断していましたが、控訴審では、5人の加害生徒に対して、継続的に不法行為が行われたとして、その範囲では連帯責任を負わせるという形になっています。原審の見直しがなされ、いじめの一定の理解がなされています」(弁護団、控訴審口頭弁論後の会見)

 加害者Bは2012年5月上旬、和威さんに対してお金を要求した。しかし、和威さんがお金を持ってこないため、腹をたてて、和威さんをエアガンで撃った。その後、和威さんは家からお金を持ってきて、Bに渡している。また、AとBは、「スーパーセンタートライアルみやき店」に行く前、金銭を要求したが、和威さんが持っていかない場合は、殴る・蹴るなどの暴力を振るわれることもあった。これも認定された。

 毎日のようにエアガンで撃たれているためか、和威さんは、体や心の痛みを回避するため、解離症状を発症していく。1学期や夏休み期間中、自宅近くの神社でも、一方的にエアガンで撃たれる“サバイバルゲーム”をした。以前の取材で訪れたとき、現場にはエアガンの弾がまだ落ちていた。

■かばうふりしてお金を取る“平和条約”

 このとき、AとB、さらに別の加害者Cが、和威さんへの加害行為を阻止するが、守ってやったという理由で金銭を要求した。判決では“平和条約”を認定していた。この“平和条約”は、一審では、加害行為の一覧のある別紙での掲載扱いだった。控訴審判決では、本文中に書き込まれた。

「加害者たちが僕を盾にしていました。盾になっているときは、加害者たちは撃たないんですが、その代わりにお金をよこせ、と言われるんです。これを“平和条約”と呼んでいました。ただ、そのうち、僕だけが標的になっていました。この“条約”は学校で暴力を振るわれているときも同じです。かばうふりして、お金を取るんです。エアガンの弾は痛いんですが、そのうち、弾が止まっているようにも見えてくるんです。体を通り抜けるようにも感じてきたんです」(和威さん、一審判決前の取材時)

 また、クラスで行われていた“プロレスごっこ”について、一審判決では「男子中学生がプロレスごっこなどの名称で格闘技をまねるなどして身体的接触を伴う遊びをすることは珍しくない」「身体的な接触行為により一定の苦痛を受けることを承諾していたといえる」などとして不法行為に認定しなかった。

 しかし、控訴審判決では、「遊びやじゃれ合いの範疇を超え、和威さんが苦痛を感じる程度の暴力というべき有形力の行使がされることも多かった」「社会通念上許されるとか、不法行為が成立しないことになるとは解されない」として、不法行為とした。

■“兎狩りロード”と呼ばれた農道で走らされ、後ろから……

 そのほか、具体的日時は不明だが、例えば、

・Bが、カッターを片手にカチカチと音を立てながら、和威さんに対して金銭を要求。腕をつかんで、カッターナイフの刃を出したまま振り下ろし、腕にあたる直前で止める行為をしていた。

・Dは、授業中ノコギリを振り回し、和威さんとEに向けた。

・Eは、和威さんの手の指を手首につくくらい曲げたり、ゲームの真似と称して三角定規で和威さんの首と背中の間をこすったりした。また、和威さんの首にEが腕を回して抱え込む「首ロック」をかけた。

 などの内容も認定されている。いじめられた現場の一つ、農道は加害者の間で“兎狩りロード”と呼ばれていた。

「4月は毎日のように、走らされて、後ろからエアガンで撃たれていたんです。当時、外出するときは、ジャージを着ていました。持っている服のなかで最も痛みを和らげることができたものでした。普通なら、外出時にジャージは着ません」(和威さん、一審判決前の取材時)

 こうした事実認定をした上で、反論した加害生徒たちの供述や陳述の信用性がないとして、共同不法行為を認めている。つまり、AとB、C、D、Fの5人が和威さんに対して「中学校入学後のある時点から、10月23日までの間、継続的に加害行為(暴行及び嫌がらせ行為)を加えて」いるとして、連帯して責任を負う、とした。E、G、Hについても、継続的ないじめを認定できないとしているものの、8人全員の賠償責任を認めた。

 控訴審第一回口頭弁論後の記者会見で弁護団が「いじめは個々の行為で判断するのではなく、全体の関係性を判断すべき」と話していたが、その通りの方向性となった。

■いじめに気付いた家族がカバンにICレコーダーを仕掛けた

 ちなみに、いじめ発覚のきっかけは、ICレコーダーの録音だ。和威さんがいじめられていたと主張する時期は、中学1年生の4月から10月下旬。母親は当時、脳梗塞で入院中だった。父親は慣れない家事で手一杯だが、和威さんの異変を感じ始めていた。6月ごろから外出が多くなり、夜遅く帰ってくるようになった。9月には、和威さんがトイレで尿を撒き散らした。そんな中、いじめに気が付いたのは妹だ。体の傷を見つけ、家族は和威さんに黙って、ICレコーダーをカバンに仕掛けた。いじめのやりとりが録音できた。

 加害者の保護者の責任も争点だった。しかし、責任は認められなかった。理由としては、加害者が「家庭内で暴力的な態度を見せることはなかった」「素行に問題があると認識することができたとは言えない」「中学校から両親に対して注意や連絡があったとは認められない」などとして、加害者の「問題行動を認識することが可能であったにもかかわらず、監督義務を怠ったと認めることができ」ない、とした。

■市の責任については消極的な判断

 市の責任についても、控訴審判決では、いじめが発覚する10月23日以前に、一定程度、担任がいじめの行為を認めていながらも、「(安全配慮)義務を怠ったと認められることにはならず、本件で認められる事実を考慮し、本件の全証拠を検討しても、市教委が義務に違反したと認めることはできない」などとして、一審同様、認めなかった。謝罪文を書かせたこと、一時期部活を参加停止させ、別室登校として特別指導をしたこと、和威さんへの支援会議を複数回したことなどから、事後対応についても安全配慮義務違反はないとした。

「原審に続き、鳥栖市に対する責任は否定しました。担任教諭が、いろいろ端緒となりそうな出来事は認識しながらも、それをもっていじめが起きること、その後のいじめの予見ができなくても仕方がないという内容で、佐賀地裁判決と傾向は同じです。

 教育のプロである教師が、積極的にいじめの端緒となる行為を探っていかなければいけない姿勢を認めませんでした。他の判例では、教育のプロとしての教員の責任と認めるものもありますが、今回は消極的でした」(弁護団、控訴審判決後の会見)

■現代の精神医学やいじめ論としては、裁判所は遅れている

 心的外傷後ストレス障害(PTSD)の発症も認めていない。控訴審判決では、「いじめ被害に遭ったことのみで外傷的出来事の基準を満たすと判断することはできない」などを理由にした。また、医師の報告書の記載では、和威さんがどんないじめ行為を受けた事実があることを前提として診断したのか明らかではない、とした。一方、いじめによって「精神的苦痛を受け、精神症状を発症して通院を余儀なくされた」とした。ただし、精神的苦痛がいつまで続いたのかについての言及はない。

「佐賀地裁はPTSDを認めたわけですが、控訴審判決では認めず、精神的苦痛として損害を評価しました。日本を代表するトラウマの専門医の意見書を出しました。医者が和威さんから具体的な加害行為を聞き取っていないというので、PTSDを認めていません。裁判所との認識のギャップがありました。現代の精神医学やいじめ論としては、裁判所は遅れていると言えます。こういうところで免責されると、裁判所では、いじめが永遠に認められなくなってしまいます。真面目な人がバカを見ることになります」(弁護団、控訴審判決後の会見)

■母や妹に危害を加えると脅されていた

 また、財産的損害について高裁判決では「32万8400円」と認定した。ただし、和威さん側の主張によると、自宅には母親の脳梗塞の再発に備えた入院費用70万円が保管されており、このお金に手をつけた。そのほか、自分が将来のために貯めておいたお年玉や妹の貯金も含めて、少なくとも100万円を加害生徒たちに奪われたと主張していた。

 なぜそこまでして、それらの金銭に手を出したのか。和威さんは「お金を持っていかなければ、母や妹に危害を加えると脅されていたためです。そのため、仕方がなく持っていかざるを得ませんでした。自分はどうなってもいいと思っていました」と振り返った。

■見て見ぬフリをする担任には相談できなかった

 和威さんが、いじめについて家族だけでなく、担任ら学校側にも被害を話していない。それは担任の態度が一因としてある。そのことを高裁での意見陳述で述べている。

「担任の先生は私が暴力を受けている時も、見て見ぬフリをしていました。そんな先生に相談することはできません。いじめに苦しむ人は、その場をしのぐことで精一杯で、どこに助けを求めればよいのかわかりません。また『相談すれば、必ず救ってくれる』という確信が持てず、声をあげることはできません」

 しかも、いじめ発覚後、2年生の担任は、一見、味方のような関わりをしたが、裏切られたという。

「2年生の担任は『俺が助けてやる。一生付き合うから』と私を抱きしめて言いました。何度も家庭訪問に来てくださり、親身になって話を聞いてくださいました。本当に心強かったです……(中略)……先生の態度が1学期の終わり頃から変わってきました。私と二人だけの時に、母や家族に対する不満はないかと何度も聞くのです。私は先生の態度に違和感と不信感を抱くようになりました」(同意見陳述)

■「佐藤和威を取り戻す」ために

 ちなみに、判決後の会見では、和威さんはこうも発言していた。

「僕自身、間違ったことをまったく言っていないし、嘘をついているわけでもないので、事実を認めてもらい、少しずつですが、前に進めたらいいと思っています。今回のこのような判決になりましたが、これから『佐藤和威を取り戻す』ためにも、こういった被害を少しでも減らすことにつなげるためにも、機会があれば、自分なりに声をあげていきたい」

 また、苦しむ和威さんを近くで見続けてきた妹も意見を表明した。

「いじめの被害について、“私はこうして乗り越えた”という表現はおかしいと思っています。いじめ被害にあった本人が“乗り越えるべきもの”でも、“打ち勝つもの”でもないと、兄を見ていて思います。体に受けた暴力、暴行の傷は時間の経過とともに消え、和らいでいくと思われますが、体の表面に見える暴力の跡は、見えない痛みとして、体の中に染み込んで歪み、沈んでいくのだと感じました。時間をかけて、ようやくカサブタになっても、些細なきっかけですぐにはがれ、大量の出血と痛みをともない、体に受けた暴行の傷と、心の傷はいつまでも残り続けます。

 兄が法廷に立てるのは、“回復して立てるようになった”わけではなく、自分のためだけではなく、声をあげられなかった当時の自分と、同じような立場の人の支えになれたらとの思いからです。裁判に臨んだのはいじめを認めてほしかったからです。兄が今、生きているからこそできることです」

 裁判は、和威さんにとって「佐藤和威を取り戻す」ためでもあり、「人生を取り戻す第一歩」になる判決を想定していたが、司法の壁は高かった。今後は、最高裁への上告を検討することになる。

写真=渋井哲也

(渋井 哲也)

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