「2000万円を差し出す」松永太が被害者一家に強要した“偏執的な念書”の中身

「2000万円を差し出す」松永太が被害者一家に強要した“偏執的な念書”の中身

北九州監禁連続殺人事件をめぐる人物相関図

 起訴された案件だけで7人が死亡している「北九州監禁連続殺人事件」。

 もっとも凶悪な事件はなぜ起きたのか。新証言、新資料も含めて、発生当時から取材してきたノンフィクションライターが大きな“謎”を描く(連載第63回)。

■親族らとの分断工作によって

 1997年の夏以降、松永太と緒方純子による親族らとの分断工作によって、緒方家の面々は地元である福岡県久留米市に居続けることが難しくなった。

 前回(第62回)も記したが、緒方の妹である智恵子さん(仮名、以下同)と、その夫の隆也さん、長女の花奈ちゃん、長男の佑介くんの一家(以下、隆也一家)は、9月になると、実際は福岡県北九州市に滞在させられながら、熊本県玉名市や佐賀県佐賀市に住民票と本籍を移している。

 福岡地裁小倉支部での公判の判決文(以下、判決文)では、隆也一家のこの時期の状況について、次のように触れている。まずは智恵子さんについて。

〈智恵子は、××歯科医師会館に勤務していたが、殆ど欠勤することがなかったのに、平成9年(97年)5月13日から無断欠勤が多くなり、同年9月20日からは全く出勤しなくなった。

 智恵子の専門学校時代の友人A子(本文実名)は、平成9年9月ころ、連絡がとれなくなった智恵子を心配して4、5回智恵子の実家を訪れ、居合わせた和美(緒方と智恵子さんの母)に智恵子の所在を尋ねたが、和美は、「智恵子は父親が入院したのでその付き添いに行っている。」などと答えただけで、智恵子の所在を明らかにしなかった。智恵子は、平成9年10月ころ、上記A子に対し、突然電話をかけてきて、「熊本の玉名にいる。自分たちにはかまわないで。」などと申し向け、そのまま連絡を絶った〉

■親戚付き合いや職場から切り離される

 次に隆也さんについてだが、彼は関東地方から久留米市に帰郷後、まずはJA(当時は農協)に勤め、続いて××土地改良区で94年6月から働いていた。

〈隆也は、××土地改良区に勤務中、平成9年4月から6月までは殆ど欠勤することがなかったが、7月から欠勤が多くなった。隆也は、同年9月1日ころ、××土地改良区の上司に対し、「交通事故を起こした。示談交渉のために北九州の方へ行かなければならない。」などと言い、その後欠勤が多くなり、同年9月19日を最後に全く出勤しなくなった。隆也は、同年9月下旬ころ、上司から、「欠勤が続くので進退を明らかにするように。」と言われ、10月31日付けで退職し、退職金として平成9年12月25日に34万6541円が農協の隆也名義の口座に振り込まれた〉

 親戚付き合いや職場から切り離されたのは、隆也一家に留まらない。当然ながら緒方の父(孝さん)と母(和美さん)も、松永から同様に分断工作をされていた。前回、同年8月29日に孝さんが、久留米市農協(現JAくるめ)から現金3000万円を借りて、それを松永に渡したことを記したが、そのことについて孝さんが、親族4人から問い詰められたときの状況について判決文は明かす。

■松永に騙し取られたのではないか

〈平成9年9月23日、入院中の孝と和美を××(親戚)宅に呼んで親族会議を開き、孝と和美に対し、孝が借り入れた3000万円を何に使ったのか、松永に渡したのではないか、松永に騙し取られたのではないか、松永は(緒方家)本家の財産を狙っているのではないかなど追及した。ところが、孝と和美は、同日親族会議が行われることを予め松永に電話で伝えており、親族会議の席上でも、親族らに対し、はっきりとしたことは答えず、3000万円を松永に渡したか否かについても、和美が、「3000万円は自分と隆也が持って行った。松永は悪い人ではない。」などと言うだけで、3000万円の使途や松永の所在については一切話さなかった〉

 その3日後には、松永がみずから和美さんの姉である山田サトミさん(仮名)の家に乗り込んでいる。

■緒方家には盗聴器を仕掛けていると脅す

〈松永は、平成9年9月26日夜、緒方、智恵子、隆也及び甲女(監禁されていた広田清美さん=仮名)を伴い、福岡県久留米市××町の和美の実姉サトミ宅を訪れた。孝と和美は、先にサトミ宅を訪れ、サトミとその夫の山田和義(仮名)に対し、「松永を怒らせないように、松永の気分を害さないようにして帰してくれ。」などと頼んだ〉

 この状況からわかる通り、緒方の過去の殺人についての話をきっかけに、松永は緒方家の弱みに付け込んで、彼らを完全に支配していた。みずからを右翼と繋がりがあるように装い、久留米市の緒方家には盗聴器を仕掛けていると脅す松永に対して、緒方家の面々は恐れを抱き、言われるままに数多くの念書や確認書を書かされてきた。その具体的な内容は後述するが、すでに緒方家の大人たちは、正常な判断力を奪われ、がんじがらめの状態に置かれていたのである。以下続く。

■松永の言いなりに、「そのとおりです。」などと答えるだけ

〈松永らが到着すると、孝と和美は松永の機嫌をとるような態度をとった。サトミ夫婦は、松永らがサトミ宅を訪れる目的について、事前には、孝と智恵子が喧嘩をしたので仲直りの話合いをするためと聞いていたが、実際にはそのような話は全くなかった。松永は、サトミ夫婦と1時間くらい世間話をした後、同人らの面前で、緒方、孝、和美、智恵子及び隆也に対し、「孝の跡取りは誰か。純子の跡取りは誰か。」などと執拗に問いただし、緒方、孝、和美、智恵子及び隆也をして、「孝の跡取りは(緒方)純子、純子の跡取りは〇〇(松永と緒方の間の長男)。」と何度も声をそろえて答えさせた。孝夫婦は、孝の跡取りとして既に隆也を婿養子に迎え、長男佑介も生まれていたにもかかわらず、緒方、孝、和美、智恵子及び隆也は、松永の話に対して全く異を唱えることなく、松永の言いなりに、「そのとおりです。」などと答えるだけだった。緒方は睨み付けるような目をしてとても厳しかった。

 松永はサトミ夫婦に対し、松永が緒方一家のために4000〜5000万円もの金を使っている旨、3000万円は緒方のために必要な金である旨を、メモを示すなどして説明した〉

 結局この夜、松永は翌朝6時頃までサトミさん夫婦の家に居座っている。そこでは酒を飲みながら引き続き、「孝の跡取りは純子、純子の跡取りは〇〇(長男)」という話を繰り返したという。

■松永が緒方家に書かせた念書や確認書の存在

 これらの行動の裏にあるのは、先に取り上げた、松永が緒方家に書かせた念書や確認書の存在である。私の手元には、入手先は明かせないが〈緒方一家/念書・確認書等〉という、緒方家の面々が書かされた、念書や確認書などの概要について記された書類がある。そのうち、平成9年5月以降に書かされたものを挙げておく。

〈●作成日時:平成9年(以下略)5月27日/関係者:被告人緒方(作成者)、被告人松永(立会人)/文書の題名:相続権利放棄覚え書き念書(和美、隆也、智恵子宛)/文書の内容:孝の遺産一切相続放棄し、遺留分は隆也に全額贈与(※筆者注:同日、同じ作成者と立会人名で、孝さんの兄弟宛として、孝さんの父の遺産相続を放棄し、遺留分は隆也さんに全額贈与との文書も作成)
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●作成日時:5月31日/関係者:被告人緒方(作成者)、孝、和美(連帯保証人)/文書の題名:(※松永と緒方の)結婚にあたっての取り決め事項/文書の内容:養育費子供1人あたり10万円
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●作成日時:同上/関係者:同上/文書の題名:念書/文書の内容:(上記に関連し)離婚の場合、子供の親権者を被告人松永と定め、子1人10万円支払う

●作成日時:同上/関係者:被告人緒方(作成者)、孝、和美(立会人)/文書の題名:念書覚え書き/文書の内容:〇〇(緒方の長男)、△△(緒方の次男)は松永の子供。松永の認知承知
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●作成日時:7月8日/関係者:孝、和美、隆也、智恵子(作成者)、被告人松永(立会人)/文書の題名:緒方家財産に関する覚え書き念書/文書の内容:祖父の全財産を6ヶ月以内に孝が贈与を受ける(H9、7、2 △△〔孝さんの兄弟名〕発言)その6ヶ月後に一部の土地を隆也名義に替える。和美・智恵子名義もあり(長文−以下略)
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●作成日時:7月10日/関係者:和美(作成者)、被告人松永(証明人)/文書の題名:裏の土地に関する覚え書き念書/文書の内容:裏の土地は孝→和美としたが、一定の時期に隆也名義に替える
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●作成日時:8月1日/関係者:孝、和美、隆也、智恵子、被告人緒方/文書の題名:覚え書き念書/文書の内容:H9、4、8 和美と智恵子が小倉へ(△△〔緒方の次男〕引渡)被告人緒方→孝TEL。孝「これまでの援助分は一切返してもらわなくてよい」〉

 松永はこうした文書をもとに、サトミさん夫婦宅において、いずれ孝さんが相続することになる緒方家本家の土地や祖父の財産などについては、跡取りの緒方(純子)に権利があり、さらにその跡取りは、松永が親権を持つ〇〇(緒方との長男)であると主張していたというわけだ。ちなみに注釈を加えておくと、8月1日に作成された「覚え書き念書」は、緒方が湯布院に逃走した最中、彼女が孝さんに電話を入れたところ、彼が過去の援助について返済不要と言ったことについて、改めて念押しするため、文書化したものである。

■まるで蜘蛛の巣に絡めとられたかのような状態に

 これら、“偏執的”ともいえる、松永による文書作成の強要によって、緒方家がまるで蜘蛛の巣に絡めとられたかのような状態に置かれてしまったことは、想像に難くない。

 なお、松永らがサトミさん夫婦宅から帰って4日後の10月1日付で孝さん、和美さん、隆也さん、智恵子さんに書かせた緒方宛の「覚え書き念書」は、以下の内容になっている。

〈孝、和美、智恵子、隆也及び被告人緒方が話し合い。被告人緒方に2000万円を差し出す。被告人緒方の希望、孝+和美が60%、智恵子、隆也各20%〉

 緒方家が書かされた念書・確認書については、少なくともこのあと孝さん殺害の4日後である、同年12月25日分まで、その存在が確認されている。

(小野 一光)

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