《古賀欠場の“大きすぎる穴”》女子バレー・中田ジャパン コート外の「派閥」問題

《古賀欠場の“大きすぎる穴”》女子バレー・中田ジャパン コート外の「派閥」問題

女子バレー日本代表監督・中田久美氏 ©文藝春秋

 東京五輪初戦で世界ランク24位のケニアを下した女子バレー日本代表だが、その戦いの中でチームの中心選手・古賀紗理那(25)が負傷退場。古賀が欠場した続く第2戦のセルビア戦はストレート負け、強豪ブラジルにもストレート負けを喫した。1勝2敗となりA組4位に転落した背水の日本代表は、7月31日、因縁のライバル・韓国と1次リーグ突破をかけた大一番に挑む。

 指揮を執るのは前回のリオ五輪終了後から代表監督を務める中田久美だ。「バレー界初の五輪女性監督」となった中田には五輪にかける並々ならぬ思いがあった――。ジャーナリストの吉井妙子氏が寄稿した「文藝春秋」2019年9月号の記事を転載する。(※日付、年齢、肩書きなどは当時のまま)

(全3回の1回目/ 第2回 に続く)

◆ ◆ ◆

「フチ子さん」――。私は女子バレー全日本監督の中田久美を密かにそう呼んでいる。人気キャラクター「コップのフチ子さん」はコップの縁に腰を下ろし、あるいはしがみつき、際に生きながらも泰然としている。そんな姿が中田の人生に似ていると思ったからだ。しかも中田は、外的要因で崖っぷちに追い込まれるのではなく、安閑(あんかん)の日々が訪れるとすぐさま崖を求めて突っ走る。

 そんなフチ子さんからこの10年、「私」という主語が消えた。取材、あるいはプライベートで話しても、彼女の主語は、チームか選手。バレーやチーム、あるいは選手らの話題には言葉を無尽蔵に繋げるが、中田自身の話題は会話から消えた。

 中田にそう告げたことがある。すると中田は「そうですかぁ?」と一瞬遠くを見やり、キリッとした視線を向けてきた。

「確かにここしばらく、自分のことなんて考えたことがなかったですね。そもそも今、自分に興味ないですもん」

■「チームの熟成には8年かかる」と言われる中で

 中田が全日本監督に就任したのは2017年4月。監督就任挨拶で中田は高らかに宣言した。

「伝説のチームを作りたい。目標はもちろん、東京五輪での金メダル」

 中田は現役時代から、高い目標を掲げないとそこには決して近づけないとよく口にしていた。だが、現実を見ればかなり厳しい。ロンドン五輪でこそ銅メダルを獲得したものの、4年後のリオ五輪は準々決勝で敗退。しかもエースだった木村沙織をはじめとする主力選手がこぞって引退。チームの司令塔となる突出したセッターも不在だった。

 バレーはコート上の6人が1ミリの隙もなく考えを同じにし、判断を一致させないと空間を支配できない。そのため、チームを熟成させるには8年の歳月を要すると言われてきた。事実、金メダルを獲得した1964年の東洋の魔女、76年のモントリオール組は、故大松博文、故山田重雄がそれぞれ8年かけて作り上げたチームだった。

■同じ寮に住み、選手のプライベートも観察

 一方中田ジャパンの駒不足は、誰の目にも明らかだった。近年、セルビア、中国、アメリカ、ブラジル、ロシアなどの強豪国は高さやパワーに加え、かつて日本がお家芸としてきたディフェンスや繋ぎ、コンビ攻撃などの精度を上げている。日本は現在世界ランキング6位。だが上位5か国の背中は遠く、その一方、オランダやイタリアがすぐ後ろに迫ってきている。強豪国のエースは身長190p台で、日本は180pそこそこ。チーム平均でも10pほど低い。身長が高ければ空間の占有率は高く、バレー競技は日本人には不利にも思えるが、中田は、身長の話に触れると決まって語気を強める。

「身長の話は言い訳にしかならない。ハンディだなんて思いたくもないし、強豪国を日本の力でどう破るか、それだけの話です」

 中田なら何かやってくれそうな気もしていた。そんな期待を持たせたのは、監督としての圧倒的な実績だった。2012年に久光製薬スプリングスの監督に就任するやいなや、しばらく優勝から遠ざかっていたチームにV・プレミアリーグ、皇后杯全日本選手権大会、黒鷲旗全日本男女選抜大会など国内の主要大会をすべて制覇させ、その後もほぼ毎年のように国内の大会を制し“久光王国”を作り上げた。

 中田の指導の真骨頂は、選手それぞれの心の襞に分け入り、心臓外科医のような微細な目で観察し、ここぞという時に声をかけること。中田がまず久光で手掛けたのは、選手の意識改革だった。実力がありながら結果が出せないのは、技術以前に、アスリートとしての心構えに問題があると踏んだからである。何を考えバレーに取り組んでいるか、中田はそんな基本的なことから選手と徹底して対話を繰り返した。

 選手と同じ寮に住み、選手のプライベート、生活態度を観察し、会話の糸口を掴んだ。中田もまた選手の前で素顔を曝(さら)け出す。部屋のドアは、誰もがいつでも訪ねられるように開放した。中田が言う。

「選手を育てるには個性、性格、癖まで見抜かないと。コートに入った時の顔とプライベートの顔は違う。その両方を理解しないと、その選手に適した指導はできません」

■「チーム日誌」導入で選手20人の本音が…

 チーム力を強固にするため、選手にチーム日誌を書かせた。20人の選手が、毎日1人ずつ、順番に書き連ねる。当初は遠慮がちに口当たりのいいことを書いていたが、そのうち本音をぶつけ、次第に選手間の心の垣根が取り払われ始めた。

「誰かがミスして“ごめん”と謝っているうちはまだ本物じゃない。他人のミスは自分のミスとして捉え、個の集団ではなく、チーム自体が1つの顔にならないと。『私』ではなく『私たち』あるいは『チーム』が自然に主語として口を衝くようにならないと、チームスポーツで本当の力は発揮できない」

 その一方、選手には「なぜ」「どうして」を繰り返し、徹底して考えさせた。174pと身長は低いものの、技術の高さに定評がある新鍋(しんなべ)理沙は、中田に出会い、バレー観だけでなく人生観も変わったと語る。

「久美さんはいつも選手のことを1番に考えて下さって、選手同士でも気づかないちょっとした変化も察知する。レシーブ時の間の取り方、スパイク時のステップの踏み方などの技術的なことはもちろん、試合や練習の後に、『何を考えあのプレーをしたの?』『なぜ、そう判断したの?』と徹底的に質問される。でも、ヒントはくれても答えはもらえない。だからワンプレーワンプレーを考えながらやる癖が付きました」

■「3人寄れば派閥が生まれる」女子バレーの難しさ

 中田は、選手に考えさせる作業を頑なに行う。そのため試合はもちろん、練習から選手の仕草、会話、動きなどを事細かにチェックし、夜はビデオを見ながら1人ひとりのプレーや動きを確認。中田が、微に入り細に入り選手の動きをチェックする理由を語る。

「選手に考えさせる以上、選手の“今”を知る必要がある。そこの判断を間違えてしまうと、選手の成長を妨げかねません。トコトン考えさせるのは、眠っている意識を顕在化し、意識レベルに昇華させる、つまり“バレーIQ”を引き上げることなんです。それに考える訓練は、バレー以外でも役に立つはず」

 声をかけるタイミングも緻密に計算する。選手の個性や悩みの状況により、時、場所、言葉、声のトーンまで変えるという。

 久光を一足飛びに成長させた手法は、代表監督になっても変わらない。いやむしろ、益々磨きがかかったと言っていい。強豪国に身体で劣るなら、頭脳と心の強さで勝負しようと、選手への観察眼はさらに鋭さを帯びていく。

 全日本は各チームの寄せ集め。女性は3人寄れば派閥が生まれると言われるが、グループが出来ないように目を光らせる。

「人はつるむと必ず愚痴を口にする。愚痴は人の成長を妨げてしまう。あるいは本音は違うんじゃないかと勘ぐったり、チーム内の関係性ばかり気にするのは、時間の無駄だし余計なエネルギー。コート以外で選手に一滴も無駄なエネルギーを使わせたくない」

「久美さんは目に見えて細くなっていく」女子バレー中田監督が全日本主将のメールを無視した理由 へ続く

(吉井 妙子/文藝春秋 2019年9月号)

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