《まるで異世界》なんでこんなに地下深くに!? 群馬県の山中に“ポツン”…幻想的すぎる「日本一のモグラ駅」を探索する

《まるで異世界》なんでこんなに地下深くに!? 群馬県の山中に“ポツン”…幻想的すぎる「日本一のモグラ駅」を探索する

土合駅外観

■「駅」を目的地とした旅の楽しみ

 知らない街へと繋がるレール、どこかへと続く冒険の始まり、ひとつの線路が多方面に分岐し、そしてまた1ヶ所に合流する。旅を象徴する駅にはロマンがあり、駅そのものにも魅力がある。日本の鉄道と軌道の駅は、現在およそ9900あり、歴史を感じる木造の駅舎、周りに何もない秘境駅、ホームから望める絶景、駅そのものが風変わりなデザインなど、その特徴は多種多様だ。それだけに、駅は電車に乗り降りするために利用されるだけでなく、駅を目的地として訪れる人も多い。私もそのうちのひとりだ。

 瀬戸内海を一望できる日本一海に近い「下灘駅」、待合室の壁一面に訪問客の跡が残る「北浜駅」、冬になるとカモメがホームを占拠する「浜名湖佐久米駅」、富山地方鉄道の木造駅舎はどれも開業当時のものであり、その佇まいにひき込まれいくつも巡ったほどだ。

 旅の目的地を探すため、いつものように本屋へ立ち寄ると、旅コーナーへと足が向く。

 旅行雑誌では秘境駅特集をしていた。周りに民家も道路も何もない駅、谷に架かる橋の上につくられた駅、断崖絶壁にへばりつく駅。

■一風変わった「秘境駅」

 パラパラとめくるうち、ひとつのページが目に留まった。

「日本一のモグラ駅 土合駅」

 そこには、薄暗いトンネルに作られたホームと、距離が長すぎて先が見えない階段が写っている。

 廃墟のような寂しい雰囲気と、見たことのない異空間に強く惹かれた。

「ホームまで486段、片道10分かかる駅」

 そんな駅があるのか、実際に行って見てみたい。私は群馬旅行の行程に、土合駅を組み込んだ。

 新幹線に乗り高崎駅に降り立つと、駅前でレンタカーを借りる。群馬は高崎を中心に放射線状に観光地が点在する。群馬は私の大好きな、一風変わった観光地の宝庫だ。ジャパンスネークセンター、三日月村、藪塚石切場跡、夜は伊香保温泉に泊まりながら、伊香保銀映(2020年閉館)、珍宝館、命と性のミュージアムといった、私好みの熱のこもったスポットを巡る。ロックハート城やプラムの国に立ち寄り、たまにはひもかわうどん、おっきりこみと、ご当地グルメも食べておきたい。

 利根川に沿って続く曲がりくねった国道を北へ進むとだんだん山深くなり、周りにはスキー場や温泉の案内が増えてきた。いよいよ目的地に近づくと、川の流れがますます激しくなり、民家も店も何もない山道へと変化する。こんな山奥にある駅、一体誰が利用するのだろうか。

■日本一の「モグラ駅」

 実際に到着してみると、駅舎は立派で大きく、広い駐車場には何台か車が停まっていた。しかし周りには民家も売店もなにもなく、あるのは廃墟になった食堂が1軒あるのみだ。

 駅に近づくと思いがけず、中から人の声がする。どうやらここは、近くにある谷川岳への登山客が多く利用するらしい。

「ようこそ日本一のモグラえき 土合へ」

 駅舎の入り口に大きく書かれたモグラ駅とは、ホームが地下70mの位置にあることからだ。さらにホームまでは24段の階段と連絡通路を渡り、さらに462段の階段を下った合計486段の先にあり、所要時間は10分かかるという。

 なぜこのような駅構造になったのか。大正時代から工事が始まり、昭和6年、ここに線路が通ったときは地上にある単線のみだった。昭和40年代、路線を複線化する際トンネルが作られ、地中にあるホームが誕生した。

■いざ駅のホームへ……

 ホームへと続く道はどんな雰囲気だろう、地下へと続く階段はどれほど疲れるだろう、誰かほかにいるだろうか、本当に10分もかかるのか、怖いのかそれとも平気なのか…疑問と期待、不安と緊張、様々な思いが入り混じる。駅舎内にはキレイなトイレと自動販売機があるのみで、駅員はいない。はやる気持ちを抑えきれず、誰もいない改札を、心躍らせながら通り抜けた。

 ホームは長岡方面行きの1番線と、高崎方面行きの2番線に分かれている。2番線はもともとあった地上駅であり、改札からそれほど遠くはない。目当ては地下にあるホーム、長岡方面行きの1番線だ。

 まずは連絡通路へと進む。経年劣化で薄汚れたコンクリートの通路、サビで覆われたドーム型の屋根、無機質で殺風景な渡り廊下の窓からは、美しい自然とキレイな川が目に映り、その対比がこの上なく素晴らしい。すでにこの非日常的な空間に胸が高鳴るが、ここはまだ序章に過ぎない。

■先の見えない下り階段

 渡り廊下を抜けるといよいよ、462段ある長い階段へとたどり着く。上から見ると階段は一直線に下へと伸びているが、あまりの段数の多さで先が見えず、不安と恐怖で身震いする。しかし、下の方から話し声が聞こえる。登山客が階段を上ってきているようで、少しホッとした。

 長い階段をいよいよ下りていく。階段にはところどころ段数が書いてあり、どれくらい進んだか目安がわかる。5段ごとに踊り場が設けられており、タンタンタン…とリズムよく下りる。階段は緩やかな傾斜で下りやすく、意外と余裕かもしれない。トンネルの壁にはコケが生え、地下水が滲み出ている。照明に照らされると妙に幻想的で美しい。このような異空間に、心惹かれ癒やされる。

 薄暗く湿った階段を一歩、また一歩と軽快に進んでいく途中、ふとあることに気がついた。

 問題は帰りじゃないのか? 下りより、帰りの上りじゃないか? 下りたら上らなければ帰れないだろう。下りたら電車に乗るのか? いや、ここまで車で来たのだった。

 下りた分だけ上る階段の数が増えていくことに戦慄する。

 そういえばのどが渇いてきた。ペットボトルを車に置いてきたことを今更ながら思い出す。

 それと同時にトイレにも行きたくなってきた。緊張が走る。どうしたものか。今さら引き返すか? ここまで来たが。早くホームまでたどり着きたい。好奇心に駆られる。ゴールが見えてきた。あと少しだ。

 時計を見ると、改札の時点から10分が経っていた。下りてきた階段を見上げると、頂上がとてつもなく遠くに見える。途中ですれ違った登山客はいなくなり、いつの間にか私ひとりになっていた。静寂が恐怖心を煽る。

■本当にここへ電車が来るの?

 ホームは天井が高く、広々としており、巨大なトンネルの中に作られていることがわかる。外が猛暑だったことを忘れるくらい、涼しい風が吹き抜け気持ちがいい。今までの不安と緊張が少しだけほぐれた。線路のそばまで出ていくと、ホームの先は暗闇へと続いている。本当にここへ電車が来るのだろうか。にわかには信じがたい。

 ♪チロリロリー

 しばらくすると遠くの方で、かすかに音楽が聞こえてきた。1日にわずか6本しか書かれていない時刻表を見ると、偶然にももうすぐ電車が来る時間だ。ホームの先へ行ってみると、真っ暗なトンネルの奥に光が見えた。光は段々と大きくなり、近づいてくるようだ。

 余談だが、電車と電車の到着間隔は最短でも1時間強。先ほど登山客とすれ違ったが、あの人たちは階段を上ってくるのに、なぜそれほどまでの時間をかけていたのだろうか。物珍しい「モグラ駅」を堪能していたのか。それとも階段の上りが余りにもキツいのか……。

 トンネルの向こうから見える光の正体はわかっているが、光が大きくなるにつれ恐怖が増す。身構え待ち受けていると、風切り音、そしてレールから響く金属音が相まって轟音を響かせながら、真っ暗なトンネルの中から眩しい光とともに白い電車が姿を現した。

 扉が開き数人の乗客を降ろすと、程なくして電車は去っていった。そしてまた私は、ひとりになる。

■息が切れ、膝が笑い、悶え苦しむ上り階段

 さて、それでは来た道を戻ることにしよう。果たしてこの長い階段を上りきれるのだろうか。下りてきた時点では全然疲労感はなく、むしろ余裕だった。それほど急な階段でもなく、一段一段が低く作られている。きっと上りも大したことないだろう。そう自分に言い聞かせた。

 階段にはところどころ段数が書いてある。上り始めは当然余裕だ。しかし100段を越えたあたりから、次第に鼓動が激しくなる。途中、踊り場に休憩用のベンチが用意され、あと半分の段数を知らせるメッセージだけが私を励ましてくれる。200段で息が切れ、300段で膝が笑う。400段で悶え苦しんだ。

■「お疲れさまでした」「がんばって下さい」

 もはや雰囲気や景色を楽しんでいる余裕はない。もうどうだっていい。とにかく早く、この階段を上りきりたい。ただそれだけだ。休憩がしたい。トイレに行きたい。背中を押す涼しい風だけが唯一の救いだ。

 ようやく頂上まで上りきると、次はもと来た渡り廊下が待ち受ける。行きには気づかなかったが、扉には「お疲れさまでした。(階段数462段)改札出口まで後143メートル、階段2ヶ所で24段です。がんばって下さい。」と、土合駅から励ましのメッセージが書かれていた。そのあとも「改札口はここから17メートル」とゴールを予感させ、なんとか足を踏み出しラストスパート。残りわずかとはいえもう足はクタクタだ。そしてついに改札までたどり着くと、感慨に耽る暇もなく、トイレへと駆け込んだ。

 久しぶりの地上はかなり眩しい。外はものすごく暑かったことも、セミがやかましく鳴いていることも、のどが渇いていたこともすっかり忘れていた。あれだけ疲れ果て、もう二りたくない階段だったはずだが、駅舎を出るころにはなんとなく、後ろ髪を引かれる思いだ。

 山深い自然の中にある無人駅から一歩中に入ると、無機質なコンクリートの地下空間が広がっているなんて、外から見ただけではまったくわからないだろう。この駅を利用しない限り、雑誌で見かけなければ、駅の存在自体知らないままだっただろう。もしかしたら異空間は、案外身近にあるのかもしれない。この世には私たちが知らないだけで、心が揺さぶられる場所はまだまだありそうだ。

写真=あさみん

(あさみん)

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