《韓国アーチェリー騒動》「ショートカットは“フェミ”の証、金メダル剥奪を」三冠の“女王”、前代未聞の批判のワケ

韓国アン・サン選手がアーチェリー3冠も「ショートカットはフェミの証」とネット炎上

記事まとめ

  • 韓国のアン・サン選手が、1大会3冠という五輪アーチェリー史上初の記録を打ち立てた
  • アン選手に対し、韓国のネットでは「ショートカットだからフェミに違いない」と騒動に
  • 今回の騒動の背景には、韓国の20〜30代の男女を巡る問題が複雑に絡んでいるとも

《韓国アーチェリー騒動》「ショートカットは“フェミ”の証、金メダル剥奪を」三冠の“女王”、前代未聞の批判のワケ

《韓国アーチェリー騒動》「ショートカットは“フェミ”の証、金メダル剥奪を」三冠の“女王”、前代未聞の批判のワケ

アン・サン選手 ©getty

 韓国は、アーチェリー3冠(混成、団体、個人)を成し遂げたアン・サン選手フィーバーに沸いている。?

 韓国のアーチェリー女子団体は、1988年のソウル夏季オリンピックから9大会連続で金メダルを獲得し、世界でもトップの中のトップといわれるが、今大会から種目に混成が加わったことで、アン・サン選手は1大会3冠という五輪アーチェリー史上初の記録を打ちたてた。?

 小学生の時にたまたまできたアーチェリークラブに入り、アーチェリーの道へ。中学3年生の時には全国大会で全種目優勝を飾り、早々に頭角を現わした。高校時代には国家代表となり、2019年にはプレ東京オリンピック大会で優勝している。?

 幼い頃から高い集中力には定評があったが、弱冠20歳ながら、どんな場面でも顔色ひとつかえない強い精神力にも感嘆の声が上がる。その背景を知ればなおさらだ。?

 7月24日、男女混成で金メダルを獲得してから、アン・サン選手は謂われない誹謗中傷に晒されていたからだ。?

■「ショートカットだからフェミに違いない」

 発端はインスタグラムだった。アン選手の個人のインスタグラムに、あるフォロワーが顔を顰めたスタンプを添えながら、「どうして髪の毛を(短く)切るのですか?」と書き込むと、アン選手はさらりと「ラクだからです」と返信した。とり立ててなんということはないやりとり。しかし、これをやり玉にあげたのが、韓国の20〜30代の男性が主に利用するネットコミュニティサイトだった。?

 アン選手が、光州女子大学に通っていることから、「女子大(に通っていて)、ショートカットヘアは絶対にフェミ(フェミニスト)だ」とネットユーザーたちは主張し始めた。

 そして、アン選手が過去に男性を嫌悪する言葉をSNSで使っていたとして、「男性嫌悪の言葉を使う理由は何だ?」と騒ぎ立て、しかし、アン選手からなんの反応もないと分かると、今度は大韓アーチェリー協会のサイトを攻撃した。果ては、「(男性を嫌悪するフェミニストから)金メダルは剥奪すべき」という主張まで飛び出した。?

 韓国紙社会部記者(女性)が言う。?

「女子大出身でショートカットヘアのアン選手はフェミニストだと騒いだのは、極右コミュニティサイトの『イルベ』(「日刊ベスト貯蔵所」の略)ユーザーが主に集まる通称『ペムコ(fmkorea)』というコミュニティサイトです。

 結婚しない、化粧しない、太っている、下着をつけない(ノーブラ)、これだけで彼らからはフェミニストと言われます。彼らの言うフェミニストは、単純に女性らしくない、女性らしく見えない、だから男性を嫌悪しているに違いない、という意味なんです」?

■『花より男子』女優も……数々の女性著名人が声をあげる事態に

 こうした攻撃に今度は女性らが「アン・サン選手を守ってください」とアン選手を擁護する声を上げ、この動きは政界、芸能界にまで広がった。野党系、正義党の最年少(28歳)議員リュ・ホジョン議員は自身のfacebookに「“フェミ”のような姿というものはない。望むように選択することがフェミニスト」と書き込み、ドラマ『花より男子』などで日本でも知られる俳優のク・ヘソン氏も自身のInstagramにショートカットだった頃の写真を掲載してこんなコメントをつけた。

「私は男性と女性から生まれた女性です。また、男性を愛する女性。今の社会に置かれているそれぞれの立場と主観的な解釈でフェミニストを嫌悪的な表現で歪曲したり孤立させる雰囲気を感じとって、私自身やはり女性であるためこれを眺めてばかりいられない」

 また、キム・スミン元SBSアナウンサーは「ごみを吐き捨てる匿名の怪物たち」とアン選手を誹謗したネットユーザーを批判している。?

■「MERSは20代女性が……」2010年代に広がったデマ

 ここまで騒動が広がる背景には、韓国で深刻な問題となっている男女間の対立がある。ここ数年は特にミソジニー(女性嫌悪)が大きな問題となっていた。?

 韓国のミソジニーの萌芽のひとつは1999年、「女性や障害者などの権利を侵害している」として違憲となり、軍服務が義務づけられている男性に与えられていた「軍服務加算点制」(公務員試験などで男性に与えられていた加算点)がなくなってからだといわれている。?

 ミソジニーが表面化したのは2015年、ウイルス性の感染症「マーズ(MERS、中東呼吸器症候群)」が広がってからだ。中東から帰国した男性経由でマーズは広がったが、ネットでは「香港旅行帰りの20代女性が持ち込んだ」というフェイクニュースが拡散し、ネット上に女性を嫌悪する書き込みがあふれた。この時から「フェミニズム」に関心のなかった女性の間でもフェミニズムへの関心が高まっていく。

 この翌年(2016年)にソウル市江南駅近くの男女共用トイレで20代の女性が30代男性に殺される事件が起きると、「私だったかもしれない」という共感が女性の間でさらに広がった。犯人は無差別に女性を標的にしたと供述しており、6人の男性を見送った後の犯行だったことが明るみにでている。?

 2018年には現職の検事(女性)が上司のセクハラを訴えたことがきっかけとなり、韓国でも#MeToo運動が起きた。前年に発足していた文在寅政権は常に女性の側に立ち、これがさらに20〜30代男性の間で不満を広げたといわれている。

 IT企業に勤める30代の会社員(男性)は言う。?

「なんでもかんでも女性が差別されているというのはやはり腑に落ちないんです。それならば女性にも軍服務を半年という短い期間でもいいので義務化してほしい。軍生活の喪失感は味わった人にしか分からない。軍に服務した上での能力主義ならばそれこそ平等でしょう」?

■17歳の男子高生メダリストも標的に

 実際に韓国では今、女性への軍服務制導入についての声が上がり始めている。そして、この軍服務問題は男女間だけでなく、男性どうしでも対立を作っている。アン選手と混成でチームを組んだアーチェリー男子の最年少キム・ジェドク選手(17歳)は混成と団体で金メダルを獲得し軍服務が免除されたが、これにも反発する声が出ているのだ。韓国紙運動部記者(男性)は言う。?

「金メダルを獲ると、国からオリンピック褒賞金や年金(金メダルの場合は生涯月100万ウォン=約9万5000円)、さらに今若い世代では手の届かないマンションを契約できる権利が与えられます。さらに徴兵も免除となれば、特に同世代はとにかく『腹が痛い』(面白くない、やっかんでいるという意味の韓国語)。

 キム・ジェドク選手は両親が幼い頃に離婚していて、父親に育てられましたが、その父親も昨年大病をしてしまった。まだ高校生ですよ。それでも1日1000射するような厳しい練習を重ねて金メダルを獲りました。それなのにこんないわれようはないでしょう。ただ、それだけ今の20〜30代男性が置かれている立場が苦しいということでもある」?

 軍服務期間は近年短くなっているとはいえ、厳しい軍生活に日常を奪われることになるのは変わらない。除隊しても、「金のスプーン、土のスプーン」(階級論)といわれるように、両親の所得や出身により、どんなにスペックを積んでも就職が厳しい構造も現実に横たわる。?

 今回のショートカットヘア騒動には韓国の20〜30代の男女を巡る問題が複雑に絡んでいる。?

 さて、渦中のアン選手はこの騒動について決勝戦後の記者とのやりとりで短くこう語った。?

「騒動については知っていましたが、競技に集中しようと思いました」?

 アン選手を攻撃したユーザーは今ごろ何を思うのだろうか。?

(菅野 朋子)

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