なぜ高齢者男性たちは筧千佐子に「後妻」を求めたのか 「“健康にいいから”と青酸入りのカプセルを勧め、死亡後に保険金を…」

なぜ高齢者男性たちは筧千佐子に「後妻」を求めたのか 「“健康にいいから”と青酸入りのカプセルを勧め、死亡後に保険金を…」

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《近畿連続青酸死事件》「私な、死刑判決を受けたやんか。いつ頃執行されるの?」8億円もの遺産を相続した筧千佐子の“素顔” から続く

「蚊も人も俺にとっては変わりない」「私の裁判はね、司法の暴走ですよ。魔女裁判です」。そう語るのは、とある“連続殺人犯”である。

 “連続殺人犯”は、なぜ幾度も人を殺害したのか。数多の殺人事件を取材してきたノンフィクションライター・小野一光氏による『 連続殺人犯 』(文春文庫)から一部を抜粋し、“連続殺人犯”の足跡を紹介する。(全2回の2回目/ 前編 を読む)

◆ ◆ ◆

CASE1筧千佐子

近畿連続青酸死事件

 まずは、起訴された4つの事件について取材した結果を、発生した年代順に説明しておきたい。

■(7)末松清人さんへの強盗殺人未遂

 兵庫県南あわじ市(現在)で生まれた末松さんは、ボイラー技士として兵庫県の職員になり、淡路島に住んでいた。妻との間に3人の子供がいたが、定年退職前に神戸市に転居し、97年に妻を亡くす。定年後も兵庫県三田市でボイラー技士を続けていたが、当時から趣味で株式に投資するなどし、資産を増やしていた。

 兵庫県警担当記者は説明する。

「淡路島時代の知人によれば、末松さんはふだんから体調管理に気を配り、健康な人だったそうです。彼は05年の夏に結婚相談所を通じて千佐子と出会い、その後、自分も投資をしたいという千佐子に対して、多額のカネを貸し付けていました。末松さんから千佐子への、数十万円から数百万円の振り込みが数十回確認されており、千佐子も分割して返済している形跡がありましたが、次第に滞るようになったようです。結果的に2年ほどの間に彼女の借金は約4000万円にまで膨らみ、その返済を迫られるなかで犯行に及びました」

■「後妻」を求めた高齢者男性たち

 07年12月10八日午後2時頃、神戸市中央区の喫茶店で、千佐子から渡されたカプセルを飲んだ末松さんは、一緒に店を出て路上を歩いているときに昏倒。千佐子が救急車を呼んだ。幸い命は取り留めたが、低酸素脳症による高次機能障害や視力障害と診断される。ちなみにこの日は、千佐子が末松さんに借りていた4000万円の返済を約束した日だった。意思の伝達が不可能で介護なしでは日常生活が不可能な〈要介護5〉の状態となった末廣末松さんは、その後も入退院を繰り返し、約1年半後の09年5月に死亡した。当時、死因は胃の悪性リンパ腫と診断されていた。同記者は続ける。

「千佐子は『健康にいいから』と青酸入りのカプセルを勧め、まず自分が青酸の入っていない同じカプセルを飲み、相手を信用させていたそうです。末松さんについては司法解剖が行われておらず、血液が残されていなかったのですが、大量の診療記録があり、救急搬送された末松さんの症状が、青酸中毒のものと矛盾しないという証言を、複数の専門家から得たことで、立件に?がりました」

■(8)太田義和さんへの殺人

 広島県竹原市出身の太田さんは、4人兄弟の3男。海運会社に勤め、1年の大半を船上で過ごす外国航路の機関長だった。結婚したが子供は作らず、会社を定年退職してからは、関西国際空港の周辺を見回る船に乗る仕事に就いている。05年12月頃から貝塚市で年金生活を送っていたが、08年に妻と離婚。やがて太田さんは、10年10月頃に結婚相談所を通じて千佐子と知り合う。11年8月頃には千佐子を連れて竹原市に帰郷。彼女と結婚するつもりであることを親族に報告していた。また、同年12月末には、入籍前にもかかわらず、千佐子に全財産を遺贈するとの公正証書遺言を作成している。

 近所のスポーツセンターに通うなどして、健康に自信のあった太田さんだが、12年3月9日午後5時前頃、貝塚市内の喫茶店で千佐子と会った際に青酸入りカプセルを飲まされ、その後ミニバイクでスポーツジムへと移動中、泉佐野市内の路上で転倒し、死亡した。

 広島県に住む太田さんの兄・一正さん(仮名)のもとを訪ねたところ、当時の状況について憤りを隠せない口調で言う。

「それまで健康じゃった義和が、いきなり死んだいう連絡を受けたんよ。慌てて大阪に駆けつけたら、もう通夜の準備がされとるからって、葬祭場で待たされて、そこで遺体に対面したんじゃ。そうしたら通夜の席上でいきなりあの女(千佐子)が、遺産相続の話を始めたんよ。半年前に義和と一緒にうちに挨拶に来たときに、結婚するつもりとは聞かされとるけど、入籍もなんもしとらんからね。そのことを話すと、『公正証書がありますから』て言われたんじゃ。それでわしが、『兄弟が受け取り人になっとる生命保険があるじゃろう』て言うと、『それは名義が私に変わってます』て、ぬけぬけと口にしとったね。兄弟みんな納得いかんかったけど、争いになったらみんな家族もおることやし、大騒ぎすまいということで、諦めとったんじゃ」

 当時、最初の夫の姓である矢野を名乗っていた千佐子は、葬儀を境に太田家の親族には一切連絡を入れていないという。この事件で彼女は生命保険金やマンション売却代金など、2000万円近くの現金を手にしたのだった。

■(10)沢木豊さんへの殺人

 鹿児島県日置市出身の沢木さんは、81年に兵庫県伊丹市内の内装工事会社に入社。現場監督や営業の仕事をしていた。妻と息子と娘の4人で伊丹市内の一軒家に住み、92年に独立して自宅で内装業を始めた沢木さんだったが、06年に妻と離婚。子供たちも独立して一人暮らしを始めてから結婚相談所を利用するようになり、12年10月頃に千佐子と結婚相談所を通じて知り合い、交際を始めた。前出の兵庫県警担当記者は明かす。

「知人によれば、おとなしく真面目な性格だったという沢木さんの趣味は碁で、近くの囲碁教室や碁会所にも熱心に通っていたそうです。千佐子と出会い、交際するようになってからは、一緒に旅行に行ったり、沢木さんの家に彼女らしき女性が出入りする姿が目撃されています」

 沢木さんは13年9月2日に、千佐子に遺産のすべてを譲るという公正証書遺言を作成。それから18日後の9月20日午後7時頃、伊丹市内のレストランで青酸入りカプセルを飲まされた彼は、千佐子と一緒に車に乗り込んだ駐車場内で体調不良を訴えて意識を失った。そして、救急搬送された病院で約2時間後に死亡した。そのときの状況について同記者は続ける。

「千佐子は医師に対して自分が妻だと説明し、沢木さんに2人の子供がいるにもかかわらず、家族は自分だけだと?を言い、『末期ガンなので延命治療はしなくていい』とまで口にしていました。その結果、沢木さんの死因は持病の肺ガンということで片付けられたのです。さらにこの事件では、死因に不審を抱いた遺族が、伊丹署に捜査することを訴えていたのですが、司法解剖すら行われませんでした。遺族は、これまで存在すら知らなかった千佐子という女が現れ、預貯金や株の譲渡を約束する公正証書遺言をちらつかせて、遺産の権利を主張していることを訴えていましたが、同署の担当者は、それにもまったく耳を貸さなかったということです」

 結果として千佐子は沢木さんの遺産約1500万円を受け取った。なお、これは後に判明したことだが、この事件を起こした段階で千佐子は、知人や金融機関に多額の借金があり、預貯金はほとんどない状態だった。

■(11)筧康雄さんへの殺人

 滋賀県長浜市で生まれた筧さんは、大手電機メーカーの社員として、下水処理施設の電気整備工事の現場を統括するなど、管理職の仕事をしていた。まじめな性格で、趣味はウオーキングだった。94年に妻を亡くし、98年に退職したが、その3年後の01年に一人娘も亡くしており、向日市の自宅で一人暮らしをしていた。

 13年6月に京都府内の結婚相談所を通じて千佐子と知り合った筧さんは、同年11月1日には婚姻届を提出し、彼女と2人で暮らすようになった。12月中旬には千佐子が近隣に菓子折りを持って、結婚の挨拶に回っていたが、それから2週間も経たない12月28日午後9時頃、自宅内で青酸入りのカプセルを飲まされた筧さんは昏倒。同9時47分に千佐子が「夫が倒れて意識がなく、冷たくなっている」と119番通報したことで救急隊員が駆け付けた。

 そのときの様子について、14年3月の時点で近隣住民は次のように語っていた。

「夜中に救急車がやってきたので表に出ると、筧さんの家に救急隊員が入っていきました。旦那さんが担架で外に運び出されるときは、手がだらんと垂れていて、心臓マッサージも途中で止めたので、ああ、これは亡くなったんだと思いました。あそこの奥さん(千佐子)は、そのときの状況について、『書斎でパソコンをやってて、頭がフラフラする言うてこけた』と説明していました」

 やがて営まれた筧さんの葬儀の席で、千佐子は周囲を驚かせる言動をしたという。その様子について京都府警担当記者が明かす。

「葬儀中はずっと俯(うつむ)いていた千佐子でしたが、火葬場に向かう霊柩車のなかで筧さんの兄妹に向かって、『あるはずの通帳や印鑑、指輪がない』と保管場所を尋ね、わからないと言われると、『見つかるまで家のなかを探すからな』と、捨てぜりふまで口にしたそうです」

■公正証書遺言を取り出し、親族を説き伏せた

 千佐子はこれまで、葬儀の席で親族が集まった際に、妻としての遺産についての権利を主張し、(8)太田さんや(10)沢木さんのように入籍前であれば、生前に相手が作成した公正証書遺言を取り出し、親族を説(と)き伏せた。

 私の手許にある、千佐子の交際相手が実際に作成した公正証書遺言のコピーは、次のような文面になっている(以下、文面内の××には実際の書き込みあり)。

〈遺言公正証書

 平成××年××月××日××法務局所属公証人××役場において、遺言者××は、証人××及び証人××の立会の下に、本職に対し、次のとおり遺言の趣旨を口授した。

 本旨

 第一条 遺言者は、遺言者が有する下記一の不動産及び二の金融機関に預託中の預貯金等を含む全ての財産を、遺言者の内縁の妻・矢野千佐子(昭和21年11月28日生)に遺贈する〉

 この文面に続き、所有する土地や預貯金の口座などが列挙され、そのうえで遺言者が、祖先の祭祀主宰者(遺言者の葬儀・納骨・法事を含む)として千佐子を指定したことと、この遺言の執行者が千佐子であることを指定したことを明記し、遺言者本人と証人2人が署名、捺印している。

 このようにして、千佐子はこれまで数多の高齢者の命を踏み台に、みずからの富を築こうとしてきたのだった。

高齢者を青酸カリで次々に殺害した“筧千佐子”の意外な過去「子供2人とも私立大学に通わせた」「分家の嫁として虐げられ…」 へ続く

(小野 一光/文春文庫)

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