「もうこうなったら…」松永太に一家全員の殺害を決意させた“被害者の一言”とは

「もうこうなったら…」松永太に一家全員の殺害を決意させた“被害者の一言”とは

北九州監禁連続殺人事件をめぐる人物相関図

 起訴された案件だけで7人が死亡している「北九州監禁連続殺人事件」。

 もっとも凶悪な事件はなぜ起きたのか。新証言、新資料も含めて、発生当時から取材してきたノンフィクションライターが大きな“謎”を描く(連載第67回)。

■2002年3月、無人の緒方家の様子

 2002年3月に松永太と緒方純子が逮捕され、やがて彼らによる緒方一家への殺人の疑惑が起きていた時期、私は福岡県久留米市にある無人の緒方家を訪ねていた。

 当時の取材ノートには次のようにある。

〈 石垣のある広い2階建て。窓は雨戸が閉じられている。玄関前の庭には子供用のオレンジ色の小さなブランコが。玄関脇には青色と黄色の子供用の傘が立てかけられている。

?

 敷地内には久留米ナンバーのトヨタ・マークIIが放置されており、タイヤはパンクした状態。

?

 正面玄関から入って右側にある靴箱の上方の壁には黒板が。そこには子供がチョークで書いたと見られる「バイバイ」の文字。黒板の左にあるカレンダーは1997年7月のまま。靴箱の上には、子供用の赤色と黄色の長靴が2足残されている。靴箱の中には女性用のサンダルや男性用の草履、その他、靴が雑然と並ぶ。

?

 玄関に向かって左手に納屋がある。その入口付近にあるのは、資料が入った段ボール箱や古新聞の束など。少女漫画やゲームの空き箱もある。天井の梁の上にはポリ袋に入った鯉のぼり。

?

 納屋の奥には稲刈り用のコンバインがあり、運転席にはアンパンマンの人形が落ちている。そのそばには久留米ナンバーの日産・サニーが。あと、同じく久留米ナンバーの白い軽自動車、ダイハツ・クオーレも残されていた。コンバインや車のボンネットの上には埃がたまっている。〉

 緒方家の家族がその家を出て5年後の状況であるが、家財道具など生活の痕跡がそのまま残された様子を見る限り、決して計画的にではなく、取る物もとりあえず家を出た、“夜逃げ”との印象を抱かせるものだった。

■1997年後半、心配した親族が緒方家の行方を調査

 そうなった97年の後半、一族の本家である緒方家の様子を心配した親族は、ある行動に出ていた。福岡地裁小倉支部で開かれた公判での判決文(以下、判決文)には次のようにある。

〈親族らは、緒方一家の安否を心配し、その行方を調査し始め、平成9年(97年)10月ころ、親族である警察官らに調査を依頼し、熊本県玉名市内の「玉名アパート」(仮名)に行ってもらったりしたが、手掛かりは掴めなかった。親族らは平成9年10月末ころ、孝(緒方の父=仮名、以下同)の捜索願を提出しようとしたが、そのころ、孝夫婦が××(孝の弟)宅を訪れ、捜索願のことで文句を言った。××がまだ捜索願は出していない旨伝えると、帰って行った。平成9年11月、警察官が孝宅に行ったところ、和美(緒方の母)がおり、同人と話すことができた。また、智恵子(緒方の妹)が「玉名アパート」で警察官と接触し、智恵子が携帯電話の番号を教えたため、警察官から電話がかかってきたことがあった〉

■一家の金銭的な利用にも行き詰まり…

 このことを知った松永がどのような心境に至ったかについては、前記公判における検察側の論告書(以下、論告書)に詳しい。

〈松永は、いかに緒方一家を久留米から切り離し、自己の支配下で監禁支配しようとも、緒方一家の人数が6人と多いこともあり、その行動すべてを把握することが不可能であることを思い知らされる結果となった。

?

 事ここに至って、被告人両名(松永と緒方)、殊に、生来異常なほどに小心で、危機が迫ると過剰反応といえるほどの防衛策をしばしば講じてきた松永は、緒方一家とこれ以上行動を共にしていればそれだけ人目にも付きやすく、また、緒方一家を介して被告人両名の所在等が明らかになる危険もそれだけ大きいことを痛感するに至ったことが認められる〉

 さらに、緒方家に金銭的な利用価値がなくなったことも、後の緒方一家殺害の動機となったと論告書にはある。松永は緒方家から、土地家屋を担保にして受けた融資の他に、各人に限度額まで借金をするよう命じてカネを受け取っていた。だがそれも行き詰ってしまったのである。

■限度を逸した搾取の結果解放もできず

〈松永は、和美に命じて、平成9年11月下旬に、和美をしてサラ金業者から合計295万円を借入れさせており、この借入れによって、和美はサラ金からの借入れ限度一杯まで融資を受けたものと認められる。

?

 緒方は、和美が農業従事者として借入れをした以上、生計を一つにする孝ももはやサラ金からは借入れができないし、既に無職となった隆也(緒方の妹の夫)夫婦はサラ金からの借入れなど到底受けられず、この時点をもって、和美のみならず緒方一家全員が、金融機関からの融資を受けることはできなくなったと認識したと供述している〉

 このように利用価値がなくなった緒方家を解放しなかった理由についても、論告書は指摘する。

〈松永は、緒方一家を、久留米市以外の場所で生活することを条件に解放することもできなかった。限度を逸した搾取の結果、緒方一家は、所持金も預貯金も皆無に近く、定職も失い、多額の負債を抱えた状態であり、いきなり解放されても生活の術など無く、早晩、緒方の親族を頼るであろうことは十分に推測できたからである。

?

また、仮に緒方一家が解放後も秘密を守り得たとしても、被告人両名はやはり危険な状態に置かれることには変わりなかった。緒方の親族は、緒方一家が久留米に戻ったとしても、それに満足するはずはなく、緒方一家が本家の土地家屋を担保に入れてまで融資を受けた多額の現金を取り戻そうとするであろうし、緒方一家の身体に残された通電による火傷等の傷害から、被告人両名が緒方一家に対して加えた様々な虐待等の存在を知れば、これに対する刑事責任の追及等をも考慮するであろうことは明らかな状態であったからである〉

■松永の神経を逆なでした孝さんの発言

 こうして、緒方家と一緒にいることが負担でありながらも、彼らを解放するわけにもいかないジレンマを抱えた松永に対し、さらに“決意”を促す出来事が起きたのは、同年12月中旬のことだ。判決文には以下のようにある。

〈孝が死の約1週間前、「もうこうなったら松永さんにぶら下がって生きていくしかありません。」などと自嘲的な言葉を口にしたとき、松永は、「孝はたかが3000万円ぐらいで俺を食い物にするつもりか。」などと激しく怒り、通電した〉

 孝さんの発言は、すでに緒方家の財産はすべて松永に供出したのだから、今後は松永に頼る他には生きていく術がないとの意味で、口をついたものだと思われる。だがそれは、追い詰められた松永の神経を逆なでしたようだ。論告書はその際の松永の心境について次のように分析する。

〈(頭の痛い問題を抱えていた)松永は、そのように頭を悩ませ、追い詰められていたその最中に、よりにもよって、かねてより「こしゃく」であるとして白眼視していた孝から、「今後も松永の下で世話になり続けるつもりだ。」との意思表明をされたことになる。当時の松永は、今現在、あるいは近い将来の緒方一家の処遇にさえ結論を得るに至らず苦境に陥っていたのであり、今後もずっと松永の世話になるという孝の発言は、松永のストレスを更に倍増させるに十分であったといえ、松永が激怒したのもうなずける〉

 こうして、松永は緒方家全員の殺害を決意したと、論告書は結論付けている。さらにその決意の下地として、それより1年10カ月前の96年2月に殺害した、広田由紀夫さんの事件が完全犯罪となっていたことの成功体験もあったという。

〈こうして、松永は、由紀夫事件の成功に味を占め、緒方一家と行動を共にすることによる前記窮地を一挙に解決すべく、緒方一家を順次殺害し、その死体を人知れず解体することで、再度完全犯罪の完成をもくろむに至った〉

■緒方家全員を殺害する準備は進んでいた

 松永は緒方家全員の殺害を実行する前から、やがてそうなったときのための準備をしていた節がある。

〈松永は、由紀夫殺人事件の際の事情と、緒方一家の殺害を決意した当時のそれとを慎重に比較検討した上で、殺害計画実行前に必要な事前工作を講じたことが明らかであり、第1に、緒方一家が殺害された後、緒方一家が姿を消したことに気付かれた場合に備えて、緒方一家は親族との不和から失踪したのであるとの外形を整え、緒方一家が犯罪に巻き込まれて殺害されたことを隠蔽しようとし、第2に、緒方一家が被告人両名に対して多額の現金を交付し続けていたことが発覚した場合に備えて、被告人両名には相応の権限があった旨の緒方一家自筆による念書等を多数作成させて、緒方一家が被告人両名に多額の現金を奪い取られていたことが発覚しないようにし、さらに、第3として、緒方の行為により何らかの問題行動が起きた場合には、松永ではなく緒方一家が全責任を負うことを緒方一家に納得させ、来るべき孝殺害事件後の解体作業等の負担を了承させる素地を整えた上で、以下の緒方一家殺害計画を遂行したことが認められる〉

 松永は、自宅(久留米市の緒方家)にいられなくなったのは、あなたたちのせいであるという手紙を、緒方家家族の連名で孝さんの弟に出させるなどして、緒方家があくまで自発的に家を出たように見せかけていた。

■緒方家に書かせた数多くの念書

 また念書についても、過去にこの連載で取り上げてきたように、松永は緒方家に対して数多くのものを書かせている。

 たとえば97年12月12日には、これまで智恵子さんが受けてきた利益と同等のものを、姉である緒方も受け取る権利があるとして、計2375万円を孝さん、和美さん、隆也さん、智恵子さんの4人が緒方に支払うとした「念書覚え書」が作成されている。これについては同日付でその金額が記された、緒方への「借用書」も存在しており、そこには「最長でも10年以内に返済する」との一筆が加えられていた。

 また同月15日には、「緒方純子の行動に関する連帯保証書」という念書も先の4人の名前で作成されており、「緒方が松永に対して常識のない行動、おどしすかし、ありとあらゆる横着、一切のわがままを取った場合」に、署名した4人が保証するという内容だった。

 このように連帯責任を約束させられたなかで、緒方家に対する第一の殺人が起きることになる。( 第68回 へ続く)

無言のまま倒れ、ぴくりとも動かず…緒方家への最初の殺人がついに実行された へ続く

(小野 一光)

関連記事(外部サイト)