「提出した検体が、まるまる登録されていないことも…」 五輪組織委“ザルPCR検査”の大問題 なぜ陽性認定された審判員は“脱走”したのか?――東京五輪の光と影

「提出した検体が、まるまる登録されていないことも…」 五輪組織委“ザルPCR検査”の大問題 なぜ陽性認定された審判員は“脱走”したのか?――東京五輪の光と影

写真はイメージ ©?iStock.com

 開会式直前の関係者“辞任ドミノ”に始まり、メダル候補のまさかの敗戦やダークホースによる下馬評を覆しての戴冠劇、コロナ禍で開催され、明暗含めて多くの話題を呼んだ東京オリンピック。ついにその長い戦いも閉幕しました。そこで、オリンピック開催時期の掲載記事の中から、文春オンラインで反響の大きかった記事を再公開します。(初公開日 2021年8月12日)。

*  *  *

「五輪の大会期間中の新型コロナの検査体制は、驚くほど杜撰でした。“あの騒動”も、起こるべくして起こったと思います……」

 そう訴えるのは、五輪のある競技種目で技術役員を務める男性だ。

 五輪開幕に先立って来日したIOCのトーマス・バッハ会長が「しっかり執行され、効力を発揮し、そして成功している」と胸を張ってみせた検査体制。実際には何が起こっていたのか――。

■審判員男性2名がホテルから外出したワケ

“あの騒動”とは7月29日、新型コロナの陽性が確認されたボート競技の審判員男性2名が、独自に医療機関で検査を受けるために、宿泊療養先のホテルから外出したこと。翌30日にテレビ朝日が〈新型コロナ陽性の審判員2人 宿泊療養施設から無断外出〉と報じ、明るみに出た。

「2人は療養先のホテルに陰圧車を呼び、ホテルの職員に施錠を解除してもらって、医療機関へ向かったのです。大会の規則集であるプレーブックでは、陽性となった関係者には、宿泊療養施設での隔離か入院が求められている。そのため、2人の行動はプレーブック違反ではないかと報じられましたが、組織委員会側の見解は『施設を抜け出したという行為ではない』という曖昧なものでした」(五輪担当記者)

 では、なぜ2人はわざわざ医療機関へ向かったのか――。

 背景には、検査体制への不信感があったという。

「2人のうち1人は日本人、もう1人はオランダ人の審判員でした。このオランダ人審判員は、奥さんが医師なのですが、自身が受けた検査について奥さんに説明すると『その検査はおかしい。正確な検査を受けるべきだ』と促されたそうなのです」(オランダ大使館関係者)

■組織委員会によるPCR検査の運営には「杜撰な点が多い」

 プレーブックによれば、選手と定期的に接触する審判員は、毎日、唾液を用いた検査を受ける必要がある。唾液で陽性反応が出た場合には、鼻咽頭によるPCR検査を受ける。綿棒を鼻から喉の奥に入れて検体を採取するもので、唾液よりも精度が高いとされる検査だ。鼻咽頭検査でも陽性となれば、隔離施設に移動することが定められている。

 ところが、この検査について、関係者の間で疑義が広がっている。前出の技術役員はこう訴えるのだ。

「五輪関係者に対して行われていた検査システムには、杜撰な点が多いのです」

■木下工務店で知られる木下グループがPCR検査事業にも注力

 今回“脱走”した2人の審判員が受けた検査では、まず「株式会社木下グループ」の子会社である「株式会社新型コロナ検査センター」がスクリーニング検査を実施。そのスクリーニング検査にて陽性の疑いが出た場合の再検査を、同じく株式会社木下グループが医療協力として業務提携をしている「医療法人社団 和光会 キノメディッククリニック高田馬場」が行うという流れだったという。

 住宅メーカーの木下工務店のイメージが強い木下グループだが、同社はかねてよりPCR検査事業にも注力してきた。昨年12月に東京・新橋駅前に新型コロナPCR検査センターを開設。仕事の出張前や帰省前に、陰性を確認して安心感を得たいという人々が連日詰めかけた。

「五輪やパラリンピックに向けて需要が増えるのを見込んで、体制強化を進めていたそうです。現在、検査センターは都内6カ所7店舗に拡充。さらに、政府がこの夏、羽田空港などからの出発便に搭乗する人を対象に行っている無料のPCR・抗原検査も、同社が受注しています」(経済部記者)

 五輪では1日で最大5〜6万件の検査が行われるというが、実際にはどのように検査を行っているのだろうか?

■自分が提出した検体の登録がない?!

「唾液検査では、各自、配布された透明の容器に唾液検体を入れて提出します。このとき、専用のウェブサイトに、容器に貼られた11桁のバーコード番号と、自身のアクレディテーション(参加資格証)番号、生年月日を入力します。検査結果を個人と紐付けるためです。検体は前述の新型コロナ検査センターが日々回収しますが、提出者のデータ管理は組織委員会が行っています」(前出・技術役員)

 だが、そこであるトラブルが起きたという。

「大会開幕からしばらくして、私の周囲でコロナ陽性者が出たため、専用サイトで自分の検体の登録状況を確認してみたのです。すると、提出したはずの5日間分の検体が、まるまる登録されていないことが分かった。私の入力にミスがあったのか、サイト側の不備なのかは分からずじまい。ただ、検体が登録されていないなら注意喚起を促すような仕組みがなければ、気付きようがありません」(同前)

 実際、組織委員会は8月4日、検査で陽性が確認されながら個人が特定できていないケースが8件あると発表した。専用サイトへの登録ミスが原因とみられるという。つまり、陽性でありながら、それに気付かず業務に従事していた関係者が複数いる可能性があるのだ。

■「30分で結果が出る」鼻咽頭PCR検査

 それだけではない。唾液検査で陽性反応が出たため、鼻咽頭PCR検査を受けたある競技関係者は、こう語るのだ。

「私が受けた鼻咽頭PCR検査も、説明が十分ではありませんでした。陰圧車の中で検査を受けるのですが、そこにいるのは看護師とドライバーのみで、医師とはiPad越しに会話をするだけ。そこでは『検査結果が出るのは30分ほど後になる』と説明されました。そして実際に約30分後に、鼻咽頭検査でも陽性だったと連絡があり、隔離措置となりました。事前に組織委員会から、どういった人たちが検査を行っているのかなどの説明は一切ありませんでした」

 この鼻咽頭PCR検査は前述の通り、木下グループが医療協力として業務提携をしている「医療法人社団 和光会 キノメディッククリニック高田馬場」が行っている。その際に使われている検査機器は、スイス製のロッシュ社「cobas ?Liat」と呼ばれるもので、日本には数十台しか納入されていない。厚労省も保険適用を認めた世界最高峰の機器だという。

 だが、じつはこの「30分」というのは驚くべきスピードなのだ。PCR検査を行う都内の医療機関の関係者が語る。

「ウチでは結果が出るまで最短でも100分はかかります。陽性なら早く反応が出ることもありますが、『恒常的に30分で結果が出る』のだとすれば、相当に特殊な検査なのだと推測されます」

 無断外出とされたオランダ人審判員も、検査体制に疑いを抱くきっかけとなったのは、検査スピードだったという。

「彼の場合は、組織委に求められた鼻咽頭PCR検査の結果が42分で出た。医師である彼の奥さんは、結果が出るのが早すぎることに『それは本当にPCR検査なのか?』と疑問を抱いた。それで、医療機関による正確な診断を受けるべきだと助言したそうです。彼は母国のボート関連のサイトにブログを寄稿していますが、そこでも検査への不信感を滲ませています」(前出・大使館関係者)

■組織委員会による「検査への説明不足」

 前出の競技関係者も言う。

「なぜこんなに早く検査結果が出るのか尋ねても、陰圧車のドライバーが『五輪に向けて最新機器を導入したから』と言うばかり。仮にそうだとするならば、それがどういった機器で、これから行われる検査が民間のものなのか、それとも医療行為なのかといった説明が組織委からあって然るべきでしょう。医師による合理的な説明もありませんでした。ホテルから外出した審判員2人について、プレーブックで定められている継続的な隔離というルールから逸脱することには賛成できませんが、検査結果に納得が行かないという気持ちは理解できます」

 株式会社木下グループに検査システムについて聞いたが「組織委員会との契約上、五輪の検査に関してはコメントできない」との回答だった。また、検査体制の不備について組織委員会に見解を問うたが、期日までに返答はなかった。

 前出の技術役員が嘆息する。

「これから、パラリンピックも始まります。パラでは基礎疾患を抱える選手も多い上、介助者などの大会関係者も増える。より一層正確な検査体制が求められるはずなのですが、いまのままで果たして大丈夫なのでしょうか」

 パラリンピックの開幕は8月24日。選手や関係者、さらには国民が安心できる検査体制の整備が求められる。

※追加取材を受け、一部加筆・修正のうえ掲載しています。

(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))

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