《日本の入管の“異様な実情”》無視され続けた「今すぐに助けて」の願い…死亡者が出ても変わらない“隠蔽体質”に迫る

《日本の入管の“異様な実情”》無視され続けた「今すぐに助けて」の願い…死亡者が出ても変わらない“隠蔽体質”に迫る

※写真はイメージ ©iStock.com

下着を撮影され、携帯の中身もチェック…「こんなことを日本の大企業がやるなんて」外国人労働者たちの“悲痛な嘆き” から続く

 非正規滞在で入管に収容されていたスリランカ人留学生ウィシュマ・サンダマリさんが施設内で亡くなったニュースは世間の大きな注目を集めた。体調不良で物が食べられなくなり、吐血までしたにもかかわらず、入管は何をしていたのか。救う手立てはなかったのか……。

 ここでは、東京新聞記者の望月衣塑子氏の著書『 報道現場 』(角川新書)の一部を抜粋。日本の入管の異様ともいえる実情に迫る。(全2回の2回目/ 前編 を読む)

◆◆◆

■33歳の女性の死

 ニチイの記事を書いているさなか、とんでもない話が飛び込んできた。名古屋出入国在留管理局に収容されていたスリランカ人女性、ウィシュマ・サンダマリさんが死亡した。まだ33歳だった。

 死亡した際、名古屋入管は、中日新聞本社の記者の取材に「対応は適切だった」と短いコメントを出していた。いったい何があったのか。私は指宿弁護士から、ウィシュマさんを支援していた人たちなどを紹介してもらい、取材を開始した。

 明らかになったのは、健康で明るく、日本で働くことを夢見て来日した1人の女性の姿だった。

 ウィシュマさんは、スリランカで大学を卒業後、現地のインターナショナルスクールなどで子どもたちに英語を教えていた。そこで日本の子どもたちの礼儀正しさに感動し、17年、「日本の子どもたちに英語を教えたい」と日本語学校への留学を決意。母親は「安全安心といわれる日本ならば」と、娘の願いをかなえるために借金をして日本へ行くお金を工面したという。

 意欲にあふれて来日したが、学校で出会った1人の年下のスリランカ人男性との交際を機に、状況が暗転していく。それまで月1日休むかどうかというほど熱心に勉強していた彼女は、交際が始まると学校の寮を出て、徐々に学校を休みがちとなり、学校から除籍処分とされ、退学となった。

 寮を出た後も家族の元には度々電話が来ていたが、18年10月を最後に連絡が途絶える。心配する家族に「私は大丈夫だから。心配しないで。何かあったら私から連絡するから」と話したのが最後になったという。

 20年8月、ウィシュマさんは静岡県清水町の交番に「交際相手にDVを受けている。中絶を強要され、赤ちゃんを堕ろした」などと言って、自宅にあった1350円を握りしめて駆け込んだ。そこで在留期限が過ぎていることがわかり、名古屋入管に収容された。

 同年12月ごろから、支援者たちが面会を始める。支援者の一人、シンガーソングライターの真野明美さんはウィシュマさんがDVで傷ついているのを感じ、「一緒に暮らそう」と伝えると、ウィシュマさんは次第に心を開き、「もっと日本にいたい」と希望を言うようになったという。

 入管側は、スリランカに帰国するつもりだったウィシュマさんに対して、当初は丁寧に対応していた。しかし、在留を口にしたとたん、職員たちは「帰れ、帰れ」「そんなことを言っても無駄だ」などと言うようになる。職員たちの豹変にショックを受け、DV被害へのケアもまったく行われないままだったこともあり、ウィシュマさんは1月上旬からものが食べられず、食べても吐いてしまうようになる。同28日には吐血。名古屋入管は2箇所の外部病院で内視鏡などの検査は受けさせたが、点滴や入院などの措置は一度も取られなかった。

 死の直前まで何度もウィシュマさんは、「点滴をして」「今すぐに助けて」と訴え続けた。支援者たちも「このままでは死んでしまう。すぐに入院と点滴を」と入管側に掛け合ったが、「監視カメラで適切に管理している」などと答えるだけだったという。

■難民受け入れに消極的な日本

 ここで外国人が日本に滞在するときの手続きについて、簡単に押さえておきたい。

 外国人が日本に入国する際、ビザが必要な国と不要な国があるが、就労や留学など長期で滞在する場合にはどちらの国でもビザが必要だ。ビザには原則的に滞在期間が設けられている。

 滞在期間が過ぎてしまった外国人は、非正規滞在(オーバーステイ)となる。更新は可能だが、だれでも更新できるわけではない。たとえば就労ビザで滞在している場合、更新の申請のときに無職であれば、延長してもらえないかもしれない。留学ビザにもかかわらず学校を退学した場合なども同様だ。

 オーバーステイが発覚したときに収容される施設が地方出入国在留管理局(入管)だ。入管は、日本に出入国する外国人を管理する行政機関で、出入国在留管理庁が管轄しており、担当省庁は法務省だ。入管の役割として「すべての人の出入(帰)国手続き」「外国人の在留審査」「外交人の退去強制手続き」「難民認定手続き」などがある。

 収容に保護というイメージを持つ方もいるかもしれないが、実態は大きく異なる。鉄格子のある部屋に数人で入れられ、自由を奪われる。大きく人権を制限する措置にもかかわらず、その裁量は入管職員に与えられている。収容期間の定めもないため、いつまで閉じ込められているかはまったくわからない。

 裁判との違いを考えていただければ、入管が持つ裁量の大きさがわかると思う。裁判は、憲法と法律にのっとって開かれた場で行われ、被告には必ず弁護士が付く。一方の入管は収容期間も、仮放免や難民申請の許可不許可の判断もブラックボックスだ。だれがいつどうやって何を根拠に決めているのかわからない。にもかかわらず、人の自由を奪う。

 オーバーステイになり入管に収容されながらも、帰国を望まない人が収容を回避するにはいくつか方法がある。

 一つは、仮放免申請だ。一時的に収容を停止して釈放する制度で、収容されている人やその家族が申請し、入管側が判断する。とはいえ、仮放免では就労することもできず、また定期的に入管への出頭も求められる。再収容されることもある。

 もう一つが難民申請だ。これも収容されている人が申請し、入管側が判断する。申請が認められれば、日本に在留する許可を得られる。就労も可能となり、出頭の義務もない。最近では、東京オリンピックでサッカーのミャンマー代表として来日したピエ・リヤン・アウンさんが難民申請して許可され、5年間の在留と就労が可能な「定住者」の在留資格が付与された。このニュースだけを見ると非常に迅速で、容易に認められるように見えるが、実態はまったく違う。

 一部の人は認定が下りず、再申請を繰り返している。その間、ずっと収容されて自由を奪われている人たちもいる。この収容の長期化が問題となっており、19年には長崎県の大村入管で、ナイジェリア人男性のオカサ・ジェラルドさんが、抗議のハンガーストライキを行い、餓死した。

 1951年に国連で難民条約が採択され、その理念に基づき、世界の国々は多くの難民を受け入れ、共生の道を探ってきた。日本は81年に批准したが、以降も受け入れに消極的だ。それは、各年度の難民受け入れ数の推移や諸外国との受け入れ人数の比較を見れば明らかだ。

 2020年、日本での難民申請者は3936人いたが、認定されたのはわずか47人、1.2%ほどだった。諸外国に比べて十分低いが、日本では例年より高かった。たとえば19年に申請した人は1万375人いるが、認定はわずか44人、0.4%しかない。

 日本政府の基本的な姿勢は、「全件収容主義」だ。期限を超えて滞在している人をまずは収容する。そして、帰国させる(送還)。グラフはそれをよく表している。

■日本社会を支えるオーバーステイの労働者たち

 皆さんの中には、オーバーステイの外国人は期限を守らず滞在しているので法律を破っているのであり、不法在留なのだから取り締まられて当たり前だ、と考える方もいるかもしれない。また言葉の響きから、犯罪予備軍のようなイメージを持たれているかもしれない。

 日本にいる非正規滞在者は、21年1月時点で、8万2868人。その多くは、日本の農家や工場や建設現場など、さまざまな場所で働いている。

 特に1980年代から90年代にかけては、日本の中小企業や経営者たちが、労働力不足などから外国人を大量に招き入れ、違法を承知で働かせることが続いていた。日本の高度経済成長を下支えしてきたのもまた彼らなのだ。

 オーバーステイは、確かに入管法という法律には反している。しかし、個別の事情はさまざまだ。彼らは、日本の不安定な労働市場の中で雇用の調整弁のような扱いを受けてきた。仕事をしていたのに雇用先が倒産して解雇されることもあれば、留学ビザで来日しながらも、何らかの理由で学校に通えなくなることもある。母国での反政府活動などの影響から迫害の恐れがあり、帰国を希望しない人もいる。

 法律に違反した際も、制限が行われるならそれに見合ったものでなければならない。たとえば、車を運転していて一時停止を無視したからといって、無期懲役になったりはしない。これを法律の用語で「比例原則」というそうだ。それに照らすなら、オーバーステイは、長期にわたって自由を奪うほど悪質なのか。

 日本の入管における収容者への扱いについては、かねて問題が指摘されてきた。国連の「拷問禁止委員会」などから、「入管の収容者への扱いは拷問に当たるのではないか」など、再三にわたって懸念が表明され、勧告も受けている。私が支援団体などに話を聞いたところ、入管収容者の死亡は1993年以降で24人にも上るという。病死のほか、自殺が7件。頭がい骨骨折など外傷による死亡もある。2007年の時点で、拷問禁止委員会から、処遇に関する不服申立を審査する独立した機関の設置や拘禁期間に上限を求めることなどを勧告されている。勧告を受けて、入国者収容所等視察委員会という第三者機関もできた。しかし20 年には国連人権理事会の「恣意的拘禁作業部会」から「国際法違反」と指摘された。

 このように状況が改善されてきたとはまったく思えない。収容者の事故などが起きるたびに入管庁(19年までは入国管理局)は、医療体制の見直しや職員の意識改革を打ち出してきたが、収容者を取り巻くありようは、驚くほど変わらない。

■改正法案は入管の権限強化

 ウィシュマさんの事件が起きたこの時期、入管法の改正案が国会に提出されていた。この二つの事象が同時期だったのはあくまでも偶然だ。しかし両者は大きく関わり合いながら、事態が進行していく。

 入管法改正案、正式名称「出入国管理及び難民認定法及び日本国との平和条約に基づき日本の国籍を離脱した者等の出入国管理に関する特例法の一部を改正する法律案」は、ウィシュマさんの死亡以前から、政府が進めていたものだ。すでに21年2月19日に閣議決定されている。

 そもそも政府はなぜ改正が必要と考えたのか。要約するとこのような内容だ。

「不法在留者が増加しており、退去させたいのだが、拒む人が3000人もいる。日本社会が外国人を適正に受け入れるには、不法在留者や送還忌避者をゼロにする必要がある。今の入管法では強制的に退去させられない。そのために改正する」

 この文章を読んだとき、在留期間を超えて滞在している人に対してどのようなイメージを抱くだろうか。

 アメリカのバイデン政権は、拘束された移民にも尊厳があるとして、「不法在留外国人」との呼称を禁じ、「市民権を持たない人」や「必要な書類を持たない人(Undocumented)」との言葉を使う方針を示した。日本政府の収容者への態度とは対照的だと感じる。

 私もこの原稿では不法在留外国人ではなく、オーバーステイの外国人、非正規滞在者などと記したい。

 こうした理由に基づいて提出されたのが、今回の改正案だった。一読すると、入管の権限を拡大し、外国人への監視と排除をより強化することを目的としていることに気づく。

 たとえば現行法では、収容者は何度でも難民申請を繰り返すことが可能だが、改正案ではこれに制限を設け、3回以上は原則、送還停止を認めず、拒否すれば送還忌避罪などの罰を科すというものだった。

 20年末時点で、送還忌避者(自国へ送還されることを望まない人)3103人のうち難民認定を申請中なのは1938人で、3回目以降の申請者は504人いた。改正案が成立すれば、504人は「相当な理由」を示さない限り、送還忌避罪が適用されることになる。

 法務省の上川陽子大臣は「過去に3回目の申請で難民認定された人はいない」と説明していたが、実際は違う。たとえば、イラン出身の男性は3回目の申請中に、難民認定義務付けの訴えを提起したところ、「宗教を理由とする難民に該当する」との判決が出て20年に難民認定されている。日本の難民認定率が、まったく改善されていない状況で、送還忌避罪を創設すること自体、非常に問題だ。

■収容者の弁護士や支援団体に罰則を規定

 また、長期収容の解決策として法務省が盛り込んだ「監理措置制度」も疑問だ。この制度は収容者の弁護士や支援団体を、入管が「監理人」に指定し、入管が認めれば就労も可能になるが、監理人は収容者の生活などを監督し、報告する義務を負わされ、違反すれば10万円以下の過料も科される。

 本来、被収容者の権利を守るべき弁護士や支援者が、入管側に報告の義務を課されることになる。被収容者にとって不利益になることも含め報告を強いられることから利益相反関係に陥る可能性があり、支援者側からすればあり得ない改正だと思う。

 NPO法人「なんみんフォーラム」が支援に関わる弁護士や支援団体から意見を聴取した結果、「監理人を引き受けたいか」の質問に90%が「なれない・なりたくない」と回答、「罰則が規定されているから」との理由が多く、改正をしても人手不足は免れないだろう。

【前編を読む】下着を撮影され、携帯の中身もチェック…「こんなことを日本の大企業がやるなんて」外国人労働者たちの“悲痛な嘆き”

(望月 衣塑子)

関連記事(外部サイト)