「ただの雑木を近所のおっちゃんから買って、火入れに2時間半もかけてた」 サウナ経営初心者の33歳女性が“人間に戻る”ために作った“天空の城”

「ただの雑木を近所のおっちゃんから買って、火入れに2時間半もかけてた」 サウナ経営初心者の33歳女性が“人間に戻る”ために作った“天空の城”

綺麗に手入れされた玄関。この裏手にサウナ小屋がある。

姉妹の病気、家業を継いでほしい父とのバトル… 33歳IT企業の女性社員が、奈良県で“サウナ付きホテル経営”に“転身”した理由 から続く

 圧倒的なロケーションと美しい思想で古民家を改装した唯一無二の宿泊施設、ume,yamazoe。

 33歳のオーナー、梅守志歩は当初この施設にサウナを創るつもりはなかったという。

■対立していた父も自由にさせてくれるように

「調べるうちに、農泊推進という、農家民泊を日本中に沢山作ろうという農水省の補助金があることが分かりました。新規事業を進めるには、自分たちで場所を持つ必要があると思い、土地購入の補助金を申請するときに出遭ったのがこの家です。

 その頃には、対立していた父もどんどん自由にさせてくれるようになっていました。私も自分が言い出したことに関しては、結果を出すことに全力なので、そのうちに任せてくれるようになって。それでも会社としてブレないのは、両親の会社に対する考え方に、私がすごく共感しているからだと思います。うちの会社には『人が人を大切にし、国籍や人種、性別、障がい、病気を越えて、みんなが楽しく笑顔で生きられるような社会を事業活動を通して作る』という経営理念があります。

 妹が白血病だったときに経験したのですが、病院の無菌室だと、楽しみが何もないんですよね。唯一の楽しみって本当に食事だけで、豆腐で作ったハンバーグのような味気のないご飯だったとしても、その時間のために頑張って治療に堪える。私もよく病院に通ったのですが、小児がん病棟には、食べたいのに治療で食べられなくて、一日中泣いてる子もいます。“食べる”ということが、あと何時間、何日間、生きるためのエネルギーになっている実感が、両親にも私にもありました。私の両親はお寿司の製造販売においては、見た目の華やかさやおいしさに加えて、誰かと食べたときにその場がほころぶようなものを作ることを目指していました。私はそれを宿という体験を通して実現しようと思っただけで、やりたいことは一緒なんです」

 両親が大切にしてきた経営理念を継承しながらも、違った形でビジネスを展開していく。理想の事業承継の形は、こういうことなのかもしれない。

「父は『もちろん手伝いはするけど、お前がしっかりやりなさい』と、信じて任せてくれました。両親も私と同じぐらいの年齢で、おじいちゃんに6500万の借金をして、お寿司屋さんの1店舗目を出したらしいんです。私も6500万ぐらいのお金を父から出してもらって、残りの6500万ぐらいは自分で補助金を取り、全部で1億3000万ぐらいかけて事業をすると言い切りました。もしかしたら両親は、私を自分達と重ねて出資してくれたのかなと思います。すごく感謝しています」

■最高のロケーションにたどり着くまで

 小高い丘を登りきると眼前に開ける唯一無二の景観で、一気に非日常へと誘ってくれる宿、ume,yamazoe。ロケーションが宿にとってどれだけ大切なものか、ここは思い知らせてくれる。

 しかし、この場所で開業するまでにはかなりの苦労があった。

「ここはもともと山添村の村長さんが住んでいた大きなお家で、景観がすごく気に入って補助金でリノベーションしたんです。今までの事業はある程度計画的に勝算を持って始めたことが多かったんですけれど、ume,yamazoeは出たとこ勝負の連続でした(笑)。例えば、この土地の下に90歳ぐらいのおじいちゃんが住んでいて、田舎の慣習を十分に理解していなかった私は、『おまえら勝手にうろうろ最近しとるけど誰や』と不愉快な思いをさせてしまったことがありました。ただ私は『いろんな状態の人たち、みんなが楽しめる場所を作りたい』っていう考えをベースに持っていたので、絶対に近隣の方と仲たがいはしたくありませんでした。なので、その方から何か意見をもらう度に工事を止めて、手紙を出したり、毎日顔を出してお話をしにいったり、たくさん謝ったり、意見をうかがう機会を重ねました。なので、本来8カ月の予定が、完成までに2年半かかりました。

 これは、自分の感覚が大きく変わった出来事だったんですが、ある時、宿に至る坂道に納品車が止まっていたら、おじいちゃんが『そこはおまえらの土地ちゃうから止めたらあかん!』って怒って、トラックを杖でバーンと叩いていたんです。そのおじいちゃんが教えてくれたのですが、実はその道は、元々みんなの土地だったんです。みんなが土地をちょっとずつ供出して、自分たちで均(なら)してコンクリひいて、私道に変えていったんです。

 それがわかってから、私も当たり前のように場所や土地を使うという感覚がなくなりました。この家も、今はたまたま私たちが借り受けてるだけだし、鳥の声、虫の音、太陽の光の心地よさは、この場所の力であって私が何かをしている訳ではない、っていうスタンスに変わっていったんです。おじいちゃんが言うてくれへんかったら、多分いつまでも『自分とこの土地やから。何なんやろな?』と不満を感じていたと思います」

 先人たちを敬い、時には辛抱強く対話を重ねることで、村の中に自然に溶け込んでいった梅守。

■村の人たちが楽しいと思える時間を作る

 彼女がume,yamazoeに込めた想いとは。

「私はここをいろんな人が一緒に存在してなじむような空間にして、自然発生的なコミュニケーションを生んでいきたいと思っています。この村に来た時、自分の友達を呼んで、村のおばあちゃんたちと料理を作るのがすごい楽しかった。今はそのおばあちゃんたちがうちに野菜を持って売りに来てくれて、お茶を飲んで『あんたの顔見たらすっきりしたわ』って帰っていく。

 うちの妹の病室で一緒だった子たちは、妹以外はみんな亡くなっています。そういう子たちにとっての食べる時間と同じように、村の人たちが楽しいと思える時間を作ることに、この場所が寄与できるならいいなと思って。自分がやってきたことをつなぎ合わせていったら、今のコンセプトになりました」

 宿泊棟の裏の小さなスペースに立つサウナ小屋、ume,sauna。

 もはや宿には欠かせない存在のume,sauna誕生のきっかけは意外な所にあった。

「もともと露天風呂を作る計画があったんですけど、お金がなくて断念していました。そこで、露天風呂と同じように、人が服を脱いで開放的に自然を感じられるような何かができないかと考え、そういえばサウナって最近よう聞くな、サウナ作ろうかな程度の思い付きでした(笑)。

 そして、2019年の11月ごろ、友人にべべちゃん( The Sauna支配人 の野田クラクションべべー)を紹介してもらったんです。それでThe Saunaに行ったら『サウナってすごい!』ってなって(笑)。建設費300〜400万ぐらいなら、自分の貯金とクラウドファンディングで賄えるかもしれないと、うっすら思い始めました。初めてサウナに入ったのが11月中旬で、2020年1月の年明け早々にクラファンを開始して、4月12日ぐらいから作り始めて2週間ぐらいで出来上がりました。べべちゃんも泊まり込みで手伝ってくれました」

■サウナの素人がサウナ番をすることに

「でも、作ったはいいんですけど、サウナにたった1回入っただけの素人がオペレーションをやるわけです。宿のオペレーションもままならないのに、火のつけ方もわからなくて。べべちゃんには『YouTube見たらわかるから』って言われて見たのですが、『細い木から太い木の順に組んでいって、真ん中に着火剤置いて火つけたら、ぼって燃え始めるから』って言われても、その通りにできるわけがない(笑)。

 木の状態が良かったらという条件があったんですけど、そんな基本的なことも知らないので、ただの雑木を近所のおっちゃんから買って、火入れに2時間半もかけてました。毎日毎日火が入らんかったらどうしようとか、温度上がらんかったらどうしようって、お腹が痛くなる思いで、朝7時開始のサウナなのに、4時半ぐらいから火入れを始めていました」

■次第にサウナの魅力にとりつかれ

 そこに登場するのが梅守が師匠と仰ぐ岡本亮さんである。

「そのときは朝ご飯の仕込みも全部自分でやっていたので、寝るのが25時で、起きるのは4時、5時。これを続けたら体を壊すと思いました。そこに救世主、私の師匠の岡本さんがやってきてくれました。もともとここの建築士さんを紹介してくれたのが師匠だったので、建物ができたとき見に来てくださったんです。

 それでサウナに入ってもらったら、『木もそうだし、この燃やし方じゃここでは燃えないよ、そりゃ時間がかかるわけだ』と笑われました。岡本さんは、この宿のオペレーションをやるにあたり、『薪ストーブや宿泊以外のできることは俺が作ってあげるから、梅はまず宿のオペレーションに専念しなさい』と言われました。そして、薪の運び方、準備、保管、火をつける手順や、それぞれの目標時間までマニュアル化し、おかげである程度、宿のオペレーションも落ち着きました」

 オペレーションが安定すると、梅守も次第にサウナの魅力にとりつかれていった。

 それは思わぬ“自分への気づき”につながっていく。

「薪のサウナは必ず30分に1回ぐらい薪をくべないといけないのですが、その間にお客さんといろんなことを話すことができます。それってすごく重要な事なんです。だから『サウナで長いことしゃべらないなら、火入れに行く意味がない』とスタッフに言っていたくらいです(笑)。

 うちのサウナでは、安全のために薪はスタッフが入れるので触らないでくださいと案内しているのですが、ある日、自分でどんどん薪を入れていたお客さんがいました。ただ、私たちは、広葉樹は蓄熱するため、針葉樹は温度を上げるため、と木の種類によって使い分けをしています。でも、その人たちは広葉樹ばかりくべていた。私はこの村で、あのおじいが腰を曲げながら、汗だくで薪を割って運んでくれた姿を知っている。だから、薪も大切にしてほしいし、そこまで過剰に燃やさなくても楽しめるんじゃない? って思ったんです」

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■温度の高さが良いサウナの絶対条件ではない 

「そのとき、うちのサウナは熱さが売りじゃないということに、私自身も気が付きました。

 もちろん間伐材を薪として利用した方が森林再生になるという考え方もあるので、どちらがいいとか悪いという問題ではありません。ただ、うちのサウナは、丁寧にじっくり1本の木を味わう暖かさを楽しんでもらいたい。ゆっくりゆっくり暖かくなっていくにつれて、感覚を取り戻していく感じを体験してもらいたいんです。私にとってサウナって、老若男女関係なく、人間が裸で自然に還る、よりフラットになるための装置みたいなものと思っています。だから、サウナは熱いのがいい、水は冷たいのがいいっていう単純なことではないのかなって」

 ume,saunaに入っていると、ゆったりとした時間が流れ、やがて自分が人間本来の姿に戻っていく感覚を受ける。そして雄大な山並みに抱かれる外気浴は、そこにいる自分の存在すら忘れさせてくれる。

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■生き物の一部としての「人間」に戻れるのが、うちのサウナ

「サウナの中って、人の感覚が、自然によってもう一度目覚める卵の中のようなイメージなんです。あの薄暗い空間で肉体が勝手に反応する。ここにいると自然の中には不完全なものや不十分なものがたくさんあることがわかります。足がないカマキリが歩いていたり、もうすぐ死んでしまうセミがいたり。それは取り立てて大変な事態だと思わないのに、人間に置き換わると、生きることや死ぬことに対して少し感覚が変わってしまう。自然の生き物の一部としての『人間』に戻れるのが、うちのサウナだと思うんです。

 私の師匠がよく言うのですが、Google先生に聞いたとて、多分わかってるような気になってるだけで、世の中で起こっていることにはわかってないことも山ほどあると思うんです。自然の中では、すべてが平等で、人間が偉いなんてことは1ミリもない。『ただ、ここにいる存在』になっていく時間があるといいなと思って、この場所を運営しています。」

■変わらぬ想い

「自然によって穏やかに、優しくなってほしいんですよね。そのきっかけを私はたくさん散りばめていく。それがお花だったり、飲み物だったり、サウナだったり。

 だから私は、店を大きくすることやサウナをたくさん作ることとかには興味がなくて(笑)、誰かの心の芯に深く突き刺さるような体験を作っていきたいんです。そのきっかけを一つでも多く作ることが、私にとっては意味があると思っています」

■いろんな人に力を借りながら

 数々の体験を通して、梅守はume,yamazoeを思想のある宿へと創り上げた。

 今、彼女は何を見ているのだろう。

「10年後、20年後は全く違うことに挑戦していると思います。今はこの形態が私の中でベストで楽しいですが、時代も価値観もどんどん変わっていくから、固執はしていません。最後に携わりたいのは福祉という考えもあります。

 ただ、両親から言われていた一番大切なこと『人が穏やかになる』という点に関しては、やり方は変わったとしても、大切に守り続けていくと思います。その中の一つが、たまたま今は宿でありサウナだったという感じです。いろんな人に力を借りながら、毎日を過ごしています」

INFORMATION

住所:奈良県山辺郡山添村片平452
HP: https://www.ume-yamazoe.com/information


お問い合わせ:
予約の空き状況や、サウナのお時間の確認、その他お問い合わせは LINE公式アカウント より受付ております。

(五箇 公貴)

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