【死刑求刑】「痛い、苦しい、息ができない」真っ赤な便器、冷や汗、呼吸困難…“ヂアミトール投与殺人”の凄絶さとは《大口病院点滴殺人》

【死刑求刑】「痛い、苦しい、息ができない」真っ赤な便器、冷や汗、呼吸困難…“ヂアミトール投与殺人”の凄絶さとは《大口病院点滴殺人》

旧大口病院の看護師だった久保木愛弓被告が逮捕された神奈川県警本部 ©?共同通信社

【死刑求刑】《大口病院点滴殺人》“白衣の堕天使”久保木被告の計画殺人の真実「急死させるために使った“ワンショット法”」 から続く

 2016年7月以降、入院していた48人の患者が亡くなった横浜市神奈川区の旧大口病院。そのうち3人の殺人罪に問われている、元看護士の久保木愛弓(あゆみ)被告(34)の論告求刑公判が10月22日に横浜地裁で開かれ、検察が死刑を求刑した。

 久保木被告は最終陳述で「死んで償いたいと思っています」と謝罪を口にしている。被告による犯行を詳報した記事を再公開する。

(肩書き、年齢等は当時のまま)

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 10月1日に横浜地裁で始まった、横浜市神奈川区の旧大口病院で起きた点滴殺人事件の裁判員裁判。元看護師、久保木愛弓被告(34)は2016年9月、3人の患者の点滴袋に注射器で消毒液「ヂアミトール」を混入させて殺害したなどとして、殺人罪などに問われている。

 興津朝江さん(当時78)と八巻信雄さん(当時88)の場合は、久保木被告自身が病院にいないときに投与される点滴袋にヂアミトールを予め混入させ、西川惣蔵さん(当時88)の場合は別の看護師が勤務を終える前に容態を急変させる必要があり、投与中の点滴に直接ヂアミトールを混入させていた。

 消毒液を投与されたことによる死亡。刺殺や絞殺などと比べ、その死の苦しみは想像しにくい。しかし法廷で明らかになったのは、その凄絶な死の過程だった――。(全2回の2回め/ 前編を読む )

■「自宅に猫が3匹いる」退院間近の患者もターゲットに

 初公判では検察側の冒頭陳述が終わると、興津さんと西川さんの事件についての証拠調べが行われた。そこで2人がいかにして亡くなったか、その詳細が語られた。西川さんは終末期の患者だったため、ベッドの上で苦しみ、死を迎えたという。

 しかし整形外科にかかっていた興津さんは意識もはっきりしており、重篤な状態ではなかった。

 検察側によると、興津さんは2016年9月上旬に転倒して右膝と右肘をけがし、同月12日に大口病院の整形外科を受診。主治医の供述調書によると、右膝がひどい状況で挫創に加えて膝全体が腫れ、中心部は化膿して黄色くなっていたという。傷口から何らかの細菌に感染している可能性があるため抗生物質の点滴が必要だと、入院の必要性を訴えたが、興津さんはぐったりしながらも「自宅に猫が3匹いる」などと入院を拒否。しかし白血球の数値が上昇していることなどを示したところ、翌13日から入院することになったという。

■「無断外泊されれば自分の責任になる」

 13日、14日と点滴を打った興津さんは順調に回復へ向かっていた。14日には「猫のことや家のことでやることがある」と外出を求めてきたため、短時間ならばと許可も下りた。

 しかし15日。興津さんは勝手に外出しようとして、看護師が連れ戻すという出来事があった。この看護師が、日勤の久保木被告だった。久保木被告はこの後、興津さんに投与予定の点滴袋にヂアミトールを混入した。

 検察は興津さん殺害の動機として、「再び興津さんが無断外出してけがをすれば自分の責任になると考え、次の勤務日である18日よりも前に興津さんを死亡させようと決意した」と指摘している。

■「便器の中は血でいっぱいだった」

 久保木被告と入れ替わりで勤務についた夜勤の看護師は、同日夜に点滴を打った興津さんが「血管の痛みを訴えた」と供述調書で語っている。点滴を刺している箇所の痛みを訴えるケースはあるが、興津さんは別の部分の痛みを訴えた。異常はなかったため、点滴の投与を続けたが、その後もナースコールがあり痛みを訴え続け「不思議に思った」という。

 翌16日午前9時半から10時頃、日勤だった別の看護師が興津さんに点滴を投与する。このときも、興津さんからナースコールがあり「点滴をやっている方(の腕)が痛い」などと繰り返し痛みを訴えられたという。

 この看護師は点滴が終わった11時前頃、興津さんが「トイレに行きたい」というので付き添ったという。「終わったらナースコールを鳴らして」と言ったにも関わらず、なかなかナールコールがならず、心配して見に行った。

 すると中から唸り声のようなものが聞こえてきた。興津さんに声をかけ、鍵をなんとか開けてもらうと「体が前のめりになり壁に手をついた状態で冷や汗が出ていた」という。当初は「触るな」などと言っていた興津さんだったが、「気持ち悪い」「頭が痛い」などと訴え、元気がなくなっていった。

 さらに「便器の中は血でいっぱいだった」。血尿が出ていたのだ。

■「痛い」「苦しい」「息ができない」と訴え呼吸停止

 興津さんはベッドに運ばれ、主治医も駆けつけた。主治医の供述調書によると、興津さんに取り付けられた尿道バルーンには、大量の「ピンク色の鮮血」がたまっていたという。「尿道や膣の出血ならば赤黒くなるため、腎臓などからの出血なのではないか」と考えたという。モニターに映し出された酸素飽和度は低下し、声もどんどん小さくなっていく。「このままでは助からない」と主治医は泌尿器科の専門医のいる系列病院へ救急搬送を指示。救急車で付き添った主治医の呼びかけに、興津さんは「痛い」「苦しい」「息ができない」と顔を歪めて話していたという。 泌尿器科の処置室につくと、「手足の先が真っ青になり、意識がなくなった」(主治医の供述調書)。救急室に移されたが呼吸が停止。心臓マッサージなど懸命の措置を続けた。

■遺体は火葬済み、しかし血液が残っていた

 遺族が延命を望まなかったため、興津さんは大口病院に戻り、午後1時40分頃に死亡が確認された。当初は病死との判断が下されたが、後に西川さんと八巻さんの事件が発覚し、興津さんの件も事件性が疑われた。ただ、興津さんの遺体はすでに火葬済みだった。

 しかし、興津さんの主治医は退院を強く訴える興津さんについて看護師から相談され、当初17日に予定されていた退院の指標となる血液検査を16日午前の容態急変前に変更し、採血していた。そのため火葬後も死亡直前の血液が残っており、ここからヂアミトールが検出され事件化に繋がったのだ。

 凄まじい苦痛のなか死を迎えた興津さんについての病院関係者らの供述調書が法廷で読まれる中、久保木被告は固まったように姿勢を変えず耳を傾け続けていた。

■遺族は《亡くなる前日までピンピンしていた》

 興津さんの姉は裁判前、報道各社に弁護士を通じて以下のようなコメントを出している。

《妹が亡くなって5年が経ちました。足の怪我で入院していましたが、足以外は亡くなる前日までピンピンしていたので、亡くなったときの知らせを聞いたときは訳が分からず涙も出ませんでした。

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 それから2年が経って、ようやく犯人が逮捕されました。

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 そして裁判がはじまるまでさらに3年。私は93歳になりましたが、この裁判を見るまでは生きなければとの思いで過ごしてきました。

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 裁判には弟と一緒に参加します。犯人がどうなっても妹は帰ってきませんが、なぜこんなことが起きたのか、きちんと見届けたいと思います》

 10月11日以降、久保木被告の被告人質問が予定されている。ここで何を語るのか。注目が集まる。

(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))

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