5000人の居住者のうち半数以上が外国人…埼玉の“憧れの住宅地”に数多くの“中国人”が押し寄せた現状を徹底ルポ

5000人の居住者のうち半数以上が外国人…埼玉の“憧れの住宅地”に数多くの“中国人”が押し寄せた現状を徹底ルポ

写真はイメージです ©iStock.com

「2000円の店に来て偉そうにするんじゃないよ!」日本のおじさんたちを“慰め続けた”フィリピン人ホステスが明かす“日本人”への思い から続く

 竹ノ塚リトル・マニラ、ヤシオスタン、大和市いちょう団地、茗荷谷シーク寺院、東京ジャーミィ、西川口中国人コミュニティ……。海外からの日本移住者が増加するに伴い、彼らは日本のあちこちに地域に根づいたコミュニティを構築している。

 一方で、私たちがそうした人々の生活実態を知る機会はほとんどない。彼らはなぜ日本に移住し、どのようなことを考えて日々を過ごしているのだろうか。ここでは、フリーライターの室橋裕和氏の著書『 日本の異国 』(晶文社)の一部を抜粋。私たちの知らない「在日外国人」の現状に迫る。(全2回の2回目/ 前編 を読む)

※内容は2019年5月書籍刊行当時の取材によるものです。

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■油条(揚げパン)が売られる街角

 JR京浜東北線、西川口駅。

 電車を降りて、改札を出る。見渡してみるが、ウワサほどではない。「ニューチャイナタウン」「中国人に支配された街」なんて大手マスコミは言うが、駅周辺に広がっているのは典型的な都下のベッドタウン。味気ないチェーン店のレストランや居酒屋、マンションが立ち並ぶ。首都圏のどこにでもある、一見するとコピペされたような街だった。

 この「表情のなさ」こそ、埼玉県だなあと思う。僕の実家も、西川口と同じ埼玉にある。やっぱり東京に通勤・通学する人たちで構成される、新興住宅地が多い街だ。居住者は生活のかなりの部分を東京で過ごすので、どうにも愛郷心の育ちにくい環境なのだ。

 西川口もやはり、そんな街なのだろうか……と思って駅ビルをうろうろしていると、惣菜コーナーの一角に小吃店を発見する。中華のスナックといったところだろうか。焼き小龍包はともかく、中国人の朝食に欠かせない油条(揚げパン)は、日本のそこらの中華屋ではなかなか見ない。傍らで売られている豆漿(中国風の豆乳)とともに食べれば、まさに中国の街角。ニラレバ、エビチリの世界とはちょっと違うのだ。よくよく聞いてみれば、店員も客も中国語で会話をしていた。

 駅を出てみる。西口だ。

 商業ビルを彩るネオン……レストラン、飲み屋、マッサージ店、銀行、コンビニ、病院、金貸し……などの中に、ちらほらと漢字オンリーで日本語の併記もなく、なんだかよくわからない物件が点在している。「网?」とはなんだろうか。飯店、餐庁はレストランだろうが、その前の漢字がさっぱり読めない。どれもハデな電飾やら堂々たる毛筆やらでアピールしており、異質である。駅前にあるのはほぼすべて日本語の看板なのだが、その中でもけっこう目立つ。

■中華街ではなく「中国人が生活する街」

 さらに歩いてみると、不動産屋には「外国籍OK!」との貼り紙。飲み屋やラーメン屋がつらなり、ときおりエッチなお店も散見する商業ビルの森に入っていけば、中華の濃度はぐっと濃くなる。中華食堂や食材店がちらほら点在する。メニューを見てもやっぱり日本語併記がないところも多い。しかもそのたたずまいは質実剛健、おしゃれな装いなんかいっさいないという店もあり、アジア慣れしていない日本人ではなかなか入りづらかろう。

 とはいえ、テレビでよく取り上げられているような「ガチの中華街」というわけではない。横浜や神戸のような街並みを想像してやって来ると、肩透かしにあうだろう。ここは観光地ではなく、あくまで「中国人が生活する街」なのだ。そのための機能が、街の各所に散らばっている。目に付くのはレストランや食材店だが、ほかにもカラオケ、ネットカフェなどがある。さきほどの「网?」はネットカフェのことだったのだ。

 そんな店が固まって看板を出しているビルもあるにはあるが少数だ。テレビや雑誌はそういう「絵になる」場所だけを切り取って撮るから、西川口全体がもはや中国語が氾濫する中華ワールドなのだと誤解されてしまいがちだが、そうではない。あくまで主体は日本人だし、日本の店が圧倒的だ。その中に、中国人の店がぽつぽつと、よく見ればけっこうあるんだなあ……という印象だ。

 が、近年、明らかにその数は増えている。街角でも確かに中国語がよく聞こえてくる。

 なぜ、いま西川口に中国人は増えているのだろうか。これには諸説ある。

 西口の食材店「バンコク・ストア」を切り盛りするソムニさんは「私が来たばかりのころは、東南アジアの人が多かったね」という。店を構えて26年、来日38年という大ベテランである。ソムニさんは内戦を逃れてきたラオス難民だった。だからこそ店名にもバンコクを謳い、タイやラオスなどの食材を扱ってきたのだ。しかしいまでは、ほぼすべてが中国の食材である。冷凍水餃子、ピータン、紹興酒、胡麻団子、ザーサイ、火鍋の素、中国のジュースや菓子、干し肉、唐辛子、臭豆腐、麻辣湯……狭いスペースにびっしりと商品が並ぶ「ドンキ」的な店構えがたまらない。アジア好きにとってはほとんどテーマパークである。

■東南アジア、韓国、そしていま中国人

 客はひっきりなしだ。近所のレストランだろう、調味料やら麺やらを大量に買っていく人、お菓子の棚に夢中になっているのはOL風の中国人のお姉さんたち。ソムニさんは流暢な中国語で対応し、なにごとか笑いあう。ラオス華僑なのである。だからこそ時代の変化に対応できたのだろう。

「昔はタイ人がよく来たけど、もうほとんどいないね」

 西川口には韓国人も多い。いまも中国人に次いで川口市内で2番目の外国人人口を持つ。しかし大きなコリアンタウンをつくってはいない。そうした街は東上野や新大久保、三河島など各所にあるが、西川口ではきわめて小規模だ。韓国レストランやパブなどもあるがわずかで、しかもその数は減少している。いまの主役はやはり中国人だ。

■風俗街の無残なる夢のあと

 ところで西川口の、とくに西口を歩いていると、どうしたって目につくのは劣情を煽るいやらしい看板である。エロマッサージ、ガールズバー、メンズエステ……ソープランドの密集する一角もあって、なかなか壮観である。

 が、これ、実は無残なる夢のあと。2003〜05年あたりに行われた警察の大浄化作戦によって一挙に摘発され、数が激減した風俗店の名残なのである。

 それ以前は、ほとんど無法地帯であったという。「NK流」なる流派で知られる街だったのだとか。NKとはもちろん西川口の隠語である。往時の西川口にはズバリ本番行為のできるピンサロがびっしりと軒を連ね(もちろん違法)、その数200とも300とも語られた。

 ピンサロ=ピンクサロンとは、恥ずかしながら説明すればちっともサロンではなく、お手々とお口によるサービスの施設である。日本の風俗の中では格安だろう。しかし、いわゆる本番行為、セックスそのものは禁止なのである。「じゃあソープならいいのかよ」というと、アレは“風呂に浸かりに来た客と、入浴介助をしているお姉さんとが、束の間つい恋に落ちてしまった”という体裁なのである。なんと自由恋愛という名目の上に成り立っている店なのである。くだらない話だが本当で、そういうタテマエで警察から営業許可をいただいているのである。? ?

■一掃された風俗街の空き部屋に

 しかし西川口にはびこっていたのは、そんな許可なんぞ無視している違法店ばかり。「本サロ」と呼ばれていた。そのアナーキーなスタイルはいつしか「NK流」と称されるようになり、格安でヤレると男たちが殺到、ネットや雑誌などでも取り上げられるようになる。

 が、目立てば叩かれるのは世の常というもので、警察が腰を上げる。そして石原慎太郎が都知事だった頃に、2004年からはじめた歌舞伎町の浄化作戦はここ埼玉にも波及する。西川口でも違法な店はいっせいに姿を消したというわけだ。

 結果、西川口は空き店舗ばかりのさみしい街と成り果てた。浄化作戦が終わっても穢れた風俗街というイメージは拭えず、地価は下がったままだ。さらに、これだけマンションや団地が密集している街ですら、少子高齢化は進む。賃貸物件も、空き部屋ばかりになっていく。

 そのすき間を埋めたのが、中国人だったのだ。

 川口市の人口統計を見ると、ひと通り摘発が終わった2006年の在住中国人は6949人。この数字は毎年およそ1000人単位で増えていく。2009年に1万人を突破、2018年にはついに2万人となっている。

■東京の職場に通う、ごく普通の会社員

 彼らの多くは不法滞在でも中華マフィアでもない。ごく普通の会社員なのである。とくにIT関係が目立つが、それ以外にも多種多様な職種につき、働いている。日本にまず留学して、語学学校から専門学校や大学に進み、就職するケースが多いようだ。

 就労先は都内だ。しかし東京の家賃は高い。独身ならそれもいいが、家族で住める物件だと、けっこうな額になる。だったら都内に住まなくてもいいじゃないか。荒川を越えて埼玉県に入るだけで、家賃も物価もぐっと安くなる。とくに西川口は、昔のイメージから家賃が安いようだ。その割に上野まで直通で30分もかからない。中華料理店の多い池袋へも、赤羽乗換えで25分だ……。

 極めて合理的な考えをする中国人らしく、こんな理由で川口市に、とりわけ西川口に増えていったのだという説が一般的だ。

 こうして西川口を「ベッドタウン」として住んでいる中国人は、日本人のサラリーマンとまったく同じように、大混雑する京浜東北線で都内に出て働く日々を送っているのだ。

■日本人よりも中国人のほうが多い団地

 外国人と日本人のコミュニケーションの最前線ともいえる場所がある。西川口の隣駅、蕨だ。駅から5分ほどの場所にあるマンモス団地・芝園団地は、ついに人口比で中国人が日本人を上回った。およそ5000人の居住者のうち、半数以上が外国人である。そのほとんどは中国人だ。

 これまた「中国人に乗っ取られた団地」として、よくメディアでもセンセーショナルな取り上げ方をされている。

 鵜呑みにしたわけではないが、ちょっと警戒しつつ、実際に訪れると、まるでスラムであるかのようなネット上の悪評とはほど遠く、整然としている。ただやはり、ゴミ捨て場に放置された粗大ゴミは気になるものだ。これは、僕の住んでいる大久保でも同様なのだが、引越しや片づけなどの際に出たタンスやら冷蔵庫やらソファーやら布団に至るまで、ぽいぽい捨ててしまうのである。粗大ゴミの処理にはまずネットや電話で役所に申し込み、コンビニなどで大きさや品目に応じたチケットを買って添付する必要がある。それを知らない外国人、知っていても面倒に思う外国人は多い。我が大久保ほどではないが芝園でも、そんな光景が見られた。

 西川口と同じように、ここもまた中華系のレストランや食材店、美容室、中国語教室までもが並ぶ。日本語の制服を着ているが中国語で笑いあっている女子高生、ベビーカーを押す中国人のママさん。若い世代が多いのだ。

■静かな老後のはずが…まさかの外国人の海

 一方で日本人はお年寄りが目立つ。進む少子高齢化によって、小学校も中学校も廃校になっている地域なのだ。しかし団地内にはおもに中国人を対象とした託児所もある。

 1978年に完成した芝園団地は、その当時では「憧れ」の存在だったという。入居倍率は70倍だったのだ。駅に近く、東京までのアクセスがよく、設備もいい。住宅地としても発展しつつあったこの街に、ファミリー層が移り住んできた。その彼らがいま、年老いてきている。静かな老後を送ろうと思っていたところに、まさかの外国人の海なのだ。変化を嫌う高齢者にはきついかもしれない。

 ゴミ捨て場、掲示板、公民館の案内、すべて日本語と中国語併記だ。騒音やゴミ出しについてはそれこそ執拗に、重ねて注意書きが躍る。

 団地のコミュニティスペースともなっているのはスーパーマーケット前の広場だ。すぐそばにはやはり中国の食材店とレストランが並ぶ。夕暮れどきだった。中国人のお母さんたちが立ち話をする傍らで、子供たちが声を上げて走り回る。その姿は、なんだか昔の商店街のようだと思った。僕も昔はこうやって母親の買い物についていっては、弟と騒ぎまくったものだ。僕にとっては決して「騒音」ではなかった生活音だが、近くの部屋で暮らしている人にとってはそんな生ぬるいことを言ってはいられないのかもしれない。近くの柱には「この広場での話声に関する苦情が寄せられています」と貼り紙があった。

【前編を読む】 「2000円の店に来て偉そうにするんじゃないよ!」日本のおじさんたちを“慰め続けた”フィリピン人ホステスが明かす“日本人”への思い

(室橋 裕和)

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