《テニス・彭帥“行方不明”事件》“親中派”ジョコビッチが“中国撤退”に言及した真の意味「肥大化した中国テニスビジネス」がもたらす“第2のパンチ”とは?

《テニス・彭帥“行方不明”事件》“親中派”ジョコビッチが“中国撤退”に言及した真の意味「肥大化した中国テニスビジネス」がもたらす“第2のパンチ”とは?

彭帥選手 ©?時事通信社

 テニスの元ダブルス世界1位でもある中国の彭帥(ポン・シュアイ)をめぐる事件は、世界を巻き込んで展開し、考えられないほど膨張してしまった。発端は彭帥の『♯MeToo』告発。かつて副首相も務めた中国共産党高官からの性的暴行や不倫関係を、中国版ツイッター“微博(ウェイボ)”で事細かに暴露した。

■女子テニス協会(WTA)は「中国からの撤退」を警告

 すぐに彭帥の投稿は削除され、中国でこの件は検閲対象となって一切の情報はブロックされた。海外メディアが彭帥の「消息不明」を報じる中、中国国営メディアは本人のメールや写真、さらには動画などを紹介して彭帥の無事を主張。国際社会がなおその信憑性を疑い、北京五輪ボイコット論が広がる中、今度はIOCのバッハ会長まで登場して彭帥とテレビ電話で会話をしたという。

 日に日に状況は変わるが、女子ツアーを統括するWTAの姿勢は一貫している。「彭帥が無事であり、身体的危険にさらされていないという検証可能な証拠を示すこと」と、「彼女の性的暴行疑惑について、検閲なしに完全かつ公正で透明な調査を行うこと」を強く要求。それが実現しないなら「中国からの撤退」という明確な警告まで発している。

■“親中派”のノバク・ジョコビッチは…

 男子ナンバーワンのノバク・ジョコビッチは、イタリア・トリノで出場していたATPファイナルズの記者会見で、「WTAの声明を支持する。こんなことが過去にあったかどうかは知らないが、頻繁に起こることでないことは確かだ。ただ、人生は何が起こるかわからないものだし、誰だって道に迷うことはある。テニス界は一致団結して彼女や家族を援護する必要がある。この問題が解決しないまま中国で大会が行われるとしたら、それは筋が通らない」とコメントした。

 実はジョコビッチはかなりの“親中派”。秋のアジア・シリーズには東京でなく同じ週の北京に出場するのが長い間のルーティンで、2019年に「オリンピックの下見」をかねて来日するまで日本でプレーしたことはなかった。北京では2015年までの間に6回出場して負けなしで、翌週の上海マスターズでも4回の優勝を誇る。

 中国のテニスファンにとってジョコビッチはまるで自国のヒーローのような人気者で、4度目の優勝を果たした2018年の上海では「僕は前世で中国人だったんじゃないかな」とジョークを言い、猛勉強していた中国語で挨拶をしたり、テレビカメラのレンズに漢字でメッセージを書いたりしたほどだ。

■女子ツアー大会が世界一開催されている国・中国

 そんなジョコビッチが「このまま大会を開催するのはおかしい」と言いきったのは、女子だけでなく男子のツアーも含めた話である。このコメントを引き出した質問は、「中国での男子の大会は開催されるべきと思うか」というものだった。

 中国から撤退するということが、テニス界全体にとってどれほど大きなリスクを負った警告であることか。

 中国ではコロナ前の2019年、ツアーレベルの大会だけでWTA9大会(ファイナル図含む)、ATPは4大会が開催され、それぞれが運営する下部ツアーも、『WTA125Kシリーズ』1大会と『ATPチャレンジャーツアー』12大会があった。中でもWTAツアー9大会というのは全米オープンを含めてのアメリカの8大会を上回る。世界でもっとも多く女子ツアー大会が開催されているのが中国なのである。ちなみに日本には2大会しかない。

 特筆すべきはその急増ぶりで、今から10年前の2011年には広州と北京の2大会しかなかったのだ。中国が経済のグローバル化を進める中で、1年を通してワールドツアーが展開されているテニスは、実質的にもイメージ的にもうってつけだった。開催都市は全て、中国が経済特区や経済開発区などに指定している都市だが、男子よりも女子の大会の招致が進んだ背景には、国内での女子のテニス人気の高さがある。

■グランドスラムの本戦に10人送り込んだ日本女子も参考に

 中国は90年代後半から、女子テニスの強化に力を入れてきた。女子は世界の選手層が男子に比べてまだ薄く、体格的に劣るアジアの選手でも成功しやすいと睨んだからだ。90年代にグランドスラムの本戦に最多11人も送り込んだ日本女子の活躍ももちろん参考になっただろう。また、テニスは88年のソウル五輪で64年ぶりにオリンピックの正式競技に復帰しており、2008年の北京五輪開催が決まったことも強化の取り組みに拍車をかけた。

 成果は早くも2000年代になって表れ、04年のアテネ五輪で孫甜甜(ソン・ティアンティアン)と李?(リー・ティン)がダブルスでテニス競技では中国に初めて金メダルをもたらした。グランドスラムでも06年の全豪オープンで鄭潔(ジェン・ジー)/晏紫(ヤン・ジー)が中国人として初優勝。このペアは同じ年のウィンブルドンも制している。

■渦中の人・彭帥選手のめざましい活躍

 今回渦中の人となった彭帥が台湾の謝淑薇(シェイ・スーウェイ)とともにウィンブルドンと全仏オープンを制覇するのは2013年と2014年と少しあとになるが、女子ダブルスは中国のお家芸といってもいいくらいの活躍を見せてきた。

 先に結果を出したのはダブルスだったが、シングルスでものちに世界2位まで駆け上がる李娜(リー・ナ)というスーパースターが現れる。2010年の全豪オープンでこの李娜と鄭潔が揃ってベスト4に進出した衝撃の翌年、李娜は全仏オープンを制し、2014年には全豪オープンも制した。中国旋風の影響は、2014年に李娜が絶頂期のまま引退したあともなお今にいたるまで残っている。

■全勝優勝なら約5億1200万円、度肝を抜いた賞金額

 こうした中国のテニス事情の一方で、世界全体としてはやはり女子テニスの人気は男子にかなわず、WTAは運営に苦慮していた実情がある。新たな市場を求めていたWTAと、テニスというツールでグローバル・イメージをさらに高めたい中国の思惑が合致した。

 チャイナマネーの威力と中国市場のエネルギーを見せつけた“コラボ”の規模は、2019年に10年契約で深?に招致した『WTAファイナルズ』で最高潮に達したといえるかもしれない。年間の成績上位8人によって争われるツアー最高峰の大会だが、冠スポンサーには資生堂がつき、その賞金額は皆の度肝を抜いた。

 ラウンドロビン(総当たり戦)から決勝トーナメントというフォーマットで戦われるのだが、全勝優勝なら賞金は472万5000ドル(約5億1200万円)にのぼった。グランドスラムの賞金を優に上回り、男子の『ATPファイナルズ』と比べるとその2倍近い額でもあった。男女を通した個人のスポーツにおいて歴史上もっとも高額な賞金である。

■中国のテニスビジネスを揺るがす第二のパンチ

 しかしこのWTAファイナルズを含めて中国で開催されていた全ての大会が、コロナ禍で中止された。ツアーにとっての損失ははかりしれない。北京五輪を成功裏に終えさえすれば再び国際大会の開催へ向かうと見られていたが、今のところまだ来年のツアーカレンダーは男女ともに発表されておらず、意向は明確には見えていない。

 どの国も先がなかなか見通せない現状の中、スケジュールが決まらないのは中国だけのせいではないが、そこに新たに彭帥の問題が加われば、来年のスケジュールはますます不透明になる。万が一にも、中国から撤退などということが現実になるとしたら、それは中国だけの問題にとどまらない。

 男女ともに中国で開催されるツアーレベルの大会はほとんどの日程が、アジア・シリーズと呼ばれる秋だ。東京で開催される『ATP500』の楽天ジャパンオープンや『WTA500』の東レパンパシフィックオープン、広島で開催される『WTA250』の花キューピットオープンもその中にあるが、男女ともにアジアの目玉の大会は中国にある。それらがなくなれば、世界のトッププレーヤーたちはアジアに来るだろうか。

 アジアの他の国々が中国での大会をすべて分担して引き受けることができればいいが、中国が猛烈な勢いで築いてきたような多くの立派なテニス施設は他のアジアのどこにもない。

 昨年に続いて今年も、日本でのツアー大会はすべて中止となったが、それは日本の入国制限だけのせいではない。今や中国が開かなければどうしようもないのだ。

 コロナに次ぎ、巨大化したテニスビジネスを揺るがす第二のパンチがまさかこんなところから出てくるとはーー。解決の条件である「彭帥の本当の声」はいつ聞こえてくるのだろうか。

(山口 奈緒美/Webオリジナル(特集班))

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