クリスマスの早朝、教会に集う「名古屋フィリピンパブ嬢」の夢と現実

クリスマスの早朝、教会に集う「名古屋フィリピンパブ嬢」の夢と現実

早朝の布池教会。外はまだ暗い ©中島弘象

 外はまだ暗く、寒い午前5時。街は静かで、新聞配達のバイクと、数台の車が走るだけ。そんな朝早く、大きなステンドグラスから光が漏れる教会の前には、車が次々と停まり、フィリピン女性たちが、中へと入っていく。ここは愛知県名古屋市東区にある、カトリック布池教会だ。

 重い扉を引き、中に入ると天井の高い大聖堂がある。木製の長椅子が何列も並び、2階には大きなパイプオルガンがある。国の登録有形文化財にも指定されている、由緒ある建物だ。

■香水の匂いを漂わせながら

 大聖堂内には、優しいメロディーのフィリピンの言語である、タガログ語の曲が流れる。祭壇の上には、クリスマスツリーが2本飾られている。朝5時だというのに、前の方には、30人ぐらいが静かに座って、ミサが始まるのを待っている。

 司会のフィリピン女性がミサが始まることをアナウンスすると、集まった人々が一斉に立ち上がり、曲が流れ、歌を歌い、フィリピン人司祭が入場する。言語はすべてタガログ語だ。

 ミサが始まってからも、若いフィリピン女性達がヒールをコツコツと鳴らして、香水の匂いを漂わせながら、次々と入ってくる。ピンク色の口紅に、黒色のアイライン、綺麗に描かれた眉毛、服は黒色のダウンジャケットや茶色いトレンチコートなど、似たような格好をしている人が多い。

 説教の時間が始まると、司祭は歩きながら、身振り手振りを大きく交えて話をする。話のテンポが良く、時折冗談を混ぜながら話すと、大聖堂の中は笑い声で包まれる。何かショーを見ているかのようだ。

 司祭の説教が終わると、皆、長椅子から降り、膝をつき、両手を握り、目を閉じて祈る。ミサに出ている人を見ると、ほとんどがフィリピン女性だ。ミサの最中2、3歳の子供が走り回り、その後ろを若い母親が追いかける。

 フィリピンから来た彼女達にとって、教会はどのような場所で、何を祈るのだろうか。

■生活の一部として神様に祈る

「私たちカトリック教徒にとってミサに出るのは当たり前のことです。何かをお願いするために祈るのではなく、健康でいられること、家族がみんな元気でいることを神様に感謝します」

 毎朝ミサに参加している、白髪混じりの髪を後ろに束ねた、少しふっくらした体型の中年女性は、教会に来る理由について尋ねると、こう答えた。

 フィリピンは国民の8割がカトリックを信仰している。敬虔なカトリック教徒が多く、街のいたるところに教会が建っており、どこの家に行っても、十字架やロザリオ、キリストが描かれた絵が飾ってある。神様に祈るという行為は、彼らの中で生活の一部なのだ。

 そんな彼女達にとってクリスマスは一年の中でも特別な日だ。フィリピン人司祭は流暢な日本語で、クリスマスの意味を教えてくれる。

「クリスマスは、イエス様がいつ再び私たちの元に戻ってこられても、私たちは準備できています、とお祈りする日です」

■朝のミサに来る人は夜仕事が多い

 フィリピンでは、25日のクリスマスの前の9日間、日が昇る前の朝4時からミサが行われる。9日間行う意味は、キリストが生まれるまで聖母マリアのお腹の中に9ヶ月いたからだそうだ。

 布池教会では、フィリピンと日本の間に1時間の時差があるため、フィリピン時間の午前4時に合わせて5時から早朝ミサが開かれている。タガログ語で早朝ミサを開くのは、この辺りではここだけだという。

「以前は夜にクリスマス前のミサを開いていたのですが、全然人が集まらなくて……。4年前から朝5時に開いたら、たくさん人が来るようになりました」

 主婦をしている年配のフィリピン女性は「朝のミサに来る人は、仕事を休むか、夜仕事の人が多いですね。昼間仕事がある人は、時間がないからね」という。

 それだけ、フィリピン女性が夜仕事をしているということなのだ。

■フィリピンパブで働く人の声

 早朝のミサが終わると、若いフィリピン女性達は、足早に路上で待っている車に乗り込み帰ってしまう。なかなか彼女達の話を聞けないでいると、若い女性が、夜なら、勤めている店で話を聞かせてくれるという。

 教会から1キロほど離れた名古屋市中区栄4丁目。この街には、100軒ほどのフィリピンパブが密集している。名古屋は、いまや日本でもっともフィリピンパブが集まる街だ。

 雑居ビルの3階にあるフィリピンパブに行くと、彼女は、赤いドレスを着ていた。教会で見たときは、仕事を終え、一度帰宅してから来ていたので、化粧を落として幼さの残る顔だった。店では、化粧をし、ヒールを履き、大人っぽく見える。

 店での名前はマミ(仮名)。年は23歳。日本に来てまだ8ヶ月だという。たどたどしい日本語とタガログ語で、話をしてくれた。

「日本での生活は毎日ワンパターンです。夕方起きて、仕事して、朝寝る。それの繰り返しです。日曜日も仕事なので、教会に行く時間を作るのは難しい。でも、朝5時なら店が終わった後に、行くことができます。それにタガログ語だから理解できる。日曜日の夕方のミサは日本語が多いので、難しくて理解できません」

 夜仕事をしていると、夕方のミサに参加できないが、早朝なら仕事が終わった後にミサに行くことができる。それに自分の国の言葉だから、心にも入ってきやすい。

 日本で大変なことは何か聞くと、すぐにこう答えた。

「お客さんがいないと店で1万円ペナルティーを取られたり、仕事以外の時間もイベントで踊る、ダンスの練習があります。それに契約があるから、フィリピンに自由に帰れない。特にクリスマスシーズンは店も忙しいので無理です。今度クリスマスに帰国できるのは、契約が終わってからだと思います」

■給料は月7万円という厳しい契約

 彼女は、マネージャーと数年の契約を結んでいるという。働く店はマネージャーが決め、給料は月7万円。自由に休むこともできず、もちろん里帰りも自分では決められない。

「教会に行くと気持ちが楽になります。嫌なこと、悪いことがあっても、教会に行けば気持ちがリフレッシュされます」 

 そう言って、頭、胸、左肩、右肩の順に十字を描き、祈るポーズをする。

 慣れない日本で、厳しい契約の中、働く彼女にとって教会に行って祈ることは、心の拠り所になっているようだった。 

■「クリスマスの時期は、特に家族に会いたくて寂しくなりますね」

 日本でクリスマスというと、カップルが一緒に過ごす日というイメージが強いが、フィリピンでは、クリスマスは家族が一緒に過ごす日だ。国民の1割が海外に出稼ぎに出ているフィリピンでは、クリスマスの時期になると、各国から大きな荷物を持った人たちが、家族の元に帰ってくる。

 夜のクラブで仕事をした後に、毎朝ミサに参加しているという、黒髪の20代後半のフィリピン女性はこう話す。

「クリスマスの時期は、特に家族に会いたくて寂しくなりますね。本当は帰りたいんですけれど、なかなか難しいですね」

 日本に長く住んでいるフィリピン人の中には、仕事、子育て、経済的な理由でなかなか帰国できない人も多い。滞日歴が長くなるにつれ、自分の両親も年を取っていく。数年前に母親を亡くした女性は、母のことを思い出し目に涙を浮かべていた。日本で生活していて一番辛いことはなにか、と聞くと、皆口々に「フィリピンの家族と会えないこと」という。

■心だけでも家族と寄り添うことができる場所

 早朝のミサが終わると、フィリピン女性達が、スパゲッティやピザ、マカロニのスープや豚の血を煮込んだスープなどのフィリピン料理を持ち寄り、司祭を交えて、朝食を食べる。

「教会にはフィリピンのコミュニティーがあります。同じ国の人と一緒にいたら、楽しいですし、力がもらえますよ」

 筆者と食事を一緒に食べながら、楽しそうに話をしてくれた人達の年齢は、20代から60代と幅広く、職業も、主婦、岩盤浴の受付、クラブ、ホテルのベットメイキングなど、様々だった。

 母国語でお喋りをしたり、集合写真を撮ったりして、朝食会場は笑い声で溢れる。彼女達にとって、教会は、祈りの場であるとともに、同じ国の人たちと過ごせる安らぎの場ともなっている。

 24日クリスマスイブ。朝5時。最後の早朝ミサが開かれた。いつもよりも人が多く、ミサが終わる頃には、席はほとんど埋まった。司祭が、「家族と離れて寂しいだろうけど」と話すと、目を押さえる女性もいる。6時10分、司祭がミサの終わりを伝えると、自然とみんな拍手が出る。

 常夏の国から遠く離れた寒い日本でクリスマスを迎えるフィリピン女性。フィリピンにいる家族と離れて暮らしている彼女達にとって、教会は、心だけでも家族と寄り添うことができる場所なのだ。

(中島 弘象)

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