核兵器や極超音速兵器の準備は着々と進められていた…「プーチン大統領が承認している」ロシア軍の“大規模戦争戦略”とは

核兵器や極超音速兵器の準備は着々と進められていた…「プーチン大統領が承認している」ロシア軍の“大規模戦争戦略”とは

ロシアのプーチン大統領 ©JMPA

 ウクライナへの全面侵攻を続けているロシア。今後、核兵器を使用するのではないかという懸念も強まっており、世界各国がロシアの軍事動向を注視している。

 ここでは、軍事アナリスト・小泉悠氏の著書『 現代ロシアの軍事戦略 』(筑摩書房)から一部を抜粋し、ロシアの核戦略について紹介する。(全2回の1回目/ 後編に続く )

◆◆◆

■破滅を避けながら核戦争を戦う

 ソ連は1983年、NATOが核兵器を使用しない限り核使用には訴えないとする「先制不使用(NFU)」を宣言したが、これはソ連を中心とするワルシャワ条約機構軍の通常戦力がNATOに対して優勢に立っていたからできたことである。

 これに対して、ワルシャワ条約機構軍の全面侵攻を通常戦力のみで阻止するのは困難であると見ていたNATOは、「柔軟反応戦略」を採用し、開戦劈頭に西ドイツ国内で戦術核兵器を使用することで通常戦力の劣勢を補う方針を基本としていた。

 ところが、ソ連の崩壊とロシアの国力低下、そして中・東欧諸国のNATO加盟によって状況は180度逆転してしまった。通常戦力で劣勢に陥り、ハイテク戦力でもNATOに水を開けられたロシアでは、こうした状況下で「地域的核抑止」と呼ばれる戦略を採用する。

 NATOの「柔軟反応戦略」を東西逆にして焼き直したものであり、戦略核戦力によって全面核戦争へのエスカレーションを阻止しつつ、戦術核兵器の大量使用によって通常戦力の劣勢を補うというのがその骨子である。核による破滅を避けながらも核戦争を戦うということだ。

 ロシアは、ソ連末期の1991年にゴルバチョフ大統領が発出した大統領核イニシアティブ(PNI)と、これに続く1992年のエリツィン大統領のPNIに基づいて戦術核兵器の多くを退役させ、残りを国防省第12総局(12GUMO)が管理する集中保管施設に移管したことになっている。

 だが、これ以降、その実態は検証されておらず、ロシアが30年前の約束をまだ守っているのかは全く不透明である。現在のロシア軍が実際にどの程度の戦術核兵器を保有しているのかについても公式の情報では一切明らかにされておらず、大方の推定では1000〜2000発前後の戦術核弾頭が現在も有事の使用を想定して準備状態に置かれていると見られている。

 いずれにしても、通常兵器や対宇宙作戦、電磁波領域作戦などを動員した損害限定戦略が失敗に終わった場合には、戦術核兵器が使用される可能性が現在も残されていることは疑いない。

■「エスカレーション抑止」と呼ばれる核戦略

 一方、これと並行して発展してきたのが「エスカレーション抑止」とか「エスカレーション抑止のためのエスカレーション(E2DE)」と呼ばれる核戦略である。限定的な核使用によって敵に「加減された損害」を与え、戦闘の継続によるデメリットがメリットを上回ると認識させることによって、戦闘の停止を強要したり、域外国の参戦を思いとどまらせようというものだ(Sokov 2014)。

 その実態については、「スタビリノスチ2009」演習に際して軍事評論家のゴリツが『自由ヨーロッパ・ラジオ(RFE)』ロシア語版のインタビューに答えた内容がわかりやすいだろう。ゴリツが描くエスカレーション抑止型核使用とは次のようなものである(Радио Свобода 2008.9.22.)。

〈(前略)戦略的な性格を持つロシアの指揮・参謀部演習は、1999年頃から行われるようになりました。現在まで、それらは全て1つのシナリオの下に行われています。侵略者がロシアの同盟国かロシア自体を攻撃するという想定です。通常戦力は相対的に劣勢であるため、我々は防勢に廻ります。そしてある時点で、我が戦略航空隊がまず、核兵器によるデモンストレーション的な攻撃を仮想敵の人口希薄な地域に行います。我が戦略爆撃機はこれを模擬するために、通常、英国近傍のフェロー諸島の辺りを飛行しています。これでも侵略者を止めることができない場合には、訓練用戦略ミサイルを1発か2発発射します。その後はこの世の終わりですから、計画しても無意味ですね。〉

 ゴリツは民間の(しかも多分に反体制的な)軍事評論家であるが、彼の語るエスカレーション抑止のあり方は、ロシア軍内部における議論の動向と非常によく合致している。特に重要なのは、ゴリツがデモンストレーションと限定的な損害惹起を区別している点だ。

 つまり、限定的な核使用とひとくちに言っても、そこには「見せつける」ための核使用から、実際にある程度の損害を与えて相手を思いとどまらせることまでの幅が存在するということである。

 米海軍系のシンクタンクである海軍分析センター(CNA)は、膨大な数のロシアの軍事出版物分析に基づき、エスカレーション抑止戦略に関する2本の詳細な分析レポート(Kofman, Fink, and Edmonds 2020/ Kofman and Fink 2020)を2020年に公表しているが、ここではエスカレーション抑止型核使用の諸段階がより詳しく整理されている。

 その第1段階はゴリツのいう「デモンストレーション」であり、この中には兵力の動員や演習による威嚇から特定の目標に対する単発の限定攻撃(核または非核攻撃)までが含まれる。

 一方、これでも所期の目的(戦闘の停止や未参戦国の戦闘加入)を阻止できない場合に行われるのが第2段階の「適度な損害の惹起」で、紛争のレベルに合わせてもう少し規模や威力の大きな攻撃を敵の重要目標に対して実施し、このままでは全面核戦争に至りかねないというシグナルを発する――というものである。

 ロシアの「抑止」概念においては、相手の行動を変容させるために小規模なダメージを与えることが重視される。軍事力行使の閾値下においては、こうした「抑止」が米国大統領選への介入などといった形を取ったが、軍事的事態においては限定核使用による「損害惹起」がこれに相当するということになろう。

■公開された機密文書の中身

 ただし、ロシアが本当にこうした核戦略を採用しているのかどうかは、今ひとつはっきりしない。軍事政策の指針である『ロシア連邦軍事ドクトリン』に記載された核使用基準にはエスカレーション抑止を匂わせる文言は見られないが、これらのドクトリンには公表されない部分があるとも言われるためである。

 例えば2010年版『ロシア連邦軍事ドクトリン』が採択された際、国防省を代表してそのとりまとめ作業に当たったナゴヴィツィン副参謀総長(当時)によると、同文書には公開部分とは別に非公開部分が存在しており、後者には「戦略的抑止手段としての核兵器の使用」を含めた具体的な軍事力の運用に関する規定が記載されているという。

 さらにメドヴェージェフ大統領(当時)はこれと同時に『核抑止の分野における2020年までのロシア連邦国家政策の基礎』を承認したが、その内容は非公表とされたため、エスカレーション抑止はこちらに盛り込まれたのではないかという憶測が生まれた。

 一方、2017年にプーチン大統領が承認したロシア海軍の長期戦略文書『2030年までの期間における海軍活動の分野におけるロシア連邦国家政策の基礎』には、「軍事紛争がエスカレーションする場合には、非戦略核兵器を用いた力の行使に関する準備及び決意をデモンストレーションすることは実効的な抑止のファクターとなる」と述べられている。

 ゴリツの言う2段階のエスカレーション抑止を想起するならば、ここでいう「デモンストレーション」が単なる威嚇のみを意味せず、限定的ながら実際に核使用に及ぶ事態が含まれていることは明らかであろう。

 さらに2020年6月には、機密扱いであった『核抑止政策の基礎』の改訂版が突如として公開された。注目されるのは、その第1章において「軍事紛争が発生した場合の軍事活動のエスカレーション阻止並びにロシア連邦及び(又は)その同盟国に受入可能な条件での停止を保障する」ことが核抑止の目的の1つに数えられたことであろう。まさに「エスカレーション抑止」そのものである。

 このようにしてみると、ロシアがエスカレーション抑止を核戦略に組み込んでいることは、まず疑いがないようにも思われる。米国もこの点については懸念を強めており、2017年には、在独米軍がロシアの限定核攻撃を受けたという想定で図上演習が行われたとされる(Kaplan 2020)。

 また、トランプ政権下で策定された2018年版『核態勢見直し』(NPR2018)ではこうした事態に対応する手段として、トライデントUD ? 5潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)に低出力型核弾頭を搭載したバージョン(LYT)を開発する方針が決定された。

 仮にロシアが「エスカレーション抑止」型核使用を行なった場合、米側もまた全面核戦争の危険を冒すことなくロシアに反撃するため、ごく小威力の核弾頭を搭載したミサイルで同程度の反撃を行うというものである。

 だが、ロシアがしきりにエスカレーション抑止をちらつかせるのは心理戦であるという見方も根強い。ポーランド国際関係研究所(PISM)のヤツェク・ドゥルカレチが指摘するように、それがいかに限定的なものであったとしても、ひとたび核兵器を使用すれば、敵がどのような反応を示すのかはかなり不確実であると言わざるを得ないからである(Durkalec 2015)。

 また、2020年版『核抑止政策の基礎』の内容を分析した米CSIS(戦略国際問題研究所)のオリガ・オライカーは、エスカレーション抑止についての言及が核抑止の全般的な性質について述べた第1章だけにおいてなされており、具体的な核使用基準を列挙した第3章には含まれなかったことに注目する。つまり、エスカレーション抑止とは「最悪の場合にはこういうことも起こりうる」というシナリオの1つに過ぎず、具体的な核使用戦略ではないという(Oliker 2020)。

 さらにオライカーは、ロシアが両者を意図的に混同させようとしているとも主張している。仮にエスカレーション抑止が具体的な核使用戦略ではないのだとしても、現実にロシア側にはそのようなアイデアが存在し、そのための手段(低出力核弾頭搭載ミサイルなど)をロシア軍が保有している以上、実際にそのような核使用を行う可能性をNATOは常に払拭できなくなるためである。

 ウィーン軍縮不拡散センターのウルリヒ・クーンも、ロシアの狙いは、核運用政策を敢えて曖昧なままにしておくことで「エスカレーション抑止」のような核使用が実際にありうるかもしれないと西側に「思わせる」ことにあるとしている(K?hn 2018)。

■通常兵器によるエスカレーション抑止を図るとしたら?

 それでは、核兵器以外の方法でエスカレーション抑止を図るとしたらどうだろうか。デモンストレーションや損害惹起を目的とするならば、その手段はなにも核兵器に限らず、通常弾頭型の長距離PGMでも同じ効果が得られるのではないか。

 しかも、これならば通常戦力の敗北が核使用に直結せず、両者の間にもう一段階、「エスカレーションの梯子」を設けることができるではないか ―― こうした考えに基づいて、近年のロシア軍では通常兵器を用いたエスカレーション抑止戦略が盛んに議論されるようになった。前述したCNAの研究チームによると、現在のロシアにおいて主流となっているのは、こうした非核エスカレーション論であるという。

 実際、現行の2014年版『ロシア連邦軍事ドクトリン』には、「軍事的な性格を有する戦略的抑止力の実施枠組みにおいて、ロシア連邦は精密誘導兵器の使用を考慮する」という一文が初めて盛り込まれた。核兵器によるエスカレーション抑止については曖昧な態度を取りつつも、非核エスカレーション抑止についてはそれがロシアの軍事政策に含まれることが非常に明確な形で宣言されたことになる。

 プーチン大統領も首相時代に発表した国防政策論文の中で「非核の長距離精密誘導兵器が広範に使用されることで、グローバルな紛争を含めた決勝兵器としての地位をますます確固とするだろう」と述べており(Путин 2012)、非核エスカレーション抑止論が高いレベルでの支持を受けていることが窺われよう。

 しかも、非核エスカレーション抑止論は、単なる理論ではない。2010年代を通じて巡航ミサイルなどの長距離PGMに集中的な投資を行なった結果、現在のロシア軍は米国に次ぐ巨大な通常型PGM戦力を保有するに至っているからである。

 その意味では、「ツェントル2019」に続いて実施された「グロム2019」演習が非常に興味深い。軍管区大演習の後に実施される通常の戦略核部隊演習とは異なり、「グロム2019」の訓練項目には「長距離精密誘導兵器の使用のための訓練」が含まれていた。

 ロシア国防省が公開した映像を見ると、「グロム2019」ではICBM、SLBM、ALCMといった古典的な戦略核兵器に加え、カリブルSLCMや9M728GLCMなど、多様な非核PGMの実弾発射訓練が実施されたことが確認できる。非核PGMの増強が、ロシアのエスカレーション抑止戦略を新たな段階に押し進めたことを如実に示して見せたのが「グロム2019」であったと言えよう。

 このようにして見ると、2020年のナゴルノ・カラバフ紛争でロシアがアゼルバイジャンに限定的なミサイル攻撃を行なったのではないか、という『ニューヨーク・タイムズ』の報道(第3章を参照)は非常に意味深長に見えてくる。ロシア軍が本当にこのような攻撃を行なったのだとすると、それは場当たり的なものなどではなく、核戦略家たちの間で長年議論され、精緻化されてきたエスカレーション抑止戦略をロシアがついに実行に移したものと考えられるためだ。

 ロシアの非核エスカレーション抑止戦略は現在も発展の過程にある。現在、ロシアの軍事思想家たちの関心を集めているのは、その手段として極超音速兵器を用いることだ。

■極超音速兵器とレーザー兵器

「極超音速」とは一般的にマッハ5以上の超高速領域を言い、これほどの速度を発揮できる兵器は従来、大気圏外を飛行する弾道ミサイルに限られてきた。

 だが、近年、米中露をはじめとする世界の主要国では、大気圏内でも極超音速を発揮できる兵器の開発が熱心に進められており、2018年のプーチン大統領による教書演説では2つの極超音速ミサイルが紹介された。ICBMで加速され、マッハ20以上の速度で飛行するとされる「アヴァンガルド」と、戦闘機から発射される射程2000キロ、最大速度マッハ10の「キンジャール」である。

 ただ、同じ極超音速ミサイルといっても、両者の性格はかなり異なる。アヴァンガルドの「売り」は、従来の核弾頭よりもはるかに低い高度を飛行し、地上のレーダーからは探知しにくいことと、複雑に飛行軌道を変化させることでミサイル防衛(MD)システムに迎撃されにくいこととされている。要は従来型の核弾頭をより迎撃されにくいよう改良したものであって、どちらかと言えは古典的な戦略核抑止力に関わる兵器と見ることができる。

 一方、キンジャールも在来型の空対地ミサイルに比べて速度と機動性の高さを「売り」にしている点では同じだが、その弾頭は基本的に通常型(非核)であり、核弾頭を搭載しなくても目標を高い精度で攻撃できるとされている。在来型の防空システムを突破する能力を持ったこの種のミサイルによれば、低速の巡航ミサイルよりもはるかに高い確度で非核エスカレーション攻撃を遂行することができる、という見込みが立てられそうだ。

 また、米国は2017年と2018年にシリアに対する巡航ミサイル攻撃を行なっているが、その政治的インパクトはさておき、実際の軍事的効果はごく限られたものであった。2018年について言えば、シリア空軍のシャイラト基地は60発近いトマホークの集中攻撃を受けながら、数日後には機能を回復してしまった。

 いかに射程が長く、誘導が精密であろうと、着弾してしまえばその威力は1発の500キロ爆弾と変わらないのである。目標が堅固に掩体されていたり、分散化されている場合には、やはりその効果は大幅に減殺されよう。

 だが、超高速で落下してくる極超音速兵器ならば、滑走路に深い穴を穿つなどして目標の機能をより長期間にわたって機能不全に陥れうる。非核兵器の弱点である破壊力の弱さを、極超音速のもたらす運動エネルギーがある程度カバーするということだ。したがって、キンジャールのような極超音速兵器は、通常弾頭型であってもエスカレーション抑止の有力な手段となることが期待されるのである。

 そのような意味で、2020年12月の『軍事思想』に掲載された論文「戦略的抑止を確保するための新たな兵器の役割について」(Евсюков и Хряпин 2020)は、多くの示唆を与えるものとして多くのロシア軍事専門家の注目を集めた。

 同論文によると、敵の防空網をかい潜って目標を精密に打撃できるキンジャールは、「政治的、倫理的、その他の理由」で核兵器が使用できない状況においても使用できる有力な打撃手段であると同時に、そのデモンストレーション使用によって軍事紛争の烈度や範囲を限定する効果を見込めるという。海軍向けに開発が進められているツィルコン極超音速対艦ミサイルについても、今後、対地攻撃バージョンが開発されれば、その一翼を担うことになるはずだ。

 また、同論文は地上配備型レーザー兵器ペレスウェートも、敵の人工衛星に限定的な損害を与えることで同様の役割を果たすとしており、こうなるとエスカレーション抑止はさらに広い概念に発展しつつあることになる。

 ただ、非核「エスカレーション抑止」もまた万能ではない。前述したCNAの報告書においても指摘されているとおり、敵が戦闘の停止や参戦の見送りを決断するに足るダメージのレベルを見積もることはもとより極めて困難であり、これが(核兵器ほどの心理的衝撃をもたらさない)通常戦力によるものであるとすればその複雑性はさらに増加するためである。

 ジョンソンが指摘するように、この意味で非核手段はロシア軍においても核兵器のそれを代替し得るとはみなされておらず、両者の関係性についての議論は現在も議論が進んでいる(Johnson 2018)。

  物理空間からサイバー空間に至るまで、あるいは核兵器からレーザー兵器までのあらゆる手段を用いて敗北を回避しながら戦う ―― これが「弱い」ロシアが2020年代初頭までにたどり着いた大規模戦争戦略であると言えよう。

【 後編を読む 】

ロシアと西側諸国の対立はいつまで続く? 軍事アナリストが予想するプーチン政権の“未来”「大規模戦争に備えた軍事的態勢を再び…」 へ続く

(小泉 悠)

関連記事(外部サイト)