樹木希林さんが「全身がん」でも長く活躍できた3つの理由――追悼2018

樹木希林さんが「全身がん」でも長く活躍できた3つの理由――追悼2018

2013年、日本アカデミー賞でがんを告白 ©文藝春秋

2018年に亡くなられた方の追悼記事を掲載します。(初公開日:2018年10月2日)

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 9月30日、国民的女優の樹木希林さん(75)の葬儀と告別式が執り行われました。私が樹木希林さんのことを認識したのは中学1年生のときだったと思います。郷ひろみさんとのデュエット曲「林檎殺人事件」がヒットした頃でした。

 なんでこんなおばさん(ごめんなさい)が、男前のアイドル歌手と踊っているんだろうと不思議に思っていました。あれからもう40年も経つんですね。それからずっと第一線で活躍し続けて、すごい女優さんでした。

 樹木さんは2005年に乳がんの手術を受け、2013年には「全身がん」であることを自ら公表し ました。しかし、それからも変わる様子なく、テレビや映画で元気な姿を私たちに見せ続けてくれました。

 医学的には「全身がん」という概念はありませんが、樹木さんのがんは腸、副腎、脊髄など、会見当時ですでに13ヵ所も転移が見つかっていたそうです。なぜ、がんを患い、しかも全身にがんが広がっていたにも関わらず、これほど長い期間活躍できたのでしょうか。

 もちろん、進行が比較的緩やかな性質のがんだったことが一番の要因だと思います。ただ、樹木さんの生き方を見ていると、それ以外の理由もあったのではないかと思うのです。たとえば樹木さんは生前、「ピンポイントの放射線治療で、体に影響する大きながんは消えている状態です。小さなのはまだあると思うし、それがいつまた大きくなるかはわかりませんけれど、とりあえず今は、生活の質にはまったく変化がありません」(文藝春秋2014年5月号「樹木希林独白 全身がん 自分を使い切って死にたい」)と語っていました。

■痛みやしびれを和らげる放射線治療

 放射線治療は「手術」「薬物療法」とならぶ、がんの三大療法の一つに数えられています。どのように使われているのか、国立がん研究センターが運営するサイト「がん情報サービス」を見てみましょう。

「放射線治療は、がんを治すことを目的として単独で行われることもありますが、薬物療法(抗がん剤治療)や手術などのほかの治療と併用して行われることもあります。手術との併用では再発を防ぐために手術の前後に行われたり、膵臓がんなどでは手術中にがんに放射線を当てることもあります(術中照射)。このほか、骨に転移したがんによる痛みを和らげたり、神経を圧迫してしびれや痛みの原因になっているがんを治療するときにも行われます」(国立がん研究センター「がんになったら手にとるガイド」放射線治療のことを知る)

 樹木さんが受けた治療がどのような内容だったか詳しくはわかりませんが、がんによって生じる痛みやしびれが、放射線治療によってうまくコントロールできていたのかもしれません 。それが生存期間にもいい影響を及ぼした可能性があります。

 とくに放射線治療は、骨転移の痛みを和らげるのに効果が期待できるのですが、放射線腫瘍医(がんの放射線治療の専門家)や緩和ケア医によると、放射線をかければよくなる可能性があるのに、主治医の理解が乏しいために治療を受けていない患者さんも少なくない と聞きます。がんによる痛みやしびれに悩まされている人は、主治医か放射線腫瘍医に放射線治療ができないか聞いてみるといいかもしれません。

■健康を“善”、病を“悪”とする人生はつまらない

 また、樹木さんは生前のインタビューで、がんとの向き合い方について次のようなことを語っています。この当時、樹木さんは、伊勢神宮の式年遷宮を題材にした「神宮希林 わたしの神様」というドキュメンタリー映画を撮ったばかりでした。少し長いですが、大事なところだと思うので、引用してみます。

「映画の中でも、私は、『高齢者をいたわりなさい』などとブツブツ言いながらも、石段を登ってお参りしたり、式年遷宮で使うヒノキを育てる神宮林という山を歩いたりしています。無理をして元気そうに見せているわけではなく、これが自然体なんです。そこには、医学による治療だけではなく、多分に心の状態が影響していると思います。体調の基本となる血液のめぐりや栄養の吸収などは、私自身がもともと持っている生活習慣や心のあり方と直結していると感じています。心の問題と、医療でつぎはぎしたりして悪いところを取ったりする技術とが融合していかないと、本当の元気は手に入らないのかも知れません。 

 西洋的な二元論の考え方に従えば、病気が“悪”で病気でない状態が“善”。でも、一つのものに表と裏があるように、物事には善の面もあれば、悪の面もあるとわたしは思うんです。(中略)どの場面にも善と悪があることを受け入れることから、本当の意味で人間がたくましくなっていく。病というものを駄目として、健康であることをいいとするだけなら、こんなつまらない人生はないだろうと」(前掲・文藝春秋2014年5月号)

 樹木さんの語る生活習慣や心の状態が、がんの進行や生存期間に影響を与えるのかどうか、科学的にはまだはっきりしていないことも多いのが実情です。ですが、からだにマイナスになるとは考えにくいでしょう。

■家族、医師、世間に「理想の最期」を共有

 緩和ケア医に取材をすると、病院に入院しているときには今にも死にそうな顔をしていた人が、家に帰ったとたん生き生きとした表情を取り戻して、滞っていた家事や大好きな庭いじりなどをし始め、その後、予想以上に長く生きた事例も多いと聞きます。樹木さんも生前から「自宅で死を迎えたい」と公言し、その言葉通り家族に見守られて自宅で亡くなりました。

 もちろん、その人が望むなら病院で最期を迎えるのもいいと思いますが、大事なことは、樹木さんが語るように、病気であってもその人らしく、「自然体」でいることなのかもしれません。こう書くと、ごく当たり前のことのように思われるかもしれませんが、最期まで「自然体」でいるためには、家族や周囲の理解も必要で、簡単ではありません。樹木さんは、家族だけでなく、医師や、世間に対しても、元気なうちから自分の理想の最期をきちんと伝え、それが自然に叶えられる環境、雰囲気を作っていったのではないでしょうか。

 それにしても、病気を「悪」、健康を「善」とする二元論でとらえず、「どの場面にも善と悪があることを受け入れる」という考え方は、ほんとうにすごいと思います。自分が重い病気になったとき、果たしてそのように受け止められるでしょうか。こうした思想から生まれる強靭さがあったからこそ、「全身がん」であることを感じさせない姿を見せ続けることができたのかもしれません。

■がんでも「仕事をやめない」重要性

 もう一つ、樹木さんから私たちが学ぶべきことがあると思います。それは、がんになってからも仕事をやめなかったことです。

 がんと診断されると、手術や抗がん剤など大変な治療を受ける必要があり、長期の入院や療養を強いられることもあります。そのため、「治療に専念する」として仕事を長期に休んだり、やめてしまったりする人も少なくありません。

 その結果、職場での立場を失う人や、収入が激減して経済的に苦境に陥る人もいます。なにより、生きがいや社会的立場をなくすことになり、本人がとてもつらい状況に追い込まれてしまいます。

 しかし、近年ではがんで手術したとしても、小さな傷ですむ手術の技術や術後管理の方法が進歩し、1週間から10日間ほどで退院できるケースが増えました。また、つらい抗がん剤の副作用を軽減する支持療法も進歩し、入院せずに抗がん剤治療を外来通院で受ける人も増えてきました。

 がんだからといって、「仕事をやめて治療に専念する」のが当然という時代ではなくなってきているのです。むしろ、それまで通りの仕事や家庭生活が続けられるよう、医療がサポートする流れが生まれています。

 その証拠に今年3月には、主治医が産業医から助言を得て、がん患者の仕事と治療が両立できるよう治療計画の見直しや再検討を行った場合に診療報酬が加算される「療養・就労両立支援指導料」が新設されました。国もがん患者が仕事をやめてしまわないように、後押しをしているのです。

■仕事という「生きがい」があった

 がんが再発・転移をしたとしても、樹木さんのように5年、10年、さらにそれを超えて生きる人もいます。仕事という「生きがい」があったからこそ、樹木さんも「全身がん」であったにもかかわらず、長期間生き抜くことができたのではないかと思うのです。

 もちろん、がんの性質は人によって異なり、樹木さんと同じような考え方や生き方をしたとしても、長期生存を果たせない人もいます。それに、樹木さんの真似をするのは、容易なことではありません。ですが、厳しい病に直面したときに、我々はどんなふうに受け止め、どんなふうに生きるべきか、樹木さんの姿からとても大切なことを学ばせていただきました。ご冥福をお祈りします。

(鳥集 徹)

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