「小室圭さんは眞子さまのフィアンセではない」宮内庁伝達の真意とは――2018下半期BEST5

「小室圭さんは眞子さまのフィアンセではない」宮内庁伝達の真意とは――2018下半期BEST5

7月31日、ブラジル公式訪問から帰国された眞子さま ©JMPA

2018年下半期(7月〜12月)、文春オンラインで反響の大きかった記事ベスト5を発表します。皇室部門の第3位は、こちら!(初公開日 2018年8月6日)。

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 宮内庁は7月17日、秋篠宮眞子内親王と婚約が内定している小室圭さんについて、小室さんの留学予定先である米フォーダム大学に対し、小室さんが眞子内親王のフィアンセではないことを伝達すると発表した(「毎日新聞」2018年7月18日ほか)。

 フォーダム大学は先月初め、小室圭さんがロースクールに8月から留学すると発表し、ホームページに小室圭さんのことを「fiance of Princess Mako(眞子内親王の婚約者)」という言葉で紹介していた。これに、宮内庁が待ったをかけたわけである。なぜなのか。宮内庁は2017年9月3日に、「本日、小室圭氏と御婚約が御内定になりました」と発表している。これまで、一貫して「婚約した」ではなく、「婚約が内定した」との表現なのである。その後、2018年2月7日に「ご結婚関係儀式等のご日程の変更について」を発表し、2020年まで結婚関連の儀式を延期することを決定している。

 眞子内親王と小室圭さんは婚約内定記者会見をすでに行っており、2人は「婚約状態」にあると思っていた人は多いのではないか。なぜ、ここまで宮内庁は正式な婚約にこだわり、フォーダム大学へ事実関係を伝達することにしたのか。ここで問題となるのが、皇室のしきたりともいえる儀式「納采(のうさい)の儀」である。

■フォーダム大学の認識は「誤解」

 宮内庁によれば、皇室では伝統的に「納采の儀」を経て正式な婚約となるという(本来は、眞子内親王と小室圭さんの納采の儀は今年3月4日に行われる予定であった)。つまり、宮内庁は、今の時点では眞子内親王が小室圭さんと婚約した状態ではないと判断したのである。それゆえ、フォーダム大学の認識は「誤解」であるとして、それを解くために小室圭さんが眞子内親王の婚約者ではないことを宮内庁が伝える、というのが冒頭の報道であった。

 この伝達を受けてであろう、現在ホームページでは「Mr. Komuro and Japan’s Princess Mako announced in September 2017 that they plan to marry.(小室氏と眞子内親王は結婚する予定だと2017年9月に発表した)」と訂正されている(8月5日時点)。

■納采の儀は、仁徳天皇にまでさかのぼる「結納」にあたる儀式

 では、その納采の儀とは何だろうか。古くは、中国の前漢時代の婚約・結婚に関する儀式であり、日本では仁徳天皇にまでさかのぼると言われる。一般では「結納」と呼ばれる儀式に相当するもので、皇室の儀式が一般社会に浸透して結納が行われるようになったとのことである。2014年、高円宮典子女王が千家国麿さんと結婚した時には、婚約内定から約1カ月後の7月4日、高円宮邸で行われた(眞子内親王と小室圭さんの納采の儀は、婚約内定から半年後に行う予定だった。その期間が長いのは、NHKのスクープによって婚約内定を早く公表しなければならなかった事情があったからだろう)。

 この時の納采の儀は千家国麿さんの叔父である千家和比古出雲大社権宮司が高円宮邸を訪問し、応接室で高円宮久子妃と典子女王に「千家国麿は結婚を約するために典子女王殿下に納采を行いたく存じます」と述べ、納采の品の目録を渡すというものであった(「朝日新聞」2014年7月4日夕刊)。納采の品は、木箱に入った清酒3本 、白い絹のドレス生地(披露宴に使われる)、鮮鯛と呼ばれる鯛の代金であった。これによって高円宮典子女王と千家国麿さんが正式に婚約したのである。その後、告期の儀が行われ、結婚式の日取りが告げられた。

■プロセスを重要視した皇族の結婚

 2005年の紀宮清子内親王と黒田慶樹さんが結婚した時の納采の儀は、それとは少し異なる。まず、黒田さんのいとこである黒田直志さんが黒田家の使者として、納采の品の目録を携えて皇居を訪問する。宮殿桂の間には、納采の品である清酒3本、白い絹のドレス生地、鮮鯛2尾(この時は本物)が並べられ、黒田直志さんが湯浅利夫宮内庁長官に目録を手渡し、「清子内親王殿下と黒田慶樹氏のご婚約にあたり、納采のため参上しました。お品をお納め願いとうございます」という趣旨の言葉を述べた。

 その後、湯浅長官は天皇皇后と清子内親王に納采の品が届けられたことを報告し、使者の黒田直志さんに天皇皇后が納采の品を受けとったことを伝え儀式は終了する。つまり、直接目録を受け取った高円宮家とは異なり、天皇皇后は宮内庁長官を通じて、儀式を行ったのである。

 また、この時は清子内親王が天皇皇后や皇太子夫妻、秋篠宮夫妻にあいさつし、小泉純一郎総理大臣や三権の長、皇族などから祝賀のあいさつを受ける行事を行った。また納采の儀に前後して、天皇家の使者である侍従が黒田さん宅を訪問。背広2着分の濃紺の生地や清酒、鮮鯛を贈った(「朝日新聞」2005年3月19日夕刊)。つまり、天皇の娘と結婚式を行うような品位を保つための生地などが結婚相手に送られたのである。このように、皇族の結婚は様々な儀式を経てなされる。プロセスが重要視されているとも言えるだろう。

 なお、男性皇族が結婚する場合も、相手の女性の家へ使者が向かい、納采の品を渡すという儀式が行われる。ただし、儀式の内容は本人の立場や状況によっても変化があるようである。しかし、男性であっても女性であっても、皇族は婚約するにあたって、必ず納采の儀を行う。それによって、相手は正式な婚約者となる。

■結婚によって皇室の権威性・神秘性が毀損されてはならない

 なぜ皇室ではこの納采の儀のプロセスを重視して、現在も結婚儀式の一つとして残しているのだろうか。明治維新後、再び天皇を中心とした政治制度が構築された。その中では、皇室に関する儀式も様々に再興されたり、荘厳化されたりしている。それは、皇室制度・儀式を整備構築することで、人々に「支配者」としての天皇を印象づける作用をもたらしていく。儀式が厳格化すればするほど、そこには権威性・神秘性を持たせることができるだろう。先程述べた様に、皇族の結婚が様々な儀式をいくつも経てなされる背景には、そうした過程を人々に見せ、自分たちとは異なることを示し、権威性を保たせようとしたのである。

 逆説的に述べれば、結婚によって皇室の権威性・神秘性が毀損されることがあってはならない。だからこそ、結婚に至るまでのプロセスの主導権は、常に皇室の側にあり、その過程で相手側は家柄や経済力などを見定められる。フォーダム大学が小室圭さんをフィアンセだとホームページで紹介したことは、日本の皇室の権威性を重く受け止めている証左とも言えるだろう。

■納采の儀は、皇族の縁談を安全に進める装置のようにも考えられる

 また、一般の結納から想像されるように、その儀式は家と家との関係性が重要視されていることがわかる。家制度が強固に構築された明治期以降、結婚も家と家との関係で行われた。個人同士の自由恋愛のみでは、そうした儀式は行われないだろう。その家制度の頂点こそ、皇室であった。だからこそ、皇族は納采の儀を行い、家と家との結婚を印象づけた。人々はそれをモデルにして、家制度をより強固にする結納を行っていく。皇族は近代の支配システムを構築するため、その儀式を行ったのではないか。

 現在、そうした家制度はなくなり、家と家との関係性による結婚も少なくなりつつある。しかし、象徴天皇制は必ずしも、戦後の感覚だけではなく、戦前の慣行を引き継いでいる部分もある。戦前のように皇族や一部の華族など、限定された範囲での婚姻関係ではなく、現在は美智子皇后以降、その婚姻範囲は一般の人々にまで広がっている。納采の儀を経て正式婚約という制度自体が、現在の日本社会の婚姻事情に合っているのだろうか。

 宮内庁が眞子内親王と小室圭さんが納采の儀を経ておらず、正式に婚約しているかどうかにあえてこだわり、わざわざフォーダム大学のホームページの発表にクレームをつけたのは、彼ら自身が旧来の考えをまだ残しているからと言えるようにも思われる。一方で、マスメディアによって、「予期せぬ時期に」婚約報道がなされ、人々に広がってしまう現状を考えるとき、納采の儀を経て正式婚約に至るという過程こそ、皇族の縁談を安全に進める装置のようにも考えられる。今回の宮内庁の姿勢が、皇族の結婚とは何かを私たちに考えさせる契機にもなっているように思う。

(河西 秀哉)

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