《今日死のうと思う 既読ありがとう》旭川14歳少女凍死 ネットの友人3名が明かした「イジメから最期までの600日」《生徒7人の行為をイジメと認定》

《今日死のうと思う 既読ありがとう》旭川14歳少女凍死 ネットの友人3名が明かした「イジメから最期までの600日」《生徒7人の行為をイジメと認定》

爽彩さんの遺体が発見された公園に供えられた花束 ©文藝春秋

【独自入手】《おな電をさせられ、秘部を見させるしかない》《自殺未遂しました》旭川14歳凍死少女「イジメ被害メッセージ」《生徒7人の行為をイジメと認定》 から続く

「文春オンラインが報じてくれた、爽彩が『つらい』と訴えていたイジメ行為のほとんどが認定されて、素直によかったと思っています。でも、本当は彼女が生きている間に認定をしてもらえていたら……と思うと、とても悔しいです」

 昨年3月に廣瀬爽彩(さあや 当時14歳)さんの遺体が見つかって1年、そしてイジメを受けてから3年――。世間の注目を浴びた“凄惨なイジメ事件”が大きな山場を迎えた。2022年4月15日、イジメの有無の再調査を行ってきた第三者委員会は「イジメとして取り上げる事実があった」として爽彩さんが受けた「6項目の事実」について「イジメだった」と認定、同日、記者会見を開き、その内容を公表した。第三者委員会から「6項目の事実」について報告を受けた爽彩さんの 母親は文春オンラインの取材に複雑な胸中を冒頭のように語った 。

 また、会見を受けて、遺族側の弁護士は「事実関係があいまいで 不明確な部分が少なからず残っているところが不満」とコメント。今後は認定されたイジメと爽彩さんの死との因果関係の調査が行われる予定だ。真相解明の一助になることを願い、当時の記事を再公開する。(初出2021年4月25日、肩書き、年齢等は当時のまま)

「イジメ事件以降、彼女の心はずっと不安定でした。『1年半以上経っても』って思う人もいるかもしれませんが、彼女は『死にたい死にたい』ってよく言って(綴って)ました。ですが、『死にたいと思う分と同じだけ、本当は生きたい』という想いもあったと思います。必死に生きてきたんです。でも、あのイジメが彼女を壊しつづけた……」

 今年3月、北海道旭川市内の公園で積もった雪の中で亡くなっているのが見つかった廣瀬爽彩(さあや、当時14歳)さんと、約4年間ネットを通じて連絡を取り合っていた都内在住のaさん(20・男性)は、「文春オンライン」の取材に、がっくりと肩を落とした。

 今回、取材班は爽彩さんが壮絶なイジメを受けた後、医師からPTSDと診断され、自宅に引きこもりがちになってから頻繁に連絡を取り合っていた3人の友人たちに話を聞いた。彼女が2019年4月にイジメを受けてから、今年2月13日、マイナス17度の極寒の夜に失踪するまでの約600日の間に、一体何が起こっていたのか。それが、彼らの証言によって明らかになった。( #8 から続く)

※本記事では廣瀬爽彩さんの母親の許可を得た上で、爽彩さんの実名と写真を掲載しています。この件について、母親は「爽彩が14年間、頑張って生きてきた証を1人でも多くの方に知ってほしい。爽彩は簡単に死を選んだわけではありません。名前と写真を出すことで、爽彩がイジメと懸命に闘った現実を多くの人たちに知ってほしい」との強い意向をお持ちでした。編集部も、爽彩さんが受けた卑劣なイジメの実態を可能な限り事実に忠実なかたちで伝えるべきだと考え、実名と写真の掲載を決断しました。

■加害少年C男は児童ポルノ法違反でも「厳重注意」のみ

 2019年4月、爽彩さんは市内のY中学校へ入学してからほどなくして、上級生のA子、B男、Z中学校に通うC男らからイジメを受けるようになった。イジメは日に日に過激さを増し、加害生徒らが爽彩さんに無理やり撮らせたわいせつ画像をイジメグループ内で拡散したことや、公園内でイジメグループが複数名で爽彩さんを囲み、自慰行為を強要したこともあった。

 同年6月、爽彩さんが地元のウッペツ川に飛び込む事件が起きたのちに、警察が捜査に乗り出した。その結果、わいせつ画像を送ることを強要した加害少年のC男は児童ポルノに係る法令違反、児童ポルノ製造の法律違反に該当したが、当時14歳未満で刑事責任を問えず、少年法に基づき、「触法少年」という扱いになり厳重注意を受けるのみにとどまった。A子、B男らその他のイジメグループのメンバーは強要罪にあたるかどうかが調べられたが、証拠不十分で厳重注意処分となった。

■ゲームでミスしただけで「私はダメな子だ」と塞ぎ込むように

 一方、爽彩さんはこの飛び込み事件をきっかけに、長期入院を余儀なくされ、同年9月には市内のX中学校へ転校。しかし、X中学校へもなかなか通うことができず、家に引きこもりがちな生活を送るようになった。医師からはPTSDと診断され、イジメのフラッシュバックに悩まされるようになった。

 自宅に引きこもりがちになった爽彩さんにとって、唯一の“居場所”となったのがネットやゲームの世界だ。学校に通えなくなった爽彩さんが、そこでだけ家族以外に「ありのままの自分」を見せていた。

 前出のaさんは2019年4月に爽彩さんへのイジメが始まる以前から、爽彩さんとネット上で親交があった。そしてaさん自身もイジメ被害で苦しんだ経験があるという。

「僕は『#コンパス』というオンラインゲームで彼女と知り合いました。チャットやネットの通話機能で、よく彼女と話をしましたよ。イジメの件が起こる前の彼女は、本当によく笑い、テンションが高く、話したがりの子だったのですが、あの事件以降は浮き沈みが激しく些細なことでもドーンって沈むようになってしまいました。例えば、ゲームで少しミスしただけでも『私はダメな子だ』と塞ぎこんでしまう。もともとネガティブな部分はあったけど、明らかに性格が変わってしまったんです」

■「自分が悪い」「お母さんはできることは全部やってくれている」

 aさんは爽彩さんが地元の公園でイジメグループに囲まれ、自慰行為を強要されたことについても爽彩さんから知らされていた。さらに2019年6月に、爽彩さんが地元のウッペツ川に飛び込む事件を起こした後にも相談があったという。

「事件からそれほど経っていなかったと思います。彼女から連絡がありました。最初の頃は自分のなかでも何があったか整理がついていないようでした。『こんなことや、あんなことをされた』って話したのですが、イジメた相手を悪く言うのではなく、『自分が悪いから』って。とても優しい子なんです。

彼女が受けたイジメの詳細を僕に打ち明けてくれた時も『ごめん、嫌な気持ちにさせちゃったよね』って、逆に僕を気遣ってくれた。誰かの悪口を言う子ではなかったです。彼女のお母さんについても『お母さんはできることは全部やってくれている』と感謝していました」

■好意を告白したbさんに突然「私は汚れているから」

 2019年9月にX中学校へ転校した後、別のネットゲーム上で爽彩さんが出会ったのが、aさんの友人で、今年大学1年生になった関東在住のbさん(18・男性)だ。bさんが語る。

「彼女は家族と一緒に外食をした話をするときが、一番声も明るく、楽しそうにしていました。ただ、ゲームのチャット機能で話をしていても、過去の記憶がフラッシュバックするのか、気分の浮き沈みが激しく、昨年の夏頃が一番荒れていましたね。ごくまれに体調がよい時は、自宅を出て、公園などの外からネット回線をつないで、僕らと通話することもあったのですが、ほとんどが、自宅からの通話でした。話をしていても、急に塞ぎこんでしまい、いきなり電話を切られることも何度もあった。『死にたい』という言葉は、多いときで2日に1度は聞いていました。浮き沈みが激しいことから、ネットでの人間関係について悩むこともあったみたいです。

 どこまで本気だったかわからないですけど、僕のことを『好きだ』とも言ってくれました。彼女はいろいろ自分のことを話してくれましたけど、自身が受けたイジメのことだけは決して僕には語ろうとしませんでした。でも、何かの話をしていると突然、『私は汚れているから』と自分を卑下して壁をつくってしまうことがあって。頻繁にネット上では話をしていましたが、現実では一度も彼女とは会ったことがありませんでした」

■「絵に関わる仕事か、人が喜んでくれる仕事をしたい」

 爽彩さんはbさんに何度か絵も送っている(下の写真参照)。爽彩さんはもともと絵を描くのが好きで、イジメを受ける前から頻繁に絵を描いてきた。イジメがあってからはそれまでの明るいタッチはなくなり、暗い色彩とモチーフの絵を描くことが多くなった。しかし、bさんへ送った絵の中には、昔の絵のような、明るく華やかなものもあった。

「彼女は、絵を描く際は自然に手が動くと話していました。彼女は凄く賢くて、何もなければきっと勉強はできたし、高校は進学校に行けただろうと思います。でも、PTSDのため、学校に行けなかった。出席数が少ないと学校の内申点に響くそうで、そのことについてとても悩んでいました。将来は絵が好きだから、絵に関わる仕事か、そうでなくとも人が喜んでくれることを仕事にしたいとも話していました」(bさん)

■失踪前日まで熱心にプログラミングを勉強していたが……

 将来への希望も口にしていた爽彩さんは、昨年末ごろからプログラミングに興味を持ち始めた。ネットを使って、コンピューターのプログラミングを教えていた首都圏在住のcさん(30代・男性)にもコンタクトをとり、熱心に勉強していたという。

 cさんは今年の2月13日、爽彩さんが失踪する日の前日まで連絡を取り合っていた。cさんが語る。

「(失踪前日の)2月12日はいつもと同じようにプログラミングの授業をオープンチャンネルで行っていました。彼女に変わった様子はなかったですね。ただ、知り合った当時から情緒がかなり不安定で、今思えばフラッシュバックみたいなことが起きたことが何度かありました。そういうときは授業にならないくらい急に落ちこんでしまうんですね。それが彼女のサインだったのかもしれない」

■《テンションあげるの難しいですね》失踪当日のメッセージ

 ?爽彩さんが家を飛び出し、失踪した2月13日、爽彩さんはbさんに午前中から失踪直前に至るまでLINEメッセージを何度も送った。「午前中までは何気ない、いつものテンションだった」とbさんは語る。

 以下は失踪当日、bさんに爽彩さんから送られてきたメッセージの抜粋だ。

《おはよ》(9時10分)

?

《テンションあげるの難しいですね》(9時10分)

?

《おべんきょ頑張れ》(13時49分)

 この日、bさんは大学受験の当日だったため、返信をできずにいた。爽彩さんの糸が切れたのは、その日の夕方のことだった。

《ねえ》(17時26分)

?

《きめた》(17時26分)

?

《今日死のうと思う》(17時26分)

?

《今まで怖くてさ》(17時28分)

?

《何も出来なかった》(17時28分)

?

《ごめんね》(17時28分)

?

《既読つけてくれてありがとう》(17時34分)

 同様のLINEを、bさん以外の他の友人数名にも送り、爽彩さんはスマートフォンの電源を切った。後にbさんが返信をしたものの、そのメッセージに「既読」のマークはつくことはなかった。

 この日の旭川の気温はマイナス17度。凍てつく寒さの中、爽彩さんは薄着で夜の公園へと出向いた。彼女の遺体が発見されたのは、それから38日経った3月23日のことである。

 前出のaさんは「彼女はずっと苦しんで耐えてきたんです」と、絞り出すように答えた。

■家族は「イジメのない世の中になることを切に願う」

 今年4月22日、旭川市の西川将人市長は総合教育会議を開き、2019年当時は「イジメはなかった」としていたY中学校の調査結果を見直し、改めて、当時「イジメがあったのかどうか」再調査すると記者団に発表した。西川市長は教育長に旭川市教育委員会とY中学校側の対応を改めて調査するよう指示。医師や臨床心理士、弁護士らに委託して、第三者で作るいじめ防止等対策委員会を設置し、調査を開始する方針を示した。

 爽彩さんの家族は、旭川市の発表を受けて、次のようにコメントを出した。

「娘はわずか14年という短い人生に幕を閉じました。娘は生前、勉強したり、絵を描いたりすることが大好きな子でした。中学1年生の頃イジメに悩まされながらも必死で生きてきました。家族としては、旭川市の調査が進み、これまで明らかにされなかった情報が開示され、真相が一刻も早く究明されることを願っております。そして何よりもイジメのない世の中になることを切に願います」

 市の調査によってイジメの全容が解明され、二度とこのような悲しい事件が起きないよう、行政の誠実な対応を待ちたい。

◆ ◆ ◆

 中学2年の少女を死に追いやったのは、誰か?

 凄惨なイジメの実態、不可解な学校の対応――。遺族・加害者・関係者に徹底取材した文春オンラインの報道は全国的な反響を呼び、ついに第三者委員会の再調査が決定。北の大地を揺るがした同時進行ドキュメントが「 娘の遺体は凍っていた 旭川女子中学生イジメ凍死事件 」として書籍化されます。母の手記「爽彩へ」を収録。

「ふざけんな」「おぞましい」旭川少女イジメ凍死 ついに「臨時保護者会」開催も怒号飛び交う90分に《教育委員会は「重大事態」認定》《生徒7人の行為をイジメと認定》 へ続く

(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))

関連記事(外部サイト)