「ダメ出しで全否定する学校教育が、若者の精神や行動を束縛している」日本が世界幸福度ランキング56位に低迷する“納得の理由”

「ダメ出しで全否定する学校教育が、若者の精神や行動を束縛している」日本が世界幸福度ランキング56位に低迷する“納得の理由”

この写真はイメージです ©iStock.com

 日本は便利な社会である一方、生活が息苦しいと感じている人も多いのではないだろうか。そうした息苦しさは、近年急速に進んでいる日本の国際的な地位低下が要因のひとつとして考えられる。

 ここでは、経済評論家の加谷珪一氏が「日本人の消費マインド萎縮」の現状をデータをもとに分析した論考『 国民の底意地の悪さが、日本経済低迷の元凶 』(幻冬舎新書)から一部を抜粋。世界幸福度ランキングで常に下位に位置する、日本人の“特殊なマインド”について紹介する。(全2回の1回目/ 2回目に続く )

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■「自分に満足している」日本の若者、米国の5分の1以下

 日本が先進諸外国と比較してもっとも隔たりがある分野のひとつは、幸福感についての認識でしょう。国連が毎年行っている、世界幸福度ランキングにおいて、日本は常にランキングの下位に位置しています。

 2021年版における日本のランキングは56位となっており、ドイツ(13位)、英国(17位)、米国(19位)などと比較するとかなり低い位置であることが分かります。ちなみに1位となったのはフィンランド、2位はデンマーク、3位はスイスでした。

 単年だけでは何とも言えない部分がありますが、2020年における日本のランキングは62位、2019年のランキングは58位でした。5年前の2016年は53位、同一形式でのランキングが始まった2013年は43位でしたから、下位であることは変わらず、順位自体はむしろ下がっています。

 ちなみに最下位はアフガニスタン(149位)ですから、日本の下にはまだたくさんの国があります。しかしながら、日本よりも順位が下の国の中に、いわゆる先進国と呼ばれる国はほとんど存在しませんし、多くの主要先進国が上位にランキングされていますから、日本の立ち位置が特殊であることはほぼ間違いありません。

 では、このランキングはどのようにして算定されているのでしょうか。

 基本的には、各国の国民に対して現在の生活に満足しているのかを尋ね、その結果を数値化したものと考えて差し支えありません。

 より具体的に説明すると、米国の社会心理学者ハドレー・キャントリルが考案した「キャントリルの梯子(はしご)」と呼ばれる手法が用いられています。

 これは考え得る最良の生活を10、最悪の生活を0とした合計11段階の梯子の中で、自分は今どこにいるのか回答してもらうというものです。自分がどう思うのかを聞く質問なので、自分が幸福だと感じる人が多ければ必然的にランキングは上がります。

 また、得られた結果に対して、1人あたりのGDP(国内総生産)、社会的支援、健康寿命、人生の自由度、寛容さ、政府や社会に対する信頼度(腐敗の認識)などが、どう影響しているのかについても分析しています。これによって、どの項目が幸福度と相関性が高いのかが分かるという仕組みです。

■「日本人が自身を幸福と思っていない」本音の結果

 繰り返しになりますが、この調査のポイントは、本人がどう感じているかです。

 幸福度ランキングの結果はよくメディアでも紹介されますが、特にネット上では、「欧米中心の一方的な調査」「恣意的」「日本の幸福度がそんなに低いわけがない」などといった批判が飛び交っています。しかしながら、こうした指摘が的外れであることは明らかといってよいでしょう。なぜならばこの調査は、各国の国民が自国についてどう感じているのかを数値化したものであり、私たち自身の評価が結果に反映されているからです。

 自己評価のレベルが国民によって異なるのは当然のことですが、自身が幸福であるかを決めるのは自分自身です。またアンケートの回答を誰かに見せて責められるといった可能性はゼロですから、アンケートではそれなりに本音を語っていると考えてよいでしょう。この調査結果を見る限り、日本人が自身を幸福と思っていないのは明らかです。

 では、日本人の幸福度が低いのはなぜでしょうか。幸福度に影響する項目のうち、日本人のランキングが著しく低かったのは「人生の自由度」と「寛容さ」でした。日本の1人あたりGDPが大きいことや、平均寿命が長いことは明白であり、こうした項目での順位は高いですが、自由度や寛容さという点が足を引っ張っているのです。

 この結果は多くの人にとって納得がいくものではないでしょうか。

 日本は人生における選択肢の幅が狭く、あてがわれたレールに乗らないと、厳しい人生を余儀なくされます。近年、ネットの発達で可視化されましたが、他人に対する常軌を逸したバッシングが日常的に行われていることや、子ども連れの親やマイノリティに対するひどい対応など、日本社会が寛容でないことは明らかです。

 似たような結果は、他の国際比較調査でも鮮明となっています。

 2018年に内閣府が行った「我が国と諸外国の若者の意識に関する調査」によると、自分自身に対して満足しているかという問いに対して「そう思う」と回答した若者(13歳から29歳)の割合が日本は10・4%と7カ国でもっとも低い数値でした。満足度が一番高かったのは米国で57・9%となっていますが、日本の次に低かったスウェーデンでも30・8%ありますから、日本の若者の満足度はかなり低いと考えてよいでしょう。

 ちなみに「自分の考えをはっきり相手に伝えることができる」と回答した日本人は13・8%で最下位、「うまくいくか分からないことにも積極的に取り組む」と回答した日本人は10・8%でやはり最下位でした。

■日本人はチャレンジできないから、自分自身に対する満足度が低い

 自分の考えをはっきり伝えられなかったり、うまくいくか分からないことにチャレンジできないのは、周囲からのバッシングを恐れていることが原因と考えられます。日本では何か失敗すれば、周囲から激しく責め立てられますから、新しいことにチャレンジできず、結果として、自分自身に対する満足度も低くなっている様子がうかがえます。

 最近はだいぶ雰囲気が変わってきたとも言われますが、基本的に日本の教育現場では児童生徒を褒めて伸ばすのではなく、ダメ出しで抑圧する方法が主流でした。

 一部の教師は児童生徒に対して「お前はバカだ」「なんでそんなに頭が悪いんだ」と全否定するような?り方を繰り返しています。ようやく学校を卒業して社会人になっても、若手に対して抑圧的に振る舞う上司は多いですから、ますますマインドは萎縮します。こうした環境で積極性を育むのはかなり難しいと考えた方がよいでしょう。

 ネットが普及したことで様々なことが可視化されてきましたが、ネットで配信される記事のコメント欄を見ると興味深いことが分かります。

 日本では記事に対して意見を述べるのではなく、書いた人に対する凄まじいまでの誹謗中傷が延々と続くのは珍しいことではありませんが、その内容にはいくつかの明確なパターンが見られます。そのひとつが学校教育を起点とした表現です。

 記事を書いた人物に対して、頭ごなしに「義務教育レベル以下」「小学校からやり直せ」「テストなら0点」「採点する気にもならない」など、あたかも自分が学校教師であるかのような言い回しをしているコメントがほぼ一定割合で必ず存在します。

■日本の学校教育は抑圧的

 日本ではペーパー試験の点数で完璧に順位が付けられてしまいますから、原則として相対評価となり、必然的に成績が上位だった人は限られてきます。割合としてはごくわずかしかいないはずの、かつての成績上位者だけが、ネットのコメント欄で暴言を吐いているとは思えませんから(中にはそのような人もいるでしょうが)、「テストなら0点」とバッシングしている人の中には、子ども時代、それほど勉強ができなかった人も多数、含まれている可能性が高いのではないでしょうか。

 そのような人たちまでが、教師のような口調で、相手を「バカだ」「点数が悪い」と罵っているというのは異様な光景です。これは日本の教育環境がある種のトラウマになっている可能性を示唆する現象だと筆者は捉えていますが、こうした環境は当然のことながら学校内にとどまるものではありません。

 日本の学校教育は、社会人になるための予備校のような存在であるとも言えます。こうした抑圧的なカルチャーは企業社会でより顕著になっていきますから、学校で抑圧的に教育しておかないと、企業に入ってから耐えられなくなるからです。

 実際、世界22カ国のビジネスパーソンを対象とした調査では、仕事に対する自信が22カ国中もっとも低いという結果が出ています。

 ビジネス向け交流サイトを運営する米リンクトインは、世界22カ国のビジネスパーソンに対して、個人的な経済状況や仕事のチャンス、成功に対する自信などについてアンケート調査を行いましたが、日本は22カ国中もっとも順位が低いという結果が得られました。

 一般的に経済成長が著しい国ほどビジネスパーソンはポジティブになりますから、1位がインド、2位がインドネシア、3位が中国になったことは想定の範囲内といってよいでしょう。いわゆる先進諸外国の順位は相対的に低いのですが、その中でも日本の順位は最下位で、しかも次点との差が極めて大きいという特徴が見られます。

 順位だけでなく、仕事に対する基本的な価値観について他国との隔たりを示す回答も多く、日本社会の特殊性がよく表れています。

 例えば、経済的に成功する要因として、「一生懸命働く」というのが1位になっているのは日本も諸外国も同じですが、それ以外はだいぶ様子が異なります。

■日本人は自分自身で判断できなくなっている

 日本における2番目の要因は「幸運」となっており、3位は「社会が平等であること」でしたから、基本的に受動的です。一方、諸外国では2位が「変化を喜んで受け入れる」、3位が「人とのつながり」となっていますから、かなり主体的であることが分かります。仕事に何を求めるのかという設問に対しても、諸外国では「好きなことをできる」を望む意見が2位ですが、日本ではこの項目は5位にしかなっていません。

 日本人は社会が不平等で主体的に行動することが難しく、運が良くなければ成功できないと考えているわけですから、抑圧的で、自由が制限されていると見てよいでしょう。

 ちなみに内閣府が2009年に公表した世界青年意識調査(18歳から24歳)では、「他人に迷惑をかけなければ、何をしようと個人の自由だ」に「そう思う」と回答した日本人はわずか8・5%と、調査対象となった5カ国中、突出して低い数字でした。

 日本は民主国家ですから、基本的にルールを守っていれば行動は自由なはずですが、日本人自身は自由であると感じていません。その理由は、社会あるいは世間の目というものがあり、それが自身の精神や行動を束縛しているからです。

 ちなみに内閣府は2019年にも同様の調査結果を公表しており、数字は少し改善しましたが、「そう思う」と回答した日本人の比率はやはり諸外国中最低となっており、一方で「分からない」という回答をした人の比率は諸外国中もっとも高くなっていました。2019年の調査では、自分自身の力では判断できなくなっている様子がうかがえます。

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性被害者やコロナ感染者にも多用される「自己責任論」…弱者をバッシングする日本社会の“不寛容すぎる実態”「権利の行使を抑圧している」 へ続く

(加谷 珪一)

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