日雇い労働者から「西成のドン」へ…叩き上げの中国人不動産王(57)が夢見る“大阪中華街構想”の挫折と未来

日雇い労働者から「西成のドン」へ…叩き上げの中国人不動産王(57)が夢見る“大阪中華街構想”の挫折と未来

朝9時半の西成区新今宮駅付近。カップ酒を手にする男性の姿も。2022年4月9日撮影。写真:Soichiro Koriyama

 南海電鉄の新今宮駅のホームに降り立った瞬間から感じる、古いコメを煮詰めたようなすえた匂いと、汗やタバコの臭気が混じり合った独特の空気。駅から堺筋を南に歩くとほどなく見つかる「覚醒剤の売人は、西成から出ていけ!」と垂れ幕が出たビル──。大阪市の南西部に位置する西成区は、ひときわ個性的な存在感を持つ街だ。

 近年は滞在費の安さから外国人バックパッカーが多く立ち入るようになり、表通りのドヤ(日雇い労働者向けの安宿)は多言語対応とWi-Fi完備が売りの現代的なホステルに変わりつつあるが、区内のあいりん地区を中心に、いまなお日雇い労働者や生活困窮者の姿は多い。

 地下鉄御堂筋線の動物園前駅から旧遊郭の飛田新地にかけては、昭和時代に栄えた古い商店街が広がる。いまや老朽化したアーケードで陽の光がさえぎられ、じめっとした薄暗い町並みが延々と続く場所だ。平成後期に入ってからは、シャッターを閉じた店舗も目立つようになっていた。

 ところが、2010年代末から、一時は滅びかけたかに見えた商店街に奇妙な活気が戻りはじめた。1杯300〜500円程度のビールや焼酎などの酒と、多少のおつまみを出し、客が1曲100円程度で歌を歌うこともできる「カラオケ居酒屋」が急増したのだ。(全2回の1回目/ 後編に続く )

■パチンコ屋「タイガース」跡地に華僑団体の事務所

 多くの店舗は、40〜50代の色気のあるママが切り盛りし、他に1〜数人の女性従業員を置くこともある。スナックと違って女性は客の隣に座らず、ガールズバーほどキャピキャピした雰囲気はないが、かといって「夜の街」の雰囲気は濃厚に漂う……という、独特の形態の店である。同様の業種は昔からほそぼそと存在してきたものの、最近は中国人のママと従業員を置く店が多い。

「この商店街を中心に、カラオケ居酒屋は近辺で100軒くらいはあるんじゃないか。そのうち約7割が中国系で、日本人経営は3割弱。ほかにベトナム系や韓国系の店もある」

 地元の中国系不動産業者の1人はそう話すが、実際に店舗で聞き込んでみると「カラオケ居酒屋はすでに200軒はある」「大多数が中国系」といった複数の証言もある。この手のカラオケ居酒屋が特に集中しているのが、飛田本通商店街・飛田本通南商店街・今池本通商店会の三叉路付近だ。

 数年前に倒産したパチンコ屋「タイガース」の跡地には、軽食文化で知られる福建省の沙県料理を出す店、中国系の民泊、華僑団体「大阪華商会」の事務所が入所。ほか付近には中国系の不動産屋やマッサージ店もあるほか、表札の名義にも中国人らしき名前が多く見られる。

 店舗はいずれもB級感のあるたたずまいだが、いちどはシャッター街化した商店街が、妖しい活気を取り戻したのも確かである。カラオケ居酒屋の客層も、従来のような日雇い労働者や高齢の生活保護受給者から、区外からわざわざ飲みに来たり、隣接する飛田新地に遊びに行く途中で立ち寄ったりする30〜40代の社会人男性が増えてきた。

■震災、日雇い、華人ボス

 西成の商店街を変えた男が、57歳の中国人実業家、林伝龍(林傳龍:L?n Chu?n l?ng)だ。西成区を拠点に華人向けの不動産業と建設業その他を取り仕切る株式会社盛龍の代表取締役で、地域の華僑団体である一般社団法人「大阪華商会」の中心人物である。

「ワシは福建省で建設の専門学校を卒業して、1997年に大阪に来たんだ」

 私のインタビューにそう話した林伝龍は中国福建省福清市生まれ。日本のGDPがまだ中国の9倍以上もあった20世紀末、阪神淡路大震災の復興需要に沸く西成の街に流れ着いた彼は、ろくに日本語もできないまま建設業の日雇い労働者として働きはじめた。

「しばらく経ってから、西成の街でラーメン屋をはじめた。けれど、朝から晩まで働いても生活はギリギリだったから、5〜6年後に居酒屋に業態を変えた。カラオケが歌えて、お酒を飲めるタイプのやつだ。あの当時は生活保護受給者のお客さんが多かったなあ……」

 日本国内の中国語紙の記事によると、林伝龍がラーメン屋をはじめた当時、商店街の近くにある中国系の店は、日本人の配偶者になった上海人が経営する店舗が1店あるだけだったという。

■みんな福建省福清市

「そして、たまたま売りに出ていた空き店舗があった。だから、ワシが買った。数年の賃料で店舗の購入費をペイできるようだったから、他にもこの商店街で空き店舗を買って人に貸す商売をやれば、いけるんじゃないかと思ったんだ」

「そこで、2店舗、3店舗……と物件を徐々に増やしていってな。様子がゆるゆると変わっていった。いまは20軒ほどをうちが管理している。他の中国系の店舗については、よその業者だ」

 とはいえ、他の中国系の不動産業者も、同郷の人やその親戚だったりする。広い意味で林伝龍と関係がある店舗はおそらくずっと多いだろう。店子には東北部(旧満洲)出身者など他地域の人もいるが、基本的には福清人の姿が目立つ。商店街の中心に拠点を置く、2017年設立の「大阪華商会」の幹部層もすべて福清出身者だ。

 ちなみに現在、大阪府内における中国人の商工団体や同郷団体は約20組織、そのうち福建系だけで3組織もあるそうだが、実質的に「西成区の福清出身商人の会」に近い大阪華商会は、そのなかでは規模が大きくない。逆に言えば、西成のごく狭い範囲に、100人から数百人もの福清人が集中的に食い込んでいるといえる。

「かつては商店街の地価も1坪10万円くらいだった。しかし、いまは悪い立地でも坪30〜40万円。いい場所は坪100万円前後のところもある。コロナ禍のあとも地価は下がっていないなあ」

 林伝龍は話す。中国人はひとつ儲かる商売を見つけると、先行する他者のマネをして参入する。日本国内の中国語紙が西成の盛況を報じたことで、さらに新規参入者が増加し、2017年ごろからは中国系のカラオケ居酒屋が増加しはじめた。

■実はめちゃくちゃ高い西成のポテンシャル

 西成区は「日雇い労働者の街」あいりん地区のイメージと、旧遊郭の飛田新地の存在ゆえに、日本人からは忌避感を持たれやすい。だが、関西空港や新幹線、さらに大阪各地の観光地とのアクセスが良く、外国人目線では魅力のある地域である。ゆえに林伝龍の商売も軌道に乗った。

「2018年ごろから建築業にも進出した。それまでにもカラオケ居酒屋の店舗内装は請け負ってきたし、ワシ自身、むかしは建築をやっていたからな」

 ほかにマンション経営もおこなっている。事務所の壁に、西成区内にある5階建て程度のマンションの写真が6〜7軒ほど貼られていたので尋ねてみると、いずれも彼らが手掛けている物件のようだった。

 従来、西成区内の集合住宅は、生活保護制度の住宅扶助基準に合致する家賃4万円台以下の物件も多かった。だが、林伝龍が扱う物件はそれらよりも高い家賃が見込めそうなマンションばかりだ。部屋を購入する客の8割は中国人だといい、投資目的で買う人も多いのだろう。

■「日本で4番目の中華街になるぞ」

 やがて林伝龍は、彼自身が中心となって「大阪中華街構想」を打ち出す。過去の報道を調べると、2018年夏頃から中国語紙を中心に情報が出ており、2019年2月15日には大阪華商会が中国駐大阪総領事(当時)の李天然を招いて詳しい設立構想を発表、日本人にも広く知られることになった。当時伝えられた概要は以下の通りだ。

〈計画されている場所は、大阪メトロ御堂筋線・動物園前駅の南側で十字に広がるアーケード商店街(東西800メートル、南北1200メートル)。日雇い労働者の街・あいりん地区東側に位置する。現在ある中国人経営のカラオケ居酒屋などが、今後、料理店や雑貨店に少しずつ業態を変え、25年までに計120店を新規出店し、224億円の売り上げを目指す。伝統劇の劇場も整備するなどして1千人規模の雇用も作るとしている。(『朝日新聞』2019年2月16日)〉

 以上はコロナ禍の前年、大阪の街が過去最高のインバウンド客受け入れを記録していた時期の構想だった。当時について林伝龍はこう言う。

「中国人が多いから、こりゃあ中華街を作ってみてはどうか、でもどうしたらいいだろうと仲間と話していて、『中国のことは総領事館(中華人民共和国駐大阪総領事館)に聞こう』となったんだ。そこで話をしてみたら、総領事館側がずいぶん乗り気でな。『大阪に中華街ができれば日本で4番目の中華街になるぞ』と言ったんだ」

■日本維新の会、中華街構想に大賛成

 もっとも、日本の中華街は横浜中華街・神戸南京町・長崎新地中華街の3ヶ所があるが、これらはいずれも戦前に移住した華僑コミュニティが母体で、日本社会にかなり溶け込んでいる。いっぽう、ニューカマー華僑の“ガチ中華”感が強い「大阪中華街」は、他の中華街とは質的にかなり異なる。ただ、林伝龍たちの夢はどんどん膨らんだ。

「大阪に中国人は大勢いる(注:2020年末時点で6万7229人)。インバウンドで中国から来る人たちは購買力も高い。中華街を作ったら、投資が集まるし、地価も上がるんじゃないか」

 ちなみに、このときに大阪中華街構想に乗り気になった中国駐大阪総領事は、現任の「ツイ廃総領事」薛剣( 過去記事参照 )ではなく、2代前の李天然である。さておき中国総領事館が乗り気になったことで、林伝龍たちは日本側とも話をつけに行くことにした。

「日本維新の会の幹部(注:インタビュー内では実名)と話をしたら『やっていいよ。西成区は人の往来がすくないから、中華街ができてにぎやかになるのはいいことだ』と、やはりOKが出た」

 なにか事業をはじめるときに、まずは地方政府の権力者を「落として」協力をこぎつけ、そのお墨付きをもとにトップダウンで物事を進めていくのが中国での地域開発ビジネスのやり方だ。大阪の“支配者”である日本維新の会は、世間的には保守政党としてのイメージが強いが、実際は経済重視の理由から中国やロシアと独自の太いパイプを持つ。話を持っていく相手としてはうってつけであった。

■「ワシら中国人の感覚なら……」

「しかし、ワシらはよくわかってなかったんだよ。なんと地元の人たちが中華街の話に反対した。ワシら中国人の感覚なら、なにかを誘致してカネが儲かるという話であれば地元の人は誰も反対しない。ところが、日本はどうも違うらしい」

 中国式で政治的なネマワシを真っ先に済ませたのはよかったが、地域に話を通していなかったのだ。しかも、商売第一の福建省の出身者である林伝龍たちは、近年の日本世論の対中感情の悪化をよく理解していなかったらしく、メディア対策に失敗。不用意にNHKや朝日新聞の取材を受けて大きく報じられたことで、この街と利害関係がない日本人の警戒心まで招いてしまった。やがて、ごたごたしているうちにコロナ禍が発生し、当初の計画は画餅と化した。

 とはいえ、地域再開発の計画自体がすべてご破算になったわけでもない。飛田本通南商店街で食堂を営む、商店主のひとりは言う。

「日本人にとっても利益のある形をつくったほうがいい。なので、林さんと新しい方法を話し合っている。いずれにせよ、この商店街は70年前に建ってから非常に老朽化しているので、新しくする必要はあるんだ。アーケードが崩れかけていて、ウチは落下物にお客さんが当たってケガしたときのための保険に入っているくらいだから」(注:原文は大阪弁)

 実のところ、西成区の住民として4半世紀を生きてきた林伝龍本人については、地域住民の間でも「地元の人」という感覚が生まれており、彼を認めて受け入れる人もそれなりにいる。商店街の再生はこれからだろう。

■「中国あるある」の過当競争も勃発

 ただ、今後の再生が順調にいくかは話が別だ。街を復活させたはずの、中国系カラオケ居酒屋の急拡大が、私が見る限りでは林伝龍や大阪華商会のコントロール下におさまらないレベルになっているのである。商店街のある店舗で働いている、日本育ちの中国人女性従業員は話す。

「コロナ禍のここ2年で、各種の補助金や助成金をあてこんでガンガン出店が進んで、カラオケ居酒屋の店舗数が倍くらいに増えた印象です。日本人の大家さんの物件の家賃は変わらないのに、中国人大家の店の家賃だけどんどん高騰しているんですよ。林伝龍さんの名前? 新しく来ている人は、知らない人もいるんじゃないでしょうか」

 たとえば、私が4月22日に訪れたスーパー玉出付近にあるカラオケ居酒屋店舗は、飛田本通に面した好立地でコロナ禍前の2020年2月に開店、家賃は月16万円だ。対して、2021年末に飛田本通から外れた路地裏に開店したベトナム人の店舗( 後編参照 )は、見たところほぼ同様の広さなのに家賃は月20万円で、しかも契約時の保証金に300万円以上を中国人大家から請求されていた。

 ある商売が「儲かる」とみなされるやいなや同業者が大量に参入して投資が過熱、統制がとれなくなり需要の限界点を超え、やがて潮が引くように関係者が去っていってその産業自体が衰退してしまう……という多産多死の構図は、中国国内では「あるある」の話だ(5年ほど前の中国のシェア自転車ブームをご記憶の人もいるだろう)。西成区のカラオケ居酒屋でも、同様のスパイラルが生じつつあるように思える。

 一般的に言って、中国人は新規事業をはじめるときの決断が早いが「見切り」も早い。ある時点で街に中国系店舗が多かったからといって、そのことをベースに長期的な計画を立てるのはちょっと危険でもある。西成区の商店街が今後どうなっていくのか、継続してウォッチしたいところである。

潰れたパチンコ屋が“逃亡ベトナム技能実習生”の宴会場に! 移民タウン化する飛田新地周辺のいま へ続く

(安田 峰俊)

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