〈精子提供訴訟がニュースに〉「それでも私たちは個人間提供に頼らざるを得ない」レズビアンのカップルが子どもを望むときにぶつかる“壁”

〈精子提供訴訟がニュースに〉「それでも私たちは個人間提供に頼らざるを得ない」レズビアンのカップルが子どもを望むときにぶつかる“壁”

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決め手は「精子ドナーの顔が、保育園に通う息子に似ていたこと」…夫のDVで離婚した私がデンマークの「精子バンク」で娘を授かるまで から続く

?「精子提供」を巡って、いま国内が揺れている。1948年から第三者の精子を用いた人工授精(AID)を行ってきた慶応大学病院が、2018年に新規受け入れを中止。一方、SNS上には「精子提供します」と謳う、個人のアカウントが溢れている。(全3回の3回目/ #1 、 #2 より続く)

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 昨年12月、精子提供を巡る日本初の訴訟が世間を騒がせた。訴えを起こしたのは都内在住で30代の既婚女性Aさん。

 訴状によると、東京大学出身の夫との間に第一子がおり、二人目の妊娠を望んでいたが、夫に遺伝性の難病の疑いが判明。夫との子を諦め、2019年3月からSNSで精子提供者を探し、ある男性と出会った。のちにAさんに約3億3000万円の損害賠償金を求める訴訟を起こされる、20代の男性Bさんだ。

■ドナーの経歴詐称に動揺、生まれた子は児童福祉施設に

 Aさんはドナーに求める条件として夫と同等の学歴、未婚、日本人であることを最重要視していた。Bさんは京都大学出身を示唆し、未婚と説明。また氏名欄は隠していたものの勤務する大手生命保険会社の社員証を提示したため、Aさんは条件に一致すると判断。約10回のタイミング法を試み、同年妊娠した。

 精子提供の方法には、注射針のような器具に精子を入れて渡すシリンジ法もあるが(女性は膣内に自分で精子を注入)、タイミング法とは女性の排卵日に合わせた直接の性交渉である。

 ところがその後、男性が静岡大学出身で既婚者、中国籍であることが発覚。信頼関係が崩れたと感じたAさんは動揺するが、すでに中絶可能な時期を過ぎていた。産後、Aさんは「極度の精神的苦痛により養育が困難」と都に判断され、生まれた子は現在、児童福祉施設に預けられている――。

■個人間精子提供のリスクを案じる声も

 実はこの事件、Aさんが訴訟を起こす前から複数のメディアで報じられていた。『週刊女性』20年6月2日号の記事では、Aさんが妊娠後もBさんに関係継続を求めているLINEの文面を公開。AさんBさん双方に取材したうえで、AさんがBさんに恋愛感情を持っていたのではないかという見方が掲載されている。

 だがAさんは訴状で、妊娠後も連絡を取り続けたのは、Bさんの詐欺行為に対する情報収集のためだったと説明。本稿を書くにあたり、Aさんの代理人弁護士に取材依頼したが、依頼人の体調が回復するまで差し控えたいとの回答だった。

 事件が報じられると、ネット上にはAさんへの非難と共に、個人間精子提供のリスクを案じる声も溢れた。Aさんの事件で表面化したように、身元や精子の所見、感染症や遺伝病の有無といった情報は、ドナーの自己申告に頼らざるを得ないからだ。しかしそれでも、個人間の精子提供を求める女性があとを絶たないのは、なぜなのだろうか。

■快楽目的で、性交渉を迫るドナーも

 第一に、日本産科婦人科学会の方針により、医療機関での第三者の精子を用いた不妊治療は、男性不妊と診断された法律上の婚姻夫婦以外には、原則みとめられていないという実情がある(3月7日にまとまった生殖補助医療法の骨子案で、婚姻夫婦に限ることが法律上決定)。

 第二に、医療機関で第三者の精子を用いる際には、基本的にドナーの情報は血液型以外教えてもらえない。「身元の知れない精子を自分の身体に入れることは、女性にとって地獄」。筆者は、夫の不妊により、精子提供を受ける女性のこんな声を聞いたことがある。提供者の人となりを知りたい、そう願う夫婦が、リスクを承知で個人の精子提供に頼るケースは少なくないのだ。

 第三に、医療機関での不妊治療は費用が高額になる。今年4月から不妊治療に公的医療保険が適用となるが、第三者の精子を用いる非配偶者間人工授精(AID)は保険適用外に留められた(非配偶者間体外受精も)。一方、個人間の提供であれば、実費以外を受け取らない無償のドナーもいる。

 だが無償提供においては、心理的に男性優位になりやすいといわれる。女性がシリンジ法を希望しても「タイミング法のほうが妊娠率が高い」などと理由をつけ、快楽目的で性交渉を迫るドナーもいるのだ。

 さらにこんな問題もある。個人間精子提供では、女性側のリスクに注目が集まりがちだが、実はドナー男性の側にもリスクがある。

■提供したシングル女性から子の認知を求められた男性

 この連載を読んで編集部に連絡をくれた精子提供者ささぼん氏(26歳)が現在置かれている状況を知ると、それがよく分かる。精子提供したシングル女性から、生まれた子の認知を求められているのだという。ささぼん氏が精子提供を始めたのは22歳のときだった。

「人が生きるうえで重要なのは自分の種を残すことだと、幼いころから母に言われていました。精子提供によって自分の種を残すと同時に、相手の方の種を残すことにも貢献できると思いました」

 シリンジ法による提供で、レズビアンカップルとシングル女性に計3人の子どもが生まれ、さらに現在妊娠中の女性もいるという。

■合意書を交わしたとしても法的な効力は……

 精子提供にあたって、ささぼん氏は事前に書面での取り決めを交わしていない。なお、同じく連載を読んで連絡をくれた青森県で精子提供活動をするスタリオン氏(44歳)は、「精子提供者は生まれた子どもを認知しない」といった細かな取り決めを、事前に書面で交わしている。だが、この分野に詳しい法律の専門家は、

「たとえ合意書を交わしたとしても法的な効力は否定される可能性があり、女性側の気が変わったり、子ども自身がドナーに対し認知を求める調停や裁判を起こした場合、認知としての効果が認められてしまう可能性もあります。ただし、今後の裁判所の運用として、合意書の存在や、ドナーという特殊性を配慮するような判断になることは十分考えられます」と言う。

 ささぼん氏は話す。

「認知となると養育費の支払いや相続義務が発生しますが、僕は生まれてくる子どもの幸せを一番に願っています。そうしたリスクは覚悟の上でこの活動を始めました。

 今回は、妊娠後に『何か困っていることがあったら言ってください』と相手の女性に伺ったところ、認知の話が出てきた。子どもが自分の意志で父親を知りたいとなったとき、戸籍から僕を辿りやすくなるよう認知をしてあげたい気持ちはあります。相手の女性とは連絡を取り合いながら、今後のことを話し合っているところです」

 実はささぼん氏、この状況を母に打ち明け、理解を得ているという。母は息子の活動をどう思っているのか。書面で回答を寄せた。

「シングル女性が子どもを欲しいと思うとき、希望に沿った遺伝子を持つ男性を選びたいという気持ちはよくわかるし、認知に関しても、子どもの気持ちを思うとできれば小さいうちから父親と名乗ってあげるのはいいことだと思います。ただ、精子提供者には養育や相続の義務がないことなど法整備をして提供者を守らないと、精子提供者は激減していくでしょう」

 20年末に成立した生殖補助医療法では、〈妻が生殖補助医療で第三者の提供精子で出産した場合、同意した夫が父親である〉という親子関係が明記された。しかしこれは「夫」の存在が前提であるうえ、個人間の提供で生まれた事例に法整備が行き届くことは難しい。

 ささぼん氏は今後国が許可する精子の登録機関ができ、精子の質が担保され、提供者の立場も守られるのであれば、個人提供を辞めて登録したいと思っている。

 また生殖補助医療法の骨子案では精子売買の禁止を決定したものの、医療に対する法律のため、医療外で行われる精子提供は対象外だ。

「このままではポリシーのかけらもない無責任な提供者が増え続けるでしょう」とスタリオン氏は予想する。無秩序な個人間精子提供に、何らかのルール作りが必要ではないか。

■「この人に依頼したい」レズビアンのカップルにとっての決め手

 レズビアンの長村さと子さん(38歳)は、知人のゲイの男性から精子提供を受け、昨年12月に男の子を出産した。長村さんは性的少数者とその家族が安心かつ健全に暮らせる社会を目指し活動する一般社団法人「こどまっぷ」の代表で、LGBT界で名の知られた存在だ。パートナーの茂田まみこさんと子どもの3人で都内の一軒家で暮らす。

 長村さんは性暴力被害を受けた過去があり、男性に隣に座られただけで体が強張った。だが、ドナーとなった男性とは自然体で話せた。何よりその男性を茂田さんが受け入れてくれたこと、そして将来的に子どもが父親に会うことを希望したときは応じると約束してくれたことが、依頼の決め手になった。


 筆者はどうしても彼女に会いたかった。前号で登場した生殖補助医療法の発議者の一人である参議院議員の秋野公造氏は、第三者の精子を用いた生殖補助医療の対象を婚姻夫婦以外に広げるのが難しい理由として、「事実婚もレズビアンカップルも選択的シングルマザーも、第三者の精子で子を産んだ場合、子どもの親権者は産んだ女性のみで、仮にその女性が死亡すれば子どもの法的地位が不安定になってしまうから」と説明していた。

 この法案の方向性を巡り、秋野氏と面談を重ねてきた長村さんは、実際に生まれてくる子をどう守っていくのか。秋野氏は関心を寄せていたし、私も彼女の妊娠を知ったときから気になっていた。

 だが、当の長村さんは困惑している。

「生殖補助医療法に関わる議員さんのなかには、LGBTに理解の目を向けてくれる方もいるとは感じています。しかし、子どもの法的地位と言われても、仮に子どもと血縁関係がないパートナーの茂田が養子縁組したら、私から茂田に親権が移るだけ。同性婚を認めたうえで養子縁組し、共同親権を与えない限り、解決はしないのです。

 しかし、生殖補助医療法と同性婚の議論はセットで動いていません。現行の制度でできることがあるとすれば、私が死亡したときの未成年後見人を茂田にするということだけで、すでにその手続きはしています。私たちのような立場を、子どもの福祉のための事前準備をしていない無責任な人とする指摘もありますが、それは違う。やりようがないのです」

 レズビアンで子を望む女性のなかには、ゲイの友人と書類上の友情結婚をして、医療機関で人工授精や体外受精を行い、子を授かるケースもあるという。

「結局、婚姻夫婦ならハードルを飛び越えられるというわけです。今回の法案が施行されると、子を希望するレズビアンカップルやシングル女性の医療機関へのアクセスは完全に閉ざされるでしょう。ますます個人間提供に頼らざるを得ません」(長村さん)

■親戚からは、冠婚葬祭に呼ばれない

 茂田さんは産後の長村さんを気遣い、料理、洗濯、赤ん坊の風呂当番など大奮闘しているという。夜は赤ん坊と寝る係、二匹の犬と寝る係を順に担当する。

「昨晩はさと子が子どもと寝たのですが、今朝、二人の部屋に顔を出したら子どもが私を見てめちゃくちゃ笑ってくれて。血のつながりはなくても、オムツを替えたり、抱っこして泣かれたり、そんな日常の経験と時間を積み重ねながら、関係性を築いていくんだなと実感しています」(茂田さん)

 長村さんの実母も、茂田さんの家族も子どもをとても可愛がってくれている。

「ただ、私の親戚からは認めてもらえてません。兄弟の家族と違って、私たちだけ家族として冠婚葬祭すら呼ばれません。まるで空気のようにいないものとして扱われています。改めて、この子の権利がないということが本当に怖いと感じました」(長村さん)

 帰り際、道路までの通路の凸凹をベビーカーが通りやすいようにと茂田さんがDIYで黙々と整備していた。二人の日常に触れ、こんな言葉が思い返された。

「たとえばレズビアンのカップルに育児上何か問題が起きるときっと、それみたことかとニュースで大きく取り上げられるでしょう。でもそれは異性婚の夫婦でも同じように起きること。

 また、もしレズビアンやシングル女性の家庭で育つ子に問題が多かったとしても、彼女たちの子育てに問題があるというより、社会的な偏見や不利益による育てにくい状況が影響している可能性もある。それだけはないようにしていかなくては」

 岡山大学学術研究院保健学域教授でGID(性同一性障害)学会理事長の中塚幹也氏の言葉だ。

 生殖補助医療の骨子案では、今後治療の対象について5年をめどに検討することが示された。当事者にとって5年の歳月はあまりに長いが、法律を変えるのに5年で足りるだろうか。二人に生まれた赤ちゃんの幸せが、家の中から外へと、地続きに繋がっている社会の実現を願ってやまない。

うちだともこ/1977年山口県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、出版社勤務を経て独立。婦人科疾患、周産期医療、不妊治療を中心に取材活動を行う。

(内田 朋子/週刊文春WOMAN 2022春号)

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