眞子さんと小室さんだけじゃない…「国民の理解と納得」の外ですでに多様化している“現代皇室の真実”

眞子さんと小室さんだけじゃない…「国民の理解と納得」の外ですでに多様化している“現代皇室の真実”

2021年10月1日、結婚を正式に発表した眞子内親王(当時・写真右)と小室圭さん(写真左) ©文藝春秋

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 2017年9月3日、眞子内親王と小室圭さんの婚約内定が正式に発表された際、天皇陛下が結婚を認める裁可を行ったと発表された。皇族の結婚に天皇の裁可が必要なのは、明治時代に明治皇室典範で定められた「同等性の原則」に外れる身分違いの結婚を認めるべきではないという考え方が根底にある。

 しかし昭和の時代には美智子妃をはじめ、皇族の結婚相手の「平民性」がメディアなどで強調されて大衆の憧れの的となった。

 ここでは、元皇室記者の森暢平さんが皇室の歴史を“恋愛”という切り口で紐解く『 天皇家の恋愛 』より一部を抜粋。激しいバッシングを受けた眞子さんと小室圭さんの結婚は、歴史上どんな意味を持ちうるのだろうか。(全2回の2回目/ 前編を読む )

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■同等性原則の究極的解除

 同等性の原則から言えば、小室は同等性から大きく外れる「平民」である。父も母も、学習院を出たわけでもなく、経済界に華麗な血脈があるわけでもない。小室はICUに進学し、たまたま眞子内親王に出会っただけだ。2人は、互いの意思で交際を開始し、結婚すると決めた。昭和期であれば、2人の関係は恋愛と強調され、小室の平民性も賛美されたに違いない。

 明治期以降、11人の内親王が結婚した。内親王の結婚は必然的に「降下婚」になる。そのため相手との格差はなるべく小さいほうが好ましいと考えられてきた。戦前、内親王の結婚相手すべてが皇族であり、1966年までは旧伯爵家以上が選ばれたのはそのためだ。内親王の通婚範囲は、心理的には男性皇族より強い制限が掛かり、格差婚は避けられていた。

 皇族・旧華族以外と結婚した内親王は、眞子内親王以前、三笠宮容子(まさこ) 内親王と清子内親王の2人に過ぎない。ただ、容子内親王は茶道家元という伝統ある家の跡取りと結婚した。

 清子内親王の相手も、その平民性が結婚の前提となったわけではない。黒田の父祖はたしかに旧華族ではなかったが、その係累は旧華族とつながる。黒田自身、学習院大学を卒業している。黒田は秋篠宮と同級生であり、その信頼の厚さが結婚の背景にあった。学習院コミュニティーのなかでの結婚である。通婚制限は、戦前とは異なる形ではあるが、かろうじて守られていた。

 これに対し、小室は、過去の内親王の結婚相手とは大きく異なる。その家系は、日本の“セレブリティー”とは一切関係がない。

 同等性の原則を緩和してきた皇室の結婚の歴史から考えると、原則解除の究極の形が、眞子内親王と小室の結婚だった。

■皇族の婚姻の自由

「眞子さま問題」を語る際、「国民」という言葉が頻出する。歴史学者の小田部雄次は「今回の結婚を疑問視している国民は多い。皇室の方々にもプライベートはある。しかし「私」を抑えて人々のために活動することで、国民から崇敬の念を抱かれ、信頼を得てきた面がある。眞子さまの希望を優先した今回の結婚で、裏切られたと感じる国民もいるだろう」と述べる(共同通信原稿、『北海道新聞』2021年9月2日)。

 秋篠宮も「多くの人に納得してもらい喜んでもらう状況を作る」よう小室に求めた(2018年11月記者会見)。この「多くの人」が意味するところも、「国民」と同じであろう。

 これらの発言は、皇室が国民統合の象徴であるべきだとの理念に基づく。

 明治期から高度経済成長期まで、たしかに、皇室はこの国の人びと(国民)のモデルであった。しかし、人びとが多様化したいま、皇室は人びとの目指すべき理想の位置にはいない。そうだとすると、逆に、多様性そのものを象徴する皇室を目指す方向もあるだろう。

「国民」、場合によっては「世間」を背景に、伝統や公(おおやけ) 性を強調し、1人の女性皇族の自由を制限することが、これからの皇室にとって好ましいかどうかはよく考える必要がある。

 一般の人が結婚するとき、親など周囲の納得と理解が必要だとの考えも成り立つが、必須ではない。親や周囲が反対しても、憲法上、婚姻は両性の合意だけで成立する。親が勝手に婚姻相手を決めること、本人が決めた相手との結婚を妨害することは、婚姻の自由の権利に反する。

 男性皇族の場合、結婚相手は皇室に入る形となるため、たとえば外国籍のパートナーを選択することには問題が生じる可能性が出る。そこで、皇室典範は、男子皇族の婚姻に限り、皇室会議の議を経ると定め、婚姻の自由にタガをはめた。一方、女性皇族の場合、結婚すれば皇族でなくなるため、皇室会議の了承を得る必要はない。女性皇族の婚姻は、現行法下では自由である。

 ただ、女性皇族の婚姻の自由が、日本国憲法第24条に基づくかどうかについては憲法学者の間で議論が分かれる。天皇制は身分制の“飛び地”であり、憲法の人権条項は天皇・皇族には適用されないとの説が近年有力になっているのだ。

 恋とは自己決定である。恋愛に関する皇族の自己決定が、「国民」の納得と理解の名のもとに阻害される事態を、憲法学者たちはあまり重要視していない。私は、皇族の人権の観点から、憲法学者たちはより現実的な議論をすべきだと思う。

■ポスト近代の天皇制の問題

 21世紀、「国民」の輪郭さえ曖昧になっている。人びとのあり方は多様化・多元化し、「国民」という単一のアイデンティティーへの統合は難しくなった。そのようなときだからこそ、国民統合や公共性の最後の砦(とりで) である皇室に、人びとは期待してしまう。

 とくに1995年、阪神・淡路大震災やオウム真理教事件で日本の安心・安全が揺らいで以来、その傾向は顕著になる。経済分野の国際的な優位性は中国によって脅かされ、災害も続く。変化の時代には、変化の前の社会との連続性の感覚を求めるために、不変なもの、安定したものを人びとは欲する。不変と安定が求められるとき、皇室はその礎(いしずえ) になり得る。

 現代日本のなかで皇室は、伝統・正統性・ナショナリズムを感じるための重要なアイテムだ。21世紀への転換のころから、皇室への関心は高まっている。かつてのような平民性が強調されることより、権威性が重んじられることが多くなった。

 眞子内親王の結婚に、「国民」の理解と納得が必要と考える人は少なくない。それは、皇室が国民統合の中心にないと、この国がバラバラになってしまう漠たる不安が存在するためだろう。

 しかし、皇室に「国民」の総意が措定できたのは、国民国家の輪郭が明確であった大衆天皇制の時代までだ。21世紀の日本は、多様性の時代だからこそ、皇室という「たしかなもの」が逆に立ち上がる。ポスト近代の天皇制のパラドックスである。

 新聞やテレビなど主流メディアが主題的に報じることはないが、現実の皇室の家族はすでに多様化している。2014年に66歳で亡くなった桂宮宜仁(かつらのひとよしみや)親王に、事実婚の関係にあった女性がいたことは公然の秘密である。女性は宮家の私的職員の立場で、介護が必要な桂宮を長年支えた。

 三笠宮家を継承予定だった寛仁(ともひと) 親王はアルコール依存症のために信子妃との関係が悪化した。夫婦は2004年から一時期を除き別居状態にあった。2人の間の娘たちと信子妃との関係も悪くなり、寛仁親王の逝去(2012年)のあとも、信子妃は宮邸には戻らず、母と娘はなお断絶状態にある。

 三笠宮家に彬子(あきこ) 女王・瑶子(ようこ) 女王、高円宮家には承子(つぐこ) 女王という未婚の女性皇族が三人いる。2022年4月現在、それぞれ40歳、38歳、36歳である。とくに、彬子女王は英オックスフォード大学大学院で博士号を取得し、美術史の研究者として著書や論文を著すなどのキャリアを積んでいる。

 彬子女王が結婚を志向していないかどうかまではわからない。しかし、今後、非婚を宣言する皇族も現れるであろう。さらに、性的少数者であると周囲に伝える皇族が出てくる可能性もある。家族が多様化するなかで、結婚し子供をつくることが皇族の役割であった時代は終わっていく。

 かつて、家族の「理想」であった皇室は、いまは、人びとの「現実」の写し鏡である。事実婚、離婚の危機、非婚、晩婚、親子対立、不妊へのバッシング……。社会における家族のさまざまな問題が、現実の皇室でも実際に現れている。

■眞子さまの新型皇族愛(コンフルエント・ラブ)?

 英国の社会学者アンソニー・ギデンズは、サラリーマンと専業主婦からなる近代家族やロマンティック・ラブの理想は崩壊する傾向にあると指摘した。そのうえで、新しい愛の形態をコンフルエント・ラブと呼んだ(『親密性の変容』)。

 コンフルエント(confluent)とは合流する、融合するとの意味だ。コンフルエント・ラブは、相手の性格や人間性を知り理解することに重きを置く愛の形である。男性の年収・社会的地位、女性の容貌・優しさのようなステレオタイプ化した魅力ではなく、相手にどれだけ無防備な自分をさらけ出せるかによって愛情を測る。

 その際、関係の永続性は重視されない。関係に満足しない場合、別れる選択肢も取り得る。コンフルエント・ラブは流動的だ。こうした立場から見ると、離婚すれば社会的地位や経済的満足が低下するとの理由で、愛情がないまま婚姻関係を維持する夫婦こそ不純となる。

 そうした恋愛・結婚観の変化の時代に、眞子内親王に対し「それ相応の相手を選択したら」「周囲のアドバイスを聞いたほうがよい」と考えてしまう人は、依然として結婚という形式を重視する近代的価値観を維持している。だが、昭和的(近代的)説諭はもはや全面的には通用しないと思う。

 眞子内親王は、年収や地位や出自ではなく、ただ一緒にいて居心地がよいとの理由で、小室を選択したように見える。小室はかけがえのないパートナーであるはずだ。

 かつての皇室は、近代家族化のシンボルであった。その恋愛と結婚は、人びとの憧憬の対象となり得た。そうした時代は、恋愛と結婚の自由化が臨界に達したとき、終わりを迎えた。新しい時代、かつて近代家族の規範を示してきた皇室のありようも変化しなければならない。

 皇室の若い世代の恋愛・結婚に、人びとがどのような態度を示すのかは、これからの皇室に私たちが何を求めるのかという問題とつながる。

 皇室は多様な人生を生きるさまざまな人を包摂する存在へと変わるべきなのか、あるいは、従来どおりの伝統や家族の範を示すべきなのか――。

 恋する皇室/恋をしない皇室/新しい形の恋をする皇室……。若い皇族たちの生き方をどう考えるのか。皇室のジェンダー平等、皇族の自由をどう捉えるか。あるいは、伝統の継承や国民統合に皇室はどのような役割を果たすべきなのか。それを考えることこそ、皇室を社会のなかに抱える私たちの課題である。

(森 暢平)

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