「ゴリゴリの芸人観を捨てたのが10年前」プチ鹿島が“専門家じゃない人問題”に対抗するための時事ネタの扱い方

「ゴリゴリの芸人観を捨てたのが10年前」プチ鹿島が“専門家じゃない人問題”に対抗するための時事ネタの扱い方

プチ鹿島さん

「バイト辞めて生活できるようになったのは40越えてから」51歳の芸人が好きなことを仕事にできた理由 から続く

「エラい人が残さないなら芸人なりにこの国の有様を残しておく」。コロナ、オリンピック、岸田政権……新聞読み比べコラムをまとめた近著『お笑い公文書2022』でこう宣言した時事芸人のプチ鹿島さん(51)。「ゴリゴリの芸人観を捨てたのが10年くらい前のこと」という鹿島さんが、「専門家じゃない人問題」への考え、新聞やメディア、そして読者のアップデート論を語る。(全2回の2回目。 #1 から続く)

◆ ◆ ◆

■四国新聞の記者に直撃取材

――新刊にも収録されている昨年の衆院選「香川1区」ルポは、文春オンラインで発表された際にも大きな反響があったそうですね。これまでは新聞の「読み比べ」によって政局のキナ臭さや、政治家像を立体的に「ネタ」にするコラムが主でしたが、実際に現地に足を運ぶというのは新機軸でした。

鹿島 香川1区は大島新監督の『なぜ君は総理大臣になれないのか』で注目された立憲民主党の小川淳也氏と、四国全域をカバーする「四国新聞」オーナー一族の平井卓也元デジタル担当大臣がぶつかる選挙区で、さぞかし盛り上がるだろうと注目していたんです。そして何より、四国新聞の「平井推し」の偏向っぷりがすごくて、いったい四国新聞ってどんな取材をしているんだというのも、新聞好きとしては気になってました。

 それでYouTubeでの配信を一緒にやってるラッパーのダースレイダーと一緒に高松入りして、開票日には四国新聞の記者に直撃取材をしてみたり、その流れで本社を訪問してみたり質問状を送ってみたりと、かなり動いてみた甲斐もあって取れ高は大きかったですね(笑)。

――小川事務所で四国新聞記者を見つけたので鹿島さんが話しかけると、記者は逃げてしまう。それで追いかける鹿島さんと逃げる記者とで事務所をグルっと一周してしまったり。

鹿島 新聞愛あってこその「四国新聞取材」だったと思います。僕は芸人だから、こうした「由々しき問題」をいかにネタに調理して笑い飛ばすか考えなきゃならないと思っています。ただ、一方で笑い飛ばさずに残しておくべき事実は僕なりに書き残しておこうという気持ちも出てきたんです。新刊のタイトルに「公文書」って入れたのもその現れなんですけど、ここ数年、安倍・菅政権では笑い飛ばしたいけど看過できない問題が多発しましたよね。桜を見る会にしても、財務省の公文書改竄にしても、芸人としての僕がジレンマに陥るような、笑うに笑えない出来事でしたね。

――芸人でありながら、真面目なことを言っとかなきゃと思うジレンマ。

鹿島 そうですね。ジレンマは感じているんですけど、そこは人よりも新聞をじっくり読み比べして、記者の皆さんが取材して明らかにした事実をベースにし、各紙の論調を整理しながら僕なりに伝えるべきことを楽しく発信しているという自負にもつながっています。これは最近よく言われる「専門家じゃない人問題」に対抗する、自分なりのポジションでもあると思ってます。

■「専門家じゃない人問題」にどう対抗するか

――専門家じゃない人問題、ですか?

鹿島 たとえばウクライナ危機に関して、情報番組に出演している芸人コメンテーターが自分の主観やセンスだけで何かを述べていると、「なんでこの人が発言しているの?」という違和感についてSNSで言われますよね。

 これはそもそも、オウム事件のときにワイドショーに弁護士が出演し、関係ない芸能ニュースにもコメントしはじめたあたりからの流れです。別に芸人コメンテーターが増えるのはいいと思ってます。ただ、事実に基づいた感想なりコメントではなくて、主観やセンスだけが優先された発言がテレビで求められると確かに厄介だと思うんです。視聴者のほうにも「この人ならどう言う?」みたいな、のぞき見的な風潮が出てきちゃうのでしょうね。仕方ないですけどね。

――鹿島さんの場合はベースにある新聞報道をもとに「これってあり得ないですよね」「なんかおかしくないですか?」「出ましたいつものこの論調」という笑いに持っていく。

鹿島 話題にするにあたっては、事実をベースにするのが大前提です。見てる人も安心すると思うから。

■どこまでからかうか、風刺するか、批判するか

――時事ネタの難しさの一つに、どこまでからかうか、風刺するか、批判するか、その度合いの作り方があるのではと思うんですが、一番気をつけていることって何ですか?

鹿島 こう言うと当たり前ですが 「ユーモア」を大事にしていますね。子どものころ、父親が毎号買ってくる雑誌があって、それが「文藝春秋」と「中央公論」、そして「週刊朝日」だったんです。「週刊朝日」には巻末に山藤章二さんの風刺漫画「ブラック・アングル」が連載されていて、僕はまず、そこから読み始めてました。あの、ニヤッとさせる感じが好きだったんですよね。ネタにされた本人も思わず苦笑してしまうような、洒落た感じ。

――イラストやデザイン文字も相まって、絶妙な加減なんですよね。

鹿島 そうです、ブラックユーモアというものを教わった気がしますね。それから、歯医者さんの待合室で何回も読んだ『よりぬきサザエさん』からも「本人も思わず苦笑」の影響を受けました。アニメのサザエさんからはあんまり想像がつかないんですが、もともとサザエさんって朝日新聞の4コマ漫画だったので、自然と時事ネタが入ってるんです。70年代に発表されたものだと、オイルショックがどうして波平がこんなこと言って、みたいな。ですから、僕がネタをするときには人を槍で刺すような笑いにならないように気をつけています。

――対象を刺すようなものは、笑っているほうもどこか高いところから笑っているような後味の悪さを伴いますからね。

鹿島 好みの問題だとは思います。ただ、正論――というか正論とその人が信じているものを強めに押し出す芸風は、自分の芸風とは違うなとは思っています。

――ところで、先ほど話題にしたダースレイダーさんとのYouTube配信「#ヒルカラナンデス」は、新しい相方ができたような息のあったコンビネーションですよね。

鹿島 ラッパーという異分野ですが「気の利いた言葉が武器」という点が共通してるからこそ、ファンを獲得できたんじゃないかと思います。話のスピード感とテンポがとにかく心地いいと言われることも多い。ダースさんってなんでも知っているから、こっちも気兼ねなくアクセルを踏んで話を進めていける。あと、何より僕ら楽しそうでしょ? 政治ネタって楽しくて面白いし辛気くさいものではないんですよ。生活の延長なんだから。

 香川1区に行ったのも、ダースさんと「選挙特番を2人でやっちゃおうよ」という話から進んでいったもので。有料配信は2500人くらいが見てくれて、思いがけず一大興行になりました。

――注目の選挙区の野次馬に、みんななりたかったんですよね。

鹿島 野次馬感覚というのは結構大事だと思うんです。多少なりともそれに関心を持っているということですから。たとえば、次の選挙は投票に行ってみようかなとか、少し政治の動きに注意してみようかなとか、そういう気持ちの動きが誰かに起こっているなら、それはそれで意味のあることだと思いますし。

鹿島 僕は昔から選挙特番が大好きで、当選したての田中眞紀子さんが登場した『ニュースステーション』特番なんか最高でしたね。大学の演劇サークルで一緒だった久米宏さんとの丁々発止がすごかった。そこにプロ野球の阪神巨人戦情報が入ってきて、横には田原総一朗さんがいて……というゴチャマゼの面白さ。あれはフジテレビの24時間テレビ『1億人のテレビ夢列島』で初めてBIG3のたけしさん、さんまさん、タモリさんが一堂に会した、生放送ならではの「事件」に遭遇した興奮に似ていましたね。会っちゃいけない人同士が会っちゃってるところを目撃する興奮。

――まさに大島新監督の『香川1区』では、大島監督と平井卓也議員が議員会館で面と向かう場面があったわけですが。

鹿島 大島さんという人はとんでもない興行師ですよね。マッチメイクが上手い。長野で監督と対談したんですけど、楽屋で話していたら大島さんもプロレスが好きらしいんですよ。それで僕は納得しましたね、『香川1区』という作品は前作『なぜ君』の決着編という興行なんだと。いかにファンが喜んでくれるか、お客さんに楽しんでもらうか、映画館に足を運んでもらうかという部分もきちんと念頭に考えている大島さんはとても健全だと思いました。

――政治がテーマではありながら、重々しさや生真面目さとは違ったエンタメ要素が入っている。

鹿島 ドキュメンタリーだからといってそれが「事実や真実を追及するもの」と思われるのをどこか恥ずかしがっている感じがしますよね。大島さん自身が映画の中に登場しているのも「この映画はあくまで私の解釈なんですよ」と観客に伝えようとしているからじゃないでしょうか。僕の新聞読み比べコラムも、あくまで個人の見解ですという体裁は崩さないようにしていますから、大島さんと共振するところが結構あります。

■「逃げないでください!」首相会見で食い下がる理由

――これはあくまで自分の見解である、とはっきりと示しているのは、新聞で言えば署名記事になりますよね。鹿島さんは朝日新聞を「高級な背広を着たプライドの高いおじさん」、産経新聞を「いつも小言を言っている和服を着たおじさん」というふうに新聞をキャラ化していますが、記者個人個人についてはどうですか? キャラ立ちして行ったほうがいいのか、それともいわゆる客観報道に徹したほうがいいのか。

鹿島 首相会見があるごとに、どの新聞社の誰がどんな質問をしたかでSNSが盛り上がりやすくなってきました。つまり、記者個人の質問力がオープンに問われる時代になってきたわけです。記者の中にはそれをヒシヒシと感じている方もいて、2020年の8月に行われた安倍首相の囲み取材で「逃げないでください!」と食い下がった毎日新聞の宮原健太記者は、そこまでして頑張った理由を、報道陣は会見での「追及が甘い」という多くの指摘を受け止めたからと語っています。

 こうやって、記者自身がどんなことを考えて取材しているのか、失敗や反省そのものもオープンにしながら、それを踏まえて今度はこうやってみた、と取材過程そのものを見せていく報道というのは、もっと出てきていいんじゃないかと思います。そのほうが記者のみなさんの個性が発揮されていくと思いますし。

――東京五輪のスポーツ紙報道には、記者の声がかなりリアルに書かれていたものがあったそうですね。

■「頭の固くなった古い記者」の正直な気持ち

鹿島 読み比べしていて面白かったですね。たとえばサンスポがスケボーを「かつては不良がやる遊びのイメージ」「中高年には最も縁遠いスポーツだろう」と書いていて、さすが「和服おじさん」産経と嬉しく思いました。

 一方でスポーツ紙が変わろうとしている姿を垣間見たのが日刊スポーツの試み。スポーツ取材35年という超ベテラン荻島弘一記者が新競技であるサーフィンを取材して「勝つことだけを重視しない」そのカルチャーにショックを受けたことを正直に綴っているんです。「頭の固くなった古い記者に新しいものの見方、考え方を教えてくれた選手に感謝したい」と。

――謙虚に教わっていることを書いているんですね。

鹿島 「ごめん、知らなかったけど面白いねこれ」という正直な感じって好ましいですよね。これってさっきの宮原記者の「首相番なのに追及が甘くてすみませんでした」の感じに似ていませんか。新聞って伝統あるメディアですから、構えがどうしてもデーンとしている。だから僕は「おじさん」として新聞をキャラ化しているわけですが、新聞はもっとこんな感じで降りてきていいような気がします。「俺は全部知ってるぞ」という強いイメージじゃなくて、「ごめん、知らなかったけど面白いねこれ」的な態度。

――なるほど。逆に、新聞やジャーナリズムの良い面を伝えてくれる鹿島さんはおそらくメディアからするとありがたい存在で、ともするとひとりの読者の存在を超えて、権威化してしまう可能性もありますよね。そういう側面についてはどう考えていますか?

鹿島 それは、ありますね。だからたとえばロシア情勢について取り上げるなら、記事を吟味して「ウクライナ侵攻を東京スポーツはどう報じたか」みたいに、相変わらずやるつもりです。

――在野であり続けないといけない。

鹿島 そういうことです。朝日新聞デジタルが僕をコメンテーターに起用してくれましたけど、あくまでオマケだと思ってます。朝日など一般紙にエラそうな態度があったら当然今後もネタにしていくし、東スポとかゲンダイをよだれを垂らして楽しむ、基本は忘れることはないです。

――東スポって大事なんですね。

鹿島 大事ですよ、まさに在野精神です。

――そう考えると新聞も読者も、こうでなければならない、という縛りからまずは解放されるべきじゃないかと。

鹿島 アップデートには勇気が要りますが、おじさんになってからこそ、変わりようがあると思います。これは人間だってそうですよね。僕もゴリゴリの芸人観をいったん捨てたのが10年くらい前のこと。人はいつだって、変わろうと思えば変われるんだと思います。ダジャレ見出しが飛び交う「ザ・オヤジジャーナル」のスポーツ紙だって、変わろうとしているんですから。

写真=佐藤亘/文藝春秋

(プチ鹿島/文藝春秋)

関連記事(外部サイト)