全国の犯罪者が集う“ヤクザ牧師”のヤバすぎる半生「シャブの快感は頭皮にまで達し」「200万円で奥さんを売春宿へ」――2021年BEST5

全国の犯罪者が集う“ヤクザ牧師”のヤバすぎる半生「シャブの快感は頭皮にまで達し」「200万円で奥さんを売春宿へ」――2021年BEST5

進藤牧師 ©文藝春秋

2021年(1月〜12月)、文春オンラインで反響の大きかった記事ベスト5を発表します。ライフ部門の第3位は、こちら!(初公開日 2021年11月7日)。

*  *  *

「刑務所から出てきてソープランドに行かなかったのは今回(3回目の出所)だけ。クリスチャンになってもアメリカの(エロ系)動画サイト、最初は見ちゃったよ。それが5秒になって3秒になって、今はもう見ません」

 9月末のある日。埼玉県川口市の教会「罪人の友 主イエス・キリスト教会」では、新型コロナウイルス禍の影響で、オンライン礼拝を行う進藤龍也牧師(50)はこう語って礼拝者の笑いを誘った。

“下ネタ”が飛び出すなど、厳かなイメージの一般的な礼拝とは趣が異なる。見守っていたスタッフからは「女、と言わないで女性といいなよ」などとダメ出しも入った。

 しかし聖書の解釈を、身近な例を上げながら平易な日本語で、まるで友人に語りかけるように語るのが印象的だった。その面持ちは極めて真剣。カメラの向こう側でそんな礼拝に耳を傾けるのは、元ヤクザのほか薬物などで実刑判決を受けて出所し更生を目指す老若男女だ。

■進藤牧師に救いを求めた「九州3児遺体事件」の被告

 2021年2月に、養子の大翔くん(ひろと・当時9)を暴行の末に死に至らしめ、その10日後に心中するために実子である蓮翔ちゃん(れんと・当時3)と姫奈ちゃん(ひな・当時2)を絞殺した九州3児遺体事件の田中涼二被告(43)も、かつて進藤牧師を頼った一人だった。

 約20年前には“太宰府の女帝”山本美幸被告=懲役22年の有罪判決、控訴中=と結婚して残虐な暴行・恐喝に手を染めていた田中被告。山本被告の父親に誘われて同じ組に入り、覚醒剤を自ら使用するなどして複数回逮捕された後、約8年前にヤクザを辞めた田中被告は福岡から逃げ、地縁のない埼玉県にあった進藤牧師の教会の門を叩いた。

 田中被告は進藤牧師らを通じて職を見つけるなど、世話になりながらも借りた金を返さずに姿を消した。そんな田中被告について進藤牧師は 以前の記事 でこう語っている。

■田中被告の現在「子供達の為だけに祈り続けたい」

「彼は嘘もつくし見栄も張る。でも正直な部分も持ち合わせている。彼は本当に子供が好きだったが、親の愛情を知らないままに育ち、愛し方がわからなかったのではないか。亡くなった子供のためにも刑務所の中で更生させたい」

 そして10月中旬、福岡拘置所で過ごす田中被告に面会した。

 面会後、しばらくして田中被告から手紙が来た。そこで田中被告は《(事件を起こした自分にも)1人じゃないと言ってもらえる人がいるんだと思うと本当に涙がでました。今は(差し入れの)聖書をむさぼるように読んでいます。子供達の為だけに祈り続けたいと思います》と綴られていたという。進藤牧師は「直接面会してなければ、(出来すぎた展開なので)私も疑ってしまいますよ」と笑う。

 元ヤクザや受刑者といった荒くれ者たちが進藤牧師を頼る理由は、彼自身もかつて指定暴力団に所属していた“元ヤクザ”だからであろう。進藤牧師の左手の小指の第一関節より先はなく、自身も3度の服役を経験している異色の牧師なのだ。

 キリスト教の礼拝に限らず、進藤さんの壮絶な過去の実体験をベースにした講演も人気で、新型コロナウイルス禍に見舞われる前は全国各地の中学や高校、刑務所などで行われていた。アメリカやフィリピン、韓国など海外の刑務所などにも多く呼ばれていたという。

 オンライン礼拝後、進藤牧師がなぜクリスチャンに、更には牧師になり、元ヤクザや受刑者の更生への支援をするのか、話を聞いた。

■「遊びまくり、喧嘩しまくり」がなぜ牧師に?

 教会のある川口市で生まれた進藤牧師は、想像通りのやんちゃな少年期を過ごしたという。

「遊びまくり、喧嘩しまくり。ディスコも行きまくりました。高校は1年生の2学期で退学になりましたね。人を笑わせるのは好きで、お笑いの世界に行けたらなあ、とか漠然と考えていた時期もありました」

 しかし、進んだ道はヤクザの道。18歳ごろにスカウトされたことで門を叩いた。ヤクザの世界は肌に合っていたようだ。

■「200万円で妻を売春宿へ」「覚醒剤を打ちながら博打」

「喧嘩も強くなかったけど、先手必勝。一撃で相手をしとめる。自分より年下の人間も呼び、下仕事はやってもらう。要領が良かったんですかね。200万円で2番目の奥さんを売春宿に売り飛ばす名目で金だけ取って、実際には売り飛ばさなかったり……。悪事という悪事はすべてしたような気がします」

 進藤牧師は頭をかきながらそう明かす。

 初めて覚醒剤に手を出したのはヤクザになる直前の17歳の頃だった。手放せなくなり、覚醒剤を打ちながら長時間のチンチロリンや花札といった博打などに興じていたという。

 しかしほどなくして警察に捕まり、22歳で覚醒剤使用の罪で実刑判決を言い渡された。2年超の懲役を経て仮釈放されると、またも覚醒剤を打ち続ける生活に戻った。売人を主な“シノギ”にして、抗争に明け暮れる中、覚醒剤の譲り渡しの罪で、再び実刑判決を受けて秋田刑務所で服役した。

 秋田刑務所では後に運命を変える「キリスト教」に触れる機会もあったが、そこでの牧師の話は馬の耳に念仏状態だったという。

■刑務所はヤクザにとって“社交の場”

「キリストクラブというものがあったのですが、牧師の説教はみんな聞き流していました。それに、ヤクザにとると“社交の場”でしかなかったですね。同じ組の友人とヒソヒソ情報交換をしていました。最初にキリスト教に触れたという意味では、まわりまわってあの牧師の説教が今の俺に繋がっているわけですが」

 2回目の服役を終えて出所すると27歳。刑務所で出会った兄貴分の組の立ち上げに関わり、組長代行に「出世」した。ヤクザとしての肩書を手にした上、販売ルートは2度の懲役で出会った受刑者を顧客にすることで急拡大。働き盛りの年頃だったこともあり、「仕事」は軌道に乗っていく。

■身も心もヤクザに「ノミとトンカチを準備して指詰め」

 進藤牧師の左手の小指は、この頃に詰めたという。

「酒酔い運転で事故って、組の車を大破させてしまったんですよね。当時、俺の喧嘩が組同士の抗争になったりもしていて、もう落とし前をつけるしかないと思って。ノミとトンカチは準備しましたが、なかなか自分ではできなくて。知人に介錯を頼みました」

 自らの指詰めという決断をするほど、考え方も行動もヤクザに染まっていた。そしてまたも、覚醒剤が進藤牧師を蝕んでいく。

「2回の服役に懲りて、今後、覚醒剤は売るだけで自分は使わないと決めたはずだったのにやはり手を出してしまった。人間って本当に弱いんですよ」

■覚醒剤依存の実態「シャブの快感は頭皮にまで達し…」

 進藤牧師には著作も複数あり、そういった過去について赤裸々に明かしている。うち1冊から象徴的なシーンを抜粋しよう。 

《目覚めるのはいつも夕方の4時ごろだった。寝ている間にシャブが切れ、寝起きはいつもだるかった。動きが鈍くなった体に力を入れ、ベッドからどうにか這い出ると、私はいつも内縁の妻に食事を用意させた。メシが済むと、今度はシャブと注射器がしまってある棚に手を伸ばした。食後のタバコと一緒で、満腹になるとすぐにシャブを打ちたくなった。起きてから1発目のシャブは本当によく効く。その快感を最大限得られるように、最初のシャブはいつも濃い目に作った。(中略)シャブを血管に打つと、血液の流れに乗って心臓のほうへ向かい、ボンという感じで心臓に入っていくのがわかる。その瞬間、さきほどまで感じていた体のだるさが一気に抜け、体が軽くなって活力がみなぎってくる。シャブの快感は頭皮にまで達し、頭の毛穴が開き、頭髪が逆立つような感覚が毎回全身を駆け巡った》(「人はかならず、やり直せる 前科7犯ヤクザだった牧師からのメッセージ」より)

 このような生活が続くわけもなく、進藤牧師の人生は徐々に追い込まれていった――。

( 続き を読む)

(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))

関連記事(外部サイト)