「吉原のソープランドも辞めた」薬物乱用、度重なる整形、入れ墨、過食…“依存症子”が30歳で堕ちた「ドン底」――2021年BEST5

「吉原のソープランドも辞めた」薬物乱用、度重なる整形、入れ墨、過食…“依存症子”が30歳で堕ちた「ドン底」――2021年BEST5

30歳頃にいれた入れ墨

2021年(1月〜12月)、文春オンラインで反響の大きかった記事ベスト5を発表します。インタビュー部門の第2位は、こちら!(初公開日 2021年11月28日)

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 あらゆる依存症に苦しんだ「依存症子」こと、湯浅静香さん(42)。現在は「「私のクソみたいな人生を明らかにすることで、今同じような悩みを持つ人やその家族の力になれるかもしれない」と、これまでの半生をブログなどで公開している。

  #1 では虐待を受けていた幼少期から、薬物やギャンブル、売春に手を染めた20歳頃までの自堕落な生活について語っている。

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■毒キノコ、LSD、覚醒剤…「違法薬物はなんでもやりました」

「今となっては恥ずかしいのですが、当時は止めなきゃなと思いながら、どこかでまだ若いししょうがない、楽しいことだけをやっていればいい、と舐めた考え方に支配されていました」

 違法薬物に手を出していた湯浅さんが、当時ハマっていたのが「薬物を摂取して観るアニメ」だったという。マジックマッシュルームを食べた後、アニメ映画「シュレック」のお姫様の映像を目にし、そのあまりの美しさに我を忘れたのだという。

「毒キノコ(マジックマッシュルームの俗称)に向精神薬に覚醒剤。なんでもやりました。LSDも印象的ですね。幻覚が別格に楽しかった。

 当時流行していた『新世紀エヴァンゲリオン』で、主人公の碇シンジの手の甲から綾波レイがたくさんでてくるシーンがあるんですが、LSDをやって見ると、その数が更に増える。『攻殻機動隊』では光学迷彩という人が消えるスーツがあるのですが、LSDをやっていると消えたはずのその人の実体が見えるんです。私ってすげーって。

 小指の先くらいの紙片に染み込ませてあったLSDは1枚2万円くらいして、金はかかりましたが、金払いのいいヤクザによくモテたので、何とかなっていました」

■整形はやればやるほど止められなくなった

 23歳の頃に豊胸手術を受けたことをきっかけに、整形にもハマってしまったという。

「ガリガリで胸がないのがコンプレックスだったので、入れてしまおうと。それで拍車がかかって整形もしました。そこまでブサイクでもなかったと思うのですが、向精神薬などのおかげで痛みにも鈍感だったし、整形手術も苦じゃなかった。

 まずは鼻を高くして、黄金ライン(鼻の頭と顎先を結んだ直線上に口先がかからない)を目指して、顎を前に出すためにプロテーゼを入れました。二重の幅も広げたし、もちろんボトックス注射もしましたよ。やればやるほど、止められなくなりました」

 しかし、26歳の頃には「ちゃんと付き合った」という同年齢の男性がいた。キャバクラは辞めて、パチンコ店でのアルバイトなどを始めたが、薬の影響で情緒不安定になり、どのバイトも続かなかった。男性にも、愛想をつかされた。

■「フリスクみたいに」薬物を大量に摂取

「仕事をしても、何も続かないんです。男性にふられて自殺未遂もしました。薬の量も種類も増えて、フリスクみたいにデパスとかベゲタミン、サイレース、エリミンといった薬をたくさん摂取していました。自分でも自分の言動がよく分からなくなっていて。この頃に入れ墨を入れ始めて、5年くらいかけて31歳くらいのときに今の全身入れ墨状態になりました。細かいことは薬のせいでよく覚えていませんが……」

 その後キャバクラに戻るが、常に酩酊状態で支離滅裂な言動を繰り返す湯浅さんには、接客業をこなすことはできなかった。客はどんどん離れていった。

「20代前半の頃は若かったから、多少薬をやっていておかしな言動があっても、お客さんも許してくれていたんだと思います。しかし20代後半に差し掛かって、客も冷たくなった。昔はキャバクラでの接客だけを頑張っていたのですが、この頃には裏引き(※店以外でも対価を得て客と会うこと)もバンバンして、客と寝たり、あらゆることをしてお客さんを増やそうとしていました。

 でも、そんなことをしているとどんどん信頼をなくすんですよね。私がいるからキャバクラに来ないという人もいる始末でした。そこで六本木や銀座など東京の店に移ってみましたが……。もちろん、そこでもうまく行くはずありませんよね」

■覚醒剤で亡くなった女友達「私のせいだ」

 湯浅さんは次第に孤独を深めていった。しかし数少ない友人もいた。パチンコ店でともに働いていた後輩女性だ。しかしこの女性がきっかけで、すでに極めて危うい状態であった精神のバランスがさらに崩れてしまう。

「私のところへ睡眠薬をもらいに来ていたパチンコ屋の店員だった若い子がいたんです。私は裏ルートでいろいろな薬が手に入りましたから。その子はすごく可愛い子だったので、私が勤めているキャバクラにスカウトしたんですね。

 でもどうゆう経緯か、お客さんの影響でシャブ中になってしまった。私も覚醒剤はやっていましたから、この頃もどれだけ怖い薬物なのか頭ではわかっていたんです。だから『あんたは絶対に手を出しちゃダメ』と伝えていたのですが……。覚醒剤から抜け出せず、生活もどんどんおかしくなって、あるときに自殺してしまって。本当に可愛い子だったのに、私のせいだと思い詰めました」

 入れ墨が全身に行き渡った31歳のころには、キャバクラで働くことはもはやできなかった。転落の始まった人生は、どんどん深みにはまっていく。

■夫との出会い「2年で3000万円貢がせた」

「もう身体を売るしかない、と吉原のソープランドで働きました。普通の仕事なんてできるはずもないから、仕方ない。豊胸と入れ墨が足を引っ張ったけど、お客さんが1回で6万〜8万円ほど払う高級店に採用されました。ですがケーキをワンホール一度に食べるような過食やオーバードーズは止められず。薬のせいもあって、ソープでも人を裏切ってばかりでした。もうわけが分からなくなっていたころ、いまの旦那と結婚することになり、1年もしないくらいでソープは辞めました」

 湯浅さんが夫と出会ったのはこの数年前、まだ銀座のキャバクラに勤務していたころのことだ。夫はある士業で働く「ごく普通の人」。金銭的な余裕があったため、湯浅さんに“貢いで”いた。湯浅さんが違法薬物で酩酊しても、なぜか離れていくことはなかった。

「当時、すごい金を使わせていたんです。2年で高級車とか合わせて3000万円は使わせたんじゃないかな。これだけやっていると結婚詐欺とか言われそうで、自分から『結婚しないか』と言いました。それで結婚することになったのですが、いま振り返ると、旦那がなんであんな状態の私と結婚しようと思ったのか、謎ですけど(笑)」

■退屈な結婚生活で“万引き依存”を発症

 転落し続けていた人生が、夫との結婚によって好転するかに思えたが、湯浅さんの転落は加速していった。

「結婚生活がめちゃくちゃつまらないんです。本当だったらどうしようもないクズの私を引き上げてくれる素晴らしい夫だと感謝すべきですが、当時の私はなんでこんなつまらない人生を送らなきゃいけないんだろうって腐っていました。仕事をしなくてもお金もあるし、恵まれているはずなのに。それでまた薬に手を出しました。ドクターショッピングと言って、薬をもらうために医者をはしごするんです。結婚してからが一番薬に依存したんじゃないですかね。日々の暮らしに刺激がなかったから」

 実は湯浅さんは、ここまで刑務所に入る憂き目には合わずにやってきた。しかし33歳にして、高校生以来の万引きに手を染める。当時の湯浅さんにとって万引きのスリルは刺激的で、ほどなくして万引きを繰り返してしまう精神疾患、いわゆる「クレプトマニア」に陥ってしまった。そしてついに、執行猶予もお構いなしに万引きを繰り返したことで、懲役2年半の実刑判決が下るのだ。

(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))

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