「タイヒ! タイヒ!」甲板上は鮮血が流れ、絶叫と悲鳴でごったがえして…第二次大戦下の太平洋で日本軍が体験した“地獄絵図”

「タイヒ! タイヒ!」甲板上は鮮血が流れ、絶叫と悲鳴でごったがえして…第二次大戦下の太平洋で日本軍が体験した“地獄絵図”

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 長野県松本の郷土部隊として前線へと動員された「松本百五十連隊」。太平洋における日本海軍の最大の根拠地であるトラック島へと向かった彼らを待ち構えていたのはアメリカ軍からの魚雷攻撃だった……。

 ここでは、『あゝ野麦峠』で著名な作家の山本茂実氏が当時出征していた人々の生の声を記録した『 松本連隊の最後 』(角川新書)より一部を抜粋。トラック島への上陸を目指す輸送船「暁天丸」で起こった悲劇について紹介する。(全2回の1回目/ 後編 を読む)

◆◆◆

■一瞬にして変った地獄絵図

 魚雷攻撃をくった〈暁天丸〉では――

 あすの午後は目指すトラック基地に到着するというので16日の夜は、ほとんど全員甲板に出て、受け持ち区域をきめ、見張りを続けていた。「12時過ぎたら、まず大じょうぶだろう」といわれていたが、その12時もどうやら異常なく過ぎて、やれやれと一部を残して床についた。

 北野粂治中尉(松本市新町)は、ガソリン臭いむしぶろのような船室に入るのをためらって、12時を過ぎても警戒態勢のまま、すずしい甲板にそのままゴロ寝していた。南十字星が左舷に青く輝いていた。その時、ゴロ寝しているまわりをネズミが1匹、チョロチョロといったりきたりしている。

「うーん! これはエンギがいいゾ!」と一人でつぶやいた。ネズミがいるうちは、まず船は安全だろう、という希望的観測からである。それから、どのくらいうとうとしたかよく覚えてもいない。第一発の魚雷が三番船倉にグワン! ときて、まっかな火柱を吹き上げた瞬間に意識を失ってしまった。

 あとから考えてみると、何かぼやっと夢をみているようで、お寺の山門を入ったり出たり、そのうちに本堂の前までたどりつく、これが死というものか、これなら楽なものだナ……と、そんなことをぼんやりと考えていたという。その時、第二発目の火柱が上がって、こんどは背中をどんとやられ、それで意識をとり戻した。この時はもう、あたりはふた目と見られない地獄絵図と化していた。魚雷は船の中央に当たったが、機関部をはずれたもようで、すぐ沈むことはないことはわかった。そのうちに兵隊がみつけにきた。

 船倉を甲板の上からのぞいてみたら、まさに阿鼻叫喚。それもそのはずである、寝台になっていたカイコだなが魚雷の衝撃で落ち、そこに寝ていた兵隊をいっきに押しつぶしたのだからたまらない、助けを呼ぶ断末魔の叫び声、うめき声が一度にものすごい騒音となって響いてき思わず顔をそむけた。そこへ第二弾の魚雷が命中した。ものすごい火柱とともに人間をいっきに吹き上げたのである。しかもその横腹にあいた魚雷の爆破口からは、こんどはドッと海水が滝のように流れ込んだ。地獄絵図とは、まさにこのことである。

「助けてくれ!」

「助けてくれ!」

 その悲痛な声も流れこむ怒濤にのまれて、しだいにたえだえになって、もはや手の施しようもなくなっていた。しかし大隊長・長沢省一郎少佐は、船長からまだ30分は沈まないことを確かめると、ただちに各中隊に伝令を飛ばして、

「これ以上、本船に止まることは危険である、各隊はおのおの兵員をまとめて退船せよ!」と繰り返し厳命した。

「タイヒ! タイヒ! タイヒ!」

 と呼び回る各指揮官。退避を告げる突撃ラッパが、まっくらな上甲板で吹奏されたのはこの時だった。しかし船倉にはまだ、下敷きになった負傷者の悲痛な叫び声とうめき声は続いていた。

■阿鼻叫喚

 魚雷の衝撃で1時に船内の電灯が消えた。

 ものすごいごう音と悲鳴の中で、二中隊の市川義久上等兵(佐久市野沢町原)は三番船室の壁にたたきつけられていた。まっくらで何が何だかさっぱりわからないが、胸をひどく打ったらしい。石炭ガラの爆風で顔から体じゅうがまっ黒になっていることに気がついたのは、しばらくたってからだった。船倉には粉末石炭が満載されていた。その上に兵隊たちは寝ていたのを、魚雷をくった瞬間石炭とともに吹き上げられたものらしい。どの顔も石炭でまっ黒の上に血が流れ出して、明るかったら見られたものではなかったに違いない。分隊員の顔はどこにもなかった。

「みんなやられたのか?」

「おーい!! みんなどこへいった?」と叫んだような気もするが、言葉にならなかったかも知れない。付近に倒れているまっ黒な顔を一つ一つ起こして回ったが、だれだかわからない。死んでいるのか、生きているのかさえわからなかった。なまなましい血の匂いが硝煙とともに船内にただよって、一時の衝撃が去ったら悲鳴と絶叫がどっと船倉内を包んでしまった。

 倒れていた石炭の顔が全部起き上がって戦友をよびだした。暗闇に目がなれてきて、うす明かりにすかしてみると軍服は破れ、足をむしり取られた者、軍需物資の下敷きになった者、首のふっとんだ者、床板は血が流れていた。市川上等兵はようやく意識をとりもどしてわれに帰ると、もうじっとしてはいられなかった。胸の打撲をこらえ、頭と手から出る血を手ぬぐいを破ってしばると、分隊員をさがしにかかった。

 分隊長が生死不明なら、自分は「小銃士一番」、分隊長の指揮をとる責任がある。胸や傷の痛みも忘れて立ち上がった。しかし、上から落ちてきた荷物と下から吹き上げた石炭の中に埋まった戦死者、断末魔の悲鳴を上げている負傷者の間をぬって人をさがすことは無理だった。いくら呼んでも、騒音の中で届くはずもない。

 甲板で吹いた突撃ラッパをきいたのはその時である。

「二中隊、田中隊は船尾に集結せよ、田中隊は船尾に行け!……船は後10分で沈む、急げ!! 急げ!!」

 気ちがいのように叫ぶ声を聞いたのもその時だった。

「出られるものだけ早く出ろ!!」

 甲板の上から叫んでいるが、この負傷者をいったいどうするつもりなのか? 市川上等兵は怒りがこみ上げてきた。「バカヤロー!」と叫びたい気持ちをこらえて気ちがいのようにあたりをさがし回った。しかし自分の分隊員はどこにも見当たらなかった。船が左舷に傾きだして、海水がどっと入ってくるのがよくわかった。

「この負傷者をおいてはおれは逃げられない。逃げたところで、助かる見込みはないものを死の間際にもがくのはよそう……」そう考えたら、急に気も楽になった。海に飛び下りたところで、おれは金づちで泳げるわけでもない。しかし甲板からは「何をぐずぐずしているんだ、早く上がれバカヤロー早く!! 船が沈むぞ!!」その声を聞いた時、市川上等兵は本能的に縄バシゴにしがみついていた。

 それからはただ夢中だった。甲板の上に出たら、木村准尉がかけよって来て「よく上がって来た!! よかった、よかった」と肩をたたいてくれた。船はもう3、40度も傾いて転覆寸前になっていた。

 甲板につないであるダイハツ(上陸用舟艇)のロープを第三中隊長、林市雄大尉(伊那市東春近)が軍刀を抜いて切り落としたのも、この時だった。ダイハツは海面に落ちて浮いた。

■生か死か人間最後のあがき

 そんなころ三番船倉にいた二中隊田中隊の依田盛男一等兵(北佐久郡浅科村八幡)も石炭粉の中にたたきつけられていた。

「これでおれもおしまいか!」と思い、「助けてくれ!」という声さえはじめはすぐには出なかった、しかしまもなく持ち前の楽天性と、何くそ! という負けずぎらいの根性を盛り返して、ついに荷物の下からはい出した。突撃ラッパをきいたのはこの時である。「こんなところで死んでたまるか」彼は必死になって暗がりを手さぐりでかき上がろうとした。しかし、縄バシゴは吹っとんでなかった。

 これまで輸送船団が魚雷攻撃を受けた経験を生かして、階段をやられても縄バシゴで上がる訓練をしてきたが、実際には爆風でむしり取られて用をなさないことが多かった。しかたがないから、荷物の上や倒れた柱を伝わって甲板へはい上がろうとするが、そこは人間で身動きもできずおまけにつかまるところもない、上にいるものの足につかまる結果は引きずり落とすことになった。どっと数人がまた船倉へ転落していく。文字どおり生か死か人間最後のあがきであった。

 身を支えるわずかな手がかりに一本のビョウや突起をめぐってすさまじい闘争が続けられていた。

「おう堀内! きさまも生きていたか?……」

「依田! 生きていたか、よかったよかった」

 甲板に出て二人は思わず抱き合っていた。

■兵器の浮き袋を体に巻き付け…「沈む兵器に浮袋がいるか!」

 第二中隊第一小隊長の小松中尉(松本市浅間)がクレーンの下敷きになって死んでいるのをみたのもこの時である。

「木村准尉(小諸市本坂町)はどうした?」

「いまそこで会ってきた、生きてるゾ」

 堀内一等兵(佐久市)は言った。甲板上は鮮血が流れ、絶叫と悲鳴でごったがえしていた。

「タイヒ! タイヒ!」しかし、救命具は爆風で吹きとばされて、二人とも持ってはいなかった。とその時依田一等兵は何を思ったか、そこにあった山砲の大きな浮き袋をとって体に巻きつけ始めた、堀内一等兵はびっくりして、

「依田! きさま兵器の浮き袋をとるとは何ごとだ!」と目の色を変えて引き止めた。しかし、彼はそれには答えようともせず、さっさと体につけ終わると、堀内一等兵への答えの代わりに大声であたりにさけび回った。

「救命具のないものはここに集まれ! 救命具のないヤツはないか!」

 堀内一等兵は、彼が何を考えていたかをはじめて知るとともに、そのす早さに目をみはって、彼に続いて海に飛び込んだ。かくして大きな浮き袋の周囲には10名近い兵隊がブカブカ浮いていた。彼はきっと「沈む兵器に浮袋がいるか!」と言いたかったのかも知れない。

「オレたちは大勢の戦友を置き去りにして退船するんだ、せめて甲板にたどりついたヤツでも救えるものなら救うべきじゃないか。それに優先する兵器もくそもあるものか! 兵器より人間の命がよっぽど大事だ!」依田一等兵はそう言いたかったにちがいない。

■負傷者を筏にしばりつけろ

「――これからの指揮は私がとる。ボートを出したり勝手な行動はいっさい許しません!」

 でっぷり太った〈暁天丸〉の船長は、陸軍の将校に向かって厳然と言い切った。そのことばは、海に長く生きてきた男の誇りと自信に満ちていた、ただあわてふためいているだけで何もできない陸軍とはいい対照だった。

「まだ船は30分は大じょうぶ沈みません、負傷者と病人を早く筏にしばりつけてそれが終わったら退船――とにかく船から50メートルはなれてください」

 突撃ラッパが吹かれたのはその直後だった。

「ボートとイカダは負傷者を乗せろ! 元気な者はボートに乗るな! あわてることはない!」

「本船はまだ30分は沈まない、負傷者をイカダにしばりつけろ!」

 名前もわからないが、でっぷり太った〈暁天丸〉の船長は必死に叫び続けた。それをまのあたりにみているうちに、小出勇三一等兵(埴科郡戸倉町)と山田智一等兵(諏訪市長地)はただうろたえていた自分が心から恥ずかしくなってきた。「おちつけ! おちつくんだ! これじゃ陸軍の恥だ!」船倉からの悲鳴と騒音の中で自分にそう言いきかせ続けた。

 彼らは中隊を離れて、昨夜来上甲板の司令室に勤務していたが、魚雷を食った瞬間、通信機能が停止してうろたえていたのである。そのわずかの間にみた海の男――〈暁天丸〉船員たちのあの腹のすわった機敏な動作に二人は今さらのように目をみはった。しかし時は一時の猶予もなかった。「オレたちももうこうしちゃいられない、負傷者をかつぎだそう!」「うん!」と山田上等兵が答えた。その時である。第二発目の魚雷が命中してまっかな火柱を高く吹き上げた、瞬間二人は甲板にたたきつけられていた。バリバリと船体のきしむ音が同時だった。

 ふたたび起きあがったとたん、こんどは異様な物体(?)が小出一等兵にしがみついてきた。見れば先ほどまで艦橋で機関銃小隊を指揮していた若い見習士官だった。顔が半分むしりとられて血が吹き上げていた。それでもまだ生きようとするのであろう。両手で強く抱きついてはなさなかった。二人の全身は鮮血でべっとりとなり、そこにくずれ折れた。山田智一等兵がかけつけて、通路から司令室にかつぎこみ、

「小隊長殿、しっかりしてください」

 二人がいくら呼んでももうこときれていた。凄惨とも悲壮ともいいようのない一瞬だった。

 二人は思わず合掌したがその時、急に船体が大きく左に傾いて二人は壁に倒れかかっていた。

 鷲沢勇次兵長(北安曇郡小谷村奉納)が石炭粉でまっ黒の顔に血を流してかけ込んできたのはこの時であった。

「おい! えらいことになったな」

「もうオレたちもこうしてはいられない。早く逃げよう!」

 三人はもう一回合掌すると、司令塔をとび出し、最後まで大事にもっていた、天皇陛下からさずかった生命より大事なはずの重い兵器〈てき弾筒〉を海に捨てた。もう何の感慨も湧かなかった。

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「何だかだまされているような気がする…」補給の途絶えた島に取り残された極限状態の兵士は“終戦”の瞬間に何を思ったか へ続く

(山本 茂実)

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