「弟子入り」のためカヌー1つで8日間の大冒険…ついに出会えた憧れの写真家の“本能を刺激した言葉”とは

「弟子入り」のためカヌー1つで8日間の大冒険…ついに出会えた憧れの写真家の“本能を刺激した言葉”とは

ジム・ブランデンバーグの住む、北米に広がる「ノースウッズ」(『そして、ぼくは旅に出た。 はじまりの森 ノースウッズ』より)

 自然写真家の大竹英洋さんは大学を卒業後、世界的に有名な写真家ジム・ブランデンバーグに弟子入りするために、一度も訪れたことのなかったアメリカへと旅立った。たどり着くためのヒントは、雑誌や写真集に載っていた断片的な情報だけ……。

 ここでは、そんな旅の記憶を大竹さんが綴った『 そして、ぼくは旅に出た。 はじまりの森 ノースウッズ 』より一部を抜粋。

 日本からの長い旅路を越え、さらにカヌーで8日間水上を移動した末にやっと会えたジムと大竹さんの初めてのひと時を紹介する。ジムの第一声は、なんと日本語で「コンニチハ!」だった??。(全2回の1回目/ 後編を読む )

◆◆◆

■眼光

 まさか、憧(あこが)れのジム・ブランデンバーグの口から日本語の挨拶が発せられようとは、想像だにしていませんでした。いまにして思えば、ジムなりの機転と優しさだったのでしょう。が、ぼくはといえば、緊張のあまり、それに日本語で返してみせる余裕(よゆう)なんかとてもありません。ただ差し出された手をおそるおそる握り、会う前から何度も頭の中で反復してきた英語で、間違えないように自己紹介をするのが精一杯でした。

「お会いできて嬉しいです。ヒデヒロ・オオタケといいます。日本から来ました。お時間を取っていただき、ありがとうございます」

 そんなぎこちない挨拶にも、ジムは律儀(りちぎ)に自己紹介を返してくれました。

「ジム・ブランデンバーグです。私も会えて嬉しいですよ」

 さらに続けて、「遠いところからよく来たね。日本は大好きな国で、いい思い出もたくさんあるんだ」と、嬉しそうに語ってくれました。穏やかな声と柔和(にゅうわ)な笑顔、大きな青い瞳が印象的でした。人を威圧するところのない物腰のやわらかな印象に、ぼくはほっとしました。ジムは握っていた手を離すと、「どうぞ」というように建物の中へと迎え入れてくれました。

 家の中に入ると、さきほど窓の内側から入口を示してくれた女性が立っていました。肩上ぐらいのボブにそろえたブロンドの髪をかろやかにはずませながら近づいてきます。そしてはきはきとした声で「ハーイ、ようこそ。私はジュディ。ジムの妻よ」と笑顔で握手の手を差し出してくれました。ぼくはジュディとも握手をして、ふたたび同じ自己紹介をし、後ろから入ってきたトムもふたりと握手をすませました。

 玄関ホールの右手には、窓で囲まれた明るい空間にダイニングテーブルが置いてありました。左手には丸太の壁で仕切られたキッチンがあり、その2つの空間のちょうど間から、さらに建物の奥へとのびる廊下が続いていました。

 家の中も外観と同じように、どこも凜とした雰囲気に満ちていました。黒い正方形の石を敷きつめた床。余分な装飾のない無垢(むく)の木目と、建材の色をそのままにいかした壁と天井。その石の床は見た目にも涼しく、木の壁には張り合わされた板のまっすぐな線が並び、そうしたディテールが心地(ここち)よい緊張感を生み出して、まるで美術館の中にでもいるような厳(おごそ)かな空気感を醸(かも)し出していました。

「さあさあ、奥へどうぞ」とジュディに押されるようにして、ぼくらはジムを先頭に家の奥へと進みました。廊下の壁には作り付けの棚があり、ガラスのオブジェや鳥の巣、動物の骨の標本などが、ゆったりとした間隔で並べてありました。目線から少し低いくらいの高さに小さな窓がいくつも並んでいて、外を流れる小川と対岸の景色がよく見えました。

 歩いている途中でジムが振り返り、ぼくに尋ねました。

「きみはカヤックに乗ってやってきたんだって?」

「はい。とてもいい旅でした」

「イリーから何日くらいかかった?」

「ガイドブックでは2泊3日と書いてありました。でも、急ぎたくなかったので、全部で、えーっと……8日です」

「それは長い旅だったね。カヤックはもう何年もやってるのかい?」

「いえ、今回が初めてでした。でも、キャンプの経験はたくさんあるので、大丈夫でした」

 カヤックに乗ったのが初めてだったことを知ると、ジムはぴたっと立ち止まり、トム(編注:大竹さんが宿泊していたロッジのマネージャー)と同じように目をみひらいて、驚いたような顔をしていました。しかしその直後ぼくが、「ハクトウワシの巣をみつけたんです」と告げたとたん、ジムの表情が急に変わりました。さっきまでの穏やかなまなざしが消え、青い瞳の眼光が少し鋭くなったような気がしたのです。

「ほんとうかい? それはどこ?」

 ジムはその場に立ったまま、ぼくの顔をまじまじと見つめながら尋ねてきました。ハクトウワシという言葉が、自然写真家としての本能を刺激してしまったのでしょうか。続けて「ルーンの巣もみつけました」と言うと、さらに興奮した様子で、「地図を持ってくるから、もっと詳(くわ)しく聞かせて」と言って、肩を少し前のめりにして部屋の奥へと足早に歩いていきました。

 ぼくらが案内された場所は建物のいちばん奥の広い部屋でした。そこはジムの仕事場のようで、真ん中には幅が1・5メートル、長さが4メートルはありそうな、シンプルで余分な装飾のない木製のテーブルが置かれていました。

 外から見えていた屋根までとどく縦に細長い窓は、この部屋の突きあたりの壁にありました。その窓をはさむようにして、これまた屋根までとどきそうなほど高くまで、壁いちめんが本棚になっていて、画集や写真集らしき分厚(ぶあつ)い本がたくさん並んでいました。

 部屋の両脇にも窓がたくさんあって、右手の壁の窓からは小川沿いの景色がよく見えました。そういえば、玄関から入ってきてここに来るまでずっと、小川沿いの景色をごく自然に眺めることができました。建物の中にいるにもかかわらず、外の自然を身近に感じられるよう、よく練られたデザインが驚きでした。

 ジムは、棚の引き出しからこのあたりの詳しい地形図を何枚か取り出して、真ん中の大きなテーブルの上に広げました。ぼくは記憶を頼りに、ハクトウワシの巣の位置をその地図の上に探しました。

「えっと、バスウッド湖からポーテッジを越えて……、ムース湖の最初の狭い水路……、確か、このあたりです」

「ああ、そこなら知ってる。マツの木の上にある巣だよね? ヒナはいたかい?」

「はい、いました。下から見上げて、頭の先がちょこっと見えました。けっこう大きくなっていたと思います」

 ジムはさらに、好奇心いっぱいの少年のように聞いてきました。

「ルーンの巣をみつけたんだっけ? それはどこ?」

「えっと、この島を過ぎて……、ポーテッジを一つ越えた……、この湖です。西の端です。湿地の草むらのなかにありました」

「へえ、その湖はあまり行ったことがないなあ……。子育てをするのに十分な魚がいるんだね。よくみつけたね」

「ええ、旅が終わってしまうのが嫌で……。ここでキャンプすることは計画していなかったんですけれど。ラッキーでした」

 なるほどというようにうなずきながら、ジムは地図をじっと眺めてつぶやきました。

「寄り道は、幸運をつかむためには、とても大切なことなんだ……」

 ぼくも同じように感じていたので、憧れのジムがそう言うと、それが正しいことだと証明されたような気がしてとても嬉しくなりました。そしてぼくが、「あ、そうそう、もうひと組ルーンが巣を作っていました。この島の脇で……」と言いながら小さな島を指さすと、ジムの表情がぱっと明るくなりました。

「ああ、そのペアは知ってるよ。今年も帰ってきていたんだね。巣作りしてたって? それはよかった」

 ぼくがどうしてそのルーンについて知っているのかと聞いてみると、ジムは答えました。

「たぶんそれは、あの写真のルーンだと思うんだ」

 ジムが指さしたテーブルの上には、むき出しに置かれた一枚の写真のプリントがありました。それは、ぼくもよく知る写真でした。もやのたちこめる朝焼けの湖。小さな島に生えた針葉樹のシルエット。そして島の脇に浮かぶひと組のルーン。しかも、一羽はまるでポーズをとっているかのように羽を広げて伸びをしています。

 広大な世界に息づく野生動物の生き生きとした一瞬を見事な構図と光でとらえた、まさに写真家ジム・ブランデンバーグの真骨頂(しんこっちょう)といえる写真でした。そしてその写真は、90日間、1日1枚しかシャッターを押さないと決めたあのプロジェクトを掲載した「ナショナルジオグラフィック」で、その特集の扉ページを飾ったのです。

〈ムース湖で撮った写真だったんだ……〉

 ぼくは、その写真が撮られたときの様子も記事で読んで覚えていました。それはプロジェクトの10日目のこと。ジムは夜明けの湖で釣り糸に絡からまっていたルーンの若鳥をみつけ、その糸をほどいてやりました。そして水面に放すと、そのルーンは親鳥のもとへ泳いでいく途中、まるでお礼を言うかのように羽を広げて伸びをしたのです。まさにその瞬間をとらえたのが、その写真でした。

 ルーンは長生きで、しかも営巣(えいそう)に成功したカップルは毎年同じ場所に戻ってくるのだそうです。だから、ぼくが見たルーンとこのときジムが助けたルーンの親鳥とは、同じ個体である可能性が高いのです。

〈あの場所で、こんなにも幻想的な写真が撮れるなんて……〉

 島の横を通り過ぎたとき、ぼくには、このような構図であの風景を切り取るという発想すら思い浮かびませんでした。それはジムが見ている世界と自分が見ている世界との距離をまざまざと感じさせられた瞬間でもありました。

 それからしばらくはその場に立ったまま、ぼくがカヤックの旅で見た動物たちの話を続けました。ジムは熱心にぼくの話に耳をかたむけてくれました。緊張してうまく話せるかどうか……、場が静まりかえってしまうのではないか……、ジムに会う前にいだいていたそんな心配はまったく必要ありませんでした。ぼくはただ、旅で自分が見たことを話すだけでよかったのです。カヤックの旅で出会った野生動物たちが、ぼくを助けてくれたのかもしれません。

湖を前に「ヒルだって、泳いでいるかもしれない…」恐怖の中で挑んだ大自然の中の“爽快サウナ体験” へ続く

(大竹 英洋/文春文庫)

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