〈福井県・中2指導死〉「孤立感、絶望感を深め…」教師からの厳しい叱責にさらされた生徒が自死を選ぶまで

〈福井県・中2指導死〉「孤立感、絶望感を深め…」教師からの厳しい叱責にさらされた生徒が自死を選ぶまで

ヨウヘイさんが通っていた池田町立池田中学校

「息子が亡くなってから実施されたアンケートを読みましたが、涙を流しました。息子が『死にたい』と言っていたことや教師から大声で怒鳴られたことなど、知らないことがたくさん書かれていた。辛かったんや……、と思いました。涙が止まらなかったことを覚えています」(母親)

 2017年3月14日午前8時30分ごろ、福井県池田町の町立池田中学校から「生徒が窓から飛び降りた」と110番通報があった。警察官が駆けつけると、3階建て校舎北側に2年の男子生徒・ヨウヘイさん(仮名、享年14)が制服姿で倒れており、搬送先の病院で死亡が確認された。警察によると、自殺と見られた。

■教職員の不適切な指導をきっかけにした生徒が自殺した「指導死」

 同年10月、池田町学校事故等調査委員会が調査報告書をまとめた。「本生徒の悩みは担任、副担任の指導叱責」であり、その結果、「孤立感、絶望感を深め、ついに自死するに至った」と結論づけた。つまり、不適切指導が要因の自殺、いわゆる指導死だった。文部科学省は報告書を受け、「生徒指導上の留意事項について」という通知を出した。

 3年後の20年6月、遺族であるヨウヘイさんの母親が、町と県を相手取り提訴。21年10月には証人尋問が行われた。そして、22年3月、福井地裁(上杉英司裁判長)で、原告(ヨウヘイさんの母親)と被告(町と県)との間で和解が成立した。教職員の不適切な指導をきっかけにした生徒が自殺した事件で、調停での和解は山口県の例があるが、訴訟での和解成立は珍しい。原告の母親に話を聞いた。

■泣いて過呼吸を訴えるも、担任は家族や管理職への報告はせず

 ヨウヘイさんは17年3月14日に亡くなるが、前日はどんな様子だったのか。

「前日は、朝は普通よりもテンションが高い感じでした。数日前に部活で手の怪我をしたので、制服に着替えるのは難しそうでした。帰宅後、高校についての手紙をもらってきました。『行きたい高校へ行けばいいよ』と話しました。

 私は仕事が休みでしたので、バレンタインのお返しに友達の家を車で一緒に回りました。夜には兄とゲームをしていました。私は眠くなったので先に寝ました。『明日も学校だから、早く寝るんだよ』と声をかけました。そのとき、特に変わった様子はありませんでした」

 報告書には、前日の指導について書かれている。朝の会後、ヨウヘイさんは副担任に「宿題を出せません」と言った。副担任が理由を聞くと、「部活動で怪我をしたため」と説明した。部活でのランニング中に転倒し、右手と左ひざを負傷していた。しかし、副担任は「何日も前だからできたはず」と問いただすなどした。ヨウヘイさんは「やったんや、やったんや」と言いながら泣き出し、過呼吸を訴えた。この件について、副担任は担任に「家庭に連絡しないでよいですか?」と尋ねた。担任は「報告の必要がない」と考え、連絡はしていない。管理職にも報告しなかった。

■『息子さんが学校の3階から転落しました』

 当日の朝、ヨウヘイさんは登校するのを渋り、起きるのが遅かった。

「部屋に行っても、なかなか起きてきませんでした。急に漫画を読み出したり、ダラダラしていました。本当に学校に行きたくなさそうでした。私は『遅刻しちゃうんじゃないの?』と言って、息子を車で送っていきました。当日、学校で何があったのかはわかりませんが、(自殺の)引き金になったのは、過呼吸になるほどの、前日の副担任からの指導だと思います。そんなことが学校であったとは思いもしませんでした。もし、知っていたら、学校に行かせなかったと思います。どういう言い方をしたら、過呼吸になるのでしょうか」

 当日8時ごろ、ヨウヘイさんを母親が車で学校へ送って行った。一度、母親は家に戻り、8時半ごろ、職場へ向かった。同40分ごろ、職場に着くと、ちょうど携帯電話が鳴った。

「携帯が鳴ったのは職場の駐車場でした。学校からの着信でした。教頭先生が『息子さんが学校の3階から転落しました。お母さん、すぐに学校へ来てください』と言っていました。上司が『そんな状態で1人で行くのは危ない』ということで、学校まで連れて行ってもらいました。学校に着くと、ちょうど救急車が出たところでした。校長先生が『救急車が診療所に向かった。そっちに行ってください』と(診療所のほうを)指差しました」

 母親は上司とともに診療所へ向かった。

「診療所でどのくらい待ったのかはわからないです。ずっと考えていたのは、『なんで3階から落ちるの?』『落ちたらどうなるの?』『どうなっているの?』ということでした。頭を上げると、教職員が右往左往していました。『何が起こっているの?』と思いながら、ずっと車内にいました」

■「怖くて、息子の顔が見られないでいました」

 その後、診療所から総合病院へ、ヨウヘイさんを乗せた救急車が向かうことになった。

「そこに息子が寝ていました。医師から処置を受けていました。怖くて、息子の顔が見られないでいました。怖いことになったらどうしよう、と思っていました。私は足元に座って、ずっと足をさすっていました。どれだけの時間が経ったのかわかりませんが、気がついたら病院にいました。待合室で待っていましたが、看護師さんに『うちの方には電話しましたか?』と言われ、母に電話しました」

 ヨウヘイさんの祖父母が病院に向かう。祖母は「向かう途中、亡くなるとは思っていませんでした。3階から転落したとなると、歩けないようになるのかも、と思っていました」と振り返る。祖父母が病院に着き、しばらくするとヨウヘイさんは息を引き取った。

■「学校側は『こっちも困っているんです』と言っていました」

 同日、学校は在校生保護者への説明会を開いた。それに先立ち、学校側は母親に保護者会を開催することを伝え、「ありのままを言うだけです」と説明したという。母親は「何があったんですか?」と聞いたが、何も答えなかった。母親は保護者会には出ていない。その後、マスコミの問い合わせに応じる形で学校は記者会見を開いた。しかし、母親は記者会見のことを「報道で知りました」という。

「学校には不信感しかありませんでした。息子が『副担任は嫌だ』と言っていたため、担任が『副担任は私がちゃんとみます』と言っていました。そのことが学校で共有されていると思っていました。翌日、学校側は自宅に来ました。『なんで記者会見を開いたんですか?』と聞きましたが、学校側は『こっちも困っているんです』と言っていました。ますます不信感を強めました」

 1週間ほど経ち、学校側は全校生徒にアンケートを実施すると伝えてきた。後に知らされた内容を読むと、〈亡くなった頃、自分から「死にたい」と言っていたらしい/机に「死にたい」と書いていたらしい〉と、伝聞情報ながらも、希死念慮を抱いていたことがわかった。〈3学期になってから、ろうかですれ違うたびお腹を両うでで抱え込むように歩いていて、1人でぶつぶつ言いながら歩いているのを見た〉ともあり、同様の証言が教職員からもあった。

 池田町が設置した調査委員会による報告書では、ヨウヘイさんの自殺について「担任、副担任の厳しい指導叱責に晒され続けた」ことを理由に挙げている。では、前日の指導以外に、いったいどんな指導に「晒され続けた」のだろうか。

■副担任の不適切指導が始まってから「学校へ行きたくない」と

 中学2年のとき、ヨウヘイさんは前期の学級長に選出された。担任は1年次と同じ。副担任は初めての中学校勤務だった。副担任について、ヨウヘイさんはこの頃、「嫌だ」と漏らしていた。小学生のときに(当時、小学校で家庭科の講師をしていた)副担任にミシン掛けで残され、帰りのバスに間に合わなかったことがあったためだ。5月になると、ヨウヘイさんは「学校へ行きたくない」と言い出した。この頃から、副担任の不適切指導が始まっている。

「副担任のことで、突然、学校へ行きたくないと言い出したんです。『提出できない理由を言っても、言い訳と決めつけられるし、聞いてくれない』と言っていました。どんな宿題かは聞いていないですが。副担のことだから、国語だと思います。当時は見ていないのですが、亡くなった後に国語のプリントを見ました。すると、チェックが厳しい直しが入っていたのを覚えています。そういうことが辛かったのかな、と思います。

 その日は休ませようとしました。私は仕事で家を出ていたんです。しかし、担任が電話をしてきて、家庭訪問にきました。結局、遅れて登校をしたようです」

 副担任はどのように宿題の指導をしていたのか。そのヒントは、裁判で明らかになっている。1学年下の女子生徒が、証人尋問で証言をした。担任と副担任ともに、お気に入りの生徒とそうでない生徒で明らかに接し方が違ったという。

■『できなくてすみませんでした』と言うまで終わらない副担任の「指導」

 女子生徒の陳述書によると、彼女は担任と廊下ですれ違っても無視されていた。他の生徒に対して「おまえらがホームレスになろうとどうなろうと関係ねえ」と言い放ったこともある。英語の授業後、「クレイジー」と言われたことがあった。副担任については、女子生徒が宿題を忘れたことを伝えに行くと、机に肘をつき、生徒を斜め下からにらめつけ、「なんで?」を繰り返すといった指導をしていたという。

 指導時に、副担任の目つきがきついことも、女子生徒は証言した。その視線は遺族にも向けられていた。

「息子が亡くなってから事情説明で家に来たときの、副担任のにらみつけるような目は忘れられません。下からにらみつけるようにしていました。私でも怖いと思いました。あの視線を子どもたちに向けたら、本当に怖いんだろうと思います」(母親)

 宿題の未提出の件では、担任の指導についても報告書は触れている。亡くなる前の3月6日、朝の会の後、担任から宿題未提出で指導を受けた。2時間目ごろに、ヨウヘイさんが保健室へ行き、養護教諭に「学校で嫌なことがあったので早退したい。理由は言いたくない。おばあちゃんに聞いてもらう。頭を冷やしたいので歩いて帰る」と言っていたという。養護教諭は「担任に報告するように」と言った。ヨウヘイさんは担任に言ったが、結局、給食の時間まで保健室で過ごした。

 ちなみに、1年次には欠席が1日、保健室への来室は2日だった。しかし、2年次には、欠席が6日。保健室への来室は10日と増えていた。保健室の利用が5倍に増えているが、家族には報告されていない。

 11月には、ヨウヘイさんは副担任に土下座をしようとした。課題未提出のため、副担任はヨウヘイさんを別室に呼んで未提出について問いただした。ヨウヘイさんは遅れた理由について、生徒会や部活動のため、と答えている。副担任は「宿題ができないなら、やらなくていい」と言った。すると、ヨウヘイさんは「やらせてください」と言い、土下座をしようとした。

■「なんでできてねえんや!」と怒鳴る担任

 不適切な指導は副担任ばかりではない。報告書では、16年10月の「能楽の里池田マラソン」での担任の指導についても触れている。

 ヨウヘイさんは2年生の後期に、生徒会副会長に選任された。生徒会の指導は担任が担当。2年生の10月、マラソンが開催され、ヨウヘイさんは伴走ボランティア実行委員会の委員長になっていた。大会当日の挨拶の準備が遅れていたことを理由に、大声で怒鳴られた。目撃した生徒の証言では、身震いするくらい怒っていたとされている。

 また、前出の女子生徒の陳述書によると、 マラソン大会の伴走ボランティアでも、ほとんどの場面でヨウヘイさんは担任から怒られていた。とりわけ本番の2週間前ごろからひどくなり、「何も決まらないのはおまえのせいや!」などと怒鳴られていた。2、3日前には、理由はわからないが、担任は突然「もう解散や!」と怒鳴っていたという。

「このことは最終段階の報告書を見せられたときに知りました。そのときまで知りませんでした。マラソン当日の帰宅後も、普通でした。怒られたのは、マラソンが始まるときの出来事のようです。

 実行委員長として挨拶することになっていて、その挨拶文ができていなかった、ということで怒られたということです。しかし、実際には考えていたようで、部屋から実行委員会のファイルに綴られたメモが出てきました。家に忘れたのでしょうか。担任は『どうなっているんや!』『なんでできてねえんや!』と怒鳴っていたようです」(同前)

■同僚からも指導の仕方について注意したほうがいいと指摘

 ちなみに、ヨウヘイさんが大声で怒られたのはこのときだけではないようだ。

「息子が大声で怒鳴られたのは、実は、このときだけでなく、12月のクリスマス大会でもあったと聞いています。このときは、1人ではなく、息子と生徒会長の2人だったようです。見ていた同僚からも『(指導の仕方について)注意したほうがいい』と指摘されていたのです。このとき、担任は『分かっている。手加減している』と応じたそうです」(同前)

 ほかにも17年1月か2月に、職員室前で「お前(生徒会活動を)やめてもいいよ」と担任から大きな声で叱責された。その理由は明らかにされていない。同年2月上旬、生徒会主催の卒業生を送る会があった。ヨウヘイさんは合唱の練習で歌詞カードを配布する担当だった。しかし、カードを忘れたため練習ができなかった。その際、担任から強い叱責を受けたが、目撃した生徒は「言い方がひどかった」「(ヨウヘイさんは)下を向いていて暗い感じだった」と証言している。

■「先生たちには、どうして教師になろうと思ったのか考えてほしい」

 その後、遺族は町や県を相手に提訴したが、なぜ和解に応じたのか。

「和解の話が出たときには、『判決にしたほうがいいのか?』『本当に和解にすべきか?』と悩みました。決め手は、息子の辛さ、学校での出来事、学校に問題があったことなどを裁判所がわかってくれたことです。

(和解条項にある)再発防止は、『学校がよくなったよ。変わったよ。もう苦しまなくていいよ』と息子に報告したいからです。そのためには、できることをしたいです。息子のように苦しむ子がいなくなってほしい。先生たちには、どうして教師になろうと思ったのか、改めて考えてほしいです」(同前)

 度をすぎた叱責や人格の否定などについて、会社での行為は「パワーハラスメント」として認知され、社会的な対策が進みつつある。しかし、学校という閉ざされた環境での不適切指導や「指導死」は、いまだ十分に理解されているとは言いがたい。

 現在、文科省の有識者会議では、生徒指導の基本書「生徒指導提要」の改訂作業を行っている。その中で、「不適切指導」に関する内容を採り入れるに指導死の遺族でつくる「安全な生徒指導を考える会」が要望している。ヨウヘイさんの遺族も、同じ悲劇が繰り返されないことを願っている。

写真=渋井哲也

(渋井 哲也)

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