「乳牛を喰い殺し、胎児をひき出してあった」“450キロの大熊”と対峙した猟師の恐怖体験、もし弾があたらなかったら…

「乳牛を喰い殺し、胎児をひき出してあった」“450キロの大熊”と対峙した猟師の恐怖体験、もし弾があたらなかったら…

450キロを超える熊とどう戦ったのか? 写真はイメージです ©iStock.com

 大正から昭和初期にかけて北海道の山野を跋渉して狩猟、渓流釣り、登山、植物採集、鉱石発掘などに明け暮れた開拓者・西村武重。

 これまで100頭以上の熊を目撃した彼だが、中には体重450キロを超えるものもいた。牛馬を食い殺し、人間の腹をえぐる“超弩級の大熊”を相手にどう戦ったのか? 著書『 北海の狩猟者 』の一部を抜粋。(全2回の1回目/ 後編 を読む)

◆◆◆

 このところ、北海道はうちつづく冷害、凶作に苦しんでいる。農民たちは文字通り、今日明日の生活に喘ぎつづけているのだ。

 だが、これは人間ばかりではない。けものたちもまた同じで、野山のブドウ、コクワなどのみのりがなく、餌を漁って山をおり、収獲の少ない田畠を荒らし、人畜に危害を加えはじめた。

 特に、日本の百獣の王ともいえる羆の出没横行は、山村の人たちを震えあがらせており、各地で被害が叫ばれている。

 家の近くに?いである綿羊はさらっていくし、昨日までいた放牧中の牛や馬が突如見えなくなったと探しまわると、やっと発見されるのは喰い荒らされた残骸という例も多い。ひどいのになると、軒先に?いである乳牛を殺して喰うという、おそるべき暴君ぶりなのである。

■目の前には巨大な羆、殺されると思ったが…

 ――北海道でも、特に鮭で有名な根室の、西別川のほとりに虹別という小さな集落がある。阿寒国立公園の摩周湖に隣接するこの地帯は、酪農郷であり、乳牛をもたない農家はほとんどなかった。桑野さんという農家もその一軒である。

 おりから晩秋の収穫期。凶作のため例年の二分か三分といった出来だが、それでも生命(いのち)の綱の食料である。取りいれに汗を流し、疲れたからだをウツラウツラと横たえたある晩のことであった。

 庭先きのチャツ(牧柵)のなかへ、山からおろしてきていれてある牛の時ならぬ気配に家人はハッとして目を醒ました。なにかひどく恐怖している鼻息がきこえ、どしん、どしんという地響きがするのだ。

 主人は懐中電灯を照らしながら、牛の悲鳴のきこえるチャツへ行くと、淡い懐中電灯の光のなかにうす黒いものがうごめいている。

「はてッ、ベコのやつ、なんしているのだろう……」

 そう思いながら、丹前姿で下駄をつっかけたままズカズカと近づいた。

 その途端、ウオーッと目の前に巨大な羆が立ちあがったのだ。ハッとしたが、もう遅い。大きな前足でグッと抱えこまれてしまった――。あとはもう無我夢中、殺される……という気持がかすかに脳裡をかすめさったまま憶えがなかったという。

 十数分がたった頃、家族の者は、外へ出たきりなんの音もしない父親の挙動に不審をもち、変だぞ――というわけでランプをさげてドヤドヤと戸外へ出た。その人声とランプの光とにおどろいてか、羆は逃げていってしまったらしい。

■内臓が露出する大怪我

 家人たちはすぐに倒れている父親を発見して、腰をぬかさんばかりにおどろいた。すぐにいろいろ介抱した甲斐があって、ともかくやっと息をふきかえしはしたが、大変な重傷である。脇腹をかきむしりとられて、鮮血に染って虫の息。そして、さらによく見ると、脇の下のむしりとられた傷口から、内臓が露出しているという大怪我。まさに瀕死の重傷といってよかった。

 急いで4里(16キロ)の道を病院まで担ぎこんだわけだが、運のよい人というか、桑野さんはようやくのことで生命をとりとめることができた。

「ベコが腹痛でも起こして苦しんでいるのだろうぐらいに考えて、急いで近づいていったんだ。すると、すでに1頭の牛が羆に喰い殺され、内臓をひき出して喰いかかっているところだった。そこへ突然人間が現われたんだからたまらない。いきなり跳びつかれて、一かきに横ッ腹をえぐりとられてしまったわけだ。夢中で懐中電灯を振りまわし、羆の顔面を無茶苦茶になぐりつけたような気がする。そのうちの一撃が、運よく羆の目玉にあたったのだろうか。羆だって、目玉をガンとたたかれては、さだめし目から火が出たことだろう。それでびっくりして逃げ去ったのに違いない。おかげで生命拾いをした」

 桑野さんは元気になってから、まったく奇蹟的に助かったいきさつを、こう話してくれたものだ。

■ジャングルのなかは生命がけ

 この惨劇を聞き、目で見ては、猟銃を持つ手前、どうしても黙過することは許されない。

 しかし、いくら狩猟家でも、草深く生い茂った夏山のジャングルにひそんでいる羆射ちには、あまり喜んで行動を起こす者は少ない。が、周囲の人々にすすめられたり、猟銃さえ持っていれば羆射ちなど雑作もないように考えている人たちに名人扱いにまつりあげられたりすると、1頭も射止めたことのない人でさえ、行かないわけにはいかなくされてしまう。

 そこで、内心のオッカナビックリをかくして、頼まれた人たちの手前、颯爽として出猟ということになるのが普通である。もちろん、どんなヘボ鉄砲射ちでも、一歩ジャングルのなかへ踏みこめばまったく生命がけだということは、身にしみてわかっている。とんでもないことになったものだわい……と、つくづく後悔しても、もう引っこみはつかない。結局、表面は颯爽と、内心は渋々出猟というわけである。

 ジャングルに逃げこんだ羆は、そう簡単に射止めることはできない。山の王者、羆は、人間が大きな音を出す黒い棒(つまり鉄砲)を担いで追いかけてくるぐらいは知らぬ筈はないのだから奥へ奥へと逃げこむ。

 根室と釧路の国境には、何万町歩も続く未開の大森林、クマザサの大原野、ヨシやアイヌワラ、ヤチボウズの茂った大湿原、底知れぬ池塘……などが拡がっている。このなかを羆は自由自在に横行する。おまけに一夜に数十キロ数百キロ駈けるというのだから、人間の脚でヒョッコラ、ヒョッコラ追いかけたところで、とうていおよぶべくもない。

 今夜百数十キロも逃げていったと安心していると、その夜半には早くも帰ってきて牛や馬を襲うのだから、まったくたまったものではない。こんな相手を射ちとろうなどという猟人は、一見してあほうの骨頂のようにみえる。しかし、そこはやはり人間と羆との頭の違いである。彼らの裏をかいて、見事射止めるということもしばしばあるわけだ。

 ――私は兵隊検査がすむと、すぐに狩猟免許を受けた。それから30、40年、愛銃を肩にして、北海道内の山岳地帯はもとより、秋田の栗沢方面のバンドリ射ち、四国の剣山、愛媛の上猿田の山々や渓谷のイノシシ狩りなどに駈けまわったものだ。内地では、どんな大森林のなかにわけいっても恐ろしいと思うようなことはなかった。

 だが、北海道では冬の雪上を除いて、狩猟にはまったく油断ということを許されない。ちょっと人家から離れた小川でのカモ射ちに行くにも、かならず羆射ちの実弾2、3発は手放せない。どんなところで、どんな場合に羆に出あわないともかぎらないからである。山女魚釣りに行ってさえ、羆に出っくわして、生命からがら逃げ帰ったという話は数かぎりがない。

 北海道の山岳や渓谷に、羆さえいなかったら、どんなに快適に狩猟、登山、山女魚釣りなどが、ゆっくり愉しめることだろうか。

 一歩山中へ足を入れると、山を出るまで羆のことが念頭につきまとい、全身を耳にして目をみはっていなければならない。ちょっとでも黒いものが見えると「やッ、羆では……」と神経を尖がらせる。2、3人のパーティの場合はそれほどでもないが、単独行の場合は、ガサッとキネズミが走っても、ハッと銃をとりなおす。

 私は根室の山で40年間に三十数頭の大小の羆を倒している。が、羆狩りにはいつでも決死的な心構えで臨む。まかり間違えば生命のやりとりだと思ってきたのだ。

■脇腹をむしりとる猛羆がふたたび現われた

 ――さて、桑野さんの脇腹を、腸まで見えるほどむしりとった羆は、猟人数名で摩周山麓、西別岳の渓谷などをくまなく狩りつくしたが、天に駈けたか、地に潜ったか、その行方は杳としてわからなかった。われわれ猟人は諦めて引揚げ、集落の人たちに期待をかけられた羆狩りは結局徒労に帰した。

 それから1カ月。桑野さんの大怪我も大体全快のみこみがつき、羆のこともようやく忘れかけられていた頃、突如として、桑野さんのところから、約12キロばかり離れた西竹の牧場に、あの猛羆が現われた――。

 早朝5時。乳業会社の集乳トラックが騫進(ばくしん)する轟音におどろき、路傍から突如飛び出して近くの林のなかへ逃げこんだ巨羆を、トラックの運転手が目撃したのだ。

 運転手は恐ろしいのでクラクションを鳴らし、羆が密林のなかに没してからあたりを慎重に見まわした。すると羆の飛び出してきた小谷の向う岸の地点に牛が倒されているのが見つかった。恐る恐るそこへ行ってみると、放牧中の乳牛を喰い殺し、胎児をひき出してあった。内臓を少し食べかけたところへ、急にトラックがきたので、おどろいて逃げたというわけである。運転手はすぐに、この被害状況を集乳場へ集る人たちに知らせた。

 この牧場は、120町歩ばかりの小面積であり、その周囲には開拓者たちが住んでいた。いわば畠のどまんなかの牧場とでもいうところだが、よくもこんな人里まで大胆にも出てきて乳牛を喰い殺したものだ……と、付近の農家の人々を震えあがらせた。

■牛の敵討ちを計画

 そこで、われわれ狩猟家は、羆狩り、すなわち牛の敵討ちに再度蹶起(けっき)した。

 まず、われわれは現場を詳しく調査した。せっかく殺してご馳走にありつこうとした時、トラックにおどかされていったんは遁走したものの、このご馳走をそのままにして逃げてしまうわけはない。そこで、その夜一晩、ソッとこのままにして手をつけずに置き、夜中に喰いに出てきたところを射ちとろうという計画をたてた。

 猟人たちはいったん自宅へ帰り、それぞれ早めの夕食をすませると、夕暮近くに三々五々と愛銃を手にして牧場へ集った。

 夕日は広々と波をうつ北海道の大原野を赤く染め、濃い紫の山脈を、金色に輝く大空にクッキリと浮びあがらせていた。誰一人として声高に話す者はない。緊張した顔を互いに見かわしながら、二言、三言、必要最小限の言葉を低い声でかわしあうだけだ。

 牧場小屋に近づくと、暗い小屋の蔭に、ポッツリと赤い煙草の火がかすかに息づいているのが見えた。

「誰だッ、煙草をやめろ!」

 私の横から太い怒声がとんだ。振りかえると、関山君が後から私のそばまできていたのだった。彼は私と肩を並べながらいった。

「羆は鼻がきくから、煙の香が身についていたら寄ってこない。鉄砲射ち以外の人には家に帰ってもらいましょう」――と。

 関山君が不満げなのも無理はない。われわれ猟人は、下手をすると生命がないのだ。大物射ちの経験の少ない猟人のなかには、その夜の夕食もろくろく喉を通らず、緊張のあまり蒼ざめている人さえあるというのに、なにも知らない村の人たちは、まき起こった事件に大騒ぎしながら牧場に集ってきている。しかも、われわれの邪魔になることを知らないで……。

 だが、それも好意でわれわれを激励にきてくれているのだから、むげに怒るわけにもいかず、若い関山君をなだめて牧場小屋に到着した。村の人々にはよく説明して引きとってもらい、われわれは猟友とそれぞれ位置を定めて隠れて待機した。

■羆は現われないと思いきや…

 夜は深々とふけてゆき、いまか、いまかと愛銃を握りしめて緊張を緩めない。刻々と時間は過ぎ、いつのまにか東の空がしらむ頃になってもついに羆は現われなかった。われわれは一夜まんじりともせずに待ったが、それもとうとう無駄になったのだ。

 どうせ日中は人通りもあるので出てこないのだから……と、まず一休みし、また今夜頑張ろうと引揚げることにした。われわれは疲れたからだを休めて、まず一睡りと、手枕でゴロリと横になった。

 すると、なんとしたことか! まもなく、羆が出てきて、牛の胎児を持ち去った――と急報があった。私はびっくりして起きあがった。畜生めッ……と、いまいましくて仕様がなかった。

 羆はわれわれが番をしていたことを知っていて、おいしいご馳走にヨダレを流しながら、どこからか監視していたに違いない。そして人間が去ったので、それッとばかりに出てきて、もっともうまい胎児を湿原のヤチハギの密生したなかへくわえこんでいったのだ。

 われわれが歯がみをしながら現場へ駈けつけてみると、親牛の450キロから500キロもある巨体を30メートルも引き摺っていった地摺りがあった。しかも、その獲物の牛のからだには笹や土がかけられて、埋めて隠した格好になっている。そして、胎児だけをくわえていった跡が、ヤチハギのなかに歴然と残っている。

 だが、このヤチハギは、丈が2メートルもあり、しかも足を踏みこむ隙もないほど、ぎっちりと茂っていた。われわれはお互いに顔を見合わせて、先頭にたつのを躊躇した。

「俺が行く……」

 若くて胆っ玉の太い関山君が、28番の村田銃を構えて、一歩一歩慎重にヤチハギの茂みのなかへ入っていった。

 ビッシリと生い茂ったヤチハギの大ジャングルのなかを、銃をしっかり握りしめ、体重でグッと押しわけながら音を立てないように八方に気をくばっていく関山君の顔はこころもち蒼ざめ、青く静脈が浮いている。息をのんでいるわれわれの顔にも冷たい汗が流れ、思わず手にした銃に力が入った。

■目の前にいたのは「超弩級の巨羆」だった

 気がつくと、銃に汗で手型がベットリとついているではないか。私としたことが、少々アガッているかな……と苦笑しながら、ズボンで手の汗を拭って銃を構えなおす。

 関山君は10メートルも行くと、まったく姿が見えなくなってしまった。もの凄いジャングルである。私は十数メートル離れてついていったが、ここは盆地のため、位置が悪くて見通しがきかない。そこで猟友の行動をヤチハギの動揺によって判断できるようなところを探して、50メートルばかり離れた小高い丘の地点に後戻りして観察しようとした。

 そして急いで行動を起こした時、突如、バーンと1発の銃声!

 さては……と、銃を持ちなおして緊張した一瞬、ウオッウオーッと咆哮、また咆哮。そして、野山をゆるがしてグッとヤチハギの上になお1メートル6、70ぐらいも体が出るやつが、双手をあげて立ちあがった。

 いや、大きいの、大きくないの……。まさに予想もしたことのないほど超弩級の巨羆だった。頭は優に4斗樽を思わせるくらいのやつである。

 関山君の姿は見えない。そして気がつくと、立ちあがって私たちの存在をすばやく見つけた羆は、次の瞬間――ダッ、ダッ、ダッと地響きをたてて、真一文字に私めがけて襲いかかってきた!

 ハッとして、一時に頭に血ののぼるような思いだった。

 巨羆はまたたくまに、50メートル、30メートル、20メートルと迫ってくる。総毛を逆だて、火を吐かんばかりのもの凄い襲来だ。

 私はもはや無念無想。なにを考えるひまもあったものではない。瞬間的な目前の出現である。いまだ! 私の愛銃、ウインチェスター・リピーターは火を吹いた。

 1弾! たしかにあたった。

 一抱えもあろうという巨大な羆の顔面が、一瞬ガクンと前に傾いた。が、すぐに立ちなおると、ひるまずに再び風をまいて襲いかかってきた。

 すかさず、ダーンと2弾目。また命中だ。さすがの巨大な図体も、朽ち木の倒れるようにうつ伏せにどっと崩れてしまった。

 私は、倒れてまだ痙攣している巨羆を眺めながら、しばらくは悪夢のつづきを見ているように呆然としていた。嬉しいと思う気持は起こらなかった。思えば、まさに危機一髪というところであった。

 よくも命中したものだと自分ながら感じ、愛銃を撫でながら、あらためて戦慄をもって足もとに倒れている羆を見まわした。よかった! もし弾があたらなかったら……と、つくづくこの恐ろしさを胆に銘じた。

 あとから関山君に聞くと、ヤチハギのなかで寝ているところを発見したので、まず1発射ちこんだ。それからとっさにからだを伏せて隠れ、銃に2弾目をこめかえたが、それを射つ間もなく、足もとの人間にも気がつかず、私の方へまっしぐらに襲ってきたものであった。

 4、5メートルの距離のところを、ヤチハギを踏み倒して跳躍した勢いは、サーッと突風が過ぎ去ったような感じだった……と、関山君は目玉をクルクルさせて語った。

 この巨大な羆は450キロ(約120貫)もあり、14、5歳の雄。全身金毛に覆われた稀なる逸物であった。私は40年近くの間、自他の射ち倒した百余頭の羆を目撃してきたが、こんな超巨大なのはまったくはじめてであった。

「と……と、とにかく、逃げられるだけ逃げよう」大熊に追われたハンター3人…銃も使えない絶体絶命の逃走劇 へ続く

(西村 武重)

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