「スマホを持たない自転車乗り。だから追跡できない」48日間逃げた富田林署脱走犯(30)が、地元の人に“好青年の旅人”と思われたワケ

「スマホを持たない自転車乗り。だから追跡できない」48日間逃げた富田林署脱走犯(30)が、地元の人に“好青年の旅人”と思われたワケ

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「逮捕後の文通では保釈金の支援を求めてきたり…」裁判傍聴と逃亡同行者の証言が明かす“脱走犯”のリアル から続く

 裁判傍聴をはじめとする犯罪取材で活躍中の高橋ユキ氏は、今月、 『逃げるが勝ち 脱走犯たちの告白』 (小学館新書)を上梓した。国外逃亡したカルロス・ゴーンや、「ゴールデンカムイ」の白石由竹のモデルになった脱獄王など、様々な逃亡者について記したものだ。

 本書の柱となるのは2018年におきた2つの脱走事件――刑務所を脱獄した男は離島から本州まで海を泳いでわたり(松山刑務所脱走事件)、かたや警察署を抜け出した男は自転車で四国・中国地方を回って逃げ続けた(富田林署脱走事件)、これらについて、高橋氏に話を聞いた。(全2回の2回目。 前編 を読む)

■スマホを持たない自転車乗りの逃亡者

――『逃げるが勝ち』に掲載された、高橋さんと作家・道尾秀介氏との対談で、道尾氏は松山刑務所逃走犯( 前編 )と富田林署逃走犯の山本輝行(仮名、当時30歳)について、「この時代に、スマホを持たずに逃げる。だから、なかなか追跡できない」と評されています。これらの事件に対する面白い視点です。

高橋 裁判の傍聴をしていると、スマホの検索履歴や位置情報、LINEのやり取りなど、あらゆるものが解析され、それが証拠になるのがよくわかります。だからはじめからスマホを敬遠する犯罪者もいますね。『逃げるが勝ち』の「終章」に出てくる保釈中に逃亡した男も、スマホを自宅に置いたまま、行方をくらましました。

 今日、スマホを持たずに生活するのは至難の業(わざ)ですが、逃亡するにはスマホを持たないのが一番いい。警察の追跡でいえば、乗用車はNシステムなどで捕捉されるので使わないほうがいい。そう考えると、富田林署逃亡犯の山本は、スマホを持たない自転車乗りなので、最強の逃亡犯ともいえます。

――48日間も続けられた背景にはそれがあるんですね。おまけに山本にはどこかクレバーさがあります。

高橋 山本は大阪府内でスポーツタイプの自転車を盗んだのをきっかけに、サイクリストのキャラ作りをしながら、西へ西へと逃亡を続けます。サイクリングスーツや自転車乗り用のサングラスを身に着け、頭も丸刈りにして自転車でひとり旅をしているキャラになりきります。それは見せかけの姿ですが、逮捕後に手紙でやり取りしたとき、差し入れ品のリクエストの多くはキャンプや自転車の雑誌だったので、アウトドア嗜好は一応はあるんだろうなと思いましたね。

■四国では「お遍路のために四国を一周」というキャラで

――どんどん自転車旅をするキャラを作り込んでいきますね。

高橋 本州から四国に渡ると、今度は「お遍路のために四国を一周している」キャラも付けくわえます。大胆にも山本は愛媛県庁に行き、職員から「日本一周中」と書かれたプレートとサイクリングマップをもらって小道具も揃えていきました。11日間で四国を一周して愛媛にもどってくると、ふたたび県庁を訪れて「道中でおもてなしを受けました」などと職員に報告までしています。

――その後、瀬戸内の周防大島(山口県大島郡)に渡りますが、離島は袋小路に入りこむようなものなのに、そこに長く滞在しますね。

高橋 それまで移動し続けていた山本ですが、この島には9日間も滞在することになります。自転車旅行者という偽りの設定なので、日本一周をしているのなら同じところに何泊もするはずもないですが、怪しまれることもなく、海で釣った魚を食べたり、草むしりを手伝ったりして島に馴染んでいた。

■脱走中の記念写真がまさかの“町おこし”に

「只今、自転車にて 日本縦断中!」と書かれたプレートを持つ山本の記念写真が、逮捕後にニュースで頻繁に放映されましたが、あれはこの島の道の駅で撮影されたものです。このプレートを持った第一号も山本でした。

――これがおもわぬ“町おこし”につながっていきますね。

高橋 逮捕後にこの島に取材にいくと、事件のニュースの影響でサイクリストたちの“聖地”みたいになっていました。「日本縦断中!」のプレートを持って記念写真を撮る人が大勢いたそうです。山本はこの島を出たあと、上関町の道の駅で野宿したのですが、ここでは、たこめしを万引きしたと報道されたことから、「これがあのたこめしか」と買いに来る人がいたりして、結構売れたと言っていましたね。

――強制わいせつや強盗傷害の罪に問われていたので凶悪犯とも言えようかと思います。なのに、その深刻さはない印象です。

高橋 地元の話題として、住人の皆さんがものすごく盛り上がった痕跡が見えるんですよね。私が事件の取材に来たというと、「誰々さんが山本と話したことある」といって、人づてに紹介してもらったこともあります。山本は山本で、出発する前に道の駅の支配人に感謝の手紙を置いていった。この島の人や自然に魅了されたことだけは本当だったのかなと思いますね。

■“コミュ力”も高かった山本

――この島の話だけ読むと、万引きをすることを踏まえても山本は純朴な青年にも思えますが、全体でみれば、打算的な人物にも思える。

高橋 逮捕後に山本と文通したのですが、文面からは「自分のために動いてほしい、そうじゃないと何も教えない」という取引めいた感じがしました。いろいろと頭を働かせて、人を利用できるか、見極めようとしている印象です。要求も多くて、保釈保証金の支援を求めてきたりもする。当然断るのですが、何度も言われて困りました。

――話は逸れますが、獄にいる人に本を差し入れたりするのは、面倒くささとか面白さがあったりするものですか?

 もちろん面倒くさいです。でもやっぱり面白さが勝ってしまうときがある。「この人はこんな本を読みたかったんだ」と思ったりするんです。これは別の事件の話ですが、手紙でやり取りしてるときに「もうお金がないから、これだけ差し入れてほしい」とリクエストしてきたのが、姓名判断の本だった。「なんで今その本がいるんだよ」と思うんですけど、慌てて送ってあげました。はたして、なんのために必要だったか。

――今どきの言葉でいえば、山本は“コミュ力”も高いですね。

高橋 山本は自転車の一人旅をしていた40代の男性に「ついていったらあかんかな?」と言って、二人旅にするなど、巧みに利用しています。二人旅のほうが、より怪しまれないからでしょうね。

 この男性は山本について「必要ないものまで買うので、日本一周はできないだろうと思った」と証言しています。コメや肉、駄菓子などを買うからです。ほんとうに日本一周しようとしている人の目からは、キャラ作りのために格好から入った山本の行動は、違和感をおぼえるんでしょうね。

■普通の旅人に見られるよう振舞っていた

――一般人の洞察力でいうと、「同行者の方が怪しかった」という証言が本書にはあります。?

高橋 そこは書くのは悩んだところです。でも、複数の人が同じことを言っていたので、本に入れました。

――逆を言えば、「詐欺師の門構え」という格言と同じで、逃亡犯の山本は怪しまれないようにしないといけないから、好青年に思われるようにふるまう?

高橋 それはあると思います。とっつきやすい風貌をしているし、逮捕された後、四国のお寺や、道の駅などで撮られた記念写真が多数出てきましたけれども、写真を撮られるのを嫌がっている感じではないので、ぜんぜん逃亡中には見えない。ほんとうに普通の旅人という感じです。

■優しい人と出会う旅のコツは「スマホに頼らないこと」

――旅人のキャラづくりの賜物(たまもの)ですね。それでいえば「優しい人と出会う旅のコツ」を高橋さんに伝えます。これが面白い。

高橋 山本は、その場の環境に紛れ込むことで自分の存在を目立たなくしようとしました。だから逃亡犯なのに人と接しようとするんです。「優しい人と出会う旅のコツ」はそのためのもので、それは「スマホに頼らないこと」です。スマホを見ている人には話しかけにくいため、会話の機会を逃してしまうと言うんです。

 当たり前の話ではあるんですが、それを脱走犯があらためて逃亡中に感じたというのが興味深いですよね。

――そんな山本も最後は道の駅で万引きGメンに捕まったことをきかっけに逮捕されます。ドラマなら、AVを見ている隙に警察署から逃げられた警察官が最後、逮捕するところですが。

高橋 そうした伏線の回収を読者が求める時代みたいですよね。今の読者は作者が意図しないところも勝手に伏線だと思うようになったと話してくれた編集者さんがいました。読者は物語に出てくることのすべてに意味があると思っているということですよね。でも実際は、逃げられたことに気づけなかった留置担当の巡査部長は、アダルト動画を見ていたことで怒られて終わりですもんね。

■『逃げるが勝ち』のテーマは脱走犯ではない

――『逃げるが勝ち』を一冊まるまる読むと、本書のテーマは脱走犯なのではなく、人の興味、人に対する興味だと思いました。

高橋 ノンフィクションには問題提起が必要だという意見もあります。でも私はもっと単純に、この脱走犯はどんなふうにして逃げ回ったんだろう、そのとき偶然にも犯人に接した人たちは何を思ったんだろうといったことに興味があって、それを取材してまわって書いている。そこに面白みをおぼえてくれる読者がいたら、それだけでいいなと思っています。

 今回『逃げるが勝ち』で書いた松山刑務所脱走犯( 前編 )と富田林署の脱走犯、それぞれの潜伏先や滞在先を取材してまわると、皆さん、日頃の世間話みたいな感じで「あそこの家にいた」「こんなふうだった」と話してくれる。事件が興味や好奇心の対象なんだとよくわかります。読者も本当はそれを求めているのではないでしょうか。それに応えていかないと読者はどんどん離れていってしまうと自分は思っています。

刑務所から“4度の脱獄”に成功……『ゴールデンカムイ』のモデルとなった男が使った「3つの特殊能力」 へ続く

(urbansea)

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