アメリカ生活を経験した作家・岡田光世が教える、外国人に通じる“ジャパニーズ・イングリッシュ”とは「ネイティブも真似できない」
2022年06月21日 07時00分 文春オンライン

英語でコミュニケーションを取る岡田さん (著者提供)
「おまえ、英語も話せないの? バカなの?」6年間も英語を学んだ日本の女子高生が、アメリカ留学中に突きつけられた“苦しい現実” から続く
ニューヨークで出会った人々との日々を描いた、『 ニューヨークのとけない魔法 』をはじめとする「ニューヨークの魔法」シリーズ(文春文庫)で知られる作家・エッセイストの岡田光世さん。
彼女は青山学院高等部在学中に1年間、米ウィスコンシン州の小さな町に留学していた。さらに青山学院大学在学中に1年間、協定校・米オハイオ州の私立大学に留学し、その後、ニューヨークの私立 New York University 大学院で修士号取得。今や“英語の達人”とも呼ばれている。
ここでは、岡田さんがどのように英語を学び、留学中の挫折を乗り越えたのかを綴った『 ニューヨークが教えてくれた “私だけ”の英語 “あなたの英語”だから、価値がある 』から一部を抜粋。長年のアメリカ生活を経験した彼女が感じる、日本文化や日本語の素晴らしさについて紹介する。(全2回の2回目/ 1回目から続く )
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■日本人であるだけで、感動される
「Japan」はまるで、魔法の言葉だ。
アメリカだけでなく他国を旅していて、「どこから来たのですか」と聞かれて「Japan」と答えると、相手は目を輝かせ、決まりきったように、まずこう反応する。
Wow! It?s my dream to go to Japan.
うわあ。日本に行くのが、私の夢なんです。
大げさではない。ヨーロッパでもアジアでもアメリカでも、私自身が何度も経験している。
Why? なぜ?
そう聞くと、日本に行ったことがない人でも、こう答える。
Japan is a wonderful country. It?s safe and clean. Japanese people are very nice and polite.
日本はすばらしい国だよ。安全で清潔で、日本人は礼儀正しくとてもいい人たちだ。
たいていの人は、メディアやネットの日本特集や映画、漫画から、日本のことを知る。東日本大震災の時、日本人が耐え忍んだ様子も、広く世界に報道された。
先日、ニューヨークで出会った、30代後半のガーナ人男性は言う。
Oh, I?ve been fascinated with Japan.
ぼくはもうずっと、日本に魅了されているんだよ。
「9歳の時にテレビで『おしん』を見てから、こんなにすばらしい人たちがいる国に、いつか行ってみたいと思い続けているんだ」
超ハイテクの国で、いたるところでロボットが活躍し、ロボットと一緒に日々、暮らしていると思っている人も多い。
アメリカやヨーロッパのスーパーには、寿司ばかりか、枝豆、ひじきなども並んでいる。和菓子や餅も大人気だ。ラーメンやうどん、カツ丼も、箸を使ってふうふう言いながら、食べている。
私がウィスコンシン州の高校に留学した時、ホストファミリーのダッドは、母が日本から送ってくれた乾燥昆布の臭いをかいで、「これ、オレの靴下の匂いと同じだ」と顔をしかめていたのに。
ニューヨークの紀伊國屋書店の前には、開店前に長蛇の列ができる。英語版だけでなく日本語版の漫画、日本のグッズを手に入れようと、辛抱強く待っている。
ニューヨークをはじめ世界じゅうに展開している、日本の100円ショップのチェーン店も、大人気だ。
彼らの「夢の国」に住むあなたと、話したくてうずうずしている人が、世界じゅうにたくさんいるのだ。
I can?t speak English.
英語は話せません。
そう言って、コミュニケーションを断ってしまうのは、あまりにもったいない。
■「おかえりなさい」は最高のおもてなし
「アメリカ人は田楽を食うけぇ。朝はハムエッグがいいずらぁ?」
何年か前に、山梨に住む外国や英語とは無縁の叔父から、立て続けに電話がきた。
2世帯住宅に住む息子の家に、アメリカ人が数日、ホームステイすることになり、てんてこまいらしい。
「食事は何を出せば、いいだ? 英語なんかいっさらしゃべれんから、困るずら」
当日、叔父は電話に出るやいなや、「グッドモーニング!」と陽気に挨拶する。
「いっさら通じんずら。ほんでも、楽しそうに笑ってるじゃん。今、昇仙峡に行ってるずらが、帰ってきたら『おかえりなさい』はなんて言うだ?」
Welcome home. / Welcome back.
旅行などで不在だったり、故郷に戻ってきたりした時に、こう言って迎える。毎日、帰ってくる人には言わない。しかも、叔父のところは、赤の他人の家だ。
あえて英語にしたいなら、Oh, you?re back. / You?re home. になる。
「おかえり」の温かさはない。山梨弁なら「帰ってきたけぇ?」だろうか。私は叔父に伝えた。
Hi. How was your day? / Did you have a good day?
今日はどうだった?/楽しかった?
そんなふうに声をかけるほうが自然よ、と叔父に伝えた。
帰ってくる側の最初のひと言は、「ただいま」の代わりに、Hi. / Hello. といった、いつもと変わらない挨拶であることが多い。
「ただいま」「おかえりなさい」では、1往復のやりとりで終わってしまうかもしれないけれど、「今日はどうだった?」と聞けば、会話が続く。
「会話が続いても、困るだ」
そう言いながらも叔父は、電話口で何度も練習していた。
「ハーイ、ハウ・ワズ・ユア・デイ? ディドゥ・ユー・ハヴ・ア・グッド・デイ?」
考えてみれば、日本語の「おかえりなさい」はなんとすばらしい言葉なのだろう。
遠い異国で見知らぬ人の家に泊まり、戻ってくれば、そう迎えられる。まるでその家族の一員のように。最高のおもてなしだ。
■アメリカでも日本の文化と心をきちんと受けとめてくれた
今から十数年前のある夏、私が高校留学したウィスコンシン州の小さな町に何年かぶりに戻った時のことだ。車でホストファミリーの家に向かうと、家の前にダッド、隣に住んでいたメアリージョー、そして彼女の家族が立っていた。
私の帰りを、わざわざ外で待っていてくれたのだ。メアリージョーの父親が私を抱きしめてほおずりし、言った。
Welcome home, Mitz.
おかえり、ミッツ。
ここは君の故郷だ。よく戻ってきた、おかえり。そんな思いがこもっている。
私は、山梨の叔父に伝えた。
「Welcome home. と言ってあげて」
「ほうけぇ。ウェルカム・ホーム。ウェルカム・ホーム」
叔父は電話の向こうで、そう何度も練習した。
日本のわが家にメアリージョーの弟が初めて泊まった時、私は同じ言葉で彼を迎えた。Welcome home. ―。わが家に帰ってきた人を、家族でもそうでなくても、日本ではそう言って迎え入れるのだと、伝えた。
同じ状況でそう言われたら、どう感じるか。何人かのアメリカ人に聞いてみた。
答えは皆、同じだった。
This is a very sweet greeting. とてもやさしい挨拶だわ。
That is so nice. なんてすてきなんだ。
誰もが、日本の文化を理解し、日本の心を、きちんと受けとめてくれた。
日本人である私たちが、とくに日本という文化のなかで、日本人として想いを込めて話す英語は、ネイティブにもそうでない国の人にもまねできない。
それこそ伝統と深みのある、真のジャパニーズ・イングリッシュだ。
■カタカナ英語を、どんどん利用しよう
私はもう、こんなに英語を知っていた!
中学校で英語を習い始めた頃、家じゅうに英単語カードを貼りながら、驚いた。
今の日本は、さらにカタカナ英語があふれている。逆に、カタカナ英語を使わずに話すほうが難しい。
カタカナ語禁止の飲み会。そんなゲームも今、巷で、はやっている。
小学生に英語を教えていた時、最初の授業日に、家からハンガーやトイレットペーパー、ランプなどを持っていった。1年生もみんな「英語」で答えた。次に、知っているカタカナ英語を8分間であげてもらった。3年生は60、4年生は90以上あった。
一般の日本人は、少なくとも数千のカタカナ英語を知っている、といわれている。
カタカナ英語だから、発音がうまくならない?カタカナ英語で恥をかく?
そんなマイナス思考は捨てて、せっかく知っている「英語」をどんどん利用しよう。?
ちょっと応用すれば、ボキャブラリーはどんどん増えていく。ハンガー(hanger)は hang(かける)er(物)だから、ハンガー。動詞のあとに -er / -or が付くと、「〜するモノ/人」の意味になる。
calculator(計算する物=電卓)、peeler(皮をむく物=ピーラー)、conductor(指揮/ガイドする人=指揮者/旅行ガイド)のように。
今日したことや見たものを、英語で声に出して言ってみよう。
bed, humming, bathroom, wash, face, shirt, socks, jogging, coffee, folk, pancake, every day routine, bag, walk, step out, sunny, garden, train station, rush hour, office, conference call, customer, meeting, dinner, movie, shocking....
単語を並べただけなのに、なんとなくストーリーがわかる。
■英語由来の外国語の7割は英語と意味が同じ
英語由来の外国語の7割は、英語と意味が同じだ。私たちがよく知っているカタカナ英語に注意してみると、「ああ、その英語から来ているのか」と新たな発見をする。
すべての外来語が英語由来ではないし、英語と意味が違うものもある。part-time jobをアルバイト、 buffet をバイキングと言ってしまったら、「日本ではそう言うのよ」と逆に教えてあげて、語源をその場で一緒に調べてみるのもいい。
誰でも知っているテニスの「スマッシュ」。英語で smash は「強い力で壊したり、粉々にしたりする」。smash a?window は「窓を打ち壊す」ということだ。
卓球やバレーボールの「サーブ(サービス)」。英語では service 。動詞は serve で、語源はフランス語だ。テニスの前身が貴族の遊びで、プレイする時、主人が打ちやすいボールを従者がコートに投げ入れたことに由来するといわれる。
動詞の serve には「仕える」というコアイメージ(core image)がある。そこから「食事や飲み物を提供する、サービスを提供する、勤務する」と広がっていく。単語には核となる意味があるから、それをイメージでとらえると、覚えやすい。
コロナ禍でよく耳にする variant(変異株)がなかなか覚えられない友人に、これは「vary(変化する)」から来ていると教えた。
誰もが知っている「バラエティー番組」や「バラエティーに富む」の variety 、「バリエーションがある」の variation も、同じだ。various は「さまざまな」の意味になる。
友人は辞書アプリで variant のつづりを見ながら音声を聴き、10回ほど繰り返し覚えてしまった。新しい単語に出会ったらすぐに取り込み、自分のものにしてしまおう。
自動車メーカーのフォルクスワーゲンでは、ステーションワゴンを「ヴァリアント」と呼んでいる。セダン(3ボックスカー=エンジンルームと人が乗る車室とトランクルームが別々の空間になっている車)から「変化」したからだ。
冒頭の発音は、「バ」ではなく破裂音の[v]だ。日本語にない[th][v][f]などの音が入る英語が、日本語になっている時は、発音にとくに気をつけよう。
カタカナ英語で覚えているからこそ、発音やアクセントの位置にはなおさら注意してほしい。オンラインやアプリの辞書でじっくり聞いて、そのとおりにまねてみよう。
発声の仕方からして、違うことがよくわかる。
私たちが勘違いしていることもある。あえてカタカナで書くと、beer(ビール)は「ビア」、money(マネー)は「マニー」だ。
sweater(セーター)、yogurt(ヨーグルト)、virus(ウイルス)も、発音を聞いてみると、カタカナ英語とかなり違う。身近な coffee や alcohol も、意外に難しい。
カタカナ英語に出会ったら、自問してみよう。
How do you say this in English?
これ、英語でなんて言うんだろう。
似ていたら覚えやすいし、違っていたら「へぇ、そうなんだ」と印象に残るから、忘れにくい。「へぇ」と思えたら、あなたも英語に恋をし始めている。
(岡田 光世)
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