じつは“日本でトップクラスの複雑な駅”「新大阪」には何がある?

じつは“日本でトップクラスの複雑な駅”「新大阪」には何がある?

じつは“日本でトップクラスの複雑な駅”「新大阪」には何がある?

 東京や名古屋、はたまた岡山や広島などから大阪へ行こうとすると、玄関口はたいてい新大阪駅になる。中には断固飛行機派という人もいるだろうが、やはり東海道・山陽新幹線の存在感は絶大だ。つまりは、大阪の玄関口は紛れもなく新大阪駅なのである。

 そしてこの新大阪駅、個人的には日本でトップクラスの複雑な駅だと思っている。

 渋谷駅や新宿駅、大阪・梅田駅などは“ダンジョン”などと言われてその迷宮ぶりが話題になることしばしばだ。対して、新大阪駅がダンジョン扱いされることはあまりないような気がする。

 それは新幹線で新大阪駅にやってきた人の多くはすぐにそのままJRの在来線に乗り換えるか、地下鉄の御堂筋線に乗り換えるか、もしくはタクシーか、いずれにしてもすぐに新大阪の駅から離れてしまうからだろう。

 確かにその点では新大阪駅はよくできていて、乗り換えに戸惑うようなトラップは設けられていない(せいぜい御堂筋線には列車の真ん中に終日の女性専用車両があるので、東京からやってきた男性陣が悲劇に見舞われるくらいだ)。

 だが、改めて新大阪駅とその周辺を歩いてみようとすると、これがまた恐ろしいほどにいくつもの施設が輻輳していて複雑怪奇、やっかい極まりない大迷宮であることがわかってくるのだ。

 というわけで、さっそく新大阪駅を歩きつつ、その複雑性をほぐしていくことにしよう。

■「まず在来線が地上1階、地下鉄が地上3階というのが新大阪駅を複雑にしている」

 東海道・山陽新幹線のホームは新大阪駅でいちばん高い、地上4階にある。そこから改札口のあるコンコースへは階段やらエスカレーターやらを降りればいいだけだからわかりやすい。

 そしてそのコンコースの東側にはJR在来線のコンコースに通じる連絡改札がある。新幹線も在来線も、どちらも地上3階にコンコースがあるのでこのあたりはこの駅の実に便利なポイントといっていい。在来線のホームは、そこから階段を降りた地上1階である。

 御堂筋線は新幹線の改札口を出て、文楽人形やら千成びょうたんやらがある広い通路から地上2階に降りて、商業施設の間を抜ければ改札口が待っている。ホームは地下鉄のくせに地上3階にあるので、階段を登ればそれでOKだ。

 ちなみに、さらにそこから地上に降りると「正面口」などという高架下の薄暗い出入り口がある。修学旅行生などが新幹線乗り降りの際に集合しているのはだいたいその正面口の階段の脇だ。

 と、まあこのように乗り換えだけを考えればシンプルでわかりやすい新大阪駅。しかし、ここだけでもずいぶんなトラップが仕掛けられている。新幹線が高架の4階にあるのはまあいいとして、在来線が地上1階、地下鉄が地上3階というのがだいいちに新大阪駅を複雑にしている要素である。

■“ややこしくしている犯人”は大阪の大動脈「新御堂筋」

 そしてさらに、新大阪のターミナルを構成しているのはこれらだけではない。ひとつに、新御堂筋という大阪の道路交通における大動脈がある。

 新御堂筋は大阪駅の南、北新地付近の梅新南交差点で御堂筋と分かれて北進し、淀川を渡って新大阪、江坂などを経て千里ニュータウン方面へと伸びている。

 地下鉄御堂筋線はちょうどその新御堂筋に沿って(正確には地下・地上・高架を組み合わせて同じ場所)をゆく。新大阪駅においては、新御堂筋と地下鉄御堂筋線は同じレベル、すなわち地上3階レベルに位置している。

 この新御堂筋が、新大阪をややこしくしている犯人といっていい。新大阪は新御堂筋にとってもひとつのジャンクションのような位置づけで、駅前のタクシープールなどに向かう二車線の進入路、さらに駅前をスルーして駅の北側の道路につながる進入路も設けられている。結局、それによって新大阪駅前の道路は幾重にも輻輳した形状を余儀なくされているのだ。

■貨物線でさらに複雑に…

 とはいえ、これで終われば「新御堂筋も通っているから新大阪って便利だよね」で済む。新大阪駅は交通上の要衝、ターミナルとしての利便性が何よりも優先されるわけだから、大阪市内を貫く地下鉄や道路と結ばれているのはただただ便利ということになる。

 ところが、新大阪駅の複雑性はまだまだ続く。Googleマップなどで新大阪の地図を見る限りでは、線路は新幹線が東西に、JRの在来線と地下鉄御堂筋線が南北に通っているだけだ。だが、実際には新大阪駅周辺には他にも線路が敷かれている。新幹線に並行して地上を走って東西を結ぶ、北方貨物線だ。

 いささかマニアックなきらいもあるが、この北方貨物線は新幹線の高架下に車両基地まで抱えている大規模なもので、さらには新大阪駅を経ずにその車両基地から大阪方面に向かえるような線路も設けられている。航空写真ならば一目瞭然、新大阪駅前の広場は、新幹線以前にJRの在来線(東海道線)と北方貨物線に囲まれた、デルタ地帯になっているのだ。

 北方貨物線はいわば在来線の一部のようなものだから、もちろん地上を走っている。つまり、新大阪駅周辺を歩こうとすると、地上の在来線に何度も阻まれることになり、さらに高架の新御堂筋とそもそもの新大阪駅舎が圧迫感を持ってそびえたつ。どこをどう歩いても何らかの障害物が行く手を阻み、歩道橋などを登って降りてを繰り返すことを強いられるのだ。

■なぜここに「新大阪」が出来たのか

 駅の周りに取り立てて何もない、地方都市の精一杯の新幹線駅ならばまだしも、新大阪駅は天下の台所、大阪の玄関口。だから駅の周りはホテルやオフィスビルが建ち並ぶ市街地が広がっている。1964年、新幹線開業と同時に開かれた駅なのだから、駅前ももっとわかりやすくすることはできなかったのだろうか。

 それこそ地方の新幹線の駅は、まっすぐ駅前の道を歩いてゆけばどうにかなるような、わかりやすさを持っている。新大阪駅は、それとはまったくかけ離れた駅である。

 これにはもちろん理由がある。というか、もったいぶるほどのことはなく、すでにここまでに答えを書いてしまっている。それは、北方貨物線の存在だ。

 現在の新大阪駅付近に線路が通ったのは、1876年のことだ(正確には線路はいまとはだいぶ離れたところにあって、大正時代の初めに現在の場所に移設された)。ただし、もちろん新大阪駅は開業していない。そもそも大阪駅の場所からして、大阪の中心市街地から離れたキタのはずれ。そこからさらに淀川を渡った現新大阪の一帯に、明治の初めに何かがあろうはずもない。

 淀川南岸の大阪駅周辺はあっという間に大都市・大阪に呑み込まれていき、阪神電車や阪急電車の登場もあって大繁華街へと成長した。しかし、新大阪付近は明らかに発展から取り残されたままだったのだ。それは新幹線開業直前の新大阪駅付近の航空写真や地図を見れば一目瞭然である。

 つまり、ただの田園地帯に線路だけが通っていたような、そんな新大阪一帯。そこに1918年、忽然と現れたのが北方貨物線だ。

 北方貨物線の目的はシンプルで、大都市・大阪の玄関口である大阪駅を経ることなく、京都方面と神戸方面を短絡することにあった。大阪駅経由でも問題はないのだが、列車本数が増大していて余力に乏しく、さらにそもそも淀川を渡って南に迂回するのは遠回り。

 大阪に立ち寄る用事がない貨物列車ならば、わざわざ混み合った大阪駅を通る必要はない。そこで何もない不毛の地であった新大阪付近に新たに北方貨物線を設けたのである。

 そうして結果的に何もなかった新大阪付近にデルタ線が誕生した。阪急電車の開業によって淀川北岸も少しずつ市街地化の波が押し寄せてきたが、新大阪付近はまだまだ市街地というにはほど遠い。そうした状況の中で、新幹線開業がやってくる。

 東海道新幹線は、当然の帰結として混み合った大阪駅にターミナルを設けることを避け、さらに山陽方面への延伸にも都合のいい場所として現在の新大阪駅がターミナルとなった。北方貨物線に新幹線の高架を沿わせることで用地買収の手間が省けるというのも理由のひとつになったという。

 かくして1964年に東海道新幹線が開業。ほぼ同時期に地下鉄御堂筋線の延伸と新御堂筋の整備も行われ、現在の新大阪駅が成立したのである。

 ……などという歴史を、おおざっぱにまとめると次のようになる。何もなかった淀川北岸の地上に東海道線が通る。そこに北方貨物線が設けられてデルタ地帯が完成。さらにそこに上空から乗り入れるように東海道新幹線がやってきて、同時期には南北に貫く新御堂筋。このように、最初は一本の線路だったところに少しずつ新たな施設がやってきて、新大阪駅が形作られていった。

■街が北へ拡大していくのとあわせて…

 開業当時の新大阪駅周辺は、その段階では市街地とはいえなかった。しかし、その後の千里ニュータウンの開発などもあって大阪の市街地は北へ拡大。新幹線のターミナルの足下で在来線も地下鉄も通り、さらに新御堂筋という大動脈もお隣、クルマを使えば伊丹空港もほど近い。そんな最高の利便性を持つ町が発展しないわけがない。

 大阪駅近くにあった繊維問屋街がまとめて新大阪駅北側に移転してきたのが1969年、それが新大阪センイシティーとして改称したのは1969年のことだ。

 それ以降、年を追うごとに新大阪駅付近は市街地化していった。市街地といっても繁華街のようなものではなく、むしろこの町の特徴はオフィス街。とりわけ、駅の北西側には2001年に誕生したニッセイ新大阪ビルをランドマークに、いくつものオフィスビルが建ち並ぶ。

 駅の東側(在来線側に東口という地味な出入り口がある)は比較的小さな規模の雑居ビルがあり、あとはマンションなども目立つ。ところどころで見かける公園が、どれもあまり整備されていないのが気になるところではあるが、このあたりも大阪の市街地の一部といって遜色がない。

 さらに新幹線のターミナルらしく、ホテルだっていくつも建っている。駅に直結しているのはレム新大阪という阪急系列のホテルだが、ほかに多数のビジネスホテルがある。駅の2階・1階部分には飲食店もたくさん入っているので、大阪らしいグルメを楽しむのにも充分だ。

 それでもどうしても繁華街が欲しければ、デルタ地帯をくねくねと歩いて抜けて、まっすぐ南にゆけばよい。そうすれば、阪急京都線の南方駅、地下鉄御堂筋線の西中島南方駅付近まで約10分。このあたりはいかにも大阪下町の繁華街といった雰囲気を湛えている。

 新幹線で新大阪駅にやってきて、そのままあっさりと在来線や地下鉄に乗り換えてしまうのもいいだろう。だが、たまには新大阪の町を歩いてみてはどうだろうか。デルタ線と新御堂筋のおかげで歩きにくいことこの上ない迷宮街ではあるが、だからこそ単純なターミナルとは少し違った時間を過ごすことができる。

 キャリーケースを引きずった出張族が歩いている新幹線の改札前もいいけれど、殺伐とした雰囲気の一角だったり、ビジネスマンが行き交っていたり。人の流れに逆らって北東側に出てみると、新大阪駅の駅前なのに人っ子ひとりいないという、そんな風景が広がっている。新大阪駅、ただ単に乗り換えのターミナルに留まらず、意外に奥が深いのである。

「コロナ前は違ったんですよね」新幹線の“販売員さん”と時速285kmで往復し続ける職場で起こった“変化” へ続く

(鼠入 昌史)

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