「コロナ前は違ったんですよね」新幹線の“販売員さん”と時速285kmで往復し続ける職場で起こった“変化”

「コロナ前は違ったんですよね」新幹線の“販売員さん”と時速285kmで往復し続ける職場で起こった“変化”

一見普通の持ち手だが、ここに秘密が…

じつは“日本でトップクラスの複雑な駅”「新大阪」には何がある? から続く

 仕事柄、新幹線に乗る機会が多い。たいていの場合は眠っているか、本でも読んで過ごしているのだが、たまには何か食べたり飲んだりしたいと思うこともある。そんなとき、ちょうどよく通りかかるとありがたいのがワゴンを押した売り子さんだ。

 売り子さんという表現はあまり良くないかもしれないのでJR東海さんに聞いてみると、「パーサー」というらしい。「のぞみ」「ひかり」には、基本的に1列車あたり3人のパーサーが乗って、それぞれ役割分担をしながらワゴンを押して車内を回っている。あの“硬いアイス”もワゴンに載せて売っているアイテムのひとつだ。

 ……と、だいたいふつうのお客とパーサーさんとの接点なんてこのくらいなもので、新幹線に乗るたびに見かけているのにどのような仕事をしているのかなんてほとんどわからない。よくよく考えてみれば、彼ら彼女らの仕事の舞台は東京と大阪を結んで走る夢の超特急の中。つまり移動しっぱなしの中で働いているのだから、さぞかし大変なのではないかとも思う。

 そういうわけで、東海道新幹線のパーサーさんふたりに話を聞かせてもらった。普段の仕事内容から、ワゴンの中の“売れ筋”商品、そしてコロナ禍の新幹線について??。

◆◆◆

〈取材に応じてくれたのは、2018年入社の甫立真子さん、そして2020年入社の峯岸果鈴さん。東海道新幹線のパーサーは入社直後のアシスタントパーサーにはじまり、パーサー・シニアパーサー・チーフパーサー・インストラクターへとステップアップしていく。5年目の甫立さんはそのうちシニアパーサー、3年目の峯岸さんは現在パーサーの立場だ。そしてふたりのキャリアの2年の違いは、コロナ禍の前後を隔つ。〉

??峯岸さんの入社が2020年4月ということは、最初の緊急事態宣言が出たころですよね。

峯岸 コロナが爆発的に流行りだした頃に入社したので、研修も自宅でオンラインでしたし、乗務するようになってからも乗車率が10%前後みたいな状況でした。ただ、列車に乗って研修する機会がほとんどなかったので、いきなり満員ではなくて、お客さまが少ない中で徐々に慣れていけたのは良かったと、プラス思考でいるようにしましたね。

甫立 私が入社した頃は、最初に研修を受けてからGWの満員の列車にいきなり乗ってましたから、大変でした(笑)。ワゴンの動かし方とかも学んだばかりのところで、通路にはお客さまがどんどん来るし、あちこちから「すみません!」「すみません!」って言われるわけですから。

??甫立さんはコロナ前の本当の繁忙期を経験されているんですよね。

甫立 自由席だけでなくて、指定席の5号車や6号車くらいまで通路にお客さまが立っているということもありました。もちろん今年のGWもたくさん乗っていただきましたが、それでもコロナ前の繁忙期と比べるとまだまだ立っている方は少なくて。でも、こんなにたくさんのお客さまを見るのは久しぶりだったので、ちょっと私もびっくりしました(笑)。

峯岸 どの列車も満員という経験はしたことがなかったので、今年のGW前にはちょっと不安もありました。でも、たくさんのお客さまとお話をして、たくさん買っていただける。純粋に楽しいなと思いました。混雑しているといっても、基本動作をしっかりやりながら、あわてずに販売していれば大丈夫だろうと。

■「私は最初から商品を渡す前に消毒、トレーでお金の受け渡しですが…」

甫立 この落ち着きは本当に一番“すいている”ときに乗り始めて慣れてきた効果かもしれませんね(笑)。私はお客さまとお話をするのが好きなので、コロナ禍ですいているときもそれはそれで前向きな気持ちで乗っていました。

 それこそ1つの号車にお客さまがひとり、というようなこともあったんです。寂しい思いもありましたが、時間もありますからワゴンをゆっくり見ていただいたり。もちろん、コロナ禍なのでなるべく接触を避けたいというお客さまにはお声がけはしないのですが、話してくださる方とはじっくり。そういう見極めは、コロナ禍で鍛えられましたね。

峯岸 私は入社したときからずっとコロナ禍なので、最初から商品をお渡しするたびに消毒をしたり、お金の受け渡しにトレーを使ったりしているんですけど、それはコロナ前は違ったんですよね。

甫立 そう、消毒は使ってなかったね。お客さまの層にも少し変化があるような気がします。以前は平日はビジネスの方が多くて週末はお子様連れが多いというパターンがだいたいきまっていたんです。でも、最近は平日の出張の方も減って、かわりにお子様とお母様だけが平日に乗っていたり。平日と週末がミックスになってきたような感じですね。

■3人1組で乗務、東京〜新大阪間を往復する毎日

〈東海道新幹線のパーサーは、基本的に3人1組で乗務を行う。甫立さんのようなシニアパーサーは見回りを担当し、残る2名がおおむね列車の前後に分かれてワゴンを押して販売を担当。東京〜新大阪間で1回の勤務で1〜1.5往復。新幹線は朝6時から深夜0時まで走っているので、とうぜん泊まり勤務の機会も多い。〉

??甫立さんはシニアパーサーとして見回りを担当しているんですよね。見回りとはどのような仕事なのですか。

甫立 シニアパーサーやチーフパーサーは、クルーをまとめるマネージャーの役割をしています。そのマネージャーの仕事のひとつとして見回りがあるんです。

 見回りの仕事は、車内をきれいに保つという点ではお手洗いや洗面台を掃除したり、不審物がないかを確認したり。あとは降りていったお客さまの忘れ物がないかとか、乗り換えについて聞きたいお客さまに対応したり、気分が悪そうな方がいないかを気にしたり、ですね。

 ちなみに、グリーン車のお客さまにおしぼりをお渡しするのも私の仕事です。ワゴンの稼働を指示するのもマネージャーの担当ですね。意外とやることが多いんです(笑)。

峯岸 販売はだいたいグリーン車(8〜10号車)を中心にして1号車側と16号車側で分かれます。それぞれグリーン車から端っこに向かって往復して、という感じで。繁忙期でもなければ、東京から新大阪の間で3往復ぐらいはしています。ただ、混んでいるときには2往復、1往復ということもあります。

??ワゴンに載せている商品はどのように決めているんでしょう。コーヒーとかアイスクリームとか、同じものしか買わないお客も多いと思いますが……。

甫立 列車に積み込む商品自体は全部決まっているんです。ただ、ワゴンのスペースにも限りがあって、ぜんぶを載せられるわけではないから、パーサー自身で時間帯によって何を多くするとか、配置を自己流にするとか、そういうアレンジをしています。コーヒーカップの大きいサイズはここ、おつまみのミックスナッツはここ、みたいに。

??自分流のワゴンの積み方がある。

甫立 そうなると、どこだっけと捜さなくても体が勝手に動くようになるんですよね。ミルクどこだっけ?みたいなことがなくなって。自分がやりやすいようにアレンジしておくって、けっこう大事なポイントなんです。

 いくつか載せているおつまみがあって、お客さまに「これください」って言われて、「かしこまりました」って言っちゃってから「売り切れです」ってなったら悲しくないですか? もう食べる舌になっちゃってるし。自分流の積み方ができていると、売り切れてるかあといくつ残っているか、事前に把握できるようにもなるんです。

■コーヒー?アイス?何がよく売れるんですか?

??よく売れるものはやっぱりコーヒーとアイスクリームですか。

甫立 ふだんは朝早い列車だと平均してコーヒーがよく売れますね。

峯岸 私の印象だと、グリーン車にご乗車されているお客さまは乗り慣れている方が多いなというイメージがあって。そういう方はワゴンの商品とかも分かっていて、コーヒーチケットを持っている率も高いかなと思います。

??コーヒーチケットというのは……

甫立 4枚綴りで1000円、つまりだいたい3杯分の値段で4杯飲めるので、実質1杯無料ですよ、というチケットですね。グリーン車のお客さまはそれをすでに持たれていて、1枚にちぎった状態で、「コーヒーちょうだい」みたいにおっしゃる方も少なくないです。

■会社のキャンペーン上位に食い込む甫立さんの秘密は…

峯岸 今年のGWでいうとピスタチオのアイスが再販されたのですが、そういうのがあると“珍しい”と買ってくださる方もいらっしゃいますね。

甫立 ピスタチオのアイス、食べたことあります? あれ、クラッシュされたピスタチオが入ってて、私も大好きなんです。味だけでなくて食感も楽しめるアイスクリームって今までにないって感じで。

峯岸 甫立さんはよく自分で買って食べてますね(笑)。

甫立 プライベートでもよく新幹線に乗って旅行するんですけど、そのときにはいろいろ買います。駅弁も絶対2個買うって決めていて、ひとつは崎陽軒のシウマイ弁当と、あともうひとつ何か、みたいに。ただ、同僚に見られるとちょっと恥ずかしいので、パーサーがひとりしか乗っていない「こだま」にあえて乗ったりして……(笑)。ピスタチオのアイスも3、4回は食べました。

??アイスもそうですが、食べ物や飲み物はやっぱり口にしておくことでセールストークにも生きてきますか?

甫立 個人的におすすめするときには自分の言葉で伝えたいと思っていて。

峯岸 先輩はシニアパーサーなので販売は基本的にしないんですけど、それでも会社のキャンペーンのときには必ず月ごとのランキングの上位に入ってくるんです。そもそも売る機会が少ないのに本当にスゴい。

??それはコツとかがあるんですか。後輩にも言えないような、ヒミツの……。

甫立 いやいや、ぜんぜん言えるんですけど(笑)、細かいことがいっぱいありすぎて。私は自分が売るというスタンスよりも、お客さまが欲しいものがワゴンの中にもしあるのであれば、ゆっくり見てください、一緒に探しましょうという感じなんです。

峯岸 商品のこともよく知っておかないとなかなかそれはできないですよね。

甫立 ピスタチオのアイスも、「ピスタチオって豆ですか?」とかお客さまに聞かれるので、そのときに食べているのといないのとでは説明も違ってきますから。まあ、ただアイスが大好き、というのもあるんですけど……。

■時速285kmで動き続ける職場…何が大変ですか?

??そんな商品の説明もしながら、ワゴンを押して車内を往復する。いくら新幹線といえども揺れることはあるわけで、なかなか大変なところも多いと思います。勤務時間も不規則でしょうし。

峯岸 揺れてふらふらすることはあまりないですね。私は学生時代にチアをやっていたので、たぶん体幹が強いのかな(笑)。ただ、駅の停車前とか発車後はムリに動かないとか、そういうのは心がけています。

甫立 私もソフトテニスを15年やっていたので、フィジカルには自信があります(笑)。あとは日常的なトレーニングですね。おなかにグッと力を入れて締めながら歩くとか。あとは通勤とかで電車に乗っているときに、あえてつり革につかまらずに、マヂカルラブリーみたいにしたり……。活きているのかどうかはわからないですけど。

峯岸 ワゴンのタイヤは常にまっすぐにしておかないといけないんですが、それが最初は難しいんですよね。揺れるとすぐに斜めになっちゃうので。絶えず確認するようには意識しています。

甫立 それさえできていれば、ワゴンにはブレーキがついているので、揺れてもワゴンに掴まっていれば必要以上に揺れを気にすることはないですね。

峯岸 なので職場での揺れは大丈夫なんですけど、日常に戻ったとき、たとえばスーパーでカートを押して歩いていて、人とぶつかったときについ「大変申し訳ございません!」って言っちゃうことはよくあります。

甫立 わかる(笑)。プライベートで新幹線に乗っているときも、客室に入るときにいつものクセで礼をしちゃったり。私服なのにね。あとは友達との会話でも「いってらっしゃいませ」って丁寧に言っちゃう。職業病、ですね。

■意外と聞かれるこの質問「富士山、いつぐらいに見られますか?」

〈東海道新幹線の車内が職場の甫立さんと峯岸さん。ふたりとも、接客業に魅力を感じてこの仕事を選んだという。峯岸さんは家族で新幹線に乗ったときにアイスクリームを買い、「本当に硬いね」と言い合いながら食べた思い出があるという。いっぽうの甫立さんは……。〉

??おふたりの新幹線の思い出、何かありますか。

峯岸 家族旅行とかでけっこうよく乗っていたんですよね。だから新幹線に乗ったらパーサーがいるというのはもちろん知っていましたし。

甫立 私は実家が鹿児島で……実はほとんど新幹線に乗ったことがなかったんです。大学受験で福岡に行くときにお父さんと一緒に緊張しながら乗ったとかはあるんですけど。帰省するときは飛行機だし、田舎なので4時間くらいはクルマで行っちゃうんですよね。でもいまは、よく新幹線に乗って出かけていますし、すっかり新幹線が大好きになりました(笑)。

??では、新幹線を楽しむポイントはどこでしょう。

峯岸 富士山ですね。「富士山、いつぐらいに見られますか?」と聞いてくださるお客さまが多いので、事前にしっかりチェックして、「○時○分ごろに新富士駅を通過するので、そのあたりでこちらがわの窓から見えますよ」って。きれいに見えるとやっぱり喜ばれますし、私たちも富士山はテンション上がっちゃいます。

甫立 私たちは立って通路を歩いているので、客室の窓からは目線的になかなかよく見えないんですよね。でも余裕があるときはお客さまが富士山を見て写真を撮っていらっしゃるところに「今日はきれいですね、ラッキーですね!」と一緒に盛り上がることもあります。やっぱり、何度見ても新幹線からの富士山、いいものなんですよね。

■「私たちもお客さまもマスクをしているじゃないですか。だから…」

??乗客数も回復傾向にあるとはいえ、まだまだコロナ禍が続いています。

甫立 ワゴンには東海道新幹線のグッズも載せているのですが、以前はご家族連れで旅行のお客さまに買っていただくことが多かったんです。でも、最近は新幹線に乗る機会が減っているからなのか、ビジネスで乗っているだろうお客さまが、子どもへのお土産とか記念に、みたいな感じでグッズを買われることが増えていると思います。ビジネスであれ、旅行であれ、「新幹線に乗る」という機会がイベントのようになっているのかな、と……。

峯岸 私は入社したときからずっとなのですが、今は私たちもお客さまもマスクをしているじゃないですか。だから、アイコンタクトは意識しています。ひとりひとりのお客さまの目を見て、呼び止めにくい人もいるかもしれないので、こちらから「何かお探しですか?」って自分からお声がけしたり。

甫立 車内で「すいません!」って声を出して呼び止めるのはしづらいという人もいらっしゃるでしょうし。だから手をあげていただいてもいいですし、アイコンタクトでもできるだけうかがえるように頑張っています。

峯岸 私はよく口で笑っているけど目が笑っていないって言われていて、でもマスクをしているからそれじゃダメなので、意識して目で笑うようにしています。

甫立 “目元をニコニコ”はたしかに意識しますね。口元が見えないだけで、表情で伝えられることがグッと減るんですよ。

??コロナ禍以降、新幹線の中はどうしても静かな空間というイメージが強くなっています。なのでなかなかパーサーさんにも声をかけにくいという人もいるかもしれません。

峯岸 声をかけたら迷惑かなとか思っている方もいらっしゃるかもしれませんが、私たちとしては遠慮なく声をかけてほしいです。

甫立 ワゴンに何があるかわからなくても、結果的に買わなくても大丈夫ですから、気軽に声をかけてください。50種類ぐらいの商品があるので、気になるものが見つかると思いますよ。もっと新幹線で過ごす時間を楽しんで頂けるように、私たちも力になれたらいいなと思いつつ、頑張っています。

(鼠入 昌史)

関連記事(外部サイト)