床は凸凹、トイレに扉はなし、室内の配色は原色だらけ…それでも入居率は100%! 伝説の珍奇建築「三鷹天命反転住宅」が建てられた“意外な経緯”

床は凸凹、トイレに扉はなし、室内の配色は原色だらけ…それでも入居率は100%! 伝説の珍奇建築「三鷹天命反転住宅」が建てられた“意外な経緯”

三鷹天命反転住宅 外観

 家賃、駅からの距離、平米数、部屋数、各種設備……。多くの人は多様な選択肢から、自身にとっての“暮らしやすさ”を検討し、住まい選びを行うだろう。

 しかし、東京都三鷹市東八道路沿いにある、カラフルな色彩の“珍奇”な集合住宅「三鷹天命反転住宅?イン メモリー オブ ヘレン・ケラー」は、単純な意味での“暮らしやすさ”とは真逆といえる物件だ。室内の床はほとんどが凸凹で、トイレに扉もなければ、収納スペースもごくわずか。それにもかかわらず、2022年6月現在の入居率は100%。10年以上住み続けている住民もいる。

 いったいなぜ、この物件に多くの人が惹かれるのか。そして、なぜこのような変わった建物が建設されたのか。同物件を管理する株式会社コーデノロジストの松田剛佳支配人に話を聞いた。

【写真】

圧巻! 「三鷹天命反転住宅」の内観を見る

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■三鷹天命反転住宅が建てられたワケ

――そもそも「三鷹天命反転住宅」はどのような経緯で建設されたのでしょう?

松田剛佳(以下松田) この建物は芸術家・建築家の荒川修作とマドリン・ギンズが設計したものなのですが、彼らが集合住宅を建設した経緯については、まず「養老天命反転地」のことを説明する必要がありますね。

 荒川とギンズはもともと芸術家で、かつては絵画や彫刻作品を美術館やギャラリーで発表し続けていました。ですが、そういった環境で作品を発表しても、なかなか普段から美術館に来る方以外に作品を伝えられないという、ある種のジレンマを抱えていたんです。

 そんなとき身体で“体験”できる作品に関心を持って、岐阜県養老郡養老町に水平・垂直な線がほとんどなく、至る所に人間の平衡感覚や遠近感を混乱させる仕掛けが用意された広大なテーマパークのような作品「養老天命反転地」をつくりました。

「養老天命反転地」自体は、多くの人に利用され、確かな評価も得たのですが、その一方で別の問題が発生したんですね。何かというと、「養老天命反転地」は “行って楽しむ”もの……言ってしまえば、「養老天命反転地に行ってすごく楽しかった」ということ、それは普段の日常の退屈さを発見させてしまうスイッチのような存在になっていると感じていたわけです。

 そこで、荒川とギンズは「日常自体を変えなければいけない」「生活そのものを楽しいものに変えなければならない」という考えになっていったと。

■室内のいたるところにある“仕掛け”

――生活に最も密接した作品として「家」を設計することになったわけですね。

松田 はい。身体にとって住まいは欠かせないものですからね。。

 それだけに、家については皆が何かしらの価値判断基準を持っている。なので、必ず、その人の理想や常識とのズレが出てくるんです。だからこそ、私自身も、皆さんが三鷹天命反転住宅を見たり体験したりしたときのリアクションを興味深く感じています。

――なぜこのような“珍奇”とも思える内外観を設計したのでしょうか。

松田 荒川とギンズは、一人ひとりの身体が中心となるような空間と環境を設計・構築しました。室内の床が凸凹していたり、照明のスイッチが変わった箇所に設置されていたり、配色はビビッドな原色の組み合わせであったり……。今までと少し違った環境・条件で過ごすことを通じて、今まであり得ないと思われていたことがあり得るようになるかもしれない=“天命”の“反転”が可能になる……という意図が込められた建物なのです。人は環境に適応していく。つまり、環境に人は大きく影響されるというわけですね。

 わかりやすく言えば、荒川とギンズは常識や固定観念に疑問を投げかけ、考え、生活する空間をつくりあげたとでも言いましょうか。

 ちなみに建物は全部で9戸あって、そのうち5戸が賃貸用の住居で、実際に現在も居住されている方がいます。残り4戸のうち2戸が宿泊・見学会用の部屋、もう2戸は私たちが事務所として利用しているという状況です。

■一体どんな人が住んでいるのか

――実際に住まれている方はどんな方がいらっしゃるのでしょう。

松田 過去に住まれていた方も含めると、たとえばスマートニュース株式会社を創業した鈴木健さんであったり、数学をテーマとした独立研究者の森田真生さんであったり。映像作家や絵本作家、アーティスト、建築家など……幅広い職業の方がいらっしゃいますね。

 変な言い方に聞こえてしまうかもしれませんが、どこか“スーツをうまく着られる人があまりいない”かもしれません。『死なない子供、荒川修作』((2010、監督:山岡信貴)/荒川修作とギンズの思想、そして三鷹天命反転住宅に住む人々の記録をまとめた映画)が公開された後は、周囲から「住民の人達みんなめっちゃキャラが濃いですね」とよく言われました(笑)。

――そもそもなぜ三鷹に建設することが決まったんですか?

■三鷹を建設地に選んだ“納得の理由”

松田 「軽井沢であったり葉山であったり、もっと風光明媚な場所に建てればよかったんじゃないですか?」という声をたまにかけられます。ただ、この家のコンセプトのひとつに “ふつうの住宅街にふつうに建てる”というものがあったんです。

 例えば、三鷹天命反転住宅が軽井沢に建っていると、一定の人は「あれは私の生活とは関係ないものだ」こう思うでしょう。でも、三鷹に建っていたら、対岸の火事ではなく、日常の一つとして認識して見てもらえますよね。それがとても大事なことなんです。

――なるほど。たしかにこの辺りで生活していると、住んでいる人が建物から出てくる瞬間に出くわすこともあるでしょうし、自分ごととして物件に向き合うことになりそうです。ちなみに、いざ賃貸物件としての活用が始まったとき、申込みはすぐにありましたか。

松田 はじめは三鷹市の第三セクター「まちづくり三鷹」に間に入ってもらって3戸だけ貸し出すかたちでスタートしたんですが、反響はそこまで大きくはなかったですね。

――それは意外でした。一方、交通の便や室内の構造など、“住居としての利便性”が優れているとは言い難い三鷹天命反転住宅を選ぶ方は、長く住み続ける人が多いような気もします。実際のところどうなのでしょう?

松田 おっしゃる通り、10年以上住まれている方が珍しくありません。更新のタイミングで転居するという方はほとんどいなくて……。これまでで一組だけでしたかね。止むに止まれぬご事情がないかぎり、長く住まわれている方が多いように思います。本当にありがたいことです。

――1ヶ月の賃料はいくらくらいなのでしょうか。

松田 部屋の大きさによって異なるのですが16万〜18万円ほどです。当初は25万円くらいで値段設定をしていたんですが、それだと住む人が限られてしまう。なので、見学会や宿泊利用をはじめ、家賃収入以外の部分で収益を上げて、少しでも住みやすい値段設定にしています。ただ、もちろん、なかなかいいマッチングができずに空室が続いてしまうこともありますよ。

――空室があるときには内見に来られる人も多そうですね。

松田 不動産を全体でみてワンオブゼムで来られる方はほとんどいなくて、決め打ちで来られている印象なので、対応に困るほど沢山の方から問い合わせが……ということはありません。

 内見にまつわる話でいうと、案内していると、その後契約に進む人の恋に落ちる瞬間が見えるんですよ。入室時のリアクションで、その人が契約申し込みをするかしないかがわかるとでも言いましょうか。

――先ほどの話で、宿泊・見学会用の部屋も用意されているとのことでしたが、そうした物件活用は当初から想定されていたのですか?

松田 いえ、2005年の完成当初は住戸の活用方法が固まっていなくて、ふんわりと「分譲で皆さんに買っていただいて……」と考えていました。賃貸を始めたのも、建設後すぐではなく、1年ほど時間が経った頃だったんです。宿泊・見学会を始めたのはそれよりさらに後のことですね。

■「すいません、この建物何なんですか?」

――すべての物件を賃貸用にせず、宿泊・見学会用にもしたのはなぜなのでしょうか。

松田 建物の活用法について色々と検討している間に、入り口から「すいません、この建物何なんですか?」と聞いてくる人がいたり、海外の建築を学ぶ学生がチャイムを鳴らして学生証を持って立っていたりすることがよくありまして。設計を担当した荒川も「できるだけたくさんの人に使ってもらいたい」という思いを強く持っていたんです。

 そうした背景があって、なるべく多くの人に天命反転住宅を体験してもらうために何ができるのか……とトライアンドエラーを繰り返すうちに、結果的に現在のかたち(全9戸中、賃貸物件5戸、宿泊・見学会用物件2戸、管理会社用物件2戸としての活用)になりました。

――宿泊・見学会を始められてから手応えのようなものはありましたか?

松田 見学会開始当初は、困惑される方が多かったんですが、それが嬉しかったですね。「あの丸い部屋は回るんですか?」と聞かれたりして。そのとき「世の中にこれまでなかったものができたんだな」という確信が持てたことを覚えています。

 今はインターネットが普及したこともあって、「なにか有名な家らしい」だとか、「なにか身体にいい家らしい」だとか、事前に最低限の情報を仕入れて来られるので、極端に困惑される方はほとんどいません。ただ、見学会などで「荒川修作のことを知ってる人はどれくらいいますか?」と質問を投げかけても、誰からも手が上がらなかったりして。それは、ありがたくもあり、自分たちにとってはプレッシャーでもあります。

 というのも、見学会も無料ではなくお金を頂戴しているので(大人 2800円/小・中・高校生 1000円/幼稚園以下 無料)、荒川のことを知らないこの人達を楽しませて帰らせることはできるんだろうか……といった思いになるんですよ(笑)。とはいえ、もちろん来てくださることは嬉しいですよ。実際に「以前見学に来て泊まってみたいと思ったんです」と宿泊に来られる方も結構いらっしゃって、それもありがたいことですね。

――見学会に来られるのはどんな方が多いのでしょうか?

松田 老若男女、本当にさまざまです。例えば慶応三田会の比較的お年を召されたご一行の方が、「ここに住んでると長生きしそうだねえ」などとお喋りされながら楽しんでくださったり、コロナ禍以降は休止中なんですが、最近は近隣の小学校に授業で見学に来てもらったり。

――小学生も来るんですね。興奮している様子が目に浮かびます。

松田 そうですね。「学区内にある変な家にやっと入れた!」みたいな感じなのではないでしょうか。「お母さんに自慢しよ!」という声を聞くこともあります。

 今は三鷹天命反転住宅が小学3・4年生向けの図工の教科書で紹介されていたりするので、地元の子からしたら不思議なんでしょうね。知ってはいるけれど、入ったことがない建物なわけで。

■世界的に評価されている建築が減りゆく現状

――見学会に来られる方や、小学生のリアクションをうかがっていると、荒川修作やマドリン・ギンズについて知らなくても、興味・関心を持つケースが多い。つまり、それだけ物件の持つ魅力が大きいと言いかえることもできそうです。

松田 たしかに、私たち自身も荒川修作とマドリン・ギンズの作品は、作家の名前よりも作品で評価されているタイプだと思っています。「三鷹の変な家(三鷹天命反転住宅)」とか、「岐阜の危ない公園(養老天命反転地)」とか。年齢・性別・宗教問わず、本当にいろんな人が素直に作品を楽しんでくださっているので、健全なことだと捉えています。

――三鷹天命反転住宅は、新型コロナウイルスの影響で収益が落ち込み、2021年には補修工事費用を募るクラウドファンディングを行われたことが一部で話題になりました。やはり、歴史的建造物を次世代に繋げるための管理運営における課題は少なくないのでしょうか。

松田 結局のところ三鷹天命反転住宅の魅力は「来ないとわからない」のが難しい部分なんですよね。出張先で「あの物件は何がいいの?」と尋ねられることがよくあるんですが、とても困ってしまいます。言葉を重ねても体験には勝てない。なので、体験機会を増やそうと努力しているのが現状です。

 体験してもらって、ファンになっていただくことが継続的な管理運営にもつながるのだと考えています。ただ、場所や部屋数、私達が対応できる時間など、限りもあるので、そんな中で、どうすれば、よりよく体験していただけるかということが一番の課題でしょうか。

――中銀カプセルタワービルや世田谷の旧・尾崎邸など、近代の偉大な建築が十分な保護保全がされているとは言い難いなか、取り壊さざるをえない状況に追いやられたりもしています。そうした現状についてはどのようにお考えでしょう。

松田 建築の専門家はもちろん、一般の方にとっても、中銀カプセルタワービルや旧・尾崎邸が魅力的な建物であることは間違いありません。そういった対象になっている物件が取り壊しになってしまったり、話があがっている現状は残念ですね。日本には世界的に評価されている建築が多くあるので、そうした建築物がなくなっていくこと、つまり、見て学べる機会が失われていくことは大きな損失につながるのではないかと懸念しています。

――そうしたなかで、松田さんのお考えとしては体験する機会を充実させることで、応援してくれる人を増やしていこうということでしょうか。

松田 そうですね。究極的にはここで暮らしてほしいという思いがありますが、宿泊でも、見学でも、少しでも長く、一人でも多くの方に「三鷹天命反転住宅」を体験していただくための努力を続けていきたいと思っています。

? 2005 Estate of Madeline Gins. ?Reproduced with permission of the Estate of Madeline Gins.

? 1997 Estate of Madeline Gins.? Reproduced with permission of the Estate of Madeline Gins.

〈写真多数〉「す、すごい迫力だ…」常識とはかけ離れすぎた設計! 三鷹市郊外でひときわ目立つ珍奇建築「三鷹天命反転住宅」に泊まってみた へ続く

(「文春オンライン」編集部)

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