カジノは日本に必要か。マニラの日系カジノに行ってみた

カジノは日本に必要か。マニラの日系カジノに行ってみた

オカダマニラの外観 ©水谷竹秀

 

出典:文藝春秋2017年3月号

 2016年12月21日、フィリピン・マニラの巨大な屋外コンサート会場は、大勢の観衆でごった返していた。ここは日系のカジノ型統合リゾート施設(IR)「オカダマニラ」の敷地内。仮オープンを祝うイベントには、ざっと見ただけでも数千人は集まっていた。

 午後8時過ぎ、共同出資者でパチスロ機メーカー「ユニバーサルエンターテインメント」(本社・東京都江東区)の岡田和生会長(74)がスーツ姿でステージに姿を見せた。

 司会者のフィリピン人アーティストから「ここにいる皆さまにメッセージをお願いします」と求められると、岡田会長は「私からの言葉はメリークリスマス!」と声を張り上げ、右腕を高々と掲げて笑った。

 続いてオカダマニラの幹部らも登壇。司会者がカウントダウンを唱え、岡田会長らがボタンを押すと、ステージ頭上から火花のシャワーが吹き出し、打ち上げ花火が夜空を彩った。会場に集まったフィリピン人たちは夜空に向けてスマホをかざし、上空で弧を描く光と音の共演に酔いしれた――。

■日本のカジノ設置への一歩

 日本ではこの1週間ほど前の12月15日、野党の反発を押し切ってIR整備推進法案が成立した。

 1999年に当時の石原慎太郎都知事が「お台場カジノ構想」をぶち上げて以来、議論が続いていた日本国内のカジノ設置が、実現に向けて一歩踏み出したのだ。日本政府は東京オリンピックが開催される2020年に訪日外国人を年間4000万人、消費額を8兆円に引き上げる目標を掲げている。「観光立国」を目指す日本の五輪後の集客対策として、カジノを活用し、外国人客を誘致する考えだ。横浜、大阪、佐世保などが候補地として名前が挙がる一方、ギャンブル依存症や反社会的勢力とのつながりによる治安悪化を懸念する声も後を絶たない。

 日本企業が主体となって開設された初のIRとなるオカダマニラ。経営主体のユニバーサルエンターテインメント社は1969年、レコードの自動演奏装置「ジュークボックス」のリース事業を目的に創業。その後はパチンコ機やパチスロ機の製造へと事業を拡大し、業界最大手へ上り詰めた。2000年代に入り、米国のカジノ大手企業に投資し、カジノビジネスに本格参入することになる。

 その動きはやがてフィリピンへ広がり、2012年1月に着工式が執り行われたオカダマニラは、総工費24億ドル(約3000億円)と5年の歳月を掛けて仮オープンにこぎ着けたのだ。今年3月までのグランドオープンを目指している。

■ルーレットには「富士山の絵」

 岡田会長は、将来的に日本でのカジノ事業にも興味を示しているとされる。オカダマニラが成功すれば、その実績は日本進出への足掛かりとなるだろう。つまり、日本版カジノのモデルケースになる可能性が高いのだ。現地を歩いて、いずれ日本に現れるかもしれないIRの実態を探ってみたい。

 オカダマニラが位置する「エンターテインメント・シティー」は、マニラの西に広がるマニラ湾の埋立地を利用して作られた広大な敷地で、マニラ国際空港から高速道路を走って数分で到着する。巨大なIRが他に2カ所あり、まさしくカジノを堪能するための歓楽街だ。

 その中でも、オカダマニラが最大の規模を誇る。カジノに加えてホテル、コンベンションホール、屋内ビーチ、ブティック、ミシュランの星を獲得した日本人シェフによる和食レストラン、スパやフィットネスクラブなどが、一つの街を形成している。全ての施設が完成すれば、その敷地面積は44万平方メートルで、東京ディズニーランドとほぼ同じだ。圧巻は屋内ビーチ。ドーム型の建物に設置され、プールの周りに砂浜が広がり、椰子の木が並ぶ。夜になるとダンスミュージックが流れるクラブに様変わりする。ホテルは全993室がスイートルームで、広々とした部屋からはマニラ湾が一望できるという。

「弊社の目玉の一つである音と光の噴水は世界最大規模です。周囲は1周約2キロのクリスタルガラスの通路に囲まれ、そこでショッピングや食事が楽しめます。子連れで来るお客様にはキッズルームも用意しています。フィリピン人は親切心とホスピタリティーに溢れている。そこに日本企業ならではのきめこまかなサービスを融合させたい」(現地スタッフ)

■途上国にはありえない光景

 実際に、オカダマニラのカジノを体験してみた。

 カジノのメインエントランスに到着すると、ゲート型金属探知機をくぐりぬけて手荷物検査を受ける。英国の衛兵を彷彿とさせる真っ赤なコートを着たドアマンに案内され、ガラス張りの重厚な扉の奥に進むと、シルバーのドレスに身を包んだモデル級の女性たちがヒールの分、高みから笑顔で迎えてくれた。

 頭上を見上げると、オカダマニラのシンボルカラーである紫色のカーテンが上品に張り巡らされている。荘厳な太い柱に支えられた天井は、それだけでゴージャスな雰囲気を醸し出していた。

 さらに先に進むと、ずらりと並んだスロットマシーンが目に飛び込んでくる。カジノスペースが全て完成すれば、その数は3000台にも上るという。バカラやポーカー、ブラックジャックなどカードゲーム用のテーブルは500台もある。ルーレットの円盤には富士山と桜の絵がさりげなく施されていて、ここが“和製カジノ”であることを主張していた。

 そんな華やかさの一方、改めて周囲を見回すと、客層は、Tシャツにジーンズといったラフな格好をしているフィリピン人男女、それも中高年が中心だ。若い女性、中国人や韓国人の姿もちらほらみられる。日本のパチンコや雀荘、競艇のような中高年男性が集まるギャンブル場という印象は薄い。

 ビールグラスを片手に談笑していたフィリピン人の若者たちがいたので声を掛けてみると、そのうちのイケメンが天井を指さして興奮気味に語り始めた。

「国内では他のカジノも行ったけど、オカダマニラは内装がとにかく豪華だ。途上国のフィリピンにはありえない光景。ここだけ別の国にいるみたいな気分になる」

 カジノの入口には、射幸心を煽るかのように、プレゼントであることを示す紫色のリボンが結ばれた英国社製の高級スポーツカーが1台、日本製の大型バイク4台が展示されていた。海外出張の合間を縫って訪れたという日本人男性はこう語る。

「ギャンブルそのものという印象が強いマカオのカジノに比べると、幅広い世代が楽しめるエンタメ性を追求していますね」

 ドリンクは無料で飲み放題。ビール、ワイン、ウイスキー、ソフトドリンク、コーヒーなどから選び、ドレスを着た周囲の女性スタッフに声を掛ければ、自分の居場所まで運んでくれる。カジノスペース内には至る所に灰皿が置かれ、喫煙可能だ。

■さっそくバカラへ

 私は普段、賭け事をやらないが、今回ばかりは挑戦してみた。プレイしてみたのは、初心者でも参加しやすいバカラ。トランプを使う丁半博打の一種だ。私は、握りしめていた1000ペソ(約2300円、1ペソ=約2.3円)のチップ5枚を置き、一発勝負を挑んだ。

 若い女性ディーラーからカード2枚が配られる。私と同じように賭けた隣席のフィリピン人男性が念じるような声を上げたかと思うと、裏返したカードを見てガックリとうなだれた。私の5000ペソも、ものの30秒もしないうちに消えてしまった。年明け直後のことだったので、これで今年の運勢は「凶」と確定した。

 スロットマシーンの一角で、中年のフィリピン人男性が、時間を持て余すかのように携帯電話を操作していたので、声を掛けた。

「今日はスロットで500ペソ負けただけだよ(笑)。ネットでオカダマニラのオープンを知って来たんだ。グランドオープンすれば大勢の客が殺到するのは間違いないだろう」

 しばらく話し込んで親しくなったので、この男性に解説をしてもらいながら私はスロットに現金を投入した。彼に言われた通りボタンを連打すると、最初は負けが続いたが、途中から勝ち始め、なんだか訳が分からないうちに手持ちの金額が増えていく。終わってみると1500ペソ(約3500円)勝っていた。

 こうなると、もう一勝負してみようか、という雑念が湧いてくる。自然と足はバカラのテーブルに向かっていた――。

 ギャンブルにめったに手を出さない私でも、娯楽として純粋に楽しめた。日本に存在するギャンブルと比べてもハードルは高くない。

(#2「カジノ業界に参入する日本の“ライバル”は意外な国だった」に続く)

(水谷 竹秀)

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