「実家に帰らないんですか?」という声も…53歳男性が3年間続けた車中泊生活を“終える時”

「実家に帰らないんですか?」という声も…53歳男性が3年間続けた車中泊生活を“終える時”

井上いちろうさん

離婚して車中泊に…53歳マンガ家が「自由であるけど不自由」な生活を続ける理由とは から続く

 離婚して30年ローンで購入した中古の一戸建てを手放し、父から譲り受けた軽ワゴンで車中泊しながら、全国各地で漫画を描く。

 そんな日々を題材にした漫画『 #離婚して車中泊になりました 』。

 作者である井上いちろう氏(53)に、車中泊生活の終わり、これから車中泊に挑んでみたい人へのアドバイス、これから旅してみたい場所について、話を聞いた。

■「家を目標にして生きる」ことをしたくなかった

――作中でも語られていますが、2019年4月に離婚、10月に家を売却。さらに、収入のアップダウン、新しい家を借りる煩わしさ、そして、ご自身でもおっしゃっていましたが「人嫌い」でもある。すべてが嫌になったといいますか、そうしたものが重なっての車中泊生活スタートだったのでしょうか?

井上 「家を目標にして生きる」みたいのを、もう一回したくなかったんです。人生の一番でかい買い物が家だとして、もし買ってしまったら、そのローンを払うために仕事をするわけじゃないですか。買わずに部屋を借りたとしても、そこに住むのをキープするために仕事をしなくちゃいけない。そういうのに、なにも未来を感じなくなったんですよ。

――そこに53歳という年齢による悟りみたいなのも乗っかってきませんか? 仕事はあっても、この先でどデカく当てることや稼ぐことはないだろう、みたいな。

井上 まさに。二十歳あたりの頃は「俺も『ドラえもん』『ドラゴンボール』みたいなのを描くぜ!」と息巻いていましたけど、限界って感じるんですよね。自分がそこまでのファンタジーものを描ける人間ではないと、だんだんわかってくるわけです。で、50ぐらいになったら、もう限界値。

 持ち込みをして「この漫画は、大きな剣を持った男がね」なんて、もう言えない。でも、見たものは描けるんです。そこは漫画家としてのスキルがあるので。

 あと、家を持たずに車中泊しながら漫画を描くというスタイルがなかったのも、自分には興奮できる要因で。それと見たものを描くスキルを合わせたら面白いなと思ったし、モチベーションにもなったんですよ。

■あった出来事をただ描いているだけ

――漫画家としての仕事と直結しているだけに、「車中泊生活をやめてはいけない」といった強迫観念を抱いたりは。

井上 落ち込んでる時には思いますね。そういうのを全然気にしないとは言いながら、本のレビューや描いたことに対してキツイこと言われると「ああ、言われてもうたな。なんで俺、こんなことやってんねやろな」とか。次の日にはケロッとしてますけど。

 これに関しては「100回描いて1回面白ければいいわ」ぐらいのスタンスで描いているので。あった出来事をただ描いているだけ。それってコミュニケーションやと思ってるんです。たとえば、大学や高校の頃とかって、友達同士で毎回オチを付けて話をしていたじゃないですか。なにか話しているだけなんだけど、たまに感動したり、怒りとか哀しみがあるから、みんなで盛り上がれる。

 僕のTwitterのフォロワーさんたちとの関係も、それと一緒。僕の日常を漫画で教えているだけでよくて、たまーに劇的なことがあるから面白がってくれるというか。高校、大学の友達関係みたいな感じで、漫画家と読者の関係を築けたら新しいし、面白いなと。Twitterなら、そのやりとりが可能じゃないですか。

■再婚? 現状では空想レベルの話です

――「実家に帰らないんですか?」といった声も寄せられるとのことですが、終える時は自分で終えると。

井上 そうですね。

――ちょっと気になるのが、再婚したらどうするのかなと。なきにしもあらずですよね。

井上 まあ、なしではないですね。だけど、僕のなかでは再婚って、急にどこかの会社の社長になるのと同じぐらいのレベルですよ。ファンタジーの域とまでは言いませんけども。仮に社長になったとしても、その会社のために僕はアレせなあかんのか、コレせなあかんのか、と思いますし。ちょっと、現状では空想レベルの話ですね。もし、そんなことが起きたら具体的に考えるでしょうけど。

■億レベルの印税が入っても車中泊生活をやめない

――もうひとつ気になるのが、単行本が大ヒットして印税が億レベルで入ったりしても続けられるのかなと。

井上 やめません。そんなもんじゃ、やめないです。というか、お金は関係ない。これはカッコつけて言ってるんじゃなくて。実際、そんなに売れてないからアレですけど。でも、売れたとて……これは「車中泊生活をやめてはいけない」の話にも通じるけど、現在の生活はアイデンティティになってますから。

――自分で質問しておいてなんですけど、たしかに僕もサマージャンボ宝くじが当たってもいまの仕事は続けますね。たいした仕事じゃないですが、アイデンティティと直結していますから。

井上 いやらしい話になるけど、これ以上有名になるのも微妙なんですよ。いまの3万人ぐらいのフォロワーさんとチマチマやっているのが心地いい。大ブームになったら、あとは落ちるしかないし。ようするに、目に触れられる部分が増えると、それだけ規制というか、自分でも気にしなきゃいけなくなるところが出てくるから。自分で「自由だ」と思えてるものが、どんどん角を1個ずつ引っ込めなきゃいけないようになる。いまですら、ちょっと考えちゃう部分があるのに、もっと増えるのは厳しいなって。

 僕の車が走ってたり停まったりしているのを見た人に「ああ、あの車中泊の漫画のやつだろ」と言われるようになると、それはそれで気が抜けなくなるなと。いまぐらいなら、そんなことほぼないですし。

■愛媛県の今治とか、新潟県の長岡とかが最高です

――『#離婚して車中泊になりました』を読んで、車中泊生活を始めようと思い立つ人は少なくないと思います。そうした方々に向けて、車中泊ハックを教えていただければ。

井上 人それぞれ嗜好も違うので、なんとも言えないですけど。ただ、こんなんする人というのはあんまり人好きじゃないでしょうから(笑)。地方の心地よいパーキングエリアとか道の駅とか、そういうところを探すのに躍起になるのがいいんじゃないですか。

 いま、僕がハマっているというか、楽しんでいるのは、1カ月ぐらい滞在するのに適している町を探すことで。愛媛県の今治とか、あのあたりは僕みたいな生活をしている人間にはものすごく心地いい。

 なんていうのかな。街や道のデザインがすごく緩やかなんですよ。どこか1カ所にすべてが固まっている街ってあるじゃないですか。そこから出ちゃうと、あとは田んぼか住宅街しかないような。今治はそうじゃなくて、駐車場完備の大きなスーパーがあるかと思えば、ちょっと離れたところにホームセンターがあって、さらに進むとドン・キホーテと健康ランド、もうちょっと進めば映画館があるとか、街のバランスもそうだし交通量も絶妙やったりする。ほかだと、新潟県の長岡も最高ですね。

■高速道路に24時間以上いると止められる

――警官の職質のエピソードが第2話に出てきますが、車中泊初心者には職質はガクブルものではないかと。いまも受けますか?

井上 地方はそうでもないですけど、都内だと結構な確率でありますよ。その第2話でも書きましたけど、前は「夫婦喧嘩して、家追い出されました」と言ってましたけど、いまは「車で旅してます」で理解してくれますね。

 走ってる時に覆面に止められた時はビックリしましたけどね。ウ〜ッと鳴らして横にスーッと来るから「どうしたんですか?」と聞いたら、「いやぁ、ちょっと気になってね」って。もう、先に(トラブルになりそうな)ハサミとか出して見せたら、向こうも「ああ、わかった、わかった。いいよ」って感じですよ。

 逆に漫画家で車中泊生活していると知ると、興味を持たれてしまうこともあって。そこから10分、15分くらい「どういう漫画を描いてるの?」とか聞かれて「うわ〜、乗っちゃったよ」っていうね(笑)。

 まぁ、日本は治安がいいってことですよ。

――治安の良さを実感できますか。

井上 たとえば高速道路でも、高速道路に何時間いたらアウトかという話があるわけですよ。これ、何時間くらい大丈夫か試したんです。そうしたら、距離とかもいろいろあるんですけど、24時間以上いると止められる。料金所のゲートが開かないんです。

 犯罪に巻き込まれたりしたんじゃないか、犯罪をしているんじゃないかとか、ETCやチケットで時間経過をチェックしている。で、精算する時にゲートを開けてもらえずに「あんた、えらい長いこといたね。何してたの?」「どこから入ってきたの?」「念の為、写真撮らせてもらっていい?」と言われるんです。

■維持費を抑えるには、軽ワゴンの乗り換えが一番かな

――大きな車は維持費がかかるとおっしゃっていましたが、車を換える予定はありませんか?

井上 それは常に考えてまして。たとえばワンランク上のハイエースあたりに換えると、10万か15万キロ走ると、間違いなくオーバーホールしなきゃいけない。費用も大体50万円から100万円で、その間の維持費にもいくらかかるとかっていう計算をしてみるんですよ。いまの軽ワゴンで残り数万キロ走って乗り捨てたほうがいいのか、ワンランク上のものに乗り換えてやっていくほうがいいのか。どちらがコスト的に楽かなと考えると、軽ワゴンの乗り換えが一番かなって。軽ワゴンとはいえ、乗り換えれば新鮮ですから。

 でも、いずれにせよ車も寿命があるんでね。キャンピングカーに換えて365日ずっと回っても、コスト面でのリスキーさは変わらない。やっぱり、100万、200万で新車の軽ワゴンを乗り継いでいくべきなのかって。

■こういう使い方をした軽が、どれだけ持つか…

――簡単に答えは出ない。

井上 どの考えをどうチョイスするかという岐路に、そろそろ立ちそうだなと。いまの車は15万キロはいってるので、ヘタり出すのもボチボチかなって。エンジンはしっかり回っていても、他の部分をいろいろメンテナンスしていかなきゃいけないので。ほんとうに「もう一回軽バンか、ハイエースにするか」みたいな。整備士さんに会うたびに、ずっとその話をしてます。

 整備士さんも面白がってくれていて。「軽ワゴンで、こんな使い方する人間はおらん」と。だから、エンジンをフル回転させて、3年間で15万キロ走って、毎日何百キロ走って、それができてしまう日本の技ってすげぇな、みたいなね。だから、「これはサンプルとしておもろい。こういう使い方をした軽が、どれだけ持つかは俺もわからん」と彼も言うんですよ。

――もともと、車やメカがお好きなんですよね。

井上 僕、工業高校やったんですよ。エンジン分解、組み立てとかも、一応は習ってたんです。高校時代はバイクに夢中だったし、四輪だとダートトライアルという競技もやってたり、乗り物はずっと大好きだったので。

■全国の水族館や動物園を回りたい

――岐阜の郡上おどりに行くのが楽しみだとおっしゃっていますが、それ以外に行きたいところは?

井上 全国の水族館や動物園は回りたいですね。コロナの2年間は、観光寄りの話がまったく描けなかったので。いま、ちょっとやり始めてますけど。こないだ、ナウマンゾウの博物館とか描きました。ああいった、地方の面白い博物館であるとか、動物園であるとか、観光地めぐりみたいなことはインバウンドが戻ってくる前に回ってしまおうと。

 これ言うとアレかもしれないけど、いまが一番日本らしい日本というか。外国の方が来てくれて、日本を楽しんでくれるのは嬉しいんですけどね。先日も奈良に行ってきましたけど、日本人しかいなくて、僕らの世代が修学旅行で行った頃の奈良みたいでいいんですよ。

――こうしてお話をお伺いして思ったのですが、本当に「人嫌い」なんですか? ベラッベラ喋られるので、そうは思えなくて。

井上 そんな重度の人嫌いではないですよ(笑)。今日は反動かもしれないです。普段は喋らないからこそ、漫画を描いている。喋りで消化しちゃうと、漫画を描かなくなっちゃうんじゃないですかね。

写真=三宅史郎/文藝春秋

「免許証見せてもらっていいですか」車中泊の深夜、職務質問を受けて“とっさに出てきた言葉” へ続く

(平田 裕介)

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