「甲子園で流れた『キセキ』は我々の演奏ではない」聖光学院ブラスバンド部が「美談」を求める高校球界へ投げかける一言《野球部との“対等で新しい関係性”を模索》

「甲子園で流れた『キセキ』は我々の演奏ではない」聖光学院ブラスバンド部が「美談」を求める高校球界へ投げかける一言《野球部との“対等で新しい関係性”を模索》

聖光学院ブラスバンド部の部員は現在3人 ©柳川悠二

《なんで野球部の応援のために吹奏楽部が客席で応援するの?》甲子園応援を「練習」を理由に見送った聖光学院ブラスバンド部の決断と影響 から続く

 甲子園のブラバン応援における二大巨頭といえば、千葉の市立習志野と大阪桐蔭だろう。高校野球の名門である両校だが吹奏楽部も名門で、全日本吹奏楽コンクールにおける金賞の常連校でもある。

 習志野の吹奏楽部が球場で奏でる荘厳な音楽は「美爆音」と自称し、相手校のナインを聴覚から威圧する。吹奏楽部の石津谷治法教諭連盟理事長で、日本の高校吹奏楽界の名伯楽である。かつて私の取材にこう話していた。

「習志野の演奏を5万人近い観客に聴いてもらえる舞台なんて、日本どころか世界中を探してもありません。ブラバンは野球における勝負の命運を握っていると思います。勝てば選手のおかげ、負けたらブラバンのせいです」

 近年の高校野球界で随一の存在感を放つ大阪桐蔭の吹奏楽部は、オリジナルの楽曲や最新のヒット曲を演奏するアルプス応援が人気で、昨年の大晦日にはとうとうNHKの紅白歌合戦に出演するまでに。吹奏楽部顧問の梅田隆司教諭も業界の有名人だ。

 大所帯の名門吹奏楽部でも、甲子園や地方大会の応援にはコンクールに出場しない“二軍”を動員する学校もあるが、両校の教諭は同じような言葉を口にする。

「うちはコンクールよりも、野球部の(甲子園)応援を優先しています。できる限り、全部員が参加して演奏したい」(石津谷教諭)

「僕のポリシーは、部員全員で演奏したいということ。コンクールのメンバーはどうしても数制限がある。僕は生徒を選ぶのが嫌だから、部員全員が参加できる甲子園の応援を大事にしているんです」(梅田教諭)

■甲子園応援は全校生徒590人中50人ほど

 コンクールより甲子園応援を優先する吹奏楽部がある一方で、部員5人の福島・聖光学院ブラスバンド部が、演奏会の準備のために2回戦以降の応援を取りやめたことは甲子園の中継でも報じられた。

「甲子園と演奏会のどちらを優先するか、という話ではないと思っています。あえて言えば生徒の意志優先というのが私のスタンス。それがブラスバンド部の生徒を預かる顧問としての務めかなと思います」

 顧問の梅野和生(かずき)教諭はそう語るものの、現実的には演奏会の日程調整などでは決断が必要だった。

 聖光学院のアルプス席はいつも閑散としている印象がある。この夏も全校生徒590人のうち、甲子園応援を希望して参加したのは約50人だった。

 その背景には、野球部が“強すぎる”ことも影響しているのかもしれない。聖光学院は過去20年で16度夏の甲子園に出場しており、甲子園出場のイベント感が低下していても不思議ではない。寄付金も潤沢とは言いがたく、応援に参加する生徒の金銭負担も小さくない。

 野球部とブラスバンド部の関係性も、以前は少々ぎこちないものだったという。

「正直なことをお話ししますと、聖光のブラスバンド部は人数が少ないので甲子園や福島大会で演奏しても相手校に見劣りすることも多く、野球部ファンの方々があんまり喜んでいる印象はありませんでした。特に甲子園では『聖光だけ人数が少なくて、恥ずかしい応援をするんじゃないよ』と言われたり……。ただコロナ禍で応援ができない時期もあったことで、最近では逆に喜んでもらえるようになった感覚はあります。特に今年の野球部員は一度も楽器による応援を経験していなかったので、甲子園の1回戦だけでしたが野球部員から非常に感謝されました」

 3年生が夏を最後に引退し、新たに部長となった2年生の高橋明花(はるか)さんは、楽器を始めたのは高校からで、アルトサックスを担当している。東京の名門・日大三との甲子園1回戦は、ブラバン応援の人数では圧倒されたが楽しかったと話す。

「音量ではかないませんから、まずは自分たちが一番楽しむんだという気持ちで演奏しました。音楽が好きでブラスバンド部を選んだので、最初は甲子園での演奏は頭にありませんでした。でも参加してみて、大切な思い出になりました。私自身は2回戦以降も応援したい気持ちがあったんですが、3年生たちにとって最後になる演奏会も万全の準備で臨みたかった」

■「甲子園に向かうバスはぎゅうぎゅう詰めで、ちょっとしんどかったです(笑)」

 同じ2年生の東海林(とうかいりん)梨奈さんは、初めての甲子園応援をこう振り返る。

「甲子園に向かうバスはぎゅうぎゅう詰めで、ちょっとしんどかったです(笑)。応援はみんながひとつになって団結力が感じられた。やっぱり嬉しかったです。2回戦以降は演奏できなかったんですけど、野球部さんに『ありがとうございます』という感謝の言葉をもらって、ちょっと申し訳ない気持ちがありました。来年また野球部が甲子園に出場したら、もう一度参加したいです」

 部員である2年生の寺島愛日(まなか)さんや、助っ人で参加した1年生の神野彪(きょう)くんも、「2回戦以降も応援したかった」と口にした。再び、梅野教諭が話す。

「部内でも、集大成として演奏会に力を入れたい3年生と、初めての甲子園応援となる2年生では少し温度差があったかもしれません。私も板挟みに遭いましたが、最終的には3年生たちのためにどう行動すべきかを考えました」

 部員たちの取材が終わって梅野教諭の話を聞いていると、隣の教室から高橋さんのアルトサックスの音が聴こえてきた。曲は福島県出身の音楽グループ「GReeeeN」の『キセキ』。仙台育英と対戦した準決勝で聖光学院のアルプス席で流れ、準決勝後に「GReeeeN」もツイッターで聖光学院の快進撃に言及した。

《#聖光学院 全員主役の熱い夏 福島県の高校野球に新たな歴史が刻まれました。最後まで戦い抜く姿勢に、涙しました。誇りを胸に福島に帰ってきてください! 甲子園で鳴り響く「キセキ」心打たれました。「心」と「人間力」そして仲間と果敢に戦った選手・関係者の方々にエールを》

 さらに、聖光学院に勝った仙台育英の吹奏楽部が、決勝で急遽『キセキ』を演奏し、「東北の連帯」と大きなニュースになった。そして、仙台育英は東北勢として初めて全国制覇を遂げ、深紅の優勝旗の白河の関越えを果たした。

 なんとも高校野球ファンが喜びそうな美談だが、梅野教諭が困惑した表情で「実は……」と切り出した。

「甲子園で流れた聖光学院の『キセキ』は、われわれが演奏したものではないんです。2021年春のセンバツで高野連が配布した音源を今年も流したんだと思いますが……なんというか、申し訳ない気持ちでいっぱいです」

■それならいっそ『キセキ、やっか?』と

 しかし、思わぬ形で注目を集めた『キセキ』を、甲子園応援も演奏会も終わった今になってなぜ練習する必要があるのだろうか。

「9月11日に合同の学校説明会があり、そこでブラスバンド部が演奏する機会をいただきました。われわれは演奏していないけれど、まるで演奏したかのように話題になっていましたので、それならいっそ『キセキ、やっか?』と部員に提案したんです。部員も楽譜を確認して『先生、いけます』と(笑)。聖光の定番曲にできたらいいですね」

 甲子園では報道陣も高校野球ファンも、身勝手に感動話を求めるようなところがある。在校生はアルプス応援に参加するもの。それを当たり前のように思っているからこそ、このような事実とは異なる「美談」も生まれるのだろう。

 それでも、高校野球ファンの心を掴んだ甲子園の『キセキ』は、正式部員が3人になってしまった聖光学院ブラスバンド部によって演奏されている。

(柳川 悠二/Webオリジナル(特集班))

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