《なんで野球部の応援のために吹奏楽部が客席で応援するの?》甲子園応援を「練習」を理由に見送った聖光学院ブラスバンド部の決断と影響

《なんで野球部の応援のために吹奏楽部が客席で応援するの?》甲子園応援を「練習」を理由に見送った聖光学院ブラスバンド部の決断と影響

聖光学院ブラスバンド部の応援風景 ©柳川悠二

 この夏の甲子園(全国高等学校野球選手権大会)がクライマックスを迎えようとしていた8月19日、学校教員を名乗る人物のツイートが大きな話題になっていた。

《なんで野球部の応援のために吹奏楽部が客席で応援するの? じゃあ吹奏楽コンクールの応援に野球部も客席で素振りしなよ》(Twitterより)

 このツイートは既に閲覧できなくなっており、発言者の真意は分からない。しかしどうして吹奏楽部が野球部に協力しなければならないのか。数ある運動部の中でもなぜ野球部だけが特別扱いを受けるのか——。そういった心の内側に抱えていた不満が爆発した形だろう。

 コロナ禍でブラバン応援が禁止された大会もあったが、今年は50人という演奏者の人数制限こそあったものの、平時の応援風景が戻ってきていた。地方大会でさえ、1回戦から吹奏楽部を動員して全校応援をする学校も多い。

 甲子園では國學院栃木がドボルザークの『新世界より』を荘厳に演奏してナインの3回戦進出を後押しし、大阪桐蔭は相変わらず大人数の編成で最新の曲を奏で、高校野球ファンの心をわしづかみにしていた。

 だが、野球部だけを特別扱いして応援を強制する学校の姿勢や高校野球ファンの雰囲気に、嫌悪感を抱く吹奏楽部(ブラスバンド部)の部員や教員がいても無理はない。

■コンクールではなく「練習」を理由に応援見送り

 そんな中、今年の甲子園でただ1校、ブラスバンドの生演奏ではなく事前に録音された音源を流して応援した学校がある。福島の聖光学院だ。

 同校のブラスバンド部は、甲子園1回戦の日大三高(西東京)戦ではアルプス応援を実施したものの、2回戦からは「学校での練習」を理由に甲子園を離れ、同校史上初めて進出した準決勝の仙台育英(宮城)戦にも姿を見せなかった。

 コンクールと日程が重なったり、2019年春の東邦(愛知)のようにアメリカ遠征の日程と重なってアルプス応援を取りやめるのは聞いたことがあるが、「学校での練習」を理由に甲子園での応援を見送るのはレアケースだ。

 なぜ聖光学院のブラスバンド部は甲子園での演奏をやめたのか——。

 その理由を尋ねるために、福島県伊達市の同校を訪ねた。対応してくれたのはブラスバンド部顧問の梅野和生(かずき)教諭(36)だ。

「甲子園に行かない決断をしたのは今年が初めてです。理由は、8月21日に予定していた独自の演奏会に全力を注ぐため。というのも、甲子園応援は部員の負担がとても大きいんです。8月9日の1回戦では、8日の夜にバスで福島を出て車中泊で甲子園に向かい、9日に甲子園で演奏したあと、そのまま車中泊で福島に戻るという“0泊3日”の強行日程でした。大事な演奏会を控えるなか2回戦以降も応援するとなると、3回戦、準々決勝は連泊になる。いつ福島に戻ってこられるかもわからず、2回戦以降は現地での応援をしない決定をしました」

 今年の甲子園は雨による順延が1日もなく、準々決勝が8月18日、準決勝が8月20日、決勝が8月22日というスケジュールで行われた。一方、ブラスバンド部が「ふくしん夢の音楽堂」で予定していた演奏会は、決勝前日の8月21日だった。

 甲子園で野球部の応援を続けながら、慣れない宿泊先で演奏会の練習を重ねることは、練習場所や経済的な負担などを考えればとても現実的ではなかったという。

「1回戦の応援は、野球部の保護者をはじめみなさんに喜んでいただけました。2回戦以降は参加できないことをお詫びすると、『演奏会頑張ってください』と反対に励ましていただけました。もちろん、野球部の監督や部長にも報告をしていました」

■「甲子園に野球部が必ず行くとは限りませんし…」

 聖光学院の野球部は、過去20年で16回甲子園に出場しており、ブラスバンド部にとっては夏の甲子園での演奏が“卒業公演”に位置づけられていた。

「甲子園に野球部が必ず行くとは限りませんし、コロナの感染状況によっては現地で楽器の演奏ができるかどうかも直前まで不透明でしたよね。コロナ以前のように甲子園での演奏を3年生の引退式にする場合、甲子園に出場できなかったり、出場しても演奏できなかったりすることが3年生部員にとって一番切ないことじゃないですか。特に今年の3年生は入学した時からコロナ禍が続いていて、活動らしい活動ができなかった。生徒たちになんとか人前で演奏する機会を最後に用意してあげたいと考えて、今年初めて演奏会を実施することにしたんです」

 演奏会の日程を決めるうえで、甲子園大会の時期を避けるかどうかは部内でも意見が割れたという。しかし最終的には、部員たちの都合を最優先することを貫いた。

「演奏会の日を後ろにずらすことは検討しましたが、3年生は部活が終われば受験など、進路の準備に入る必要がある。それを後ろ倒しして生徒たちに迷惑をかけることはしたくありませんでした。福祉コースの2年生の実習の時期なども考えて、ここしかないというタイミングが8月21日でした」

 2022年夏の聖光学院のブラスバンド部は、3年生が2人、2年生が3人、1年生は0人という小所帯だ。甲子園の1回戦では、部員5人に弓道部から助っ人で参加した1年生ひとり、梅野教諭も加わって7人編成で演奏している。

 一方、硬式野球部は部員110名を誇るまさに学校の“看板”部活である。桁違いの部員数は、そのまま学校内のパワーバランスを表している。ブラスバンド部が演奏会のために甲子園応援に参加しないことについて、批判的な意見が梅野教諭のもとに届くようなことはなかったのだろうか。

「直接何かを言われることはありませんでしたね。ただ私自身が気にしすぎだったかもしれませんが、『行かないのか』という雰囲気を感じることは正直ありました……(苦笑)。甲子園で記者の方に2回戦以降は応援に参加しないことをお話しすると、みなさん『えっ?』という戸惑いの表情をされていました」

■野球部は110人、ブラスバンド部は数名でも

 野球部が準決勝で敗れた翌日、演奏会は無事に実施され、万全の準備の甲斐あって盛況のうちに幕を閉じた。引退した3年生に代わって部長に就任した高橋明花(はるか)さんは振り返る。

「演奏会も初めての試みで、手を抜きたくなかった。できるだけ私たちの音楽を届ける努力をして、可能な限りみなさんに聴いてもらいたかった。自分たちが成長できたという想いができるような演奏をこれからもしていきたい」

 夏の甲子園に出場できる学校は全国でもわずか49校しかない。だからといって、アルプス席での応援を在校生に強制すべきではない。部員110人の野球部も、わずか数名のブラスバンド部も、同じ部活動である。優先すべきなのは、その学校に通う生徒ひとりひとりの青春だろう。

《なんで野球部の応援のために吹奏楽部が客席で応援するの?》

 こうしたアンチツイートに対するひとつの回答が、聖光学院のブラスバンド部の勇気ある決断だった。

「甲子園で流れた『キセキ』は我々の演奏ではない」聖光学院ブラスバンド部が「美談」を求める高校球界へ投げかける一言《野球部との“対等で新しい関係性”を模索》 へ続く

(柳川 悠二/Webオリジナル(特集班))

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