中国人強盗グループに襲われた資産家宅 母娘殺傷事件を解決へと導いた“意外な糸口”とは

中国人強盗グループに襲われた資産家宅 母娘殺傷事件を解決へと導いた“意外な糸口”とは

写真はイメージです ©iStock.com

 のどかな景色が広がる山形県羽黒町(現・鶴岡市)で、2001年4月28日、山形県警を揺るがすような前代未聞の事件が起きた。資産家といわれた旧家に押し入った犯人たちが、この家の主婦を包丁で刺し殺し、娘にも軽傷を負わせて逃走した「山形県資産家母娘殺傷事件」である。

■犯人は中国人の男4人組か?

 事件当日16時前、犯人の男4人がこの家に押し入った。その物音に玄関先に出てきたこの家の主婦を、男らは抑えつけ土間へ引きずり込み、手足を粘着テープや電気コードで縛りあげた。それでもなお抵抗する主婦に、主犯格の男は「仕事の邪魔だ」と左胸に包丁を突き刺し殺害。母親の悲鳴を聞いて出てきた高校生の長女にも切りつけ、腰辺りに軽いけがをさせた。長女は隣家に逃げて助けを求め、そこから警察に通報。男らは何も取らずに逃走した。

 静かな町を揺るがしたこの事件は、山形県警始まって以来の凶悪事件であったという。えらい事件が起きたと地元の新聞やテレビは、連日のように大きく取り上げ、全国的にも注目された。当初、犯人らにつながるような手掛かりがいくつか見つかったこともあり、捜査はスムーズに進展するものと思われた。

 山形県警捜査1課と鶴岡署による捜査本部は、現場となった玄関付近から4種類の足跡を採取していた。また、犯行前後に現場付近で不審な男4人組が目撃されていたことなどから、実行犯は4人とみられていた。さらに凶器と思われる血のついた包丁が道路脇で発見された。そこから被害者のDNAが検出されたため、これを凶器と断定。包丁は中国語の新聞紙で包まれ捨てられており、犯人らは中国人の可能性が高いとして捜査が進められた。

■「緊縛強盗団」とは違うやりくち

「ちょうど日本のあちこちで、中国人や韓国人の犯罪グループによる犯罪が増えていた頃だ。特に資産家の自宅を狙う緊縛強盗が多発していたため、事件を聞き、今度は山形かと思った。だが、暗躍していた緊縛強盗団とは違うなと踏んでいた」

 山形県警からの応援要請により、のちに捜査に携わることになった警視庁の元刑事Aは、この事件の第一報にそんな印象を持ったという。

「緊縛強盗団とは違い、やつらは被害者らをいきなり襲って刺傷させ、その後、何も取らずにすぐに逃げた。手なれた強盗団なら、こんなヘマはしない。やつらは、被害者からできるだけ多くの物を奪うのが目的で押し入る。被害者が家にいる可能性も考えて犯行に及んでいる。被害者がいれば身体を縛り上げて監禁し、キャッシュカードなどの暗証番号を聞き出すのが手口の1つ。だがこの犯人は違う」

 犯人らはプロの強盗団ではないと捜査本部の捜査員たちも同様に考えたはずだと、元刑事Aはいう。

■ホシはどこかか来たのか…難航する捜査

「だがそうすると、逆に、中国人と思われるホシはいったいどこから来たのか。なぜ、この家を狙ったのかがわからない。捕まえるのが難しい事件ともいえた」

 捜査本部の懸命な聞き込みにも関わらず、犯人らが中国人らしいという情報以上のものはなく、犯人につながりそうな証拠や証言は出てこなかったのだ。

 捜査本部では中国人らしきホシを追い、東京にも捜査員を派遣して容疑者を探したようだと元刑事Aは証言する。

「派遣された捜査員もきっと困っただろう。慣れない大都会の雑踏で、どこに行けば中国人らの情報を得ることができるかわからず、道行く人を見ながら困り果てたはずだ。山形と新宿、渋谷では、環境がかけ離れ過ぎている。

 地方の小さな都市で、数人しかいない白人男性を探せというのとはわけが違う。街中に何万人、何十万人と行き交う人込みの中から、日本人と見分けがつかないような中国人を探し出すことは、まず不可能だ」

■警視庁国際捜査課の情報班が動き出す

 捜査本部では、犯人を捕まえる見通しが立たず、捜査自体が進んでいなかった。県警だけでは、これ以上どうにもしようがない。難航する中、事件解決の糸口を掴んだのは、意外な助っ人の存在だった。殺人犯を野放しにできない山形県警は、威信とメンツをかけて、警視庁刑事部に応援要請をしたのだ。

 警視庁刑事部は、外国人犯罪捜査を専門とする国際捜査課に協力を指示。組織犯罪対策部の前身でもある国際捜査課は、この要請に即座に対応する。事件が大きく報道されていたこともあり、捜査員たちはその概要をよく知っていた。捜査本部により捜査状況を説明された国際捜査課は、さっそく容疑者に関する情報収集に動く。

「事件現場が山形県羽黒町だったため、事件班が動くことはなく、情報班が動いた。犯人に関する情報収集が応援捜査の中心になった」(元刑事A)

■外国人容疑者の割り出しに不可欠な外国人協力者

 犯人が中国人だとすれば、彼らはなぜ、どうやって山形まで行ったか。なぜ強盗に入ったのかという動機より、犯人につながる鍵はそこにあったと、情報班として情報収集にあたった元刑事Bもいう。

「中国から来日したばかりであれば、遠い山形まで強盗に行くわけがない。自分たちだけでは、まず行くことはできない。犯人は、おそらく日本にしばらくいるやつら。ある程度、土地勘のある者もいるはずだが、山形に土地勘のある中国人はどう考えても数が少ない。山形まで行くには、日本を熟知した仲間の協力がなければ行けないはずだ」

 国際捜査課の捜査員らは手分けして、残留孤児らを中心に情報を提供してくれそうな中国人協力者らに、捜査協力を依頼した。

「こういう事件が山形で起き、犯人の中国人たちを探している。協力してくれないか」

 外国人の犯罪を捜査する者は、捜査に協力してくれる外国人をできるだけ多く獲得しようと努力するという。この事件のように、協力者からの情報が事件解決の糸口になることもあるからだ。同国者同士には情報ネットワークがあるが、そのネットワークに日本人が入ることはできないと言ってよい。

「いくら警察とはいえ、日本人が日本人組織の中だけで、日本人組織を駆使して捜査しても、逃げ隠れする外国人被疑者を見つけ出すのは容易ではない」と元刑事Bは断言する。

■捜査協力者からもたらされた有力情報

 数時間後、ある情報が1人の捜査員にもたらされる。

「犯人は東京にいるらしい。東京のどこにいるかはわからないが、名前はわかった。どうも日本語学校の学生のようだ」

 名前が判明し、身体的特徴も把握。留学生であれば、ビザを取得し入国した時の書類がある。どんな人物でどこに住んでいるのかという情報は、そこで入手することができるのだ。

 情報提供者はさらに続けた。

「その家には骨董品が多くあり、金がいっぱいあるという話を、地元のやくざから聞いたらしい。泥棒に入ったら、玄関に奥さんと娘さんが出てきて、騒がれたから刺したという話みたいだ」

 情報班では入手した情報を確認後、すぐさま山形県警に報告。協力を要請したその日のうちに、容疑者につながる有力情報が捜査本部にもたらされた。

 捜査本部では容疑者とされる中国人の指紋を入手し、証拠品についていた指紋と照合する作業を進めた。すると凶器を包んでいた新聞紙に残されていた指紋と、容疑者の指紋が一致したのだ。あまりに早い展開に、捜査員らは驚きを隠せなかったという。

■中国人留学生の切羽詰まった犯行

 捜査本部は犯行グループの1人、東京都江戸川区に住む中国籍の元日本語学校生、安峰容疑者を殺人容疑で指名手配。東京に捜査員を派遣して、その姿が目撃されていた江戸川区などで聞き込みを開始する。そして6月28日、JR総武線新小岩駅に張り込んでいた捜査員が容疑者を発見。殺人、住居侵入などの疑いで逮捕した。

「容疑者を捕まえたのは山形の捜査本部の手柄だ。捜査員が山形から東京に出張してきて、居場所を捜査し、最終的に捕まえた。情報班は縁の下の力持ち的存在だ。自分たちが前に出ても情報の価値は上がらない」(元刑事B)

 捜査本部では安容疑者の供述から実行犯グループを割り出し、他に中国人2人と日本人1人を共犯として逮捕。逮捕された中国人らは、日本語学校の留学生として入国していた。事件当時も不法残留などではなく、正規滞在の留学生だったが、授業料も払えず生活は切羽詰まっていたらしい。金欲しさに犯行に加わっていたのだ。

「地方の中国人は来日する際、親戚などから借金をして来る者も多かった。金の余裕はないから、日本で稼がないといけない。だが日本語ができなければ思うようには稼げない。手っとり早く楽に金を稼げる口があれば、犯罪とわかっていても手を染めてしまう。1度やってしまえば、あとはずるずると落ちていく」(元刑事B)

■中国人犯罪組織には日本人も絡んでいる

 その後の捜査で、ある中国人犯罪組織が、被疑者らを窃盗の実行犯として雇ったことが判明した。組織は訪日中国人向けの中国語の新聞にアルバイトの募集広告を載せたり、「楽に儲かる仕事がある」と人づてで金のない留学生らを集めたりしていたという。

 日本社会の中で外国人犯罪組織が作られ、プロではない実行犯が含まれるようになってきたのには、犯罪グループが一度の犯行で、できるだけたくさん稼ごうとし始めたためもあると元刑事Aは話す。

「外国人強盗団によって、ビル1棟丸ごとすべての部屋が窃盗にあうという事件もあった。山形の事件もそうだが、事件現場まで犯人を連れていったのは雇われた日本人だ」

 道も知らず、土地勘もない外国人だけでは、狙う家がどこにあるのかわからない。外国人強盗団といっても、その実行のどこかに日本人が絡み始めていたのである。

■山形県警、警視庁ともに警察庁長官賞を受賞

 犯罪のターゲットとなった旧家の情報は、地元の暴力団から東京の暴力団組織の上部団体へ流され、犯罪の実行部隊である中国人犯罪組織に流されていた。犯罪組織は事件当日、雇った中国人らを、運転担当の手配師に現場まで運ばせていたという。犯人らは被害者宅を下見していたが、事件当日、いないはずだった主婦が玄関先に出てきたため、面倒になり刺したのだという。

 この事件では実行犯4人、山形まで彼らを運んだ運転役をはじめ計8人が逮捕された。実行犯らには裁判で実刑が言い渡され、運転役の男にも有罪判決が出ている。

 山形県警はこの事件解決により、警察庁長官賞を受賞。警視庁国際捜査課も、この情報だけで警察庁長官賞を受賞した。刑事事件の情報だけで長官賞を授与されたのは、おそらくこの時が初めてである。 

(嶋岡 照)

関連記事(外部サイト)

  • 記事にコメントを書いてみませんか?