藤井聡太七段が朝日杯2連覇の快挙 今後、期待がかかる記録更新は?

藤井聡太七段が朝日杯2連覇の快挙 今後、期待がかかる記録更新は?

©志水隆/文藝春秋

 史上最年少棋士の藤井聡太七段がまた新たな金字塔を打ち立てた。2月16日に行われた朝日杯将棋オープンの決勝で渡辺明棋王を破り優勝。同棋戦では昨年も優勝しており、2連覇となった。

 藤井は、局後に自身の快挙を控えめにこう語った。

「渡辺明棋王とは練習対局を含めて対局したことがありませんが、最近、非常に充実されている印象があり、対局が楽しみでした。決勝はこちらが途中から攻めていく展開になりましたが、うまく対応をされて、少し苦しくなった場面もありました。秒読みに入ってからも落ち着いて自分の将棋を指せ、優勝の結果を残すことができてうれしいです。

 トーナメントではトップクラスの棋士の方たちと対戦することで、自分自身も成長できたと感じています。今回の優勝を機に、さらに力をつけてタイトルに一歩ずつ近付いていきたいです」

■トーナメントの連覇が難しい理由

 16歳6ヵ月での棋戦連覇は、羽生善治九段が1987〜88年での天王戦(現在は棋王戦と統合)連覇で達成した18歳2ヵ月(当時)を大幅に上回る年少記録である。連覇に限らずとも、これより年少の棋戦優勝記録は藤井自身が昨年に達成した朝日杯優勝と新人王戦優勝、加藤一二三九段が1955年に15歳10ヵ月で「六・五・四段戦」(のちに古豪新鋭戦、名棋戦を経て、現在の棋王戦に統合)を制した3例しかない。

 来期にはV3がかかるわけだが、挑戦手合いであるタイトル戦と異なり、トーナメントを下から(前年優勝によるシードはあるが)勝ち進んでの連覇は特に難しい。朝日杯での3連覇は2013年度〜15年度に羽生が達成した例が唯一あるだけだ。その前身棋戦である全日本プロ将棋トーナメントに遡っても、1983年度〜85年度に谷川浩司九段が達成した例があるのみである。

 少し視野を広げて、トーナメント棋戦における最多連覇を見てみると、大山康晴十五世名人が早指し王位戦(のちに王位戦へ)で1954年度〜1957年度に、羽生がNHK杯戦で2008年度〜11年度に達成した4連覇が最多連覇となる。他にトーナメント棋戦での3連覇以上は、郷田真隆九段が1993年度〜95年度に将棋日本シリーズで、深浦康市九段が1999年度〜2001年度に早指し新鋭戦(現在は終了)で達成した例がある。王座戦19連覇の羽生、名人戦13連覇の大山をもってしても、トーナメント棋戦では4連覇が最高であることを考えると、多彩なプロ棋士を相手に勝ち進むことの大変さがわかる。

■8大タイトル獲得の最年少記録は18歳6ヵ月

 では、今後の藤井に、他にどのような記録更新の期待がかかるか見ていこう。

 全棋士参加の公式トーナメント棋戦優勝も偉業だが、将棋界でより評価されるのは8大タイトルの獲得である。その最年少記録は18歳6ヵ月、屋敷伸之九段が1990年に棋聖を獲得した際のものだ。現在、藤井にもっとも更新の期待がかかる記録であると言える。

 仮に最速で記録更新が実現すると、今年(2019年)の6〜7月に決着されるであろう棋聖戦となる。奇しくも、屋敷が達成したのと同じタイトル戦だ。現在2次予選の決勝まで勝ち進んでおり、そこを抜けると決勝トーナメントだ。ここで4連勝すれば豊島将之棋聖との五番勝負へ挑むことになる。

■最年少タイトル獲得のチャンスは残り10回

 獲得までの白星がもっとも少なくて済むのは、王座戦(9〜10月に決着)だ。前期はベスト4まで進んだので、挑戦者決定トーナメントのシード権がある。こちらも4連勝すれば、斎藤慎太郎王座との五番勝負となる。

 藤井が屋敷の年少記録を破るためには、2020年の12月末までにタイトルを獲得する必要がある。その可能性があるのは2019年の棋聖戦、王座戦、竜王戦。2020年の王将戦、棋王戦、叡王戦、棋聖戦、王位戦、王座戦、竜王戦の合計10棋戦だ。これを多いとみるか、少ないとみるか――。

 王座戦のベスト4進出だけでなく、トーナメント棋戦優勝経験も考えると、挑戦者になることは夢物語とは言えない。だが、その先にあるタイトルホルダーとの番勝負は藤井にとって未知の領域だ。一発勝負ではない長期戦、全国各地を転戦する環境の差、経験がないであろう和服姿と、これまでになかったことばかりだ。また二日制では封じ手を巡る駆け引きも生じる。それを跳ね返して偉業を達成できるかどうか。

■年度最高勝率の更新には全勝が必要

 これまでの年度最高勝率は中原誠十六世名人が1967年度に達成した0.855(47勝8敗)。藤井は前年度にも更新の期待がかかったが、惜しくも届かなかった。

 だが、今年度もチャンスが来ている。朝日杯を優勝した2月16日時点での勝率は0.851(40勝7敗)。この数字を生かすにはどうあるべきか。

 藤井が年度末の3月31日までに組まれる対局数は、おそらく10局を超えないだろう。そうなると1敗した時点で、更新には8勝を積み重ねる必要があるが、これはかなり厳しい。事実上、残る対局を全勝する必要がある。

 もちろん次年度以降にも更新のチャンスはあるが、上位クラスとの対戦が多くなると高勝率の維持は難しい。そういう意味でも今年度の機会は大きいのだ。事実、歴代の高勝率達成者をみると、いずれも将棋史に名を遺す棋士ばかりだが、そのほとんどが低段時代に記録されたものだ。

 唯一の例外が1995年度の羽生。46勝9敗の0.836と、中原の記録にあと1勝及ばなかったが、特筆すべきはこの年度に羽生は同時七冠を達成しているということ。タイトル戦番勝負でも25勝5敗(0.833)と圧巻の成績を残している。

 もし藤井が羽生以来となる全冠制覇を成し遂げたらどうか。こちらはさすがにまだ夢物語の段階と言わざるを得ないが、それを実現したら同時に最高勝率達成もありうるかもしれない。

■順位戦の連続昇級は「他力」となったが……

 藤井は、2月5日の順位戦C級1組の近藤誠也六段戦に敗れたことで、デビュー以来の順位戦連勝が歴代タイの18で止まってしまった。B級2組への昇級も他力(自身の勝ちだけでなく、競争相手の敗戦も求められる)となったが、3月5日の最終局で「棚から牡丹餅」が転がり込んでくると、順位戦の連続昇級となる。

 C級2組からスタートして、C級1組(現在の藤井の地位)→B級2組→B級1組→A級というのが順位戦の昇級ルートだ。各クラスで1年間戦われるリーグ戦で上位2名(C級2組は3名)に入った棋士が、上のクラスに昇級する。またA級優勝者は名人への挑戦権を得る。

 順位戦には飛び級制度がない。だからどれほど速くとも、デビューから名人挑戦権を得るまで最短で5年かかるのだ。過去にデビューから最速で名人を獲得したのは、中原と谷川の2人で、デビューから6年での快挙だった。

 中原はデビューからノンストップでA級まで駆け上がり、A級の2期目に名人挑戦権を獲得。当時13連覇中だった大山を破り、24歳で名人を獲得する。その偉業から「棋界の太陽」と呼ばれた。

 谷川はデビュー年にC級2組で1期足止めを食ったが、その後はA級まで突っ走った。A級1期目でも中原とのプレーオフを制して加藤名人(当時)への挑戦権を獲得し、奪取。21歳の名人獲得は史上最年少記録である。

■藤井が最速で名人を獲得するとしたら

 昔は順位戦のクラスが棋士の格及び収入に直結していたので、他棋戦以上に力を入れる棋士が多かったという。「A級八段」というのは一流を示すステータスであった。

 そのA級に最速で登ったのが加藤である。14歳のデビューからノンストップでA級へ昇級。18歳のA級八段は「神武以来の天才」と呼ばれた。A級の1年目は平凡な成績だったが、2年目に挑戦権を獲得し、20歳で大山名人に挑戦。当時の大山の壁は厚く、その後幾度となく跳ね返されたが、42歳のとき、ついに悲願の名人位についた。

 藤井が最速で名人を獲得するとしたら、2022年の5〜6月となる。19歳名人が実現すれば、これこそ不滅となる記録だろう。

(相崎 修司)

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