30代女性が精神科医との不倫・投薬・大量LINEの果てに自殺 現場を見た不倫相手はぼそっと「バカだなぁ」

30代女性が精神科医との不倫・投薬・大量LINEの果てに自殺 現場を見た不倫相手はぼそっと「バカだなぁ」

X市のクリニックがあった垂水市のビル

 2016年8月16日、鹿児島県内の精神科クリニックに勤務していたA子さん(当時32)が自殺した。

 患者の相談・援助を行う精神保健福祉士として働きながら事務方も務め、しかも鹿児島市と垂水市の2カ所のクリニックを、鹿児島湾を渡るフェリーと自家用車を乗り継いで行き来していた。A子さんの自殺は労災と認定されたが、遺族は「A子が死んだ原因は単なる過労ではない。働いていたクリニックの院長X氏のセクハラとパワハラだ」と訴える。

 死後、A子さんのスマホから見つかったのが、クリニックの院長であり精神科医であるX氏との間で1年以上にわたって交わされた大量のLINEメッセージである。その内容は院長とスタッフの関係を大きく逸脱し、「したいよ。今しゃぶらせたい」「いかせてくれる?」など性的な内容も多く含まれている。X氏は妻子持ちで、2人は不倫関係にあった。

 このほかにもX氏は「死にたい」などと言ってA子さんを心配させたり、激しく罵ったりしていた。徐々に精神のバランスを崩していったA子さんは、患者としてX氏の診察を受けるようになっていった。

■「X氏との異常な関係を知ったのはA子が自殺した後でした」

 A子さんの母親は、X氏がA子さんの診察をしていた事実に不信感を隠さない。

「A子は昔からきれい好きな性格だったのですが、X氏はそれを『強迫性障害』と診断していました。うつ病の薬を飲まされたうえに、LINEで24時間言葉で揺さぶられて“洗脳”されたのだと思います。性的な要求もひどく、ほとんど奴隷のような状態。私たちとは離れて暮らしていたため娘の状況に気づいてあげられず、X氏との異常な関係を知ったのはA子が自殺した後でした。悔やんでも悔やみきれません」

 果たして6年前、A子さんの身に何が起こっていたのだろうか。A子さんの32年間という短い人生を母親はこう語る。

「A子は小さい頃から大人しい子でした。幼稚園の頃に自分で望んで始めたピアノではコンクールの九州大会で優秀賞をいただき、勉強も得意で鹿児島大学の教育学部に進学した自慢の娘です。大学を卒業した後に専門学校に通い直して精神保健福祉士の資格をとりました。母親の私が精神科のナースとして働いていたのを見ていたからか、A子も障害がある人の教育や医療に興味をもっていたようです。資格取得後は鹿児島市内の大きな病院で働き、2013年に29歳で結婚して鹿児島湾を挟んだ鹿屋市に移りました。しかし1年ほどで離婚し、新しい職場を探していた時に紹介されたのが垂水市のX氏のクリニックでした」

 X氏は2014年5月に鹿児島市、11月に垂水市にクリニックを開いており、A子さんは2015年5月に垂水市のクリニックに就職した。X氏について、A子さんは母親に「日本を変えるくらいの立派な先生だ」と賞賛していたという。母親から見ても仕事はかなりのハードスケジュールだったが、離婚のショックから立ち直った娘が前向きに仕事に取り組む様子にほっとし、「完全にX氏のことも信頼してしまっていた」と振り返る。

■「X氏から昼夜問わず頻繁に連絡がある」「食べ物を食べられない」

 しかし、X氏のクリニックに勤めるようになってほどなく、A子さんの行動に異変を感じるようになったという。それまでは月に1度ほどは顔を見せていた実家にあまり帰らなくなり、電話の頻度もみるみる減っていった。そして、決定的な出来事が2016年4月に起きた。A子さんの母親は、苦渋の表情で当時のことをこう語る。

「A子の伯父の葬儀で久しぶりに実家へ帰ってきた時に、A子がひどく痩せていることに親族一同驚きました。57~58キロだった体重が40キロ台まで減ったと言っていました。『X氏から昼夜問わず頻繁に連絡がある』『食べ物を食べられない』と疲れた様子で、『精神保健福祉士としての仕事の他にも、総務として出張に同行したり事務方の業務もしている』とも言っていました。5月に帰省した時にA子と一緒に買い物に行ったのですが、A子はずっと誰かと電話をしていました。今思えばあれもX氏だったのかもしれません」(A子さんの母親)

 5月の時点では、A子さんはX氏について『(X氏が)クリニックの経営や人間関係でつらい思いをしているので私が助けたい』と話していたという。しかし『薬をもらっているけど眠れない』『身体が辛い』とA子さんが疲労を訴える度合いは日に日に増していった。そしてA子さんが自殺する6日前の2016年8月10日、X氏はA子さんの実家を訪れたという。

「A子がX氏を連れて来たんです。当時はA子の父親がリウマチや脳梗塞で苦しんでいて、その精神状態を心配してX氏に診察してもらおうという提案でした。私はX氏と会ったのはこの時が初めてで、2人の間で何があったのかは当然知りませんでした。それでもA子が激やせするほど仕事に苦しんでいるのは明らかだったので、そのことをどう考えているのだろう、と不審には思っていました」(同前)

 X氏はA子さんの父親を「うつ病」と診断すると、A子さんと一緒に帰っていったという。そして3日後の8月13日頃、母親にA子さんから電話がかかってきた。

「発熱して体調が悪い、と連絡が来ました。A子は『実家に帰って点滴を打ちたい』と言っていましたが、主人の状態が良くなくて私も手が離せず、かといって自分で運転できる状況でもなさそうだと思い、『そっちでしっかり休みなさい』と言ってしまったんです。A子が遺体で見つかる前日の15日にも電話で『限界を超えている。人生の中でこんなに泣かされることはない。常に先生から叱られている』と泣いていました。『もう辞めていいよ』と言っても、『悔しい』と言うばかりで、それが最後の会話です。あの時無理にでも迎えに行けば違った結果になっていたのでしょうか……」(同前)

 そして8月16日の朝、A子さんはクリニックに出勤しなかった。連絡が繋がらないA子さんを心配した同僚のY子さんとX氏が自宅へ向かうと、A子さんが首を吊って変わり果てた姿で発見された。

■「X氏がぼそっと『バカだなあ』と」

 生前からA子さんと親しく、第一発見者となったY子さんが当日の様子を振り返る。

「A子さんは前日もLINEで『死んだ方がましだ』『死にたい気持ちは変わらない』と話していました。16日になって連絡がつかず私は心配で仕方なかったのですが、X氏は『放っておいていい、あいつに死ぬ勇気はない』と取り合いませんでした。でも私が警察に通報するというと、しぶしぶ重い腰をあげました。玄関は鍵がかかっていましたが、部屋の小さい窓が開いていて、部屋の中に変わり果てたA子さんの姿が見えて……。その後のことは気が動転していてほとんど覚えていないのですが、X氏がぼそっと『バカだなあ』と言ったことだけは妙に鮮明に記憶に残っています」

 Y子さんはA子さんを心配して、15日の夜にもA子さんの自宅を訪れたが、電気が消えているのを見て家へ戻ったという。A子さんはY子さんに対して苦しい胸の内を話してはいたが、X氏との不倫関係について自分から話すことはなかった。

「ただA子さんとX氏が不倫関係にあるのはみんな知っていました。A子さんがパジャマ姿で診察室から出てくることもありましたし。知り合った頃は明るく仕事ができる人という印象でしたが、最後は完全に鬱状態でミスも増え、怒りっぽくなっていました。X氏のA子さんに対するパワハラはエスカレートする一方で、どなりつける大きな声が診察室の外まで聞こえていました。A子さんは仕事が終わっても涙が止まらないこともありました。かなり強い薬を飲んでいて『それは本当に飲む必要があるの』と聞いたこともあったんですが……」(A子さんの同僚のY子さん)

■X氏は法廷で「自殺は予見できなかった」と責任を否定

 精神的に追い詰められ、A子さんは非業の死を遂げた。A子さんの母親は第一報を聞いて後悔の念で頭がいっぱいになったが、X氏に対しては「迷惑をかけて申し訳ない」と感じていた。A子さんの葬儀に参列したX氏が「僕がすべて悪いんです」と話した時も、違和感はあれど疑う気持ちまではなかったという。

 しかし後にX氏のクリニックでは診療報酬詐欺などの疑惑が持ち上がり、捜査の過程でX氏がA子さんに対して行っていた非道な振る舞いも徐々に明らかになっていった。

「A子が自殺するほど追い込まれながらも仕事を辞めなかったのは、X氏の“洗脳”のせいだったんです。X氏がA子に送った大量のLINEは見るのもおぞましい内容で、A子はその泥沼から抜けることができずに苦しんでいた。さらに一番許せないのは、A子が死んだ後もX氏が一切非を認めず、謝罪すらないことです」(A子さんの母親)

 現在、A子さんの母親らは「A子の自殺はセクハラとパワハラが原因だった」としてX氏に慰謝料2200万円を求める民事訴訟を起こしている。10月26日には鹿児島地裁で第1回口頭弁論が行われたが、X氏は「自殺は予見できなかった」と自身には責任がないと主張している。

 X氏のクリニックで行われていた数々の不正と、A子さんら職員や患者に対する性的搾取の数々……。精神科医の闇は想像以上に深いものだった。  #2 につづく。

「最低女」「使えない以前」…自殺した女性(32)に精神科医が送りつけた膨大な“性的LINE”と暴言《画像大量入手》 へ続く

(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))

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