"仮面夫婦"演じた男女の末路
2022年11月24日 07時00分文春オンライン

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家族が事件や事故に「巻き込まれる」ことをイメージする人はいるが、「加害者」になることまで想像する人は少ないであろう。しかし、あなたの大切な家族が他人の命を奪ってしまい、ある日突然、加害者家族になることは、特殊な人々だけが経験することではなく、日常に潜むリスクなのだ。
ここでは、2000件以上の加害者家族支援を行ってきた阿部恭子氏の著書『 家族が誰かを殺しても 』(イースト・プレス)から一部を抜粋。東北地方で起きた妊婦死体遺棄事件の内容を紹介する。(全2回の2回目/ 1回目 から続く)
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■家族に言えなかったこと
公判期日が確定した後から、私は週に一度、鈴木勝(仮名・当時30代)の面会に岩手を訪れるようになった。面会室に現れた勝は、周囲の評判通り穏やかな雰囲気で、やや緊張していたが丁寧に挨拶をして迎えてくれた。
2021年4月、はじめての面会。話題の中心は息子・光のことだった。勝は目に涙を浮かべながら、光を心配していた。
妻の鈴木理絵(仮名・当時30代)を殺害した動機について、地元メディアは、「日常的に不満を募らせていた」と報じていた。これを事実か確認すると、勝は深く頷いた。
「周りの夫婦を見ていて、どうしてそんなに仲良くできるのか、不思議でした」
確かに、勝の両親も兄弟たちの夫婦も仲が良かった。
「出会った頃に戻れたら……、今でもそう思う時があります……」
勝と理絵は、ネットのオフ会で知り合い、交際するようになった。理絵は交際当初おとなしく、物静かな女性だったという。
「あんまり待たせないでね」
理絵の言葉に急かされるように、交際から1年半が経った頃、勝はプロポーズをした。
■「俺だけが払うの?」と言える勇気があったなら
結婚前の印象的なエピソードとして、勝が度々語ることがある。プロポーズ後、勝と理絵はふたりで結婚指輪を見に行き、お揃いの指輪を見つけ購入することとした。勝は、「結婚指輪は互いに贈りあうもの」と期待していたが、理絵は支払いを彼に任せたという。勝は何も言わずに代金を支払ったが、後に空しくなりひとり落ち込んでいたというのだ。
確かに、結婚指輪は男性から女性に贈るものだというイメージは今でも大きい。しかし、共働き社会になった現代では、購入方法もカップルによりけりだという。たとえ喧嘩になったとしても、ここで「俺だけが払うの?」と言える勇気が勝にあったならば、この後の悲劇は避けられたであろう。
「話してくれないとつまんない」
口数の少ない勝に対して、理絵は結婚してから、勝をなじるような言葉を口にするようになった。
「攻撃的な妻に対して私は受け身。喧嘩にもなりませんでした」
■「もっと給料高い男と結婚すべきだった」
理絵は夫への要求が高く、勝はついていけないと思うことが増えていった。
正社員として働いていた理絵は勝と同じくらいの収入を得ていた。勝は、両親や兄弟たちのように夫婦は対等であるべきだと考えていたが、理絵は、常に夫がリードして妻子の面倒を見てくれる家族を望んでいたようだ。
さらに勝は家事も家計についても夫婦で協力していくものだと考えていたが、理絵は、子どもができたら仕事を辞めて、専業主婦になりたかったようである。
こういった将来のビジョンについて、2人は話し合うことができず、認識のズレが解消されないまま1年後に光を出産。子どもができれば万事上手くいくだろうと流れに任せていた。
しかし夫婦の溝はむしろ、子どもが生まれてからさらに深まった。理絵は光を「私の子」と言い、父親である勝の関与を嫌がった。
「テレビをゆっくり見たい」
と言って光を風呂に入れるよう頼まれる時以外は、息子と触れ合えることはなかったという。寝室も母子とは別で、勝はひとりで眠っていた。
光が生まれた年の夏、
「もっと給料高い男と結婚すべきだった。この結婚は失敗」
と理絵の筆跡で書かれたノートを見つけた。妻が結婚生活に満足していないことは日々感じていたが、残酷な表現に、勝は絶望の底に突き落とされた気がした。
■運転ができなくなって
これだけではなく、勝にとってさらに不幸な出来事が続いた。職場で突然倒れ、病院に運ばれたのだ。医師からは、突発性のてんかんと診断され「2年間は車の運転を控えるように」と言われた。
夫が運転できなくなったことに、理絵は激怒した。都市部では車を持たない人々も増えているが、勝が生活する地域では、どこへ行くにも車がないと難しい。運転を男性に頼っている女性もまだ多く、未だに車の運転は「男」である証といっても過言ではない。
勝にとっても移動の自由を奪われるようなもので、通勤のためには同僚に迎えに来てもらわねばならず、プライベートの用事も理絵に車を出してもらわざるを得なくなってしまったのだ。
理絵はさらに、病人に子どもは任せられないと、光を抱き上げようとする勝から取り上げ、これまで以上に勝が光に近づくことを嫌がった。いつのまにか、家庭に勝の居場所はなくなっていた。
「奥さんは、運転しないの?」
職場の上司は、勝が妻に送迎される日がまったくないことを不思議がっていたという。
■良き夫という仮面
失踪した時、理絵は2人目の子どもを妊娠していた。お腹の子は、勝の子に間違いなかったのか、私はおそるおそる尋ねると、「私の子に間違いないと思います」と答えた。
勝に疑う様子はなかった。つまり、夫婦関係は破綻していたが、肉体関係は持ったということだ。
「光ひとりだと寂しいからどうする?」
ある時、理絵からそう提案された勝はこれを受け入れ、光にきょうだいをつくってあげることにした。
「愛情を感じることはできず、セックスは単なる作業でした」
2人の心は離れているにもかかわらず、2人目の子どもと、マイホーム購入の計画を立てていたのだ。家族の形ができれば気持ちは後からついてくると考えていたのだろうか。
■「借金するなんて人間のクズ!」
「愛情は消えても、妻を喜ばせたいという気持ちはあったんです」
勝は理絵にブランド品やカメラなどをプレゼントしたり、旅行に連れていくなど、なんとか機嫌を取ろうとしていた。そのため出費はかさみ、給料や貯金だけでは賄えなくなり、借金をするようになった。
「借金するなんて人間のクズ! 借金で旅行行ったなんて、虫唾が走る」
借金がばれると理絵は激怒し、勝は無視をされるようになった。
「せめて、理由を聞いてほしかったです。喜ばせたくてしたことなのに、思い出まですべて否定されて……」
勝は、この時期から自殺が頭に浮かぶようになっていた。
「帰宅途中に、大きな橋があるんですが、そこを通るたびに飛び降りたいと思うようになっていました」
夫婦で話し合うことはできなかったのか。
「妻は一方的で私の話を聞いてくれません。話し合いに持っていくことができなかったんです。専業主婦になりたいなんて、結婚前に言ってくれとは言いましたが……」
そしてついに、事態は最悪の結果を引き起こす。
2020年5月31日の朝、勝は帰りが遅かったことを理絵から責められていた。勝は家で理絵と顔を合わせるのがつらく、ネットカフェなどで時間を潰すようになっていた。
「あんたの給料が安いせいで、仕事が辞めらんない! あんたの病気のせいで、恥かかされてるんだから!」
この言葉に、勝も堪忍袋の緒が切れた。勝も好き好んで病気になったわけではなかった。
「私の人生めちゃくちゃになった! どうしてくれんの!」
勝は身体中の血が湧き上がってくるのを感じた。もうすべて終わりだ、妻さえいなくなればいい。寝室にあった延長コードを持ってくると、鏡台に座る理絵の背後から首に巻き付け、絞め上げようとした。
「理由を聞かせて!」
理絵は抵抗を試みたが、
「仮面夫婦だからもうどうにもならない、ごめん……」
そう言いながら、息絶えるまで理絵の首を絞め続けた。
■息子のための演技
勝は良き夫の仮面を脱いだ後、すぐに良き父親という仮面を被らなければならなかった。
理絵がいなくなっても、息子の光にはこれまでと同じ日常が必要なのだ。勝はすぐに理絵の遺体をクローゼットに隠し、光と一緒に保育園に向かった。
「光のために、鬼になる覚悟をしました。母親を奪った責任として、幸せにしなくちゃならない。自分は絶対に捕まるわけにはいかないと決めたんです」
その後、突然いなくなってしまった理絵を心配する人々が次々と勝を訪ねて来たが、勝は「良き父親」の仮面を被ることで、大切な人たちを欺き続けた。
クローゼットに眠る理絵の遺体は腐敗が進み、玄関を開けると死臭が漂ってくるようになった。ネットで購入した、死臭を消すための消臭剤でなんとかごまかしてきたが、気温の低い東北地方も7月に入り、限界を迎えようとしていた。
勝は夜に遺体を運び出し、車のトランクに詰め込んだ。早く適当な山中に捨ててこなければ……。夜、光を独り家に残しておくわけにはいかず、やむなく助手席に乗せ人気のない山の頂に向けて車を走らせた。
勝は適当なところで車を止め、トランクルームから遺体を下すと、ガードレールから崖の下に遺体を投げ捨てた。
■子どもがかわいそうで「生まれてこない方がよいのでは」と思うように
理絵がいなくなってからの光と2人の生活は、想像以上に充実した日々だった。理絵が生きていた頃から家事はほとんど勝がこなしていたので、不自由はなかった。
光には、母親は仕事で帰って来られないと伝えていたが、会いたいとせがまれるようなこともなかったと言う。
「不謹慎ですが、我が子として光に愛情を感じるようになったのは、理絵がいなくなってからかもしれません」
理絵が亡くなった時に妊娠していた第2子についてはどう感じていたのか。
「妊娠を知らされた時、正直、喜ぶことができませんでした。妻に『人間のクズ』と言われてから、『クズの子どもなんて、子どもがかわいそうで、生まれてこない方がよいのでは』と思うようになっていたんです」
■自白を決心させた家族の姿
剛(勝の兄、仮名)は、逮捕までの1年4か月間の子育てを、近くで見ていた。ほしいものはなんでも買い与え、甘やかしすぎだと感じることもあったという。しかし勝は、これまで父親としてできなかったことのすべてを光に与えてやりたいと考えていたのだ。
理絵の遺体が発見された後、光を保育園に迎えに行った勝を刑事が待ち構えていた。遺体を遺棄した現場までの走行記録はカーナビに残っており、逮捕は目の前に迫っていると感じた。
勝はすぐに警察署に呼ばれ、ポリグラフ検査にかけられることになった。「奥さんの遺体が発見されたのは山ですか、川ですか、海ですか……」といった質問にすべて「いいえ」と返答するのである。勝は反応が出ないように、事件と無関係な出来事を想像して切り抜けた。
「妻を殺した瞬間から、事件のことが頭を離れたことはありませんでした。常に、誰かにつけられているような感覚でした」
後ろめたさを抱えて生きるよりは、1日でも早く自首した方がむしろ楽になったのではないだろうか。
「それが……、何を今すべきなのか、その判断がわからなくなっていたような気がします」
それから4か月間、何事もない生活が続いた。しかしその間、捜査は進行し、勝の逮捕は確実に迫ってきていた。
任意の事情聴取が本格化した10月13日、何も知らない勝の家族は、例年のように誕生日を祝ってくれていた。
勝は、生まれた頃と変わらない家族の姿に、ようやく仮面をつけて演じ続ける限界を感じた。そして翌日、警察署ですべての罪を自白した。
(阿部 恭子)
これってDV案件でしょ、男女逆だったら全然違うコメントになったんじゃない?
夫婦は元来他人なのに、「~と思っていた」が多すぎだよ。結婚前に女性が仕事を続けるのか、子供は欲しいのか、とか普通は話すでしょう。しかも夫婦仲が良くないのに子づくりするなんて、どうかしてるし無責任。 この二人は別の人と結婚してもやっぱり上手くいかなかったんじゃないかな?
入籍する前に人生設計を話し合っておく、少なくとも相手の価値観を知っておくのは大切なことだけれど、自分もできなかった。交際期間がそれなりにあって、趣味の活動を共にしていたから相手のことがわかっているような気持になっていたけれど、いざ生活を始めてから「えっ!」みたいなことはたくさんあった。きっと、相手もそうだったんだと思う。 結果から言うと、数年後に子供を作らずに離婚した。私は仕事で身を立て、彼は別の人と家庭を作ったから、ハッピーエンドだと思っている。 こんなに悲劇的な結末を招くのは少数だと思うけれどね。何とかならなかったのかな。