「65歳のときに、納骨の場所も決めちゃった」90歳おばあちゃんツイッタラーが語る、老後ひとり暮らしの“備え”とは

「65歳のときに、納骨の場所も決めちゃった」90歳おばあちゃんツイッタラーが語る、老後ひとり暮らしの“備え”とは

©文藝春秋

「私の場合、家の中に頼る人がいないから…」90歳ツイッタラーが、70代でSNSを始めたわけ《都営住宅ひとり暮らし》 から続く

 90歳にして、Twitterフォロワー数19万人を誇る、大崎博子さん。

 趣味は、散歩と太極拳と麻雀。BTSと晩酌をこよなく愛し、都営住宅に一人で暮らす現在のライフスタイルを、「高貴香麗者(こうきこうれいしゃ)」といたずらっぽく呼ぶ。

 夫とは若くして離婚し、一人娘は海外在住。この先の人生について「一人でやっていくしかないと切り替えた」と微笑むが、「ずっと不安だった」とも打ち明ける。

「一人だからこそ強いと思いますよ」と語る大崎さんに、「一人の老後」を謳歌するための心構えを訊いた。(全2回の2回目/ 最初 から読む )

◆◆◆ 

――大崎さんは、練馬区の都営住宅にお住まいですが、その前は港区の都営住宅にいらっしゃったんですよね?

大崎 20年ほど前に、練馬区に引っ越してきました。港区にある別の都営住宅という選択肢もあったのですが、私一人なので単身者用の部屋に入ることになる。それだとロンドンにいる娘が帰ってきたときに泊まるスペースがないのが難点で。一方、ここは抽選関係なく2DKの部屋に住める。まったく馴染みのない場所に引っ越すことになるけど、条件を考えるとぴったりだったんです。

――豊かな70代を考えたときに、慣れ親しんだ港区を離れてでも練馬区一択だったと。

大崎 そう。でもね、今では練馬がけっこう好きになっちゃった(笑)。近くに石神井公園があるから体を動かすには最適。仕事をリタイヤして時間ができたから、気軽にお出かけできることがうれしいですね。

■定年後も働き続けたわけ

――大崎さんは、70歳まで仕事を続けられたんですよね。

大崎 ええ。50歳から定年までは目黒・八芳園で結婚式の衣装アドバイザーの仕事をして、定年後は70歳までKKR(国家公務員共済組合連合会)の大手町のホテルで衣装アドバイザーとして働いていました。

――大崎さんくらいの年代の女性にしては、珍しいキャリアですよね。

大崎 私は20代で結婚して娘を授かり、それから間もなく離婚して。その後は鰻屋さんでお運びをしたり、姉の喫茶店を手伝ったり、化粧品の営業をしたり。それでもやっぱり金銭的に苦しくて、いわゆる“児童手当”がとても大切なお金でしたから。

――定年後も働こうと思ったのはなぜでしょう?

大崎 1人でボーッとしているより、働いたほうがいいじゃないですか。人との交流も生まれるし。だから、働けるうちは働きたかったんです。

 あと、私はもともと服が好きで、衣装を触っていること自体が好きでした。いろいろな仕事をしてきて、最終的におしゃれに関わる仕事で締めくくれたことは、すごく幸せだなと思っています。

――好きなことを仕事にできた、と。

大崎 好きなことを仕事にするのは、なかなか難しいことですよね。私自身、好き嫌い関係なく、生活のためにいろいろな仕事をしてきました。でも、趣味でも何でもいいから続けていたら、誰かが見ていてくれるし、背中を押してくれるかもしれない。私みたいに、50歳を過ぎてから希望の職に就くこともありますし。まず、どんな形でも好きなことを続けることが大事だと思う。

■「ひとりの老後」に感じていた不安

――大崎さんは、自著 『89歳、ひとり暮らし。 お金がなくても幸せな日々の作りかた』 の中で、歳を重ねていくことへの不安についても触れています。

大崎 すごく不安でしたね。

――それは何歳ぐらいから?

大崎 ずっと不安でしたよ。けっこう長いこと不安だったなぁ。だって、老後は一人きりになっちゃうわけでしょう。私の娘は、24歳でロンドンに留学して、そのまま現地で就職、国際結婚してしまった。わりと早い段階で「ああ、もう日本には帰ってこないな」と思った(笑)。そこから一人でやっていくしかないと覚悟しましたが、それでもやっぱり不安でしたよね。

――今はどうでしょう?

大崎 今はね、怖がらないようにしています。Twitterもあるし、太極拳や麻雀の仲間もいる。それに、これから私が生きる年数なんて決まっていますから。どんなに生きたって、あと10年でしょう。

「人生100年時代」と言うけれど、100歳の人は一人では生きられないの。周りに誰かがいて、その人たちのサポートがあって成立しているだけ。おかげさまで私は今こそ心身共に元気だけど、怖いのは認知症になることなんです。ここを出て、介護施設に入るなりしなければいけなくなるから。

■用意周到な「終活」の流儀

――一方で、ご著書の中では「終活をしている」とも綴られています。それは、ご自身の中で受け入れているからこその「終活」なのでしょうか?

大崎 もう受け入れていますね。万が一のときに備えて、仲の良い人に家のスペアキーを渡しているし、お隣さんと娘にはLINEでつながってもらっているんです。それだけでもちょっと安心。娘が帰国すると、その家に挨拶だけは行ってもらっています。あと、自分の意思をきちんと書き残しておくこともしていますね。たとえば、健康保険証の裏に「延命治療は望みません」と書いて、シールでふたをしています。目隠し専用のシールがあるんですよ。

――考えようによっては、1人だからこそ「強い」のかもしれない。

大崎 強いと思いますよ。強くなるしかない。私が死んだ後のことも想定して、自分の戸籍に関する書類も一式取得しました。

 終活に詳しい方から「生まれてから現在までの戸籍謄本を用意しておいたほうがいい」と言われたんです。大した金額ではないですが、貯金などの相続に必要だから、と。ずっと同じ場所で暮らしている方はすぐに手配できると思うけど、私は離婚歴があるし、引っ越しのたびに本籍地を移していたので、骨が折れましたね。

 遠方の役所から郵送してもらう場合は、定額小為替を買って、返信用封筒と一緒に送るんですよ。そういった手続きがいちいち本当に大変なんだけど、自分でやれることはやってしまおうって。ロンドンにいる娘の手を煩わせるのも申し訳ないじゃない。

■「もちろん永代供養の費用も支払済み」

――お墓については?

大崎 私は、もう納骨の場所もずいぶん前に買っているんです。65歳のときに決めちゃった。お骨を置く場所が決まっていないと娘が大変でしょ。私のお骨を持ってイギリスには行けないから。大きい必要はなくて、小さくてもいいの。もちろん永代供養の費用も支払済みです。その頃から、気持ちを切り替えられたというかスッキリして、楽に生きられるようになったと思います。

――大崎さんは、60歳のときにクリスチャンになられているんですよね?

大崎 30年ほど前に、娘が洗礼を受けたんですよ。洗礼式には私も同席したのですが、その和やかな雰囲気がふしぎと心に染みて。私もキリスト教について勉強したくなり、教会の講座へ通い、60歳のときにクリスチャンになりました。

――自分で考え、行動に移す……徹底しているのがすごい。

大崎 私は一人暮らしですし、自分のことは自分でやらないと、誰もやってくれません。それに1回準備しちゃえば、それでおしまいですから。だったら、元気なときにやっておかないと。

 遺影だって、12年くらい前に撮影しました。十分おばあさんなんだから、10年前に撮影したものでも大丈夫でしょって(笑)。今、私のTwitterのアイコンになっているのは、そのとき撮影した予備の写真なんです。

■心豊かに年金生活を送るコツ

――物を捨てるといったことも、元気なうちにやっておいた方がいいわけですね。

大崎 そうそう。どれも愛着があるからなかなか捨てられないんだけど、娘が帰国するたびに、強制的に処分させられます(笑)。今は、部屋にはあまり物を置かないようにしています。ゴチャゴチャした部屋にお花を飾っていても、お花がゴミになっちゃいますしね。

――物がゴチャゴチャある部屋に花を飾ってもゴミになる……。

大崎 散らかった部屋に花を飾っても意味はないわね。花を飾っても、埋もれてしまうだけ。花を飾る前に、部屋をきれいにしましょうよ、と心がけています。

――金言です。ご著書のなかでは、お金のことにも触れられていました。年金で家計をやりくりするうえで「1000円以上の買い物をしたときだけメモをする」という考え方も独特だなと思いました。

大崎 細かく家計簿をつける必要はないのよ。それに今はクレジットカードやPayPayに記録が残るから便利ですよね。

――大崎さんは、毎日の晩酌が欠かせないと綴られています。休肝日はナシですか?

大崎 ない(笑)。私、お酒は薬だと思って飲んでいるから。といっても、ビール1缶とか、ワイン1杯とかくらい。薬だから休肝日なんていらないの。

■「娘に何か言われたくない」という気持ちが原動力

――「お酒は薬」なんですね。あと、さらっとPayPayと仰っていましたが、PayPayも使いこなしているんですか。

大崎 かれこれ2年くらい使っていますね。

――利用するためには、本人確認などの手続きがあると思うんですけど、それもご自身で?

大崎 自分でやりました。証明写真の自撮りが、なかなかうまく撮れなくて苦労しちゃったけど。あと、娘に教えられて自撮りアプリの「SNOW」も使っていますよ。

――Twitterのきっかけも娘さんでしたが、本当に良いボールを投げてくれますね。

大崎 「娘に何か言われたくない」っていう気持ちが原動力になっているところはある。

 娘って母親に厳しいの。「さっき教えたのに!」「何回聞けばわかるの」なんて平気で言ってくる(笑)。そう言われるとすごく悔しいから、意地でもやってやる! ってなるんです。そういう言葉があるだけで、張り合いが出てきますよね。

写真撮影=深野未季/文藝春秋

(我妻 弘崇)

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