「無職になるの?」人気ネトゲ終了で激震…“ゲーム代行”で稼ぐ「中国のニート」が詰んだ理由
2022年12月28日 07時00分文春オンライン

写真はイメージです ©iStock.com
ゼロコロナからウィズコロナへと一気に変わった中国。ゼロコロナ末期には中国の若い人々が「自由のない生活はうんざりだ」と立ち上がり、「ゼロコロナ」政策への抗議デモを行いました。間違いなく歴史的な1ページとなるでしょう。
ただ、中国人をひと括りにしてはいけません。中国にも、迫りくるコロナや激変する社会、「ゼロコロナ」政策などと関係なく、もともと外出することなくパソコンに向かい続けていたニートのような人々もいます。
話は逸れますが、1990年代の日本のゲームセンター全盛期、東京・板橋のゲームセンターに車が突っ込んで店の壁のガラスが一面大破しても、私を含めた皆が黙々とゲームをプレイしていたことを思い出しました。社会的事件より1プレイのゲームのほうが大事な人の気持ち、わかりますとも。
■「World of Warcraft」のサービス終了報道で中国のゲーマーに激震
さて、先日、中国社会の変化にもブレず、日々ゲームをプレイし続けていた一部のゲーマーに激震が走るニュースがありました。中国で根強い人気を誇るオンラインゲームのサービスが終了すると報道されたのです。ゲーム名は「World of Warcraft(略称WoW)」。日本ではマイナーで、パソコン好きな日本人ならタイトルは聞いたことがある程度のパソコン向けのオンラインゲームです。
このニュースについて調べれば調べるほど、中国社会的錬金術が作り出すカオスが詰まっていました。WoWそのものの解説は他所で見てもらうとして、WoWまわりのカオスな部分を紹介します。
サービス終了の理由は、WoWの開発元「ブリザード(Blizzard Entertainment)社」と中国での運営会社「ネットイース(網易)社」の契約期限が2023年1月までとなっていて、間もなく契約が切れるため。中国での同タイトルのサービス開始は2005年6月で、実に17年もの間ファンに愛されたゲームなんです。
ただ、2009年に運営会社が第九城市という企業からネットイースに変わった際にも、一時的にサービスが終了したことがありました。そのときには、プレイヤーデータを保存できず、ゼロからの状態でゲームを再開させる必要があり、ファンは失望しました。今回は2009年から10年以上経過した状態で同じことが起きるため、プレイヤーのショックはさらに大きいと想像できます。
ご存知のとおり、この10年で中国人の所得があがり、生活は大きく変化しました。ネットカフェでゲームをしていた人々は、自分のパソコンを買って家で遊ぶようになり、さらにスマートフォンを買ったことで、どこでも遊べるようになりました。それでもなお、WoWは今も大人気なのです。
サービス終了が発表された現在も、1日に115〜232万人程度の中国人がWoWで遊んでいると算出されています。オンラインゲームの終了直前には、ゲーム内が過疎化して、ゲームに入っても誰もいないということがありがちなのに、すごくないですか? ツイッターがローンチされた2006年よりも早くローンチされ、未だにオールドユーザーに長く愛されているんですよ。
そしてたくさんのユーザーが遊びながら積み立てたデータが、サービスの終了によって来月には無になってしまう。オンラインサービスはこういうところが恐ろしい。
■WoWの「ゲーム代行」で稼ぐ“ニート”の存在
ゴールドファーマーという言葉を知っている読者もいるかもしれません。依頼主からリアルなお金をもらい、代わりにゲーム内のキャラクター育成やアイテム・ゴールド稼ぎをするゲーム代行業者で、中国の農村ではそうしたリアルマネートレード(RMT)が行われているのです。2007年頃、農村家屋に並べられたパソコンで、農村の若者がひたすらゲームを代行する映像が衝撃的で話題となり、多くの人が驚愕したこともありました。
実は、あれは主にWoWのゲーム代行なんですね。それが経済成長した今もずっと行われているんです。だから利用者がたくさんいるという側面があります。
そのゲーム代行を依頼しているクライアントは、当時は20代、今は家庭も仕事も忙しくなった30代のゲーマーです。昔からのルーチンで10年以上WoWで遊んでいる人々が、年齢とともにゲームの時間がどんどん減り、腕も以前ほど落ちてしまった。だから余計にゲーム代行に依頼するのです。ちなみに、ゴールドやアイテム稼ぎといった最もシンプルなゲーム代行は、従業員の誰もができることから値段が安く、1時間10~20元(1元=20円弱)程度で依頼できるのだとか。
そして、実際にプレイを代行する従業員は、主に働きたくないニートです。小都市や農村部の集合住宅の一室に何台ものデスクトップPCと各PCにあてがわれたマルチモニターが設置され、雇われた若者数名が密な部屋でいくつものキャラクターを操作し、ひたすら敵を倒し続ける……。こうした「工作室」と呼ばれる小規模のゲーム代行業者が、中国全土に無数に存在します。顧客チャネルを得て大手となったゲーム代行業者がクライアント依頼を受け、中国全土の工作室に発注します。
どれくらい儲かるかはまちまちですが、ある工作室の月商は5万元、従業員の所得は住み込み食事つきで月3000~5000元とのこと。従業員の賃金と家賃光熱費を差し引くと、利益はせいぜい数千元程度。安定はしているが、それほど儲かるわけでもない。
一国一城の主を目指し、工作室を立ち上げてがっぽり稼ごうという若者もいます。しかしこれにはスキルが必要で、簡単ではない。
すぐに社員が辞めて人材不足になるならいいほうで、工作室の社員が社長のアカウントでログインし、貴重なアイテムを持ち出して逃亡することもあれば、逆にトレーニング代と称して従業員から金を受け取った後社長が夜逃げすることも。人間不信となる工作室の従業員も少なくないようですが、それでも何千もの工作室がサービスを提供し生計を立てています。
■「工作室」で働いていた“若者ニート”のこれから
そんな単なるゲームを超越し、年月を積み重ねたエコシステムとなったゲーム・WoWが終了すれば、比較的大きな工作室では売上が8割減となるそう。コロナ騒ぎでないくらい業界激震なわけですよ。
「中国がダメでも海外サーバーでプレイするから仕事は減らないじゃないか」という考えもありますが、回線速度に加え雰囲気や環境、言語、外国サーバーでのルールが異なるため、外国サーバーをゼロから再度利用しようとする人は少数派。原神などの人気ゲームもあるにはあるけれど、WoWほどの成熟したゲーム代行の市場がないため、工作室が別のゲームに鞍替えしてサービスを提供しても生存は難しい。
じゃあ、工作室で働いていた“若者ニート”たちはこれからどうすればいいのか。「ここで心機一転、就職を」とするにも、就職を避けて工作室で働いていた人々の掲示板を見ると、30歳を超える人も少なくない。フォックスコン(鴻海科技集団、電子製品受託生産大手)などの工場でももっと若い人々が求められているので、単純労働の転職も難しい。
WoWが終了し、経験値稼ぎをずっとやっていた、かつて「ゴールドファーマー」と呼ばれた代行プレイヤーが歳を取って食い扶持を無くすのは、異国の話ながらリアリティのある地獄絵図です。煽る人はどこの国でもいるようで、WoWのライブ配信者には「無職になるの?」と残酷な言葉が投げつけられています。
社会人経験がないまま歳をとった彼らは今後、どこを目指すのか。「働きたくないでござる」とばかりに新しいゲームの代行業に鞍替えしたり、動画を配信したりするよりは、中国ならではの驚きの裏ビジネスの下で生き抜いてほしいと思ってやみません。
(山谷 剛史)
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